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第二十三話 Saide 村の様子

 ペンペンがまだ森で魔法の練習をしている頃、村の名主の家に隣接する集会場には十数人の大人達が集まっていた。

 各家の世帯主達だ。

 村と言ってもここは正式には村のはずれの集落であり、領主から正式に任命された村長はここから歩いて半日ほど距離がある別の集落、本村に住んでいる。

 そのためここは村長の名代、名主が代表して集落を治めていた。

「それで、ニコラは本当に森で狼を見たって言うのか」

 集会場と言っても真ん中に十二、三人ほどが座れるテーブルがあり、周りにあと十人ほどが立てば一杯いっぱいだ。

 大テーブルの上座に座った名主が傍らにいた男に言った。

「ああ見た、おっかねえでっけえ黒い狼でよ。そうだな頭から尻までだったら、このテーブルくらいはあったかな」

 ニコラといわれた男は、手を広げながら、目の前にある十人掛けのテーブルと比較して見せた。

「それじゃ、馬よりでかいじゃないか」

「ああでかかったさ。そんでそいつは群れで何か獲物をとってから森の奥に入っていってよお。ありゃあ親子だな。でっけえのと一回り小さいけどやっぱでかいのと、普通くらいのと少なくとも四頭はいたな」

 ニコラは雨の降りしきる森で見た真っ黒な狼達を思い出して語って聞かせた。

 怖さのあまり、近くで見ることは出来なかったが、それでも四頭は見分けがついた。

「だけどよ、今までこの村の傍で狼なんて見たことなかったぞ。本当か」

「間違いねえって」

「なんでお前は、そんな雨の中森に行ったんだ」

 なんだか自分が言ったことが信じてもらえない雰囲気になってきて、ニコラは面白くなかったが、助け舟を出したのは、最近村に越してきた薬師のスットロだった。

「ああ、それは私がお願いしたんですよ。最近雨が続いて風邪を引く人が増えたんですよ。それで風邪に効く薬草の在庫が切れそうなんで、ニコラさんにお願いしたんです。お願いしたのは葛の根でして、それを乾かして……」

「判った判った」

 名主がスットロに話を遮った。ニコラは猟師でよく森に入るので、薬草の群生地もよく知ってる事は村人みなが知っていた。

「話を戻すけど名主さん。それで、そんなでかい狼が住み着いたとなったら、大事だぞ」

 その一言をきっかけに、集会場は一気に騒がしくなった。

「そうだそうだ、森の食い物全部食われちまうんじゃないか」

「オイオイ、それどころか俺たちが食われちまうだろ」

「早く領主様に訴えて、騎士様なりなんなり来てもらったほうが良かないですかね」

「バカだねこの人は。騎士様がそんな事で、こんな田舎に来るわけないよ」

 この集落で唯一の宿屋兼食堂の女将が、隣の男の言葉を一蹴する。

「そうだな、せいぜい冒険者が来るくらいだな。それもバカみたいにデカイ狼らしいからな、バカみたいに高い依頼料を請求されるぞ」

「共同基金があるじゃろ」

「そんな大金、貯まっているのか」

「どうかな、馬よりでかい狼でしかも四頭だろ、とても足りないだろうな」

 名主が苦い顔で答える。

「いやそもそも、馬よりもでかい狼なんて相手に出来る冒険者はそうそういないぞ」

 名主が首を振りながら言う。

「でも普通の魔獣じゃなくって馬よりでかい狼の魔獣なら、領主様も費用を出して強い冒険者を送ってくださるんじゃないかな」

「あのケチな領主がそんな金払うもんか」

「シッ」

 誰かが不用意に言った一言で、集会場は一瞬にして静まり返った。「めったなことを言うもんじゃない。そんなことが領主様のお耳にでも入ったらえらいことだ」

 名主が厳しい顔をして村人を見回した。

「それで名主様よ、どうするかね」

 今まで発言を控えていた筋肉親父のシルベスタが言った。

「ふむ、ニコラの言葉を信じないわけじゃないが、もう少し確証がほしいな」

 そう言って名主は村人を見回す。「みんなに聞くが、最近、家畜が襲われるとか、家族が森で変な黒い魔獣を見たとか、何かニコラの話に心当たりがある者はいるかね」

 集まった村人は、互いに顔を見回すが誰も心当たりがあるものはいなさそうだった。

「黒い変な獣なら村の中で見たけどな」

 唐突にある男が声を上げた。村人全員がその男に注目する。

「どこで見たんだ? 狼なの――」

「黒っていうか背は黒で腹は白で、二本足で立って歩いて、グワーグワーって鳴くんだ」

 勢い込んで聞き返す名主に、男は笑いながら答えた。

「そりゃシルベスタのところのリバーシだろ」

「ペンギンな」

「バカだねこの人は、あれをどう見たら狼に見えるのよ」

 重苦しい雰囲気が今の冗談で軽くなった。

 どうやらニコラが目撃した以外、黒い狼を見た者はいないようだ。

「今までここには狼はいなかった、それは間違いない。だったらニコラが見たのは事実としても、それはどこかから流れてきたのだろう。ならばここに住み着くとは限らん。単にここは通り道で、直ぐにいなくなるかも知れん――」

「いや名主様よ」

 そう言って発言をさえぎったのはジャンだった。「何年か前に、狼の母子が森の奥、・・・・・・というよりも山の中腹に住み着いたことがあったのを覚えておらんか」

「ん……ああ、いたなあ」

 名主は遠い記憶を搾り出すように首をかしげてから頷いた。

「あれも確か黒い大きな狼だった。みなは山の中腹までは行かないから知らなかったかもしれんが、ワシは木を切り出しにあの辺りまで行って何回も見かけたぞ。暫くしていなくなったが」

 ジャンの一家は木を伐採し村まで運んで生計を立てている。

 ジャンはちょうど良い具合に成長した木を探して森の奥や山すそまで行くことがあり、そのとき黒い母親狼と生まれたばかりの子供の狼を見たと言う。四年ほど前の事だ。

「そういえばそんなことがあったな。その時の狼が戻ってきたのか」

「名主様よ、なんでそんな大事な事を言わなかったんだ」

 今更思い出した名主に、村人が詰め寄る。

 しかしその時は、村までかなり距離があり、また実害があったわけではなく。また暫くしていなくなったため、話題にはあまり上がらないうちに忘れられたのだ。

「とにかく、領主様に知らせるにしろ、様子を見るにしろ、もう少し状況を知りたい。ジャン、お前さんとこのアーノルドの夫婦と……あともう一人いたな、確か元々は冒険者だって言ってたよな」

「メグだな。あとオレも一応冒険者だぞ。魔獣が少ないから引退したようなもんだが」

 答えたのはシルベスタだ。

「そうだったな。申し訳ないがシルベスタはアーノルドたちと一緒に、昔の狼のねぐらを見てきてもらえんだろうか」

「馬よりでかい狼なんて倒せないぞ。様子見の偵察だけでいいなら、やらんでもないが」

「それでいい、頼むよ。昔いた狼なら同じねぐらに住むかも知れん。本当にこの辺りに住み着くのかどうなのか。あと見つけたら大きさとか数とかも分かるとありがたい。いなかったら辺りをちょっと見回ってほしい。くれぐれも気をつけてな」

 分かった、とシルベスタは頷いた。

「昔いた狼が戻ってきたなら住み着くかも知れん。やはり領主様か、せめて村長には知らせておいたほうがいいんじゃないか」

 ジャンの言葉に名主は渋々頷き、近くの若者をに声をかけた。

「ワシが今から手紙を書くから、お前は明日その手紙を村長と領主様に届けてくれ。未確認情報でも一応知らせておかないと、後で怒られても嫌だからな。とりあえず第一報だから、詳しくはシルベスタの調査が終わったらまた手紙を出すと伝えてくれ」

 若い男が頷いた。この男は足が速いのでいつも連絡役を任されている。

「他の者は、村の周りの塀に壊れているところがないか見て回ってくれ。壊れていたら教えてくれ。マルコに言って修理してもらわにゃならんだろう」

「名主様よ。いくら大工のオレでも材料がなければ修理は出来ないぜ、あとこれは無償ってことになるのか」

 マルコと言われた男だろう。少し遠慮がちに、それでもはっきりと無料奉仕はしないという。

「こんな時のために、みなから少しずつ共同基金を集めているんじゃ。修理費用はそこから出してやろう。だが修理は村人全員で交代でやるからあまり高くは払わんぞ。村全体のことだからな村全員で修理をする。もし狼がいなかったとしても、塀は修理しておいて損はないだろうからな」

 マルコは明らかにほっとした顔をする。いくら危険が迫ってる可能性があったとしてもタダ働きは困るのだろう。

「ジャン、塀の修理に木材がいることになる。材料はあるか」

「家の裏庭に寝かせた木材がある。ある程度なら大丈夫だ」

 ジャンが頼もしく頷いた。

「それからみんな、暫くは森に入らないように。……お前たち、今日は家族とか誰も森には入っていないだろうな」

 ふと気がついて名主が村人を見回す。みなウチは大丈夫だと頷く。元々雨が上がったばかりで道はぬかるんでいる。森に入っている者はあまりいないはずだった。

「みなの家族とか今日ここに来ていない連中にも、暫く森に入るなと念押しして言ってくれ。どうしても村の外に出るときは四、五人一緒に行動するように。それから村を出るときは必ず武器とか、武器代わりになる鉈とか鎌とか何でもいい、身を守るものを持って出るように」

 集まった村人は静かに頷いた。

「暫くってどのくらいですかね」

 薬師のスットロが恐る恐るたずねた。「薬草の在庫の関係もあるから、メドだけでも知りたいんですが」

「昨日、ニコラが採ってきたのじゃ足りんのか」

 名主が苦い顔をして言う。

「いえ、昨日は狼が出たっていうんで、葛の根を採取する前に帰って来てしまったんだそうで」

「おいおい、あんなでかい狼が現れて、薬草どころじゃないだろ。オレに死ねっていうのか」

「いえ別にそのようなことは・・・・・・」

 ニコラが憤慨してスットロに反論する。スットロは困った顔をしてうつむいてしまった。

 名主はため息をつきながらスットロに言った。

「シルベスタがその辺り調査してからじゃないとメドもたたんよ。まあ、薬が足らなくなるようなら本村か町に分けてもらうことも考えよう」

 そのあたりも領主様の手紙を書いておくかな――、と名主は呟いた。

 てきぱきとやることを決めその日の集会はお開きとなった。

 次はシルベスタと領主から報告を待つとの事で、一応三日後と決められた。

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