第二十一話 ペンギン、美人な妖精を呼び出す
第二十一話 ペンギン、美人な妖精を呼び出す
一昨日も雨、昨日も雨、そして今日もまた雨となった。
服? というか毛皮? というか羽毛? を泥だらけにした罰で、三人娘と共に自宅謹慎を言い渡されてからおよそ一週間。
最初の三日間、三人娘はひたすら掃除、洗濯、料理の手伝い、食器洗いなどデミたち大人の女性陣の手伝いをしてすごし、オレはそうして疲れた女性陣に愛想笑いと癒しを振りまいてお使えし、ようやく明日は外出オッケー、とお許しが出たと思ったらそれから四日連続となる長雨である。
十三人家族はただでさえ洗濯物が多いのだが、こんな雨の日でも大人の男達は仕事に出かけるので泥だらけになって帰ってくる。
雨の日くらい家でのんびりすればいいのにと思うが、大家族を食べさせるためには仕方がないらしい。爺さんのジャンまで仕事に出た。
ちなみに大人の仕事の割り振りは、ジャンとシルベスタとアーノルドの男三人は木材の伐採仕事に出かけ、アン婆ちゃんとシルベスタの妻リースは屋内で内職、リースの娘デミと、リースの妹メグと、アーノルドの妻ジェシカが掃除洗濯炊事の家事担当だ。
掃除や炊事は出来ても、洗濯は出来ないので洗濯物はたまる一方。そしてデミたちのフラストレーションもたまるのだ
そのしわ寄せはなぜかオレに回ってくる。
「ペンペン、疲れた肩もんで~」
デミは慣れない裁縫仕事で肩がこったらしい。
「ペンペン、腰に乗って~」
メグはずっと立ちっぱなしで掃除をして腰が痛いらしい。
「ペンペン、癒して~」
ジェシカは単に怠けているだけだろう。
お前らペンギンに何をさせるんだ。
まあ、動物虐待だ、と言うほどでもないので適当にやってやる。
しかし、このままじゃ洗濯物も片付かず、オレもレベルアップの検証に出かけられない。
真実の鏡でレベル十四で友達も十四人と確認してるが、どのくらい戦えるのか確認したかった。
どうやらデミの家族全員と薬師の娘アリシャが友達になっているようだ。
しかたなく、なんとかデミたちのストレスの元である洗濯物だけでも片付かないかと頭をひねり、とある精霊を頼ってみることにした。
「グェーグェー・・・略・・・(古今東西ありとあらゆる家事の達人、シルキーよ。我声が聞こえたならば、その姿を現し我の願いを聞き入れたまえ)」
オレが呼んだ精霊のシルキーは家事が大好きで、掃除に洗濯、料理、何でもやってくれる便利な女……もとい、すごくしっかりしたありがたい妖精だ。
シルキーは、絹の白いワンピースを着た髪の長い妖精で、透明感の有る……というか本当に少し透き通った、妖艶という言葉がぴったりな大人の色気を漂わせる美人な妖精だった。
名前はサンドラと言うそうだ。
オレはさっそくサンドラさんに契約を申し出て、望みを伺う。
『サンドラ“さん”って、さん付けは必要ないですけど? 』
サンドラさんは人差し指を顎に当て、コテンと首をかしげてオレに言う。
ウ~ン、なんとなく? オレ大人美人には弱くって……。
これは本音だったがサンドラさんは、
『そんなにおだてても、何も出ませんよ、フフフ』
とか言いながら、ちょっと喜んでいるところがカワイイ。
でもお世辞じゃない。
人間嫌いのコミュ症にお世辞を言うスキルはない。
生前はこんな美人に見つめられたら、あがって何もいえないか、早口でしゃべり倒してあきれられるかどちらかしかなかった。
今だって、ちょっとドキドキしていて、ほとんどしゃべっていない。
サンドラさんは人? というかペンギンの心を読むことができるらしく、それでようやくコミュニケーションが成り立っている。
だからオレの言葉すべて本音だ。
『ではまあサンドラさんでもいいですけど、そうですね、望み……ですか。お掃除がしたいですね』
サンドラさんは最近あまり契約してくれる人がいなかったとの事で、契約したら思いっきり掃除とかしてみたいとの事だった。
『掃除か……、掃除は多分デミたちがしまくってるからなあ』
雨の日は外出もできず洗濯もできないので、デミたちが暇をもてあまして家の隅々まで掃除をしている。
『掃除ができないって、……なんなら私が散らかしてあげましょうか』
シルキーのサンドラさんの笑顔が消えて目が据わった。髪がなぜかウネウネと動いて不穏なオーラを巻き散らかしている。
思い出した。シルキーは家事が大好きな便利な妖精だが、逆に部屋が綺麗で自分のやることが無いと、怒って部屋を散らかすという天邪鬼な性格の妖精だったのだ。
そんな事になったら、またメグがオーガになってしまう。
いや誰だって怒るか。
『ちょ、まっ、家事なら掃除じゃなくってもいいだろ、洗濯物が山ほどたまってるんだ。それならいいんじゃないか』
『洗濯ですか、いいですよ。……いいですけど』
洗濯ができると聞いて、サンドラの顔がパッと明るくなったが、窓から外を見てまた表情が曇る。
そうか、さすがにシルキーのサンドラさんでも、雨じゃ洗濯もままならない。
さすがに無理があるかと思ってあきらめようとしたところ、
『もしかして無理、とか思ってませんよね……』
え、出来るの?
よく分からないが何かプライドを刺激したらしい。意外と負けず嫌いなんだな。
『世界に冠たる家事妖精のシルキーに、家事で出来ないことはありません』
世界に冠たる? そこまで名が知れ渡ってるのか? なんだかよく分からんが出来るならやってほしい。
『それじゃちょっと覚悟してくださいね。契約しましょ』
ニッコリ笑ったその笑顔が恐い。
えっと洗濯でしょ? 覚悟って何?
「すっっっご~~い、晴れた~、しかも、何んか知らないけど洗濯物も終わって干されてる~」
「私達の普段の行いが良いからよ」
「やっと出かけられる~」
デミ、メグ、ジェシカが喜んで晴れ間ののぞく空を見上げている。そして家の庭に所狭しと十三人分×四日分の洗濯物が風になびいて干されている。
オレは三人が喜ぶ様子を見ながら、テラスに置かれたベンチで、魔力の抜けた体を横たえていた。
『あ~~気持ちよかった~~』
シルキーのサンドラさんが、オレの横に立って思い切り伸びをする。
『久しぶりに思い切り洗濯しました。雨も上がってすっきりしましたね』
思い切り洗濯した、ってそれは良いけどその分思いっ切りオレの魔力も使ったよね。
洗濯をすること自体はそれほど魔力は使わなかったが、天候を操作するのに、かなりの魔力を使った。というか搾り取られた。
出来なくはないが覚悟しろ、とはこのことだったのだ。
『天候操作ってすっごく魔力使うんですよ。でも魔力いっぱい使ったので、今日一日快晴です』
あんたの魔力じゃないだろ。
『普通の人だと、二、三十分ほど雨が止むだけで、けして晴れることはないんです。普通それだけで魔力が切れて危ないんですけど~、ペンペンって魔力が多そうだったから、思い切りやっちゃった。テヘッ』
オイッ! 嬉しそうに言うねこの妖精は。
精霊が魔法を使う場合は、契約者の魔力を使って行うのだが、その魔力をどれだけ使うかによって魔法の威力、とういうか効果が変わってくるようだ。
オレは限界ぎりぎりまで魔力を使われ、疲れて庭のベンチに横になり、体が動かせない状態だ。
『もう魔力スッカラカンなんで、今日はもう頼むことはないです。また何かあったらよろしく頼みます』
そういって機嫌のよさそうなサンドラさんを見送った。
「ねえ、雨が止んでからペンペン元気ないね」
やめろ、魔力がないだけだ。
オレのお腹をプニプニつつきながらデミが言うのを、オレはペシッと手で払う。なでるのはいいがつつくのはダメ。
デミたちにはシルキーの姿は見えないらしく、オレが精霊魔法を使ったことも分からないらしい。
「やっぱりペンギンだから、水とか雨とか好きで、晴れるのが嫌いとか? 」
メグがオレの頭の方、ベンチ腰掛けてオレの頬をつつきながら言う。オレはペシッとそれも手で払う。
泳ぎはするけど雨は関係ないな。
「え~、ぐうたらが好きなんでしょ。いっつもペン小屋でねてるし」
ジェシカがオレの足の方に腰掛けてオレの短足をもてあそぶ。
なんだかとても、あられもない姿な気がする。
男として、いや人としても尊厳というか矜持というかプライドというか全て根こそぎ奪われたような……犯された気分。
オレはゲシゲシと威力の無い蹴りをお見舞いする。
しかも、言うに事欠いてぐうたらは何事だ。お前らが最近食べてるローストホニャララはオレが取ってきた肉なんだからな。
「グワッグワッー」
「キャーペンペンが怒った~」
ジェシカたちが楽しそうに逃げ出した。ふん、平和だな。まあ悪いことじゃないけど。
「「それじゃ出かけてくるから、留守番お願いね」」
デミとジェシカは母親に声をかけて早速出かける。まあ三日も家の中で掃除ばかりしていたからな楽しそうに出かけていった。久しぶりに友達の家に遊びに行くらしい。
「エマ、久しぶりに一緒に遊ぼうか」
メグは娘のエマと、さらに双子と一緒に庭で遊ぶらしい。
「ペンペンも一緒に遊ぼう」
エマたちに誘われ、オレはオレは重い体を引きずるように四人の中に加わった。友達だからな誘われたら断れないんだ。
その後は、レベルアップの検証……は無理だな。
体が重くて、全然言うことを聞かない。今日は森に行っても多分何もできないだろう、検証は明日やればいいか。




