第10話 ペンギン、情けをかける(情けは人のためならずって話)
そして今日行商人が来る当日、オレ達は薬師が来るのを待ち構えていたのだ。
オレがぶちまけてやった、薬師の持ってきた草をジョアンがわざとらしく雑草だと指摘したのだ。
「え、雑草だって? ・・・・・・坊主お前は目利きが出来ないんだね」
仲買商の男は残念そうな目でジョアンを見る。
「これは雑草じゃなくって、れっきとした薬草なんだよ。むしろこっちの方が価値が高いんだ。解毒効果があるからね」
やはりそれは解毒効果のある薬草だった。辞典はあってた。オレの知識もあってたな。
「ええっ? でもあたしおじさんから雑草だって教えられたのよ」
デミもあくまでも惚ける。
それを聞いて仲買商のオヤジが薬師オヤジを睨んだ。
「スットロさん、それは一体どういうことかね」
「ああ、いやその・・・・・・ま、間違いなんだよ。そう間違い。そうだこれは解毒作用のある高級薬草だったよ、そうだ思い出した、ハハハ・・・・・・」
「この薬草は、全てこの嬢ちゃんから買ったものなのかい」
乾いた笑みで誤魔化そうとするスットロだが、仲買商の親父はなおも追及する。
「えっといやあ、どうだったかな」
「僕達が採ってきた物だよ」
なおも誤魔化そうとする薬師オヤジだが、ジョアンが肯定する。
「この袋の端っこにDJって書かれてるでしょ」
ジョアンは麻袋の端に書かれているDJをデザインしたマークを指差す。「これはお姉ちゃんデミと僕ジョアンのスペルです。薬師のおじさんに雑草を採ってきてって言われて、昨日その袋にいれて採ってきた物です。焼却処分にするって言ってたんですけど」
そういえばこの薬草はまだ新しそうだね――、と仲買商のオヤジは言った。
「何か、大きな誤解が――」
「スットロさん、これはちょっと、名主さんも交えて話した方いいようですね」
いつの間にか後ろに立っていたのは、シルベスタとアーノルドの筋肉ブラザースだ。
分厚い筋肉の壁に阻まれて、薬師は蒼い顔をする。
「僕が呼んできてあげるよ」
「あ、いやその・・・・・・」
誤魔化そうとする薬師オヤジだが時すでに遅しだ。親父が言うのを受けて、さっそく上の弟ジョシュアが名主を探しに走っていった。
「なんでこんなことを・・・・・・」
仲買商のオヤジはマジメな性格をしているらしい。
「人に・・・・・・領都にいたときに人に騙されて借金をして、苦労した反動で妻が亡くなり、今度は騙す側になってやろうと・・・・・・。許してください」
薬師のオヤジが膝を突いて俯いてしまった。
もう言い逃れできないと観念したのか、たまりかねたように白状した。
人に騙されて奥さん亡くしたのか、同情の余地は有るけどな。
でも、病気の人を抱える家族の弱みに付け込んで効きもしない薬を売りつけて、しかも高級薬草を雑草と偽って騙し取ろうとしたんだ。
それとこれとは話が別だ。
と思ったその時、
「お父さん・・・・・・お仕事終わった? お買い物、行ける? 」
幼い子供の声が響いた。
声をかけてきたのは五歳くらいの女の子だった。
薬師オヤジの娘なのだろう、俯いたオヤジの顔を下から不安そうに覗き込んでくる。
この娘も買い物を楽しみにしてたのだろうか。
母親もなく、父親の仕事終わりをじっと待ってたのかな。
「アリシャ・・・・・・。ままだかかるからもうチョット待っててね」
半泣きしながら無理やり笑おうとして、親父は変な顔になっている。
これは、辛いな。
子供の前で、犯罪者となって吊るし上げを食らうなんて。見ているのも辛い。娘や当事者の父親はもっと辛いだろう。
もし、父親が牢屋にでも入れられたら、娘は一人ぼっち・・・・・・。
考えただけでも身震いするような話だ。
・・・・・・だ、だけど、それは自業自得だ。
コイツが嘘をついて効きもしない薬を売りつけたことで、病人は苦しみ続け、それを見守る家族も辛い思いを続けたのだ。その必要も無いのに。
罪を犯したものは、その罪を償わなければならない。
オレはそう思う。・・・・・・だけどなあ。
そこにジョシュアに連れられて名主がやってきた。
「一体何があったんだね」
「いや実はね、この子がスットロさんに薬草を売ってたんだけど――」
「そうなんです。あたしがスットロさんに薬草を売ってたんです」
理由を聞いてきた名主に、仲買商の男が説明を始めたが、そこに割り込むようにデミが答えた。
「それで解毒作用のあるこの薬草と交換に、薬草の目利きを教えてもらってたんです、スットロさんに。雑草も混ざってるかもしれないけど良かったらどうぞ、って」
デミは“交換”というところを強調する。
「交換って・・・・・・これはけっこう高級な物なんだよ」
納得しがたい表情の仲買商の男に、デミは首を振りながら答えた。
「高級な品だからこそです。今日は麻袋一袋をおじさんにタダであげて、損したって思うかもしれないけど、でもそれはあたしの知識としてずっと残ります。そしたら今度はずっとこの高級薬草を採る事ができるから、むしろおじさんには感謝してるんです」
「デミ・・・・・・」
詐欺師の薬師は言葉も出ないようだ。
「フフフ。・・・・・・そうだな、ウチはスットロさんの薬には世話になってるし。な、兄貴」
「ハハハ、デミには困ったもんだ。紛らわしい事しちゃだめだぞ」
そういってシルベスタは太い腕をつかってデミの頭をなでた。
デミもシルベスタもアーノルドも、なんてお人好しなんだ。
そんな甘ちゃんじゃ、この世知辛い世の中騙され続けることになるぞ。
それに、そんなんじゃこの詐欺薬師のオヤジも改心しないぞ。
オレは心の中で毒つく。
「ペンペン、お前人の言葉がわかるの? 」「お前、号泣してるよ」
いかん心の汗が・・・・・・、でも、エエ話やな~。
それに、そういうジョシュアもジョアンも半泣きだった。
すると反対隣に立っていたメグも半泣きで、ハンカチを差し出してオレの涙を拭いてくれた。なんだよ、みんな泣いてんジャン。
まあ、心の中では毒ついてもやっぱり、オレも鬼じゃないし、みんなもあの薬師の娘の泣き顔は見たくないようだ。みんながそれで良いって言うならよしとするか。
「まあ当事者が良いって言うなら、罪に問う事は無いけど、スットロさんにはもう少し話を聞かせてもらうよ」
なんとなく事情を察した名主も、事を荒立てない方向で話をまとめてくれた。
名主に連れて行かれるスットロと、手を引かれたその娘がトボトボと広場を離れようとしている。
オレは娘を追いかけると、その寂しそうな肩に手をかけた。
「ペ、ペンギン? なんでここに? 」
娘は初めてオレに気が付いたようで、かなり驚いた顔をしている。
なぜここにペンギンがいるのか? それはオレも知りたい。気がついたら、近くの森に居たんだからな。
そんな娘の言葉を無視して、オレはジョシュアに買ってもらった飴を娘に差し出した。
娘に罪は無いからな。オレにできるのはこれくらいしかないけど、飴でも舐めて元気出せよ。
娘は突然差し出された飴を見て少し驚いたようだが、一口舐めて「甘い」と呟いた。
それを見ていた薬師が、半泣きの変な笑顔でオレに声をかけてきた。
「ピグエモン・・・・・・だったかな」
しまった、このオヤジはデミから、変な名前を聞いていたんだった。
「グエッ!? 」
「ピグ・・・エ・・・え? 変な名前」
突然、変な名前で呼びかけられて、オレは違うぞと言ったが、返事をしたと勘違いされたようだ。娘はオレの名前をピグエモンで認識してしまったらしい。
「ピグエモン、キミはやさしいね。良かったら娘の友達になってくれるかい? この子はまだ友達がいないんだ」
「そういえば薬師のおじさん、奥さんが亡くなって、つい最近こっちに引っ越してきたばかりだったな」
デミが独り言を呟いた。
飴をあげただけで友達と認められるなんて、いいのか?
相手はペンギンだぞ? 人間じゃないんだぞ?
まあ、オレとしては渡りに船だから、断る理由は無いけどね。
娘のために情けをかけてあげたら、自分に返ってきた。
情けは人のためならず、ってワケだ。うん、計算どおり。
「グワッ(わかった)」
「フフフ、ピグエモンよろしくね」
それをみていたジョシュアたち姉弟がオレに飛びついてきた。
「え、ずるいピグエモン、あたしたちも友達だよね」
「何言っちゃってるんだよ姉ちゃん、ポコペンって名前付けたの僕だよ、僕こそ友達だよ」
「何言ってるの、僕がペンペンの友達なんだよ」
三人がケンかを始めた。薬師の娘はあきれている。
ケンカをやめて、オレのために争わないで。・・・・・・なんて寒いことは言いたくないが、お前らケンカする必要ないだろ。
友達って一人しかいないモンじゃないんだから。
そこに双子の妹アニーとエニーと従妹のエマが来てアリシャと何かおしゃべりを始めた。
アリシャもこの村で友達が出来たようで良かったな。オレもその内の一人だよね?
これで友達が四人出来たって、ことでいいのかな。
テレッテレッテッテ~~ンンンンン♪
どこかで何か効果音が聞こえたような気がした。
これでレベルアップしたってことになるのか?
これでレベル四かな。レベル百まで先は長いな。
ちなみにこの後、薬草は改心した薬師が適正価格で買い取ってくれるようになった。
ドクキエ草を含めると今までよりもだいぶ高い値段になって、デミや家族はすごくビックリしていたが、それはまた別の話だ。