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朝朗

作者: 如月 翔

神宮梨花は早い段階で気づいていた。人生を生きていくうえでこの上なく必要になってくるのは知恵や知識ましてや体力や人間関係ではなく諦めだということを。


ある日の放課後の教室、梨花はグラウンドから聞こえる喧噪な声に耳を奪われていた。

「自分、何してんの」

突如教室の扉を開け姿を現したのは住吉宗太。彼はいわゆるヤンチャもので関西からの転入生ということもあり、クラスでは少し浮いた存在であった。

「あなたこそ何をしに来たの」

私が言うのもおかしな話だが放課後のクラスに来るというのは明確な理由がない限りありえない話だろう。

「先に質問しているのはこっちやで」

彼は当たり前のことを言っているのだという自信に満ちているせいか先ほどより少し強く大きめの声で言った。

「、、、何もしてない。ただ呆けてただけ」

「ふーん、まあなんでもいいけど」

聞いてきたのにもかかわらず彼は心の底から興味のなさそうに言い放った。

「で、あなたは」

彼の質問に答えたので今度はこちらの質問に答えてもらう番になり私は先ほどの彼のように少し語気を強めていった。

「ただ忘れ物取りに来ただけ。そんな邪険に扱わんでや」

私の言葉とは裏腹にヘラヘラしたように答えた。

「そんなつもりはないわよ、、でもまあ、そう感じたならごめんなさい」

ヘラヘラした態度を見た瞬間、なぜか私の心も落ち着いていた。

「もっとお堅い人みたいなイメージあったけどそんなこともなさそうやな」

彼の言うように私は周りからお高くとまっているように思われることが多く、ある意味彼と似たように周りから浮いているように思われる。

「、、周りが勝手にそう思っているだけよ」

周りからどう思われていようが興味はないが勝手に私のことを噂して変なイメージをつけられていることには多少の不満があり、いやでも聞こえてくるその噂にうんざりしていた。

「そうみたいやな、実際話してみて噂と結構違っててびっくりしたわ」

そういうとどこかあどけなさが残るような満面の笑みを浮かべながら教室の扉のほうに歩いていく。

「じゃあ、帰るわ」

扉に手をかけ、教室を去ろうとする彼の背中は先ほどの笑顔とはうって変わってどこか今にも消えてしまいそうなものだった。なぜそう見えたのかは私にはわからなかったが気づくと私は彼に声をかけていた。

「あの、、用事がないときは基本ここにいるから」

なぜそんなことを口走ったのか、私自身にもわからないが不思議と後悔や反省の感情はなくむしろどこかすっきりしていた。彼は心底驚いたようにこちらを振り返り、一息おいてから

「ほんまいい人やな」

少し安心したような声変わりしきった男性特有の低い声で私に言った。そのまま教室を出ていった彼の背中は先ほどより大きく見えた。




帰路につきながら私は今日のことを思い返していた。なぜ彼に向けてあんなことを言ったのか。純粋に疑問であったからである。そんなことを考えていると家についた。

「、、今かえりました。」

正直、家にいるのは好きではない。というのも私には本当の血縁者がいない。血のつながった家族は過去に事故で無くなってしまったからである。今は親戚の家にお世話になっている。

「、、、」

当然のように私に返答はかえってこない。おばさんはただ何事もなかったようにテレビを眺めているだけで目も合わせやしない。もはや慣れたことだが本当の家族ならと何度も考えた。

そのまま靴を脱ぎ、自分の部屋へ向かう途中に声をかけられた。

「早く部屋に行きなさいよ」

彼女はこの家の本当の1人娘である立花美香だ。

「、、今行くところだよ」

相手にしてもいいことがないのは何年も過ごしていてわかっているから簡潔な答えで済ませる。気持ち程度の急ぎ足で部屋に入りそのままベッドに飛び込む。自分の部屋では唯一心を休めることが出来る。誰にも壊されることのない私だけの空間だ。学生にしてはとても簡素で色合いも単調なものであるが自分にとっては何よりも守りたいものであった。

隠すように置いておいた通帳を見る。親の遺産とアルバイトで稼いだお金でこのお金で1人暮らしすることを決めている。

「もう少し、もう少しだ」

自分の独立のために目標とした金額までもう少しまでのところであった。これを見ると心が休まる気がした。疲れていたのか私の瞼はいうことを聞かず私を暗闇に導いた。



声がした。どこからはわからないが確かに声がした。

「、、いかけ、、るな」

どことなく聞いたような、懐かしさすら感じるようなそんな声がした。




朝は嫌いじゃない。どんな季節の朝の風も私を優しく起こしてくれるからだ。

「、、今何時だろう、」

枕元にある私が幼いころから使っている時計を手に取る。見るとまだ朝というには早い時間を指していた。いつもなら2度寝をするところだが少し風にあたろうと思い布団を出た。

「意外と寒いな。」

季節はまだ温かい時なのだがこの時間ともなると肌寒く感じる。1人静かな町をいつもより少し遅く歩いていく。

「もっと厚着してもよかったかな、、」

そんなことを1人つぶやきながら淡々と歩を進めていく。すると、

「あれ、こんな時間に何してんの」

そこには学校で見た通りの姿をした住吉宗太がいた。

「優等生な自分がこんな時間に、、悪さでもしてんのか」

彼はあっけにとられた私を置いて勝手に話を進めていく。

「、、死んだ?」

あまりにも反応がに事が心配になったのだろうか。彼は首をかしげながら少しあざとく尋ねた。

ようやっと意識がついてきた私はハッとして

「早く起きすぎちゃって、、ちょっと風にあたろうかと」

「ふーん、確かにこの時間の風って気持ちええよな」

彼はそういうとわたしの足並みにそろえるようにして隣を歩き出した。

「あなたはなぜこんな時間に、、?」

「、、俺もたまたま早くに目が覚めてもーてひまやから」

そいう言うと彼は少し顔を伏せてそう答えた。それからは会話は特には交わさなかった。だが、不思議と気まずくはなかった、なぜだかむしろ少し心地の良い感じがした。

そこからどれくらいの時間がたったのだろうか。会話はなくても私たち2人の歩幅は不思議と同じになっていった。

「、、そろそろ帰るわ」

唐突に彼は言った。ふと空を見ると明かりがさしだしていた。

「私もそうするよ。なんか、、ありがとね」

「なんやそれ」

怪訝そうな顔で彼はこちらを見た後、子供のように微笑みこういった。

「こちらこそやで」

あどけなく笑う彼を見てどういうわけか心が跳ねる。今までにない感情だった。



家に戻り靴を脱いでいるときに声をかけられた。

「こんな時間に何してんの」

いつも不機嫌そうな声色をしているせいだろうかすぐに美香だとわかった。

「、、別にちょっと散歩してだけ」

「あ、そう」

そんな会話ともいえるのか怪しいやり取りをした後私は学校へ行く準備をする。

学校は嫌いじゃい。私に居場所をくれるからだ。私は学生という仮面を被っていいるだけでいいのだ。学校についてまず初めにすることは本を開くことだ。

読書は私をいろんな世界へ連れて行ってくれる。

「よ!何読んでんの」

「、、またあなたなのね」

私の事情を気にしないように声をかけてえ来たのは住吉宗太だ。

「別になんてことないような恋愛小説よ」

「意外やな、自分そんなん読むんや」

「失礼ね。単純にこの作者さんの作品が好きなだけよ」

そう、私は恋愛には興味がないがこよなく愛する作者がいる。それは江東颯太という方だ。彼の著書はどれも文才が感じられるような美しい文章で読者を本の世界へいざなう。

「ふーん、ずいぶん気に入ってるんやね」

彼は少しうれしそうに目を細めていた。

「、、何よあなたに関係ないじゃない」

私がそういうと彼は静かに私のもとを離れていった。その背中がどうにも小さく見え、そしてなぜか恋しくも思えた。



学校が終わりいつものように寝床へ帰る。いつもは憂鬱な気分だがなぜか彼のあの背中が頭から消えてくれない。原因ばかりを考えているといつの間にかいつものようにベッドに寝ころんでいた。

気づいたら目を瞑り意識は暗闇へと引きずられていた。

「お、、かけ、、くる、、」

またあの夢だった。聞こえてくるセリフはまばらだが確実にあの声だった。

目が覚めた。いつもと変わらない朝がまた来たのだ。確かにいつもと変わらぬ朝なのだが、何か違和感を覚えた。景色がかすんでいる。困惑したが答えはすぐに分かった。涙だ。答えはわかったが原因がわからなかった。なぜ泣いているのか、なぜこの涙は止まらないのか、なぜこんなに胸が苦しいのか。時間は前のように朝早くを指していた。



胸の苦しさを押さえつけるかのようにとある場所に走る。走ると楽になるのかもわからないがそうしなければいけない気がしたのだ。運動は得意ではないがそれでも足を必死に回した。着いた先は彼と以前に出くわした場所だった。ここくれば彼がいるという確信がなぜかあったし、彼に会うべきだと感じたのだ。そして案の定

「またおるやん」

後ろから声をかけられたが彼だとわかった。また涙があふれそうになったが何とかこらえて振り向きこういった

「待ってたよ」

彼は面食らったような顔で私を見つめた後いつものように笑い出した

「俺がここに来るの知ってたみたいな言い方やん」

「うん、知ってた。そして合わなければと思ったんだ。、、本能的に?」

彼の言葉にかぶせるように答えた私はいつになく大胆で強情だったと思う。

「、、そっか、」

そう一言残して彼は視線を地に落とす。

「俺さ、もうすぐ死ぬらしいんよ病気で」

顔を上げ、まるで世間話をするかのように彼はひょうひょうと話しだした。

「なんとなくそんな気がした」

私はまっすぐに彼の目を見つめながら至って真剣に答えた。

「だからきっと、、私はここに来たんだと思う。あなたがまたここにいる気がしたから」

今はただただ感情に身を任せてあるべき私でいいのだと感じた。いつもの取り繕う私ではなくありのままでいたいと思った。

「不思議やな、俺もここに来れば会える気がしたんよ。んでもしも、会えたら病気のことを話すって決めてた」

それから彼は自分の病気について話してくれた。その話はとても深刻でいつもの彼が嘘のように思えた。

「てことでそろそろ迎えが来そうなわけなんよ」

そう彼は話を締めくくった。続けて

「こんな話反応に困るやろ、ごめんやで」

またいつものように笑い出す彼の顔を見た時なぜか勝手に口が動いた。

「嫌い、その笑顔」

自分でも驚いたが口は止まらず

「なんでいつもそんな風に笑うの、自分を欺くみたいに笑って心を殺すように過ごそうとするの」

我慢ならなかった。一度開いた口はふさがることなく

「誰かに助けてって言えばいいのに、生きたいって叫べばいいのに自分を殺して仕方ないって思いこもうとしてる、、」

ここで私は、はっとしたのだ。そうだわかっているじゃないか。なぜ彼がそうしないのか。なぜなら人生において大切なのは

「、、諦めるのが一番やから」

私の考えの続きを答えるかのように彼は言った。そうだ、人生を生きるにおいて必要なのは諦めだと自分も知っているではないか。

「変に希望を持つのは道化のいやることや、意思と違う自分を演じても所詮それは見てくれのいい言い訳にしかならん」

「言い訳が欲しいんやったらいくらでも作れるけどそれは逃げであって諦めとはまた違う」

彼は意思のこもった両の目で私を見ながら続ける。

「逃げるってのは悪くないと思うが自分の人生に言い訳はしたくない、割と楽しいねん今の生活も」

「けどそれすらも全部病気のせいって言い訳で縛られたくない」

彼の言葉に私は言葉を失っていく。なぜ彼はそんなに強いのか、諦めるということは何か大事なものを見放すということなのに彼はそれを平気で行うのだ。

「しんどくないの」

彼のそんな生き方が危なくもまぶしく思えた。

「しんどいよ、いろんなものがおれの手から零れ落ちていったしね」

あたかも当然のように彼は答えた。

「でも今一個だけ絶対にあきらめたくないものが出来てん」

「え、何」

いろんなものをあきらめてまで生きてきた彼があきらめきれないものに私は興味がわいた。

「残りの余生、神宮と過ごさせてくれへんかな」

彼が欲したものは私だった。

「へ、、」

間抜けだ。この時の私は間抜けの一言に尽きるだろう。

「なんで、、わたしと」

「一緒にいたいと思ったから」

困惑した。さまざまことが瞬時に頭をよぎったが次には

「わかった、私を隣にいさせて」

こういうと彼は屈託のない笑みを浮かべたまま私に寄り添い静かに寝息を立てだした。

ああ、ようやく日が昇ってきた、本当にこの時間は嫌いじゃないな








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