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ショートショート1月~2回目

無邪気

作者: たかさば
掲載日:2022/01/09

「はい、春子さんこんにちは。」

「こんにちは。」


「今から、質問をしますね。ちょっと失礼な事も聞くけど、怒らないで下さいね。」

「ハイハイ。」


「では、お名前を教えてください。」

「岩本はるこ。」


「今日は、何月何日ですか?」

「1月28日。」


「何曜日ですか?」

「水曜日。」


「お誕生日を教えてください。」

「昭和20年1月28日。」


「今の季節はわかりますか?」

「春。」


「ご飯は作りますか。」

「作ります。」


「なにを作りますか。」

「……おいしいやつ。」


「買い物は行きますか。」

「行きます。」


「ひとりで?」

「この人が行きます。」


「この人は誰ですか。」

「手伝いの人?」


「今から絵を見てもらうので、覚えて下さいね……、はい、今みた絵にあったものを3つ教えてください。」

「なんだったかな、ここまで出てるけど…何て言う名前か…、かくやつと、切る…。」


「昨日のごはんを覚えてますか。」

「おいしいやつ、なんだったかな、ここまで出てるけど…。」


大切なお客様が、お帰りになった。

……1ヶ月もすれば、便りが届くことだろう。


見知らぬ来訪者などなかなかないので、少しテンションのあがっている母親が、部屋のなかをうろうろしている。

……お茶でもいれるか。


「わたしが誰だかわかりますか?」

「だれだったかな?」


「さっきまで誰が来ていたかわかりますか?」

「誰か来ていたかな?」


「何か思い出は有りますか?」

「楽しい事は、忘れました。」


「何か嫌な出来事は覚えてますか。」

「覚えていないです。」


「意地悪をしたことはありますか。」

「してないと思う。」


「子供の大切なものを壊したことは有りますか。」

「子供はいません。」


「家族を大切にしなかったことを覚えてますか。」

「家族はいませんね。」


「何が好きなんですか。」

「なんでも。」


「わたし、おなかがすいたみたい。」


「食べるものがほしいです。」


「外がキレイだから、見たい。」


「歌のテレビを見たいの。」


「じゃあ、おやつを食べながら歌番組を見ましょう。」


 私が準備した卵ボーロをつまみながら、教育番組の歌に夢中になっている母親の姿は、まるで少女のようだ。


 一時期、あれほど娘である私を攻撃し、猛威をふるっていた癖に、今はすっかり人が変わってしまった。


 老いて、記憶を忘れ始めた頃から、母親はずいぶん穏やかになった。


 生きてきたすべての時代において…不満しか得られなかった、母親。


 不満を忘れてしまえば、ただの人でしかなかった。


 あの、私を苦しめ続けた攻撃性は、過去の出来事に対する怒りあってのものだったのだ。


 無邪気に、無防備に、感情をさらけ出している、母親。


 今まで、幸せになってたまるかと、過去の恨みを忘れてたまるかと、憎しみと憤怒を撒き散らし続けていた。


 私は、仕事を辞め、家族を捨て、自分の感情を手放し、ただひたすらに母親の怒りを受け止めてきた。


 さんざん怒りをぶつけられてきた私は、無邪気な感情を投げられて、正直…困惑している。


 憎しみをぶつけられたなら、憎む事もできるのに。

 怒りをぶつけられたなら、腹をたてる事もできるのに。


 無邪気に、微笑まれたら。


 私の中の、憎しみが。

 私の中の、怒りが。

 私の中の、恨みが。

 私の中の、諦めが。

 私の中の、悲しみが。


 行き場をなくした己の感情が、ドロリドロリと渦を巻き、言い様のない不快感となり私を襲う。


 母親に、笑顔を返せない私は、子供として失格だ。


 無邪気に笑顔を振り撒く子供に、笑顔を返せない私は、大人として失格だ。


 どこか寂しそうな笑顔で、童謡を口ずさむ、無邪気な少女を目の前にして。


 私は、何も、言えず。


 ただ、無表情で、自分のスマホをいじり続けることしか、……できない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 穏やかに、何もなかったかのように、忘れられても、ねぇ。 でもまぁ、いいんじゃないですかね。無邪気に遊んでいてくれれば。こっちも、まぁ、忘れて、赤ん坊をあやすかのように接すればいいだけですし。…
[一言] 気持ちが超わかります……
[一言] ……せやな(´;ω;`)
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