六 憧憬
いやされぬお祝いは終焉を迎え、ひとかたひとかたを丁重に送り出すと、王様は国におふれを出しました。
しかしあの日以来、いかほど年を重ねても、国中どこにもイバラの茂みを見い出すことはできませんでした。
件の従者はいとまを言い付かり、独り悲しみの仙女を求めて旅立ちました。
なにも知らないいたいけなお姫さまは、国中の人、森中の恵みに囲まれてすくすくと、それはすこやかに育ちました。
遠くお姫さまのお顔を拝するだけで、人々はえもいわれぬ暖かさを胸にいだきました。
時にお姫さまの心は王子様方のように、野にいで森に入るのを好みました。
いつもお姫さまのお声が届く所では、皆々のほほえみが絶えませんでした。
稀にお姫さまが涙をこぼす姿は、見る者の心を優しく捉えました。
並べてお姫さまに関わった者は、必ずや後に名を為しました。
そしてお姫さまご自身がほほえまれた姿は、何人たりとも忘るることのできない華やかさを含んでいました。
お姫さまは幸せでした。
人々も幸せでした。
しかしお姫さまとは違い皆々はあの、げっげ、げっげという笑声を忘れ切ることはできませんでした。
誰にも増して王様とお妃様は、悲しみと共にあの日の記憶をいだき続けました。
月日は矢のように流れ、西の湖は百八つと九十を数える新月を迎えようとしていました。その日はお姫さまが王女様となられる大切な日になるはずでした。
侍女は新月の日のためにせっせと縫い物にいそしみ、侍従は新月の日のために貴き方々を迎える準備に大童でした。
いよいよの式典を明日にひかええたその日、お姫さまはもはや訪れることの叶わなくなる愛しの森を最後の機会にと、気心の知れた歳の変わらぬ侍女のみを連れて散策に向かいました。
木立の中、見慣れぬ古びた小径を見つけた一行は、さそわれるようにそちらへと足を向けました。
ほんの十を数えぬほど進んだだけで、一行は自らから歩んできた道を見失いました。
ただお姫さまだけはかえりの道程を気にとどめませんでした。
一行が進む内、お姫さまは、木立の向こうに見慣れぬ茂みを見い出しました。
その潅木はお姫さまが生まれて初めて見るものでした。
複雑にからみ合ったその枝は、なめらかな樹皮に似ずなにかこちらを拒むようでもあり、茂みの奥に大切ななにかを守っているようにも見受けられました。
侍女がきょとんと見守る中、お姫さまはいつまでもその潅木を眺めておられたかと思うと、さそわれるようにそのたおやかな中指をそっとその木に差し出しました。