四 憤怒
白は、黒が、節くれだった棒切れで水面を乱し湖底を荒らすのを痛々しいほど呆然と開いた二つのまなこで眺めていました。
ある日ある朝イバラの化生カラボス仙女は、恐ろしいほどの静けさにおそわれている森のようすにおびえるように覚醒しました。
さえずりを聞かせる小鳥達も、時にけわしい山鹿も、さざめく小川もふれ合う梢も、響き渡るこだまも吹き抜ける風も、茸が傘を開く音も、草葉の露がしたたるささやきすらカラボスの耳には届きませんでした。
常に独りのカラボスの心は、始めて自分がいかに多くにつつまれているかということに思い当たりました。
白の虚無に浮遊する薄気味悪さはしかし、どこまでも自分のままであることのできる、わがままながら優雅なひとときとなりました。
あたりをさえぎる棘をまとわず、ほかの意識をはばかることなく、無垢であけすけな素顔と紙一重の狂気が己の定めた己の名前でゆっくりとその森を横切っていく姿には、仙女という言葉は余りに物足りない呼び名でありました。
その時イバラの化生カラボスは正しく女神であらせられました。
カラボスの歩みを止めたのは、森の中央から響き伝わる喧噪でした。
とたんカラボスは大きな不安にかられました。
一つ、足を差し向けると、うたがいはその色を濃くしました。
一つ、足を踏み出すと、悪寒は益々強くなりました。
一つ、歩みを進めると、心は千々に乱れました。
一つ、勢いを付けて飛び出すと、もはや壊れた心は元には戻りませんでした。
心の隙間に老女のくずれた黒さが忍び込み、その姿はさながら澱のように膿み爛れ、声はわれ鐘のように響き渡りました。