十一 立ち振る舞い
ふとかたわらに目を向けると、王子はイバラが小さな赤い花を着けていることに気が付きました。
赤い一輪の小振りな花は、いとたおやかに咲いていました。
王子はその花に近付くと、そっと手を差し伸べ、目をふせたお顔を近付け香りを楽しみました。
その花の香りには、強さとはかなさ、寂しさとほほえみが含まれていました。
王子は細めた目で眉間に皺を寄せ、力なくほほえみました。
「見透かされているのやら、さもなくば立ち入ってしまったのやら」
湖は澄んだ水を満々とたたえ、天空をすべて抱きかかえていました。
黒の淫靡な棒切れはついにその美しさを壊すことができなくなりました。
白はほほえみながらすべてを眺めていました。
王子が頭を下げて去ろうとすると、来た筈の森はいつの間にかイバラの茂みに閉ざされ、代わりに前方に、茂みの切れ目を見い出しました。
王子にはなにか当たり前のことのように思われ、その、右に左に入り組んだイバラの回廊をゆっくりと進んでゆきました。
いずれ茂みが晴れると、王子は大きな開け放たれた城門の前に立っていました。
そこは人皆人が寝静まる、何とも不思議な城でした。
門をくぐると門番を見かけました。
厩を通りかかると立派な馬達を見かけました。
庭園では様々な蕾を見かけました。
中庭ではぶちの猟犬を見かけました。
見上げれば屋根には鳥がいました。
詰め所にはたくましい騎士達がいました。
厨房には良く肥えた料理人がいました。
廊下には着飾った侍従侍女が溢れていました。
皆々恰も王子を迎えるようにして、しかし深い微睡みの中にありました。
王子はなにかに引き寄せられるようにして奥へ奥へと向かいました。
風はなく音といえば人々のささやかな寝息ばかりでした。
草木ですら寝静まった城内を足音高く進むのは、王子ただ一人でありました。
やがて王子は、天窓から優しい陽光が降り注ぐ大きな樫造りの扉の前に立ちました。
王子は一つ大きく息を付くと、ゆっくりと扉を開きました。
重厚な造りの調度品と暖かな色調の色織物で飾られた室内には、中央に大きな天蓋付きの寝台が置かれ、かたわらをたくましい王様と美しいお妃様に守られて、透き通るように麗しいお姫さまが横たわっていました。
王様とお妃様が苦悩を秘めたお顔で休まれているのに対して、お姫さまは息一つせず、丸で冷たい水面のようにただそこにありました。
王子様は一歩一歩近付きました。
お姫さまの横たわる寝台に静かに腰を下ろすと、その頬にそっと手を差し伸べ、優しくなでて差し上げるのでした。
するとお姫さまの頬にうっすらと紅が差し、幽かな寝息が聞こえてきました。
王子様はその余りの美しさにほほえみ、知らずその唇を、ようやく赤みが差してきたばかりのお姫さまの唇に静かに重ね合わせるのでした。
王子様がお顔を上げ、今度はお姫さまの流れるような美しい髪をその長い指でくしけずると、ゆっくりとお姫さまの瞳が開かれました。