十 封印
すべてのできごとが物語となるのに、そう多くの時間を必用とはしませんでした。
いつの頃からか、その森の入り口には「花屋」を名乗る森番が住み着き、狩人や騎士、貴族や王子といった自らがたくましくあると信じてうたがわない向こう見ずな冒険家が近付くたび、こう話しかけるのでした。
「その奥に大層美しいお姫さまとゆたかな富を誇る城が眠っているイバラの茂みには、決して近付かねえことです」
「なにゆえ」
「今の今まで生きて帰ったものはありません」
「くだらんな」
旅人が森に踏み込んだその日の夜、決まって森の奥から、いつまでも長く続くうめき声が、森の入り口の森番小屋まで響いてきました。
「花屋」を名乗る森番は大言を吐いた同じ口から漏れてくるその声を耳にしながら、深く安らかに眠るのでした。
西の湖が、もはや数うること能わざる(あたわざる)ほど繰り返した新月を迎えようとしていたある日、長旅の末この国を尋ねてきた一人の王子が、森の前を通りかかりました。
「花屋」を名乗る森番は森へ分け入ろうとする王子に声を掛けました。
「その奥に大層美しいお姫さまとゆたかな富を誇る城が眠っているイバラの茂みには、決して近付かねえことです」
王子はしばらく考えてから答えました。
「この森のあるじのご忠告、誠に痛み入る。
せいぜい分相応に眺め愛でることとしよう」
そういうと王子は颯爽と馬を進めました。
この森番が森の中に消えてゆく者を笑顔を持って見送ったのは、この王子が最初で最後でした。
森は色濃い緑の天蓋から優しく光を注ぎました。
遥か頭上では小鳥達が楽しくささやいていました。
風は柔らかな香りと共に吹き抜け、木々はいつまでもその奥へと続いていました。
やがて王子は、木立の向こうにひらけて明るくなっている所を見つけ、光にさそわれるようにそちらに向かいました。
そこにあるのは、正しく汚らわしいほど異様に膨れ上がったイバラの茂みでした。
王子は居住まいをただすようにゆっくりと馬から下りました。
頭を右に巡らそうともはたまた左に巡らそうとも茂みは途絶えることなく続いてゆきました。
根本は頑強に凝り固まって、見上げると頂はどこまでも上にあり、複雑にからんだ枝にさえぎられて一間先の奥のようすすらうかがい知ることができませんでした。