体と心の傷跡
ある日のちょっとした休憩時間。
修道院の敷地内で、僕はシスターと一緒にやわらかい草が生える大地に腰をおろして日向ぼっこのようなことをしていた。暖かい日差しがとても心地よい。
隣のシスターといろいろなおしゃべりをしていたが、僕はふと近ごろ尋ねたいと思っていたことを口にした。
「そういえば、この服はシスターが作ってくれたんですか?」
「はい、そうですよ。ひょっとして体に合いませんか?」
「い、いえ、そんなことありません。ぴったりです」
「それならよかった。これからの成長のことも考えて少々大きめに作っていたので、ぶかぶかでないのなら何よりです」
いつもの慈愛溢れる笑顔でそう語るシスター。
ベッドに寝かされていた頃は怪我が酷くてそれどころではなかったし、完治してからはこの修道院での仕事を覚えることばかりを考えていたので意識する暇もなかったのだけど、僕が今来ている服はシスターから渡されたものだ。もちろん下着も。
僕がこうして自由に動けるようになる頃には、どちらも何着か準備されていた。
なにしろ、僕が最初に身に着けていた衣服……というか冒険用の装備一式だけど、それらはモンスターの手によってずたずたにされていたから。
それで、僕は気が付いたら全身のいたるところに包帯を巻かれて修道院のベッドに寝かされていた。意識が戻る前も戻った後も、何回か包帯を取り替える機会があったわけで……。
つまり何が言いたいかというと、僕はシスターに全裸を見られているってことなんだよね……。
そういった理由もあって今身に着けている衣服やら下着やらがぴったりのサイズなんだろうけど、正直言ってさすがに気恥ずかしい。僕だってもう子どもではないのだから、大人の女性に自分の裸を見られているという事実は。
「たしかに、私はリオ君の体について余すところなく知っています」
「……っ、シ、シスター」
僕の考えていることが分かったのか、シスターが冗談めかしてそう言った。僕は自分の顔が赤くなるのを感じる。シスターは一呼吸おいてから、再び口を開いた。
「……私が最初に森で発見した時のあなたは本当に痛ましい姿でした」
その言葉と共に先ほどまでの表情は霧散し、シスターの目が真剣さを帯びた。僕もはっとなってシスターを見返す。でもシスターの顔はすぐに普段の柔らかいものへと戻った。
「でもその傷も今ではふさがり、こうして元気なリオ君と一緒に日々を過ごせるのは何より嬉しいことです」
「……はい。僕もこうしてシスターとお話できることが幸せです」
なにしろ生死の境をさまようほどの状態だったのだ。それが今こうして元気に生活できているのは、シスターが僕をずっと看護してくれたからにほかならない。
服から覗く自分の肌を見下ろしてみるけど、もう傷跡も注意深く見ないかぎりは分からないくらい綺麗に消えている。シスターが使ってくれたという薬草のおかげでもあるのだろう。
本当に、シスターは命の恩人だ。それに今はこうして修道院で居場所を与えてくれている。命の恩人という言葉だけでは足りないほど僕を大事にしてくれている。
シスターはとても優しいしあたたかい。側にいるだけで幸せな気分になれる。この修道院という場所も、シスターと同じく僕を穏やかに見守ってくれているようだ。
だけど……。
僕の中にはまだこの聖域にふさわしくない暗い感情が残っている。
「……心の傷はそう簡単には癒えません」
「……はい」
エイブたちのことを思い出して怖い顔をしていたのかもしれない。シスターがふたたび真剣な目をして静かにそう言った。
強がりを言っても逆に気を使わせてしまいそうなので、僕は正直に認めた。
そんな僕に、シスターはまた優しい笑みを浮かべる。
「でもそれもいつかは癒えるはず。そのために私がここにいます。そして、神様もずっとあなたを見守っていらっしゃいますよ」
「はい……ありがとうございます……」
なんだかその言葉だけでも、僕の中に残る見えない傷が治っていく気がする。
でもなんでシスターはこんなに僕の世話を焼いてくれるのだろう。普通はここまでしないと思う。慈愛と慈悲の女神様の信徒だから、やっぱり全ての人に優しいのかな? 別に僕が特別というわけじゃなくて。
……そう考えた僕の胸が、なぜかチクリと痛んだように感じた。
「なぜシスターは僕にそこまでしてくれるのです?」
それで僕はつい、ずっと疑問に思っていたことを口に出していた。シスターの真意を確かめたかった。
「いくつか理由はありますが……その中で最も大きなものは……」
その質問に対して言葉を紡ぎ始めたシスターはなぜか顔を少し赤らめ、僕の顔を見つめている。その視線に僕はとまどい、どぎまぎとしてしまう。でもシスターはやがていたずらっぽい表情になり、唇に人差し指を当てて片目を閉じるとこう言った。
「ないしょ、です」
「な、内緒ですか」
シスターの可愛いらしい仕草とその言葉に、僕は勢いを逸らされてしまう。といっても、さすがに無理やりにでも理由を聞きだしたかったわけではない。シスターが内緒だというのなら、それはそれで構わないと思う。
いつもと同じ柔和な表情に戻ったシスターは、僕の目を見て口を開く。
「でもきっと、いつかリオ君にも分かってもらえると信じていますし、そうなれば私も嬉しいと思っています」
「う、うーん?」
シスターの言葉に首をひねる僕。
でもシスターはそれ以上何も言うことはなく、僕を見つめたままにこにことしていた。