シモーヌの末路
「シモーヌ! 急げ!」
「分かってるよ!」
エイブ、ベルガモ、シモーヌ、デルモンドの四人は今必死の形相で走っていた。
彼らはある時、イビルリザードマンの集落にもぐりこんだ。先日ダンジョン踏破に失敗したこともあって金に困るようになっており、イビルリザードマンたちが隠し持っているという秘宝を盗み出そうとしたのである。
それだけならまだしも、盗みに気付いて誰何の声をあげたイビルリザードマンを反射的に殺してしまっていた。
それから戦いは連鎖し、ついに追いかけてくるイビルリザードマンの群れから必死に逃げるはめとなっているのだ。
シモーヌは魔法使いで体力的には仲間たちに劣る。重い鎧を全身にまとうデルモンドですらシモーヌのはるか先を走っていた。
しかしイビルリザードマンもそこまで足が速い種族ではない。彼らが得意とする湿地帯が続いていたが、それもここまでだ。
シモーヌは仲間たちに遅れる形ではあったが、死地を脱しようとしていた。
「あがっ!?」
突然自分を襲った痛みと衝撃にシモーヌは悲鳴をあげ、もんどりうって大地に転げた。
地面に倒れたまま、何が起きたのかと痛みを感じる左足に顔を向けるシモーヌ。イビルリザードマンが撃ったのか、一本の矢がそこに深く突き刺さっていた。
「くっ……もうちょっとのところで……!」
痛みをこらえて立ち上がろうとしたシモーヌの耳に、大挙してやってくるイビルリザードマンたちの足音が聞こえる。じゅうぶん稼いだはずの距離が、一本の矢によってすべて縮まってしまったのだ。
助けを求めようと顔をあげたシモーヌだったが、頼りとする仲間たちはすでに遠く離れた場所にいた。そして戻ってくる気配もない。
恐怖の表情をはりつけて振り返ったシモーヌが見たものは、もはや逃げられないところにまで迫ってきているイビルリザードマンの群れだった。彼らの手にはそれぞれ剣、槍、斧、いろいろな得物が握られている。
たとえ種族の差があろうとも彼らの牙を剥く顔を見れば理解できる。自分を引き裂こうとしているということが。
「く、来るな……来るな、来るな、来るなあああああああああああああ!!!!」
シモーヌはパニックを起こしながらも、熟練の魔法使いらしくその手から何発もの光球を放った。
たちまち周囲は激しい爆音と叫喚とにつつまれる。
イビルリザードマンは一体一体がそこまで強い種族というわけではない。シモーヌの放つ光球にえぐられ、あるいは吹き飛ばされ、次々に倒れていった。
「消えろっ! 消えろっ……! トカゲ野郎め!!」
シモーヌがすべての魔力を使い果たし、攻撃魔法を撃ち終えたとき、地面に立つイビルリザードマンは一体もいなかった。あたりにはいくつもの死体が積み重なり、それらは全て無念そうにあさっての方角を見つめていた。
しばらく肩で息をしていたシモーヌだったが、自分が生き延びたことを確信した彼女は、けたたましく笑いだした。
「あ、あはっ……あはははっ! 生きてる生きてるよあたし! 生きてる!」
ひとしきり笑ったシモーヌはよろけながらも立ち上がり、ついさっきまで自分が逃げようとしていた方向を睨みつける。
「ああ、トカゲどももむかつくけど、あたしを見捨てたエイブたちも許せないね……」
矢がささったまま痛む足を引きずり、急ぎこの場を離れようとするシモーヌ。
「あいつらもいつか必ずあたしの魔法でみなごろ」
シモーヌの憎しみに満ちた声は急に途絶えた。突如飛んで来た一本の矢が、シモーヌの脳天に突き刺さっていたのだ。
「あ……あ……」
もはやまともな言葉を発することなく、シモーヌはふたたび倒れた。すでに事切れている。
この後、集落から仲間の無事を確認しにきた新たなイビルリザードマンたちは、そばに倒れている人間の女によって引き起こされたであろう多くの無惨な死骸を目撃した。
イビルリザードマンは人間たちから邪悪な存在とみなされているが、最低限の仲間意識は持っている。
怒りに任せ、イビルリザードマンたちはシモーヌの体をそれぞれの剣で、槍で、斧で、ずたずたに引き裂き、あるいは突き刺した。
彼らの中の激情がようやくおさまった後は、かつてシモーヌと呼ばれた女の肉片があたりに散らばっているだけだった……。
R.I.P