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修道院のシスター、カミラ

「私の名前はカミラ。この修道院を一人で守っています」


 胸に手をあてて自己紹介をするシスター。首から下げているアクセサリーがその胸のあたりで小さく揺れている。聖印かなにかだろうか。


 目覚めた日からすでに数日が経っている。もう傷はほとんど治って包帯も大半は外れているので、ベッドから起きて床に立とうとしたのだけど止められてしまった。


 そこで僕は今、大人しくベッドの端に腰掛けてシスターと対面している。シスターも部屋の隅から運んできた小さな椅子をベッドの側に置き、その上に座っていた。


「僕の名前はリオといいます……改めてお礼を言わせてください、シスター」


「リオ君ですか。なんというか、あなたにぴったりの可愛いらしい名前ですね」


「う、その……」


 にこりと微笑んだシスターに対し、あいまいな表情になる僕。


 僕は体つきもたくましいとは言えず、顔もどちらかというと中性的だ。小さい頃はよく女の子と間違えられた。名前もこの通りあまり勇ましくない響きだ。


 それで可愛いよりはかっこいいと言われたいと常々思っているのだけど、このシスターから可愛いと言われてしまった僕はなぜかいつものような反発心を覚えず、気恥ずかしくなって口ごもってしまった。きっと顔も赤くなっていると思う。


「あ、ありがとうございます……シスター……」


 そんな反応をした僕を、なぜかシスターは困ったような顔をして見つめている。


「私のことも、名前で呼んでくれて構いませんよ?」


「……それは……」


 先ほど名乗ったシスターを、名前で呼ばずにふたたびシスターと呼称する僕をいぶかしく思ったのだろうか。


 しかし、今の僕は親しげに名前を呼ぶという行為に抵抗があった。


 逡巡している僕を前に沈黙を守っていたシスターが、やがて口を開く。


「エイブ、ベルガモ、シモーヌ、デルモンド」


 突然飛び出てきた人名の羅列に、僕はびくんと身をすくませてシスターを見た。なんで、この人があいつらの名前を知っているんだろう。まさか仲間なのだろうか。先ほどまでと違い、今の僕は恐怖に満ちた瞳でシスターを見返していると思う。


 でもそんな僕を、シスターはとても痛ましげに見つめていた。その瞳には一分の敵意も感じない。


「あなたが目を覚まさないで苦しんでいた時、うわごとのようにその名を呼んでいました」


 だからか。シスターがあいつらの名前を知っていたのは。


「その人たちに、つらい目にあわされたのですか?」


「……」


「ここには、あなたをつらい目にあわせるような者はおりません。私はあなたの力になりたいと思っていますし、神様だって見ていらっしゃいます」


 シスターは少しだけ身を乗り出し、何も言わない僕をいたわるように言葉を重ねた。その胸にかけられている聖印らしき物も動きにあわせて揺れ動く。


 心から気にかけてくれているシスターを見て、僕の口はついに開いた。やはり、誰かに聞いてほしかったのだと思う。


「……僕は、先ほどシスターが口にした名前の連中に裏切られました……ダンジョンの奥で多数のモンスターに囲まれた時、あいつらは僕を敵の集団に向かって突き飛ばし、おとりにしてさっさと逃げたのです」


 あまりにショッキングだったのか、シスターは青い目を見開いて僕のことを見つめるだけだ。


「そこから必死にモンスターの囲みを突破して……あとはどう逃げたのか分かりません。気がついたら、僕はこのベッドの上で体を横たえていました。シスターが助けてくれなかったら、きっと僕は森だかどこかで野垂れ死んでいたと思います」


 ややあって、僕は最後にぽつりと付け加えた。


「たしかに大好きな連中だったとは言えません。でも仲間だと思っていました」


 そう、仲間だと思っていたのだ。少なくともあの時までは。しかしそんな仲間にあっさりと捨てられ、命を落としかけた。


 そのせいで他人と親しくなるのが怖くなっているのだ。また裏切られるのではないかと。シスターの名前を呼ぶことができないのは、たぶんそれが大きな理由だ。


 僕が淡々と話した内容はシスターにとってやはり衝撃的だったのだろう。とても思いつめたような表情をしてこちらをじっと見ている。


「……復讐、したいと思いますか?」


 やがてシスターの口から出てきたのは僕が予想もしていなかった言葉だった。シスターには似つかわしくない言葉を聞いて、僕は真意を確認したいと正面から見つめ返す。でもシスターはそれ以上何も言わない。僕の答えを待っているのだろう。


「正直言って、許せない気持ちでいっぱいです。でも……」


 実際、僕は死ぬ間際、あいつらをこの手で殺してやりたいと願っていたはずだ。


 ……でも、どうしたんだろう。シスターの心配そうな瞳で見つめられると、そんなことを考える僕が間違っているのではないかという気分になる。


「……復讐は新しい憎しみが連鎖するだけです。許すとまでは言いませんが、この手であいつらをどうにかしたいのかと言われると……」


 気づいたら僕は、自分でも驚くようなことを口にしていた。たしかに理屈ではその通りだ。復讐という行為は何も生み出さない、ただの自己満足な行為だろう。でもだからといって、あいつらが僕にしたことを忘れられるだろうか。


 うつむく僕は、頭部にのせられた柔らかいものと、優しい感覚に驚き、今何をされているのか気が付いて戸惑いと共に口を開いた。


「あ、あの、シスター?」


「なんですか? リオ君?」


「いえ、その……頭を撫でられるのはちょっと恥ずかしいのですが……」


 そう、シスターがいつの間にか僕のすぐそばに寄り添い、頭を優しくなでていたのである。


「あ、ごめんなさい。つい……あなたが愛おしく思えて」


 困惑している僕に気付いたのか、シスターは恥ずかしそうな笑みを浮かべると名残惜しげにその手を離し、元の姿勢に戻った。


「そ、それに今のはあくまでも理想論を述べただけです! ……やっぱり、心の底では復讐を望んでいるって思います」


 照れくささをごまかすように、僕はやや早口でまくしたてた。でもどちらかというと、やはり今述べた言葉が僕の本心だと思う。

 復讐してやりたい。あいつらを僕があったのと同じような目にあわせてやりたい。


 シスターを前にしていても、その優しげな瞳で見つめられても、心の中で燃え盛る暗い炎を消し去ることは出来そうになかった。


「そうですか……」


 シスターは少しだけ考え込むようにうつむくと、やがて顔をあげて僕を真っ直ぐに見た。


「ところで、リオ君。行くあては、あるのですか?」


 その質問に、どう答えるかしばし迷う僕。


 でもその迷った時間がすでに答えのようなものだったのか、シスターは僕の返事を待たずに言葉を続けた。


「もしリオ君さえよければ、しばらくこの場所で働いてくれませんか?」


 この申し出にはさすがに驚いた。なぜ僕のことをそこまで気にかけてくれるのだろう?


 でも正直言って、この場に長くとどまる気はなかった。目の前のとても優しそうなシスター相手ですら、裏切られてしまうのではないかという恐怖の感情が僕の中にまだあるから。それと……。


「その……僕は盗賊です……あっ、でも盗みとかはしてなくて! 冒険者としてパーティーを組み、ダンジョンに潜って宝を見つけることが本職のようなもので」


 そう、僕は盗賊だ。この自己紹介をされて良い気分になる相手はそうはいないし、僕がやっていることはどう考えてもこの修道院という場所に似つかわしくない。


 僕の正体が分かったら嫌われるかもとは思ったが、さすがにこのシスターをだますようなことは出来なかった。


「僕みたいな奴がこの神聖な場所にいたら、シスターにもご迷惑をおかけますし、神様だってお怒りになるでしょう?」


 シスターから見たらダンジョンで宝をあさることだって盗掘みたいなものだし、人から物を奪う盗人と同じようなものだろう。実際、かつての仲間の一人も最後まで僕のことを下賤な存在だと言ってたっけ。


「大丈夫です。神様はそんなことで怒ったりしませんよ」


 シスターはふたたび僕の頭を優しくなでてくれる。


 年齢はよく分からないけど、たぶん二十歳くらいかな? 僕よりはるかに年上の女性が、僕の頭を優しくなでなでしているわけで……。


 先ほど撫でられた時は驚きが先行したけど、今の状況は正直言って、とても照れくさい。僕はうつむいた。多分顔も真っ赤になっているだろう。


 やがてシスターは手を離し、顔をあげた僕を正面から見据える。


「もう一度言います。リオ君にはこの場所で働いてほしい。今は人手も足りなくて困っているのです……だから、ね?」


 僕に気を使わせまいとしているのか、シスターは自分が困っているから助けてほしいと言い添えた。


 実際、今は行くあてなんてどこにもない。それに僕が持っていたアイテムやお金の袋は、ダンジョンから脱出する際にほとんどを落としてしまっていた。残っているのは愛用の剣くらい。


 もしどこかの街に行ったとしても、宿すら取れそうにないということだ。となると生きるために他の人からお金を盗んだりしてしまうかもしれない。それは命の恩人であるシスターに対する冒涜のように思える。


 となると今はシスターのご厚意に甘えて、これからのことを考える時間にあてるのも良いかもしれない。


 それに、例え嘘かもしれなくても、誰かに必要とされるのはやっぱり嬉しいから。


「分かりました……シスターさえよければ、しばらくここでご厄介になります」


 僕の返事に、シスターはほっと安心したのか柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、リオ君。これからよろしくお願いしますね」


 こうして僕は、しばらくシスターのもとでお世話になることを選んだ。

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