エイブの末路
「わ、罠は無いと思います……」
「そうか。ならさっさと開けろ」
「は、はい……」
盗賊の少女は恐怖に体を震わせながら、先ほど罠がないと判断した目の前の扉を開けた。新たな空間がその少女と、背後に立っている冷たい目をした男の前に広がる。
少女の後ろにいる男はエイブだった。
エイブははした金で雇った盗賊の少女を連れ、まだ盗掘されていないダンジョンへと挑んでいた。
いつ頃からかは分からないが、最近ついてない。冒険はまったくうまくいかず、金も増えずに減る一方だ。それにベルガモ、シモーヌ、デルモンド、全員いなくなってしまった。それなりに馬が合う連中だったんだがな、とエイブはわずかに心の中で思う。
しかし、すぐに目の前の光景に意識を戻した。
さきほど少女があけた扉の向こうには、壁に囲まれた部屋が広がっている。対面の壁にも新たなドアがあり、その両脇には翼を持つ怪物を模した石像が二体設置されていた。
エイブはこれまでに、近づいた途端そういった石像が動き出して襲い掛かってくる光景を何回も見たことがある。それにこの盗賊の腕前もどこまで信用できたものか。
一瞬で今から取るべき行動を決めたエイブは、部屋の中の様子をうかがっている少女の背に近づいた。
「そらよ」
「きゃっ!?」
エイブはいきなりその少女の小柄な体を抱え上げ、部屋の中に投げ入れる。綺麗な着地こそできなかったものの、何とか受け身を取る形で床に転がる盗賊の少女。エイブの膂力により、その体は鎮座する石像の近くにまで投げ飛ばされていた。
「な、なにするんですか!?」
エイブによって部屋に投げ込まれた盗賊の少女は、まだ完全に体を起こすこともできないまま、怒りと恐怖がないまぜになった目でエイブの顔を見上げた。
しかしエイブは非難の声をあげる少女を見てすらいなかった。その冷たい視線は扉の前の石像に注がれている。動く様子がないことを見てとり、ようやくエイブは思い出したように床に倒れたままの少女へ顔を向けた。
「決まってるだろう? 部屋の中にしかけがあるかどうかの確認さ。雇い主サマを危険から守るために身を呈するのがお前たち盗賊の役目だろ?」
「……!!」
盗賊の少女はあぜんとして自分の雇い主である男の顔を見つめた。今まで他人に雇われたことはそれなりにあったものの、ここまで酷い扱いをされたことはさすがにない。
「昔いた盗賊が使えないやつでな。そいつと最後に挑んだダンジョンでは特にひどい目にあった。すでに金も払ったんだし、お前にはちゃんと役に立ってもらわないと困るんだよ」
盗賊の少女は自分を見つめる冷たい目に言いようもない異様さを感じ、立つことも忘れて床の上で後ずさった。
エイブはそんな盗賊を嘲笑しつつ部屋の中へと一歩を踏み出す。さきほど盗賊を投げ入れたせいで、まだ誰も踏んでいない石の床へと。
その時、カチリという音が響いた。
たちまち、上から何かが落ちてくる。それはドスン、と重い音をさせて石の床に突き立った。そして盗賊の少女のそばに、細長い何かが飛んできた。
その物体は赤い液体をまき散らしながら、しばらく転がりまわる。
「きゃああああああああああああああ!?」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?????」
二種の悲鳴が重なった。
少女のそれは恐怖と驚きに満ちたものだったが、エイブのそれは苦痛と驚愕に満ちたものだった。
「う、腕があ……!! 俺の腕があああああああああああああああああああああああ!!!」
さきほどエイブの上から落ちてきたのは、大きな鉞の刃というべきシロモノだった。
研ぎ澄まされた刃が天井からエイブの腕に落ちかかり、肩口のあたりからそれを切り落としたのである。
「お、お前! よくも、よくも……!」
ふらつきながらも盗賊の少女を睨みつけ、怨嗟の声を絞りだすエイブ。先ほどのトラップに引っかかったのは明らかに彼の責任によるところが大きかったのだが、もちろん彼にそんな自省の気持ちなどない。
その足がたたらを踏み、ふたたびカチリという音がした。
「……ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
再度、天井から降ってきた別の大きな刃が、エイブのもう一方の腕を断ち切った。悪夢のように鮮血がほとばしる。
「いでええええええ!! いでええええええええええ!! ちくしょうちくしょうちくしょう!!!」
よろめく彼が倒れまいと石の床を強く踏みしめたその時。またもカチリという音がした。
次の瞬間、エイブの叫び声は唐突に止んだ。先ほどまでのものよりもさらに大きな斧の刃が、天井からエイブの頭部に向かって落ちたのである。
凄惨な光景を目に焼き付けてしまった不幸な少女の悲鳴が部屋の中にあふれた。
エイブはもう何も言わない。何も見えないし、聞こえない。
エイブの頭部は頭蓋骨もろとも頂点から紙のように断裁され、その二つに分かたれた体は血まみれになって崩れ落ちていた。断面からは臓物があふれ出て、血と内臓を絵筆とした狂気のデザインで迷宮の床を彩っていた……。
R.I.P




