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シスターと神聖魔法

いたっ……」


 ある昼食前のひと時。


 台所から聞こえてきたシスターの声に、僕は何かあったのかと駆けよる。そこではシスターが包丁を手にしたまま、もう一方の手を光にかざしていた。


 その綺麗な指からは血が流れている。どうやら野菜を切る際に、自分の指を切ってしまったらしい。傷も深いのかかなりの量の血液が指をつたって零れ落ちていた。


「ああ、リオ君ちょうど良いところに。包帯をとってきてもらえませんか」


 僕がそばに来ていることに気付いたのか、困ったような顔をこちらに向けるシスター。


「はい! すぐに取ってきます!」


 と言って慌てて駆けだそうとした僕だったけど、ふと思いついたことがあって足を止めるとシスターの方へ向き直り、何気なくそのことを伝えた。


「シスター。神聖魔法を使って傷を治せばよいのでは?」


 女神様の信徒なら怪我や病気を癒す神聖魔法が使える。それなら小さな切り傷くらいすぐに治るし傷跡も残らないはずだ。


 しかしその言葉に、なぜかシスターの動きが止まる。その表情も凍り付いたように微動だにしなくなり、僕は予想外の反応に立ち尽くす。


 ……そういえば、僕が大けがをしてベッドに寝かされていた時も薬草を使って手当てをしたと言っていた。


 僕は恐る恐る、自分の心に芽生えた疑問をそのままシスターにぶつけてみる。


「あの、ひょっとしてシスターは神聖魔法とかは使えな……」


 僕が最後まで言い終わる前に、シスターは僕に背を向ける形でふたたび調理台と野菜とに向かい合った。その手には変わらず包丁が握られている。やがて材料を刻む包丁の音が静かな台所に響きはじめた。


「……神聖魔法とは、あの脆弱な連中が使う怪しげな術法のことですか……」


 リズミカルな包丁の音に混ざって、シスターの力ない声が発せられる。その背には近寄りがたい雰囲気すら漂わせて。


 あっ、これひょっとして、凄くまずいことを聞いちゃったのかも……。


「神聖魔法が使えないシスターはやはり駄目ですか……信仰心があっても魔法が使えなければ信徒だとは認めてもらえませんか……私よりあのゴブリンとすら戦えない人たちのほうが信徒としてふさわしいのでしょうか……」


 シスターが一文を言い終えるたびに、材料を切る包丁の音がドン! ドン! といった激しい音を立てる。


 それと共に空気が震え、もちろん僕の身も心も同様に震えていた。


「ちちちちちち違います違います違います! シスターはとても素晴らしい人です! 神聖魔法なんて使える必要はありません! それは僕が自信を持って断言できます!!」


 シスターを力づけようと慌てて声を張り上げる僕。僕の顔はきっと必死の形相になっていることだろう。逆に、背を向けるシスターが今どんな表情を浮かべているのかは、僕には想像もできなかった。


 僕の呼びかけを聞いたシスターの動きがぴたりと止まった。少しの間静寂があたりを支配する。きっとわずかの間だったのだろうけど、僕にはとても長く感じる時間だった。


 やがて、シスターは包丁を手にくるりと向き直る。その顔にはいつもの慈愛あふれる笑みが浮かんでいた。


「そうですよね。リオ君にも分かってもらえて嬉しいです」


 包丁を両手で持って、その両こぶしに頬ずりするようなそのポーズはとても愛らしい。


 しかしその表情とはミスマッチなまでに、包丁を支える手からどくどくと大量の血が流れていた。さきほどシスターが切っていた材料ももはや血にまみれているのではないだろうか。


「と、とにかく今すぐ治療道具を持ってきますので!」


 僕は急ぎ、包帯などがしまわれている小物入れを目指して駆け出した。

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