シスターに水やりを頼まれる
「今日は花壇に水をあげてもらえませんか」
「はい。喜んで」
即答した僕に対し、シスターは体の前で両手をあわせ、嬉しそうに微笑んだ。
先日ゴブリンの群れが襲ってきた事件のあとも、僕はシスターと一緒に穏やかな日々を送っていた。シスターは相変わらず優しい。あの時の血に染まる姿は幻覚だったのではないかと思うくらいに。
「ありがとうございます。道具のある場所は分かりますか?」
普段はシスターが自ら花壇に水をあげているから、花のお世話をするように頼まれたのはこれが初めてだ。
「シスターがいつも水やりに使っている桶でいいんですよね? それなら知ってます」
「はい。それを使ってくださいな。他の道具もその中に入っていますから。ではよろしくお願いしますね」
シスターと別れて僕は指定された桶と道具を手にし、まずは井戸へと向かう。屋根についている滑車から伸びた縄を引っ張ると、井戸の中から水が入った小さな桶が上がってきた。中に入っている澄んだ水を、水やり用の桶へと移す。
ここの井戸水は普段の飲み水としても利用している。ちょうど喉が渇いていた僕はひと口のんだ。
やがて桶に水を汲み終わった僕は花壇へと足を運ぶ。さすがに一回で全ての水やりを終えるだけの量は入りきらないから、何度か往復することになりそうだ。水やりも意外と重労働なんだな。
花壇の近くまでやって来た僕は水がたっぷり入った桶を一旦地面へと置く。そして目の前に広がる幻想的な光景を見つめた。
シスターが大事にしているのであろうこの場所はいくつかの区画に分けられており、それぞれの場所で花々が咲き誇っている。
どの花もとても色鮮やかかつ綺麗で、見ているだけでも心が洗われる感じだ。きっとシスターも心を込めて育てているんだろうな。
花たちに水を与えている時のシスターの慈愛あふれる笑みを、僕は遠くから何度も目撃していた。そんな大事なものに水やりを頼まれたのは純粋に嬉しい。
……でも、なんだか見たことのない花ばかりだな。
近くで改めて花を観察した僕が真っ先に思ったことがそれだった。
一応いろいろな場所で冒険をしていたこともあって、植物に関する最低限の知識はある。そんな僕でもさっぱり名前が分からない花が、ここら一帯には咲いていた。
僕がいわゆる賢者のような存在だったら、きっとここの花の名前もすべて分かったんだろうけど……まあ綺麗な花が咲いているという事実だけでじゅうぶんか。
花を大事にしているシスターを悲しませないよう、僕は間違って花を踏んづけてしまったりしないように、急がず丁寧に水やりを行なった。
その甲斐あって特に失敗することもなく、水場を数回往復したあとに無事、水やりは終わる。
まだ水が残っている桶を持って花壇を離れ、戻ろうとしたその時。水やりが上手くいったことで気が抜けていたのか、僕は小さな石に転びそうになった。
さいわい、数歩たたらを踏んだだけですんだけど、代わりに水の桶をひっくり返してしまった。大量の水が土の上にぶちまけられている。花壇に向かって転ばなかっただけでもまだマシか。
転がる桶を拾い上げた僕は、そこに蟻の巣穴があることに気付いた。こぼした水もどうやらこの巣穴の中に大量に流れ込んでしまったようだ。そのせいで溺れてしまった蟻も多数いることだろう。
「ありゃ……悪いことしちゃったな……」
子どもだった頃はともかく、今はもはや蟻に対して非道な遊びをしたいと思うことはない。
わざとではないにせよ、蟻の巣に損害を与えてしまったことを、心の中で謝った。




