惨劇の修道院
「シスター! 大変です!」
ここまで息も切れんばかりの全力で走ってきた僕は、大声を出しながらシスターの姿を求めて建物の中へと入る。幸い、シスターはいつもの場所にいた。普段とは違う僕の様子に、シスターは驚きの表情でこちらを見る。
「リオ君? 慌ててどうしたのですか?」
ただごとではないと思ったのか、シスターはいつもの柔和な笑みを浮かべることなく事情を尋ねてきた。僕は少しだけ息を整えると、この修道院に迫っている危機について早口で述べる。
「モンスターです! 忌まわしいゴブリンたちがこの修道院に向かってきています!」
さきほどまで狩りに出ていた僕は、明らかにこの修道院の場所を目指しているゴブリンの一団を発見した。それで連中に見つからないよう森の中の道なき道を駆け、急いでこの場所に戻ってきたというわけだ。
僕の言葉を聞いたシスターはさすがに顔色を変えた。
「急いで逃げましょう!」
僕はシスターの手をつかみ、連れ出すように急ぎ戸を開けて外へとでる。
しかし……。
どうやら遅かったのか、ゴブリンの群れがすでにこの建物の周囲に続々と集まってきていた。
ゴブリンたちの目はこれから自分が楽しめるであろう殺戮の予感にギラギラと輝いていた。それぞれの手には粗末な剣が握られている。
繋いでいるシスターの手からはかすかに震えが伝わってくる。無理もない、こんな光景を目にしてしまったら。
――くっ……!
僕はシスターから手を離して前に立ち、右手で腰に下げている短剣を引き抜くと、左手はいつでも魔法を撃てるよう魔力を集中させた。
シスターはさすがに武器を持って戦うなんてできないだろうし、ここは僕がシスターを守るしかない!
「やってしまいましょう」
「……えっ?」
耳を疑うような言葉は、明らかにシスターから発せられたものだった。
とまどう僕をしり目に、シスターはすたすたと敵への距離を詰めていく。
シスター服の袖にでも隠していたのか、いつの間にか左右の手それぞれにメイスが握られていた。
「邪悪なるものどもは浄化します。このメイスでまとめて」
「えっ? えっ?」
「神の大いなる慈悲を受けなさい」
シスターは言葉と共にゴブリンの群れへと突っ込んだ。まるで獲物を見つけた肉食獣のような獰猛さで。
「慈悲です! 慈悲です!」
そう叫びながらシスターは手近なゴブリンの頭に向けて、左右のメイスを熟練の戦士かと思わせるような動きで振り下ろす。一撃をくわえ終えたら別の敵を求めてまた一撃。
そのたびにゴブリンたちは頭蓋骨を叩き割られ、脳みそやら血やらをまき散らしながら惨たらしく死んでいく。
……先ほどシスターが震えていたのはひょっとしてただの武者震いだったのかな。むしろ今では僕のほうがちょっと震えてるくらいなんだけど……もちろん恐怖で。
ほんの少し前までは加虐の喜びに目をぎらつかせていたゴブリンたちだったけど、今では明らかな狼狽と恐怖をその瞳に浮かべ、集団で剣を突き立てようとしていた。
でもシスターはゴブリンたちの攻撃をその身にかすらせることなく、逆に間合いに踏み込んできた魔物たちへ強烈な打撃を叩きこむ。シスターがメイスを一振りするごとに一つの命が潰えていた。
やがて我に返った僕も途中から戦いに参加したけれど、僕が一体のゴブリンを倒している間にシスターは軽く三体を始末していた。
いつの間にか動くゴブリンはもういない。シスターと僕の手にかかってゴブリンたちは全滅したのだ。
「ふう。浄化完了。スッキリしました」
シスターは言い終えると共に左右のメイスをブンッ!! と振って武器にこびりついた血や肉片を飛ばす。シスターというよりはバーサーカーといった感じの所作だった。
シスターはくるりと僕の方を振り向く。その全身は返り血やら肉片やらで赤黒く汚れ、鬼気迫るものがあった。シスターは僕の顔を見つめながら首を傾げる。
「あら? 変ですね。リオ君がなにやら怖いものを見るような目で私を見ている気がするのですけど……」
「そそそそそんなことないですよ!?」
僕はあわてて否定の返事をした。声が震えていたのかいなかったのか、焦っていた僕には分からない。
「ふふ、そうですよね。リオ君が私を怖がるはずありませんよね」
僕の答えに満足したのか、シスターはいつも通りの慈愛溢れる笑みを浮かべた。少し離れたところに立っている僕の方へゆっくりと歩いてくる。
シスターが血にまみれた大地を歩くたびに靴底がニチャッ、ニチャッ、と嫌な音をたてた。
正直言って、後ずさらなかった自分をほめてやりたい。
やがてシスターは僕の前に立った。
僕より少し背が高いシスターは、いつの間にメイスを収めていたのか空いている右手を僕の頭上に伸ばす。
「リオ君もいっぱい倒したのですね。えらいえらい。神様はいつも見ていらっしゃいますよ」
そしていつかのように、僕は優しく頭を撫でられた。シスターが今さっき見せた、普段とは違う一面に対する恐怖はもちろんあったけど、それと同時に高揚して胸がドキドキする自分を感じていた。
異様な光景を見て、ついに僕は頭がおかしくなってしまったのだろうか?
やがてシスターは背後に向き直ると、大地に散らばる死骸を満足げに見下ろしてこう言った。
「ゴブリンたちの死体は穴を掘って埋めることにしましょう。浄化された彼らが新たな魂を持って生まれてくると信じて」
「は、はい……」
まるで敬虔な信者のように、僕はシスターの側に寄り添ったまま、その言葉に頷いた。
◇◆◇◆◇
修道院の敷地の離れには、地面の上に石や柱が突き立てられているだけの、墓地のようにさびしい場所がある。
その一画に埋葬のための穴を堀り、そこにもの言わぬゴブリンたちを投げ入れた後、僕とシスターは死者たちがうずくまる穴に土をかけた。
やがて埋められた大地の上に墓標の証となる木切れを新たに突き立てると、最後にシスターはささやくように言った。
安らかに眠れ、と。
事が済んだシスターと僕はその場を後にする。
歩いている最中、シスターはふとお互いの酷い恰好に気付いたように、いたずらっぽい表情を浮かべながら僕のことを見つめた。
「すっかり汚れてしまいましたし、お風呂に入りましょうか。一緒に」
「い、一緒は駄目です! シスターが先に入ってください! ……そうだ、僕お湯を沸かしてきますね!」
僕はそう言うとお風呂の準備のため、そして赤くなっているであろう顔を見られないようにするため、たちまち走り出した。




