突然の裏切り
その時、仕掛けられていた罠が発動した。たちまち入口のドアが音を立てて閉じ、どこからともなく湧いて出たモンスターの群れが僕たち一行のまわりを取り囲む。
僕がまだ開けてはいけないと注意していた宝箱を、仲間の一人が勝手に開けたのだ。
「おいおい……これはちょっとやばいな」
冒険者パーティーのリーダーである、エイブさんが面倒くさそうに声をあげた。
だから言ったのに、なぜ少しの時間を待ってくれなかったのか。
僕は周囲を包囲しつつある敵の群れを注意深く見わたした。一体一体はそれほどの強敵でもなさそうだが、数が多すぎる!
「ちっ……リオちゃんよ! この部屋にはトラップはもうないと言ってなかったか!?」
続いて文句を言ったのは魔剣士であるベルガモさん。
部屋にはもうトラップはありませんでしたよ。でも宝箱はまだ調べてませんでした。それをあなたたちが僕の制止も聞かずに開けちゃったんじゃないですか!
「ああもうリオがさっさと宝箱の罠を解除しないからこうなったのよ!!」
無茶なことを言うのは女の魔法使いであるシモーヌさんだ。両手で杖を構えて憎々しげに僕と周囲の魔物を睨みつけている。
「その通りだ。元凶はリオにある。私のように高貴な生まれではなく、下賤の盗賊だから無能でも仕方ないが」
最後にそんな言葉を発したのは重戦士であるデルモンドさん。高貴な家の出らしく、ことあるごとに僕を見下すような言葉と視線を投げてくる。でも今はそんなことを気にする余裕すらない。
どうにかしてこの危機を乗り越えないと。全員で協力すればなんとか脱出できるか?
「リオ!」
「なんですか!?」
リーダーであるエイブさんが大声で僕の名を呼ぶ。僕もそれに同じくらいの声量で応えた。エイブさんは僕の側にやってくる。
「……あばよ!」
はあ? と思う間もなく、僕はモンスターたちの群れの方へと蹴り飛ばされた。周囲をかこみつつあった敵をなぎ倒しながら、僕はなすすべもなく転がり、入口から離れた部屋の中央側へと追いやられた。
「なっ……!? 一体どういうことですか!?」
上半身を起こした僕はエイブさんに真意を尋ねた。しかしそれはあまりに間抜けな問いかけだった。そんな言葉を発しているその間に、僕の周囲はもうモンスターの壁が多重にできつつある。
「悪いな。俺たちが逃げるためのおとりになってくれ。シモーヌ、閉じたドアを魔法で吹き飛ばせ。すべての魔力を使ってかまわん」
「おっけー」
シモーヌさんは攻撃魔法のエキスパート。その魔法を目の前の敵に使ってくれれば、僕はまだ助かる可能性がある。
それなのに、そんなそぶりをわずかに見せることもなく、シモーヌさんは攻撃用の魔法をドアに向かって連続で解き放つ。爆炎が消えた後には、この死地から逃れられる通路への空間が開いていた。しかし、その場所は今の僕からあまりにも遠すぎる。
皆は最後にほんの少しだけ振り向き、口々にこう言った。
「じゃあな、リオ。もう会うこともないだろうけどよ!」
「腕利きの魔剣士である俺と一緒に冒険できたことを誇りに思ってくれ。リオちゃんよ」
「ばいばーい。せめてゴーストにならないことを祈っといてあげる」
「ふっ……貴様のような下賤な盗賊にはお似合いの末路だな。だが私の盾となって死ねるなら本望だろう?」
未だ信じられない思いで、僕はもう一度彼らに呼びかける。
「ま、待って! 待ってください!」
しかしすがる僕に一瞥もくれず、好き勝手に言い終えた彼らは部屋から逃げ出していった。やがてその出口も、間にモンスターたちの壁ができたことで見えなくなる。
そんな……そんな……。
エイブ、ベルガモ、シモーヌ、デルモンド。
これまで何度か冒険を共にしてきた仲間たち。僕に対して辛辣な言動をすることはたびたびあった。
でもここまで酷い奴らだったなんて!!
僕の絶望を意に介すこともなく、魔物の群れは僕への包囲網を狭めている。
すでに立ち上がっていた僕は腰から小さな剣を抜いた。空いている左手には攻撃魔法の光をともす。
先ほどまで胸を占めていた絶望感は、今では別の感情にとって代わられていた。その感情は怒りだ。今まで感じたことのなかったほどの憎悪が、僕の胸の中に湧きあがっていた。
こんなところで死にたくはない。死んでたまるか!!
僕は魔物の群れに、自分の持てる力の全てを持って挑みかかっていった。
◇◆◇◆◇
いったいどうやってあの死地を切り抜けたかは分からない。
僕は、気が付いたらダンジョンを抜け、どことも分からない山だか森だかの中をさまよっていた。
うろ覚えだけど、入ってきた入口からじゃなく、別の出口から出てきた気がする。そのせいもあって、ここがどこだか分からない。
ダンジョンを抜けた後も、僕は他のモンスターや獣によってたびたび命の危機にさらされていた。
もう身に着けているものもボロボロだ。体も全身が痛む。
どれだけさまよい歩いただろう。ついに、僕は生い茂る雑草の中に崩れ落ち、その体を横たえる。さすがにもう限界だ、立ち上がる気力すら残っていない。
そんな僕の方に近づいてくる足音が聞こえる。魔物だったら、もはや抗うすべはない。
さすがに、僕の命もここまでか……。
エイブ……ベルガモ……シモーヌ……デルモンド……。
せめて死ぬ前にあいつらを……。