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ぼくとバケツ頭とガラクタの街  作者: 天然素材
8/10

路地裏での問答

「ほら、あそこっす。見えるっすか?」

「えー、どれ…あれ?いや絶対違うな………もう少し近づかない?」

「この路地裏から完全に出ちゃダメっすよ?」

「どういう意味?」

「それは…内緒っす」


あの後、黙って歩くこと体感10分以上。ぼくたちは、路地裏から大通りを見つめていた。フセンさんがどこかに指を向けて聞いてくるけれど、ずいぶん遠くを指しているようで、全く見つけられない。そもそも何を指しているのかすら分からない。

歩き始めはいろいろ考えていたから無言でも耐えられたけれど、結局「何も分からない」こと以外分からず、その状態で何か知っていそうなヒトが目の前にいるなら聞いてしまおうと思うわけで。

「どこに向かっているの?」とか「結局さっきのクイズって何だったの?」とか「道ちがう気がするんだけど?」などと聞いても生返事しか返ってこなかったのに、急に道が開けて大通りにつながったかと思えば、路地裏から出ないように何かが見えるかと聞いてくるフセンさん。全く意味が分からない。


「(いっそのこと、ダメと言われたことをやってみようかな)」


イマジナリーママがやめておいた方が良いと思うなあ、なんて言うのを脳内で適当にあしらいながら、こっそりと片足を一歩分前に進める。


「うーん、やっぱり限りなく人に近い………?じゃあここだと遠すぎるんすかね…別の座標に行くにしろ、今日はなんだか混線しているし…」


フセンさんがなにやらボソボソとつぶやいているのを良いことに、うーんどれのことか分からないなあなんて口に出しながらもう片方の足を前に出す。言い訳をするなら、ぼくは基本的に良い子ではある。ママの言うことをよく聞いて、しちゃダメなことはできるだけしないし、お手伝いだってする。

こちらに来てからも、マルさんとハコさん(ポスト兄弟)やルーペさんたちの言うことを素直に聞いてきた。でも、こうも分からないことばかりの状況で、素直な良い子でいていいのか、不安になってしまう。こちらに来てから、ママとの約束をいくつ破っただろう。ぼくは、ちゃんと家に、ママの所に帰れるだろうか。


「(もう少し…)」


右足が路地裏から完全に出る。これで怒られたら素直に理由を聞けばいいし、怒られなかったらフセンさんが指しているものの正体を見に行こう。完璧な作戦である。左足も前に進めながら大通りに目をこらして


「あれ、マルさん?お仕事の途中かな、それとも早めに終わった?」

「うん、ちょっと早いっすけど、図書館に戻ってみるっすか?」


ぼくとフセンさんが同時に別の言葉を言った。重なった言葉に混乱して、フセンさんが話した内容をかみ砕く数秒の内に、僕は腕を引っ張られて路地裏の奥へと強制的に歩かせられていた。


「ちょっ…痛い、無理に引っ張らないで!」

「…謝罪も言い訳も、なんなら事情説明も後でまとめてするっす。今はとにかく、急いでこの場から離脱することだけを優先するっす。」


ぼくの腕を掴む力は少し緩んだけれど、歩く速さは落ちない。やっぱり覚えのない道を右に左に、たまには上り坂や下り坂を通り、なんだか治安の悪そうな所をほんの数歩分だけ通過して…と、フセンさんは僕を引っ張りながら、路地裏をぐいぐいと進んでゆく。


「ねえ、急にどこ行くの!?」

「後で答えるっす」

「さっきの壁、おかしくなかった!?」

「後で答えるっす」

「ねえこの上ってすぐ下る坂って意味ある?」

「後で答えるっす」


どんな質問をしても答えは変わらず、歩くスピードも一定なので、ついには口を閉ざして歩くことに集中する。無駄に質問しても疲れるだけだ。フセンさんへの不信感や帰宅への不安も、とりあえずは気にしない振りをする。


「(止まったら全部聞き出してやる…!)」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「………つかれた…足、ついてる…?」

「流石にここまで来れば少しくらい時間稼ぎにはなるはずっす。想定より向こうの動きが早いのは、ルーペさんに何かあったとしか…じゃあ、戻るのも危険ってことっすか…?俺はどうしたら……」


こんなに長く歩くとは思わず、最後らへんは疲れ果てて、軽く引きずられていた。フセンさんが止まると同時に地面に座り込んで、足を確認する。フセンさんのつぶやきをBGMに、息を整えながら周囲の様子を見ると、前後に道がある以外は何の変哲も無い、路地裏の開けた土地のようだ。


「こんな、どこにでもありそうな所まで連れてきたかったの?僕を引っ張ってまで…!?」

「ここは…いや秘密………いや、そうっすね、こんな状況になったらもう話した方が良いっす…」

「何を隠しているのかは知らないけれど、もう全部話してもらうから!」


バケツ越しにじろりと睨むと、フセンさんは困った雰囲気を出しながら、ぽつぽつと語り始める。


「…まず初めに、この場所は、空間と空間の隙間っす。」

「なにそれ」

「どこから説明したもんすかね…この世界は、物の終着点だって話はルーペさんから聞いたっすよね?人の世界からの一方通行とか、たまに発生する行方不明物とかの話、覚えてるっすか?」

「…うん。あと、上層とか中層とかに別れてるんだっけ?」

「その通りっす。詳しい話は専門的すぎて俺には説明できないんすけど、この世界は空間同士に距離があるんすよ。重なり方がまばらって言い方も出来るんすけど…そうっすね、簡単に言えば、人間の世界よりもおおらかなんすよね」

「…うん?」

「えっと…俺が前に聞いたヤツをそのまま説明するしか出来ないんすけど…地面に紙を敷いて、その上に石を置くじゃないっすか。」


そう言うと、フセンさんはしゃがみながら頭の付箋を1枚剥がして地面に置き、その辺にあった石ころを乗せた。僕は体勢を少し変えながら、何の変哲も無い石ころと紙に注目する。


「痛くないの?」

「このくらいはダメージの内に入らないんすよ…でまあ、石の上に水を一滴垂らすと、どうなると思うっすか?」

「石が濡れるね」

「そうっすね。下の紙や地面は濡れないっすよね」

「うん」

「石に穴が開いてたら、紙や地面は濡れるっすよね?」

「そうだね」

「石とか紙とか地面が空間で、水が俺らっす。で、穴が路地裏っすね」

「………なるほどね?もう少し簡単に言ってくれる?」

「本来は繋がっていない場所同士が、路地裏の特定箇所を経由することで移動できるんすよ。」


簡単に説明されて、ようやく理解できた。つまり、図書館からボサツさんの家へ、ボサツさんの家から大通りへと移動できたのは、路地裏を決まったルートで通っていたからだ、ということなのだろう。


「なるほど、だから空間と空間の隙間…?あれ、じゃあ目的地によって路地裏の道が変わるのにはどんな理由があるの?」

「んー、目的地ごとより、路地裏に入る度ってのが正しいっすね。道が変わるのはえっと、確か…なんかしらの理由で空間の隙間は法則がゆがみやすいから、だったっすかね…?理論にはあまり詳しくないんすよ…俺からは時と場合と運によって道が変わる、としか言えないっす。うーん、こういうのは、ルーペさんの方が詳しいんすよね。俺は感覚で捉えてるんで、説明が難しいっす…」

「ふーん…路地裏から出るな、ってのはそれと関係してる?」


ご名答っす!と頷くフセンさんを見て、知らずに詰めていた息を吐き出した。たくさん歩かされたり突然引っ張っられたりして感じていた不安や不信も、質問が出来てそれに答えてもらえるようになったことで改善される。さっきのフセンさんは、少し怖かったから。


「少し踏み出す程度なら問題は無いんすけど、完全に出たら後々の移動が面倒なんすよねえ…さっきの場所で完全に路地裏から出ていたら、俺たちは良くて迷子、悪くて粉みじんっす!」

「へ、へえ、そうなんだ!ああ、そういえば、結局、フセンクイズでは何がしたかったの?ぼくはそれも気になるなー!」

「うーん、本当はフセン流新人研修(個体の見分け方編)をしたかったんすよ。ルーペさんにも、頼まれていたことっすからね。ただ、やっぱり俺は説明とか研修とか苦手で…」


やけくそになって路地裏からでなくてよかった。フセンさんの話を聞きながら、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。あまり詳しく聞きすぎると冷静ではいられなさそうだったので、少し強引にでも別の質問をする。照れくさそうに頭を掻くフセンさんにうんうんと頷きながら、この状況になった原因に思い至る。


「あれ、そういえば、どうして急いでこの…空間と空間の隙間?って所に来たの?」

「あー、…そうっすよね、そうなるっすよね………全部とは言わずとも、せめて君には」


ぼくの質問にぴしりと固まって、少しだけ悩むそぶりをしたフセンさんは、姿勢を正してから、今まで聞いた中で一番まじめそうな声で問いかけてくる。


「君には、真実を知る権利があるっす。…本当は、知らない方が良いとは思うっすけど。それでも、君が知りたいと望むなら、俺は…フセンは、君に話さなければいけないっす。」

「…うん?」

「ただ、全部話すには時間が足りないし、一部だけ話すのも混乱を招いてしまうっす。だから、1つだけ約束を。…何があっても、俺は君の味方だと、信じて欲しいんす。」


フセンさんにそっと両手を握られる。ぼくもフセンさんも地面に座り込んでいるけれど、フセンさんの頭はぼくよりも高い所にあった。それを見上げながら、言われたことを一つずつかみ砕く。どうしてここまで来たの、という質問に、ぼくには全てを知る権利があるけどフセンさんを信じると約束して欲しいとの答えが来た。…話が全くかみ合って無くない?


「俺は、君を、君のいる場所に帰したいっす。」

「た、確かに、ぼくは家に帰りたいしママに会いたいよ。フセンだって、ぼくに良くしてくれたから悪くは思ってない。…でも、その、さっきの質問と何の関係があるの……?」


フセンさんの声はひどくまじめで、ふざけているようには思えない。だけど、突然話が逸れたことは事実なので混乱してしまう。掴まれてる両手だって、ぼくのような子どもでも簡単に振り払えそうな力で優しく包まれているようなものだ。


「どうか、俺を、信じて欲しいっす」

「………話を聞いてからでも良い?」


フセンさんは静かに首を振る。…もしかしてこれ、ぼくが頷くまで繰り返される問答?こんなやりとりどこかの漫画で見たな…と軽い現実逃避をすれば、それを許さないかのように、両手にきゅっと力が込められる。


「君が、俺たちを信用できないのは百も承知っす。それでも、俺は、今回こそ、君を…人間を、帰してあげたいんすよ」

「!?」

「どうか、頷いて。俺を、信じて欲しいっす。」

「え、え!?な、なん、いつ、ええ!?」


突然ぶちまけられた言葉に、理解が追いつかない。頷いて、との言葉に反射的にこくこくと頭を振るが、状況がまるで理解できない。今回こそって、前も人間が来てたの、とかぼくが人間だっていつから分かってたの、とか、聞きたいことは山ほどあるのに、混乱しすぎて言葉が何も出てこない。必死で頭を落ち着かせていると、視界の下側ーぼくの両手のあたりが突然眩しくなる。


「!?!!?!??」

「簡易的で一時的な契約っす。使わなければそれでよし、仮に発動しても君には害がないっす」

「なん、え…?なんで???何が起こってるの?????」

「ポスト兄弟は敵っす」

「こんな混乱してるのに新情報出してくる?」

「図書館はたぶんもうダメで…王城へ行くのも危険なんすよ」

「ねえ聞いてる?ぼく混乱してるんだけど??」

「それでも、君は、今ならまだ帰れるっす。」

「…!」


情報の濁流に混乱しながらも、頑張って一つずつ理解していく。最後の発言を理解すると同時に光が消えた。思わず掴まれていた両手を引き抜いて観察するけれど、特に変わった様子はない。


「こんなこともあろうかと…というわけではないっすけど、こんな時に頼りになる目処はあるんすよ」

「なんともない…さっきの本当に何…?いや、それより、今なら帰れるってどういうこと?」

「さっきのははただの保険なんで、あまり気にしないで欲しいっす。…まだ王様に会っていない君は、完全にここの住人になってはいないっす。それなら、君の帰り道はまだ閉ざされてはいないはずっす」

「それって、王様に会ったら帰れなくなるってこと?」

「正確には、王様に名前を認識されると、っすね。…詳しいことは、分からないんす。王城へ行って謁見した人間は、もれなく帰還不能に…俺たちの仲間入りしていることしか、分かってないんす。」


そう言うと、フセンさんは立ち上がってストレッチを始める。腕を振ったり、膝を曲げたりするのをぼんやりと眺めながら、ふと不思議に思う。


「………俺たちの仲間入り?」

「あれほど帰りたいと泣いていたのに、王城から帰るとみんな様子がおかしくなって…どんどん、自分が人間だったことも忘れて……最終的に、初めから物だったみたいに振る舞うようになるっす。」

「………」


ぼくも、ここの王様に会うとそうなってしまうのだろうか。ママのことも忘れて、初めから自分はバケツだったと思い込んで、この世界から出られなくなるのだろうか。


「それは、いやだな…」

「そりゃそうっすよね。…そろそろ、移動した方が良さそうっすね。立てるっすか?」


フセンさんが伸ばした手を掴んで、立ち上がる。フセンさんはそのままぼくの手を握りなおすと、路地裏の奥へと歩き始めた。


「どこに行くの?」

「信用できる協力者の所に行くっす!…この空間は、他者が来にくい場所ではあるっすけど、絶対に来れないわけではないっすから。時間稼ぎにはもってこいなんすけどね」

「…ねえ、マルさんやハコさんが敵って、本当?」

「………残念ながら、本当っすよ。さっき、マルさんを見たと言ったっすね?」

「うん」

「図書館での騒動がどこかから王様の耳に入って命令されたか…それとも元からそのつもりだったのかまでは分からないっすけど、きっとポスト兄弟は君を王城へ連れて行くつもりっす。」

「え!?」


さっきよりも優しめに、ゆっくりめに手を引かれながら、気になっていたことを尋ねる。あんなに優しくしてくれたポスト兄弟が敵だとは、信じられなかったからだ。もしかしたらフセンさんの言い間違いだったり、別の兄弟と間違えたりしているのではないかと、少しだけ願望を混ぜて質問をしたけれど、現実は残酷だった。


「ポスト兄弟が善人であることは確かっすよ。…今の君の味方では、ないんすけれど。それでも、今から行く彼ならきっと…いや絶対に味方になってくれるっすよ」

「…うん。………ねえ、フセンはどうしてぼくに優しくしてくれるの?」

「それは、…それは、ナイショっすねえ」

「えー…何でも教えてくれるんじゃないの?」


良い人でも自分の味方とは限らないのよ、なんてママの言葉と、フセンさんから慰めるようにかけられた言葉が重なる。ひどく優しい声で話しかけられて、つい理由を聞いてしまう。明確な答えを期待した質問ではなかったけれど、そう隠されると気になってしまって、いたずら心を隠さずに軽く問い詰める。


「ねー、教えてよー。いいでしょ?秘密にするよー?」

「ふふ、それとこれとは別の話っすよー…んー、そろそろ着くっすよ」

「ーああ、ずいぶんと楽しそうに。…どちらへお向かいですか?」


混乱が完全に落ち着いたわけでも、事態が良くなったわけでもないけれど、久しぶりに楽しい気分になったような気がして、フセンさんとふざけながら歩いていたから、忘れてしまったのだろうか。マルさんの姿を見て路地裏に来たのだと…ぼくの敵(ポスト兄弟)が今も追いかけてきているかもしれないのだということを。

突然投げかけられた言葉に慌てて振り向くと、朝に別れてー今は会いたくなかったハコさんが、立っていた。

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