迷子の少年
異世界転移モノが書きたい!異形頭と少年の交流が見たい!という思考から生まれた作品です。
ぼくが欲しかったのはナロウ戦隊の合体ロボットだったのに、ママがくれたのは汚くて古くさいブリキのロボットだった。せっかくのぼくの誕生日、朝からお出かけして、お店で美味しいごちそうを食べて、ママからプレゼントをもらうまでは完璧だったのに。赤色のリボンをほどき、きらきらしている包装を破いて、顔をのぞかせたのは所々さびていて、かっこよさの欠片もない間抜けな顔。
「なんで異世界合体デラックスナロウロボットじゃないの!?」
「ごめんね、あちこち探したけど、見つからなかったの。代わりに、ママの宝物をあげるから許してくれる?」
「こんな汚いの、いやだ!」
ブリキのロボットを床に投げ捨てる。ブリキが勢いよく床に落ちる音で、周りにいた人たちがこちらを一斉に見る。
「こら!なんてことをするの!?」
突然集中したたくさんの視線や、ママがぼくに向かって怒鳴りつけてくるのにいらだって、声を張り上げる。
「今年の誕生日は何でも欲しいものをくれるって言ってたのに、ママの嘘つき!」
「それは………本当に、悪いと思っているの。でもね、ママも頑張ったのよ?」
いつものように、ママは悲しそうに目を伏せる。いつもなら許せるその仕草が、今だけはぼくをいらつかせる材料にしかならない。
「ママはいっつもそう言うじゃん!去年もそう言ってた!ママはぼくなんてどうでもいいんだ!」
「違うの、お願い、良い子だから話を聞いて?」
「知らない、聞きたくない!ママのバカ、もう知らない!」
「ちょっと、どこへ行くの!?」
ママの焦った声を背後に、お店から走り出る。とにかく、ママから離れたかった。
周りの建物も夕日でオレンジ色になってきた頃に、がむしゃらに走り続けていた足が限界を迎えそうだったから、歩きに切り替える。今立ち止まったら、その場にうずくまって泣いてしまうと思った。
「ママのバカ………ママの嘘つき………」
本当は、今頃ケーキを食べて、プレゼントを片手に、ママと手をつないで帰っているはずなのに。さっき渡されたブリキのロボットを思い浮かべる。今年は期待していたのに、結局ダメだった。
「だったら最初から何でもくれるって言わないでよ………」
悔しくて、悲しくて、地面を見ながら歩き続ける。夕日は次第に色を濃くして、街路樹や電灯の影をあやふやにする。当てもなく歩いていると、急に右側に引っ張られるような感じがした。
「あれ?こんなところに、道なんてあったかな?」
立ち止まって右を向くと、建物と建物の隙間に、ぼくが通り抜けられるくらい狭い道がある。道の先は暗くてよく見えないけれど、ずっと先まで続いているような気がする。
「どうせ、今すぐに帰るのはいやだし………ちょっとだけなら、いいかな?」
流れ込む風とともに、狭くて暗い道に足を踏み入れる。
ーこうなったら、怒られるまで家出をしてみようといたずら心が騒ぐ。ー
ー危ないから、早く引き返してママに謝ろうと理性が諫める。ー
『こっちへおいで』と、誰かに呼ばれたような気がする。
『いかないで』と、誰かが泣いているような気がする。
少年は、路地裏の奥へと姿を消した。
「みつけた!」
たくさん歩いて、ようやく見えた道の終わりに出た瞬間、そう言われた。
「え、なに?」
「みつけた、みつけた、みつけた!」
ずっと暗い場所にいて、突然明るい場所に出たものだから、誰に話しかけられているのか分からない。喜びでいっぱいの声が、どんどん近づいてくる。
「目がちかちかしているからちょっと待って………」
「次は君の番だよ」
「え」
ガコン、と頭に衝撃が走り、目の前がまっくらになる。タタタ、とぼくが通ってきた道を走る足音が聞こえて、とっさに閉じていた目を開ける。
「え、え?なにが起きたの?」
目を開けても視界は薄暗い。さっきの衝撃でケガでもしたのか、と無意識に頭に手を伸ばす。
「ん?なに、あれ?あれれ?」
冷たくて固い。目の辺りを触っても、つるつるとしているだけで、視界は回復しない。ママに褒められたさらさらの髪の毛やもちもちほっぺの感触もない。
「え、なんで?どうして?」
足下がふらついて、地面に座り込む。意味が分からなくて、泣いてしまいそうだった。うつむくと、目の辺りが熱くなって、鼻水も垂れてきたような気がする。
「………ん?」
頭にもう一度手を伸ばす。冷たくて、固くて、つるつるしている。目や鼻がなくなってしまったと思っていたが、涙も鼻水も出ている感覚は残っている。
「よいしょ………とれた!」
両手でつかんで、それを押し上げると、さっきの混乱は一体何だったのかと拍子抜けするほど簡単に視界が開ける。両手ごと膝に下ろしてよく見ると、それはブリキのバケツだった。バケツを回しながらよく見てみると、ちょうどさっき頭の真後ろだったところに、2つの穴が開いている。
「なんだ、ただのバケツか………こんないたずらするなんて、」
情けなくわめいて、軽く泣いていたぼくは恥ずかしいやら悔しいやらで、こんなことをした人に文句でも言ってやろうと、袖で顔をぬぐいながら勢いよく後ろを振り返る。
そこには、さっきぼくが歩いてきた道ではなく、灰色の大きな壁がそびえていた。
「なんで?」
目をこすっても、そこには壁がある。ふらついたときに方向転換でもしたかと振り返っても、そこにあるのは見覚えのない道である。この小さな広場に来る道はぼくが知らない道ひとつだけ。さっき通ってきた道は、灰色の壁に邪魔されて見えない。意味が分からない。
「うーん?」
壁を触ってみるが、手が突き抜けたり、壊れたりしない、正真正銘ただの壁だ。壁と道を交互に見やるが、何も変化は起きない。手元のバケツを、なんとなく被ってみようか。2つの穴が正面に来るように被り直すと、ちょうど自分の目の位置に合っていて、良い被り心地だと思う。
「これ、思ってたより落ち着くなあ」
穴の開け方が上手なようで、クリアな視界が広がっている。首を振っても、まるでぼくのために作られたバケツとでも言うかのように、ぴったりとフィット感もある。まさに、理想のバケツだった。おととい公園で拾ったエクスカリ棒と、去年のお中元についていたビニールのマントを合わせたら、完璧だ。
「とりあえず、あっちに行ってみようかな」
確実に見覚えのない道だが、いつまでもここにいるよりはマシだろう、と無理矢理上げたテンションを維持しながら立ち上がる。どれほど気まずくても、暗くなる前には家に帰らなければいけない。家に帰って、ママと仲直りをしなければいけない。いつもは優しいママだけど、門限とケンカの持ち越しにはとても厳しいのだ。
「帰り道が分かる人に会えたらいいなあ」
ママといたお店からがむしゃらに走り、見覚えのない道も通ったものだから、ぼくは家までの道が分からない。ママはぼくを探しているだろうか、と考えたところで、首を振り、思考を切り替える。もしママが追いかけてきてくれていても、あの壁はどうしようもない。それよりも、ぼくがあの壁を迂回して戻れる道を探した方が良いだろう。迷子になったときはできるだけ動かないこと、と約束したことを、ぼくは考えないようにした。
『ごめんね、坊や。私では力不足のようだ』
『うーん、そんなお店、近くにあったかしら?』
『帰るところがないなら、おじさんと一緒に来るかい?』
『迷える少年よ、我々異形頭統合新会はどのような身分のものにも暖かく門戸を広げています。入会金は後払いでも可能ですので、とにかく我々の説明をじっくり聞いていきませんか?』
『オレ クウフク オマエ ウマソウ』
『迷子かい?道案内しようか?』
「全然ダメだ………」
あの後、見知らぬ道を通り抜けると、やはり見覚えのない大通りにつながっていた。すれ違う人にママといたお店や近所の公園について質問してみたが、誰も知らないようだった。人の流れに沿って歩いている内にたどり着いた小さな公園のベンチに座って、ため息を吐く。まるで、違う世界に来たみたいだった。大通りに面する店は、謎の煙を吐き出し続けていたり、薄汚れた銅板がびっしりと貼り付けられていたり、とにかくぼくの知る店とは大きくかけ離れていた。
『パパ、ママ!』
目の前を駆け抜けていった女の子と、その子を抱き留めるパパと呼ばれた男の人、そして幸せそうにたたずむママと呼ばれた女の人をぼんやりと眺める。三人の頭は、水で満たされた金魚鉢だ。鉢の底には砂利が敷き詰められ、水草がなびき、赤い金魚が泳いでいる。大通りで声をかけた人も、声や服装、仕草は普通の人間と変わらないのに、頭だけが異なる形をしている。
「(バケツ、被っておいて良かった………)」
大通りでたくさんの人に声をかけ、この公園にたどり着くまで、自分と同じような普通の人間は、どこにもいなかった。一人の子どもに手を伸ばす良い人も悪い人もいるくせに、みんな頭の形だけが違う。自分の知る世界と似ている部分と似ていない部分のギャップに、泣いてしまいそうだった。もし、このバケツを取ったらどうなるのだろうか。他と違うために、解剖されたり、謎の液体に漬けられたりしてしまうのだろうか。この前見ていた、宇宙人特集を取り上げていたテレビ番組を思い出し、震えが止まらない。ベンチの上で膝を抱え、丸くなる。ほんとうに、かえれるのだろうか?
「おい、生きてるか?」
このままここにいたら、どうなるのだろうか。こちらの警察に頼れば、家に帰れるのだろうか?それとも、迎えが来なければこのままひとりぼっちのまま?ああ、こうなるならつまらない意地でママにケンカを売らなければ良かった。そしたら今頃、今頃、何をしている?
「おい、坊主!大丈夫か!?」
「え、あ………ぼく?」
突然ぼくの肩をつかんだ手が、悪い方向へ進む思考を断ち切った。
「おう、オマエに話しかけてんの。どうした、坊主。迷子か?」
膝に伏せていた顔を上げると、そこにいたのはおばあちゃんの家の近くにあるような、筒型ポスト頭の男の人がいた。頭には黒い帽子、首には不思議な文字が書かれたカードを提げて、郵便局員の制服を着ている。
「えっと、迷子というか、帰り道が分からないというか………」
「ふむ………坊主、名前は?」
「知らない人には名前言っちゃダメよ、ってママに言われてる」
「わはは、そりゃそうだな。じゃあ、家の特徴は言えるか?近所にある建物でもいいぞ」
表情が見えないからよく分からないけど、この人は不審者扱いしても豪快に笑い飛ばすだけで怒らなかった。名前や住所を言うことはママにも学校の先生にも禁止されているけど、家の特徴くらいなら話してもいいんじゃないか、もしかしたら、この人なら、帰り道を知っているのではないか、そんな気がして、まっすぐに顔を見ながら口を開く。
「………青い屋根で、2階建ての家。近所には遊具がいっぱいある公園と、小さな神社がある。ぼくの家、どこにあるかおじさんは知ってる?」
「おじっ!?………すまない、坊主。お兄さんはここら辺にそこそこ詳しいが、青い屋根の家や、ジンジャ?とやらは見たことがないんだ」
「え、じゃあ、レストランは?茶色い屋根に白い建物で、ソファの席がたくさんあるところ。そこにママがいるんだ」
なんとなくいやな予感がする。もう家出とかママに会いたくないとか考えている場合じゃない、そう思って、一縷の望みをかけてママと別れたレストランの特徴を挙げる。目の前のおじさんは、困ったように頭を掻いている。
「………坊主、ごめんなあ」
「なんで謝るの?………ぼく、帰れないの?」
顔が熱くなる。引っ込んだ涙と鼻水が、またあふれてきそうだった。
「よし、坊主。オマエに選択肢をやろう」
無意識に下げていた目線を上げる。いつの間にか、公園にはぼくと目の前のおじさんしかいない。
「ひとつ、このままオレと別れてオマエの家を知っているヤツを探す。ただ、もう暗くなるからこれはあまりオススメしない」
この人は知らないだけで、他の人なら知っているのでは?と思う気持ちはある。でも、どんどん夜に近づいて人もいなくなってきているのに、頑張っても何も分からなかったら、何も変わらなかったらと思うと、あまり気が乗らない。おじさんをぼんやり見つめながら、そう思う。
「ふたつ、この先にある警察に事情を話して、保護してもらう。これは割とオススメで、オマエのママが坊主を探しているなら会える可能性が高い」
確かに、警察にお世話になればママと会えるかもしれない。前だって、迷子になったときは交番に行ったらすぐにママと会えたのだ。でも、なんとなく、本当になんとなくなのだけれど、この選択はダメな気がする。だから、おじさんの次の言葉を待つ。
「みっつ、………あー、こんな時代でこういうことを言うのはあれなんだが、オレと一緒に来るって選択もある。オレの知り合いなら、もしかしたらオマエのことをもっと分かるかもしれないというか、たぶん、オレより上手に説明してくれるというか………」
「おじさん、もしかして誘拐犯?それともペドフィリア?」
「それは断じて違う!俺の好みはもっとグラマラスな、イテッ」
「何をしているのかと思えば、ついに幼子に手を出そうとしましたか、愚兄?」
「だれっ!?………兄弟?」
突然の発言に驚いて、最近知った言葉をおじさんに浴びせると、面白いくらいに慌てている。おじさんが慌てて何かを言おうとしているのを見つめていたら、突然誰かがおじさんの頭をぶったたいた。そちらに顔を向けると、おじさんの顔をもっと四角くしたような、つまりは郵便局でよく見る四角いポスト頭の人が立っていた。服装はおじさんと同じなのに、心なしかシュッとしている気がする。
「誤解だ!オレは、コイツが、その………ちょっとこっち来い!坊主はちょっと待ってろ!」
「放しなさい、愚兄!制服が伸びます、この馬鹿力!」
おじさんはうんうんとうなりながら、シュッとした人を引っ張って離れていった。内緒話をしている二人を遠目に見ても、やはり似ている。顔が見えないから確定はできないけれど、もしかしたら家族、兄弟か親子なのかもしれない。
「ママ………」
ママに会いたい。ぼくにはママしかいない。ママはぼくを探しているだろうか。本当に、どうしてあんなに意地を張ってしまったのだろう。ママが誕生日プレゼントを間違うなんてよくあることなのに。ママがぼくをお祝いしようと頑張っていたのを知っているのに。………プレゼントを開けるまでは、何が入っていても喜ぼうと思っていたのに。
「むかえにきてよ、ママ………」
ベンチの上で膝を抱える。顔を膝に付けて、丸くなる。これが夢なら、覚めて欲しい。そう願うけれど、膝と顔に当たるバケツの固い感触も、少しずつ冷える気温も、遠くから聞こえる喧噪も、これは夢ではないと訴えかけている。おじさんが言った提案のうち、一番良いと思ったのは、とても怪しいしママとの約束を破ってしまうけれども、それでもおじさんに着いて行くことだった。理由は説明できないけれど、それが一番良い選択だと思う。そうこうしていると、話が終わったようで、二人分の足音が近づいてくる。一度だけ深呼吸をして、顔を上げる。
「事情は分かりました。納得はしませんが、貴方に考えがあるならそのようにすると良いでしょう」
「おう、任せとけ!というわけで、坊主!俺等と一緒に行くか!」
がしがしと乱暴に、バケツが揺らされる。センチメンタルな気分が霧散していく。
「わわっ、目が回る!………でも、いいの?」
「おう!一度声をかけたなら、最後まで面倒を見るのがオレのポリシーだ!」
「まあ、愚兄は愚かではありますが悪い人ではありません。行くところがないならば、我々と一緒に来ると良いでしょう」
表情が分からないはずなのに、二人からは柔らかな表情を向けられている気がする。
「本当は、知らない人には着いて行ってはいけないのだけど!よろしくお願いします、グケイさん?」
ぼくは照れくさくなって、冗談を言うのだった。
続きは書けたら書きます