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狩猟、牛肉、女騎士。

 森の奥へ奥へ進んでいくと、徐々ににおいが強くなっていく。ジャンに射貫かれたんだ。それほど遠くへは逃げられないはず。

 ……でも、何か違和感。さっきよりにおいが強い。


「どうした?」

「……あ、いや、多分なんだけど、牛は1頭だけじゃない」

「……何?」

 その証拠と言わんばかりに、草むらが動く。木の陰に隠れる2人。

 そこに現れたのはもう1頭の牛。その牛に矢は刺さっていない。くんくんと鼻を動かすと、その牛側からと、遠くからかすかなにおいが。


「ひとまずあいつを射貫いておくか?」

「そうね。……さっきとは違う所にお願いできる?」

 さっきの牛には肩辺りに当たった。今度は……


「ンモッ!?」

 額だ。しかし、よく正確に当てられるなぁ、と感心する。

 ドサッと、牛は横倒れした。……急所に当たったようだ。次第に牛の額から、ワインのような色の鮮血があふれ出す。


「よし、とりあえず1頭だ。ここで捌くか?」

「ん~、危ない気もするけど……そうね。鮮度が一番だし。あたしも手伝う」

「悪いな」

 ジャンが慣れた手つきで解体用の刃物を使い、牛を解体していく。

 少し気持ち悪くなった。魚は解体したことはあるけど、今狩ったばかりの獲物から血を噴き出させながら肉を取り出すのは見たことがない。


「んっ」

 ヒルダにも血しぶきが飛んだ。肌色の素肌に、赤い鮮血が張り付く。


「大丈夫か?」

「……平気」


 ……5分ほど経って、次第に牛は様々な部位になった。


「……」

 それを眺めるヒルダ。


「部位がわかるのか?」

「大体はね?でも焼いて食べるだけなら、適した部位は……」

 牛肉の部位は昔目に穴が開くほど読んだ本で覚えている。ヒルダは牛肉を袋に入れながら説明を始めた。


「腰の上の肉、サーロイン。サーロインの内側の肉、ヒレ。脂身が多い分口溶けのいいリブロース。あたしたちの世界では赤身って呼んでた内もも。サーロインに繋がるランプ。お尻の部分にあたるイチボ……ステーキにして食べるのがいいのはこの辺りかしらね」

「く、詳しいな……他の部位も持って帰るのか?」

「えぇ。例えるなら大きな部位になっている肩ロースなら、野菜と炒めて食べるのも……って、あんまり多く入れたら持って帰るのが大変か……」

 ……少し考える。実際には持って帰るのを選りすぐり、持って行った方がいいだろうが、置いておくのももったいない。

 そして、ヒルダの出した結論は……


「がんばって、ジャン!」

「笑顔で、そしてガッツポーズで恐ろしい事を言うんじゃない」


 その後も森の奥での狩りは続く。

 1頭狩り、その牛を解体する。ジャンの弓のテクニックもあり、牛肉を集めるのには苦労しない。

 解体は少し難しい……というか血なまぐさいにおいにたじろぐが、まだ何とかなる。

 残り部位はもったいないが、細切れにして持って帰るわけにもいかないので、やむなく置いていくことにした。

 ……料理を作る身としては、そう言った行為は避けたいところだが……何より人数が少ないので仕方ない。

 さらにもう1頭。……しかし、矢が刺さった牛は結局見つからない。


「ところで……ちょっと聞きたいんだが」

「どうしたの?」

「ビッケが焼くステーキは、いつも獣くささがすごいんだ。あれどうにかならないものか?」

 顎に手を添えるヒルダ。


「基本的には牛乳に浸すか、重曹を混ぜた水に浸してからよく洗うことなんだけど、普通に水にさらすだけでも大分違うわね。あと、すりおろした玉ねぎに漬け込むのもいいわ。でもおろした玉ねぎを用意できないのが困りものなんだけど……」

「以外と方法があるのか。今度ビッケにも試させてみよう」


(本当あのステーキだけは二度と勘弁だからね……)


「……どうした?」

「あ、いや、なんで……も……」

 不意に、強いにおいがした。

 遠くから?いや、ものすごい速さでこちらへ向かってくる。


「……来る」

「来る?」

 すさまじい足音。そして多くの牛の鳴き声。


「し、しまった。暴れ牛の巣の近くに来てしまったのか!」

 見ると5頭いて、その中には肩に矢が刺さったままの牛もいる。さすがにこれほど多くの牛がいては、弓を射る場合ではない。


「……ヒルダ、逃げるぞ」

「う、うん!」

 一目散に逃げ始める2人。牛はその2人を追いかけ、駆け出す。

 行けども行けども森。行けども行けども森。

 ヒルダはひどく後悔した。牛がいるからと言って、ここまでの危険をジャンに晒させたことを。

 木を使い、ジグザグにうまく逃げていく。……ところが……


「ジャン!村まであとどれくらい!?」


・ ・ ・ ・ ・


「……ジャン!?」

 目の前に、ジャンはいなかった。背後から襲ってくる牛の足音とうなり声のみが、ヒルダの耳を貫く。


「そんな……!?」

 不安で心が真っ黒になっていく。徐々に足が鉛のように重くなっていく。そしてその不安は……


「!?」

 木の根っこに躓くという、最悪の形で昇華してしまった。


「痛……!」

 目の前にいる獲物に、睨みを利かせる牛の群れ。座りながら、徐々に後ずさりするが、それをしたところで自体は好転しない。


「い、いや……!」

 恐怖がすさまじい勢いで膨れ上がる。

 ……こんなところで、死んでしまうのか?異世界に来て、しかも、牛なんかに殺されるのか?

 距離が開いていたら、鉄を作り出して何とか……出来ない。腰がぬけて動けない。そう考えているうちに、牛は鼻息を荒くし、ヒルダに向かって走りだす。


「……!!」

 ヒルダは覚悟を決め、目を閉じた。




・・・・・・・・・


 ……ん?


 痛みを感じない。感じたのは、烈風のような強い風だった。

 恐る恐る目を開けると……


「え……?」

 目の前で、5頭いた牛がすべて倒れ伏していた。……いや、それ以上に……

 白銀と黄色のコントラストが美しい西洋の鎧。なびく金色のポニーテール。スラッとした長い脚。

 目の前に見えた、女神のような息を飲む様な美しさの『それ』は、手にした右手の刀を軽く血振りし、カチャリと鞘に納めた。


「人……間……?」

 その言葉に、その人物は何も語らなかった。


「あ、あの。ありがとうございました!」

 と、ヒルダが言うと……


「なぜこのような場所に来た」

 こちらを見ずに怒りに満ちたような声でたしなめた。


「えっと……あたし、一緒に来てたジャ……魔族の人とはぐれてしまって、それで」

「危険だとは思わないのか」

「き、危険……」

 言われてみれば確かにそうだ。現に今も殺されかけた。自分の食材への貪欲さが、ヒルダ自身も、そしてジャンも……


「!?ジャンは……」

「ジャン?」

「あたしと一緒に来てた、魔族の男の子です。さっき牛の群れから逃げてる時にはぐれちゃって……」

 オドオドするヒルダ。それを見た女は……


「……」

 近くに留めていた、自らの馬に乗った。


「乗れ。お前はヴァ―ゴ村の魔族だろう?」

「え……なんで分かったんですか?」

 その問いには何も答えなかった。しかし相手の好意を無駄にするわけにはいかない。ヒルダは女の後方に乗った。


「話が早くて助かる。……しっかり掴まっておくんだ」

「は、はい」

 馬は森の中を、ヴァ―ゴ村に向かって走りだした。


「……」

 しっかりとしがみつくヒルダ。その耳の部分のもふもふした毛から……


(甘い香り……)




 森の入り口付近に戻ってくる。


「あとは迷いようがないだろう。私はやるべきことがあるので、ここで失礼させてもらう」

「その……本当に、ありがとうございました!」

「別に礼はいらない。ジャンという男に会えることを祈っているよ」

 そして、ヒルダは馬から降り……


「……」

 馬から、降り……


「……どうした?」

「あ、あの……」

「なるほど」

 すると女から先に降り、馬の上に乗っているヒルダに腕を伸ばす。


「え?」

「どうせ高いところが怖くて馬から降りられない。という事だろう?」

「……は……はい……」

 伸ばした腕に掴まるヒルダ。……正直情けない……


「ありがとうございます……!」

「気にするな。私も昔は馬に乗るのも怖かった。その時の……事を……」

 ビリっと、女の目の前で何かが横切る。


 ――もーお姉ちゃん 馬さんがかわいそうだよ!


 ――お姉ちゃん!危ないから!もっとすっと乗らないと!


「あの、どうしました……?」

「……!?」

 はっとした様子の女は、


「と、とりあえず、私はこれで失礼する!」

「え?あ、はい。本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げるヒルダ。


「……」

 それに対し女は、何も言わずに馬を走らせた。




 ヴァ―ゴ村に戻ると……

「ヒルダ~~~!」

 ビッケが飛びかかってきた。


「ビッケ……わっ!」

 そのまま押し倒される。


「ヒルダさん!よかった!無事だったんだなぁ!」

「心配したのじゃぞ!?あまりワラワを不安にさせるでない!」

 ハガー、ライザも駆け寄ってきて……


「ヒルダ……」

 ジャンも駆け付けた。


「ジャン……ごめん!」

 ヒルダは、ジャンに頭を下げる。ジャンは面食らったようで、足を止める。


「あたしが欲張って、あんな森の奥深くに行っちゃったから、ジャンにも危ない思いさせちゃって……その……本当に……ごめん!」

 その言葉に、ジャンはハハハと笑った。


「……何言ってるんだ。お前の力がなかったら、そもそも牛肉自体取れていなかったさ」

「ジャン……」

「まぁ、死にかけたのは確かだけど」

 5人で笑い合う。

 でも、本当に無茶をした……とにかく反省しよう。


「でも、ヒルダさん、どうやって戻ってきただかぁ?ジャンさんの言ったことじゃ、結構奥深くまで行っちまったんだろ?」

「あぁ、それなら……」

 ヒルダは『起こった出来事』を『普通に』伝えた。


「日本刀……居合刀を持った、鎧を着た金髪のポニーテールの女の人に助けられたの。牛も倒してくれたし、その後馬に乗ってあの森の入り口まで送ってもらった」




 その発言を聞いた瞬間。


「……あ、あれ?どうしたの……?」

 ヒルダ以外の、時が止まった。

牛肉の部位ですが、取り出しやすいステーキに合う部位のみを載せています。

実際には15種ほど、部位がわかれており、そこからさらに腸などの部位に分かれます。

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