黒糖、におい、巨大牛。
前の章で予告しましたが、狩りの部分がかなり短くなってしまいました(滝汗
念のため前の章の後書きを少し修正しています……申し訳ありません。
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廃墟と化したリブラ村の近くの山に、馬でやってくる1人の女……カタリーナ。
「随分……派手にやったのだな……」
眼下に見下ろす村は、すでに村として存在していなかった。黒く焼け焦げ、そこに命の息吹はない。
牢獄に入ると、そこには魔族の子供たちがいた。彼らはすべて、住む村も、親も、何もかもを一瞬で奪われた被害者だ。
「お疲れ様です。カタリーナ様」
背後から王都の兵に声をかけられる。
「……子供たちの具合はどうだ」
「現在、確実に洗脳が進んでおります。特殊な薬品を混ぜた食事を、喜んで食べるようにもなりました」
「そうか」
ダラスティアが子供を助けた理由は、そんな簡単なことだった。
子供なら何も知らずに、何をされているとも知らずに、笑顔で食事をとる。それだけに、その食べ物に洗脳用の薬品を入れれば、あとは簡単だ。
出来のよい『駒』となって、王都のために働くのだろう。
「少し子供たちの様子を見たい、席を外してくれ」
「わかりました」
牢獄の中に入るカタリーナ。その様を子供が見ると……
「カタリーナさまだあああ!」
「カタリーナさま、かっこいい~~~!」
「カタリーナさま!」「カタリーナさま!」「カタリーナさま!」
まるで歌でも歌うかのように、口々にカタリーナを褒めだす魔族の子供たち。その喧騒は徐々に大きくなるが、カタリーナが右手を軽く上げると、急に静かになった。
「……」
その中で、1人だけ食事をとらない子供が。
「どうした。このままだと死んでしまうぞ」
「いいよ。死んでも」
ゴブリンのような見た目をしていた。耳はとがり、体は赤い。
「……なら、これを食べるといい」
懐からパンを取りだすカタリーナ。しかし……
「どうせそれにも、仕掛けがあるんだろ?いい。僕は絶対食べない」
その魔族の体を見ると、鞭のようなもので無数にぶたれた痕があった。このままでは衰弱し、鞭による攻撃に耐えられないだろう。
「……食べてくれ。私もみすみすお前を殺したくは」
「じゃあ僕の父さんと母さんはなんで殺されなきゃいけなかったの!?」
涙ながらに叫ぶゴブリン。
「僕の父さんも母さんも、お前たちに殺されたんだ!そんな奴が進める食べ物なんて、出来るもんか!」
プイっと背中を向けるゴブリン。
「あ~!ディラン!おまえカタリーナさまにさからうんだな~!」
「よくないよディラン!カタリーナさまをおこらせるのはよくないぞ~!」
大声を上げる子供たち。すべてこのゴブリン……ディランに対する不平不満だ。
……当然これも、すべて『作られた』もの。ダラスティアの手によって、作られたもの。
「……わかった」
カタリーナはそのまま立ち上がると、懐にパンを隠してその場を去っていった。
周囲を偵察してくる。と言って山岳地帯を、馬に乗って進むカタリーナ。その途中で、馬を止め、懐に手を伸ばす。……渡せなかったパンだ。
――おいしいね お姉ちゃん
うつむき、首を横に振る。
しかし、その光景が目に焼きついて離れることはない。
「ミランダ……すまない……また私は……」
と、顔を上げた瞬間、
「!?」
カタリーナの鼻腔を、かすかなある香りがくすぐった。
「……甘い……香り?」
カタリーナの馬は、その方角へ蹄を向ける。それは、ヴァ―ゴ村の方角だった。
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「で、どうやって作るんだ?」
日が昇って少し。外にやって来たヒルダとジャン。
「本来白い砂糖なら作るのは大変……と、いうか、無理なんだけど、黒糖なら何とか作れる。そう思ってね。えっと……とりあえず」
ヒルダはサトウキビを取り出したあと、座り込んで意識を集中させる。そして鉄の棒を2本生み出す。
「ふう……大分慣れてきたけど、やっぱ疲れるわね……後は容器を準備して……」
さらに短剣と鍋。
「これ、表面の硬い部分だけ削いでくれない?」
「わかった」
2人でガリガリと、短剣で表面の硬い皮を削いでいく。時々筋の位置の関係で、刃が一気に進むことがあるため、気を付けて削がないといけない。
すると徐々に緑色の肌から、薄い色の肌へと変化し、表面から茶色いミツが噴き出す。
「これが砂糖になるのか……?」
「なるのよ。それじゃあ、この棒でこれを挟んでくれない?」
鉄の棒でサトウキビを挟む。
「そのまま力を込めて、ミツを絞り出して」
「わかった……こう……か?」
ギュッと力を込めると、ミツが大量にツボの中へ入っていく。
多くのサトウキビを使い、ツボの中に4分の1ほど溜まったら、食塩と同じように濾過する。
紙はライザが残していったものだ。後で礼を言っておかないと。
その濾過した無色透明の液体を鍋に入れ……煮詰める。
しばらく煮詰めると、徐々に茶色く色が変わってきた。
「なんだ~?甘いにおいがするのだ~」
ビッケが起きてきた。
「あ、おはようビッケ。ごめん、起こした?」
「大丈夫なのだ。ところで……これは何を作っているのだ?」
「今、砂糖を作っているの」
鍋を覗き込むビッケ。煮詰めることで茶色くなったミツが、鍋の中で寝転がっている。
「……砂糖って、白いんじゃなかったのだ?」
「まぁ確かにそうだけど、今回作っているのは黒糖だからね。さてと……ビッケ、少し頼みがあるんだけど……水を汲んで、この二つのツボにいれて欲しいの」
「わかったのだ!」
ビッケがツボを抱えて走りだす。と、同時に……
「またうまそうなにおいがしてきたなぁ~」
「これは……ワラワの好む香りじゃ。一体何をしておるのじゃ?」
ハガーとライザ。さらに……
「なんだなんだ?」「甘いにおい!」
と、口々に集まってくる魔族たち。今日は少し風が強い。香りが村全体を覆っているようだ。
……さらに10分ほど煮詰めた後、ビッケが汲んできた冷水に鍋ごと入れて冷やす。1度では十分冷え固まらないので、もう1度冷やす。
……まだ足りない。ビッケにもう1度水を汲んでもらい、もう1度冷やす。……まだ冷え固まらない。ならもう1度……
これを繰り返し、ようやくカチカチに砂糖が固まった。それを木の皿の上にあける。
「何だか、石みたいなのだ」
「{黒糖}って言ってね。普通の砂糖よりはコクが強いの。味も砂糖と少し違うわ。……ハンマーみたいなやつはあるかしら?」
「ハンマーがなくても、ボクが」
全力で止める!
「……ごめん、なのだ」
木の皿に置いた石のような黒糖を、ハンマーで細かく砕いていく。飛び散らないように、ゆっくりと。すると徐々に石の塊のような黒糖は、茶色い砂のような形になってきた。
「舐めてみて」
と、ビッケの手に黒糖を乗せる。
「いいけど……なんでボクなのだ?」
「お前が水を大量に汲んでくれたから出来たんだ。お前が先に味見していいぞ」
ジャンの言葉にうなずくビッケ。ペロリ、とそれを舐めると……
「あっま~!」
目を輝かせるビッケ。
「甘いだけじゃないのだ!確かにヒルダの言うとおり、コクもあるのだ!」
「……本当だな。砂糖とは全然違う」
「うめぇ!いや、あめぇ!?なんだこれ、不思議な味だなぁ!」
「ほほほ、ワラワはこれが気に入った!このままいつまでも舐めておきたいほどじゃ!」
黒糖も、かなりの好感触だ。……好感触……なのはいいが……
「俺も食べたい!」「私も!」「ワシも!」
次から次へと、黒糖を舐めたい魔族が集まってきて……
……あっという間に、黒糖はなくなってしまった。
そして黒糖がなくなると同時に、魔族たちも霧散した。
「いや~、みんな楽しそうでよかったのだ!」
「まったくだな。ビッケも楽しそうでよ……」
容器を前に落ち込むヒルダ。
「……く、なかったな……」
「ま、まさかこんなに人気出るとは思わなかったわ……というか、量が少なすぎるのよね、これ」
昨日使った材料も、塩以外はほとんど使い切ってしまった。
特に調味料に至っては、あれほど時間をかけて作っても、もうほとんどない。
量を作り出すのは、原料もそうだが、マンパワーも足りない。数がいればなんとかなるわけではないが、それでも塩や黒糖を作るスピードはあがるだろう。スピードが上がる。つまり多くの調味料を作れる。という事だ。
では、どうやってマンパワーを集める?そう考えていた時……
「?」
風に乗って、かすかににおいが漂ってきた。
「どうした?」
「ねぇ、何かにおわない?」
ヒルダ以外の四人が見つめ合い、『いや?』と首を振る。
いや、でもヒルダにはにおっている。なんというか……獣くさいにおいが。どこかで嗅いだようなにおい?キョロキョロと周りを見回すと、森の方からにおってくる。
「ジャン。今日狩りに行く予定だったよね?」
「あ、あぁ……一応」
「ちょっと付き合って!」
ビッケ、ライザ、ハガーを置いて、ジャンと2人で森に入った。ジャンは背中に弓を、腰に短剣を携えている。
ヒルダも同じように腰に短剣を携えているが……正直、狩りなんてやったことがないからうまくいくかどうか。
「急にどうしたんだ?ヒルダ」
「……」
くんくんと、鼻を動かす。獣くさいにおいは、徐々に強くなっていく。
「ヒルダ……お前……」
そしてヒルダは急に走りだし……
「!?」
草むらに身を隠す。
「あれは……!」
そこにいたのは、大きな牛だった。
牛……というより牛型の化け物。と言ったほうがいいだろう。体が非常に大きいし。
「暴れ牛じゃないか!一体どうしてわかったんだ!?」
「わからない。けど何だか急ににおいがして……」
「まぁ、いい」
ジャンは慣れた手つきで腰に付けた矢筒から矢を取り出すと、牛に向かって構え……刹那、飛んでいった弓が正確に牛を貫く。
「やった」
「いや、まだだ」
牛は矢が刺さった後、激しく痛みを訴え、森の奥へ走っていく。
「くそ、逃げられたか……」
「……」
くんくんと、再び鼻を動かす。
「こっち」
走りだすヒルダ。
「おい!?待てよ!」
ジャンはそれを必死で追う。
ヒルダが足元を見ると、土に、牛の足跡が付いていた。間違いない。牛はこの近くにいる。
でも、なんで牛のにおいがわかったんだろう?……思い当たる節は……節は……
――さ、食べてみるのだ!ビッケちゃん流ステーキ、きっとおいしいのだ!
……あれだ……
「なんで落ち込んでるんだ?」
と、ジャン。正直、思い返すだけで吐きそうになってきた。
……とにかく、食べたもののにおいを記憶する、とか、そう言った力もあるんだろうか。
うん。きっとそうだ。
考えるより無理矢理納得し、ヒルダはジャンを伴って森の奥深くへ入っていった。
「……こっちは……リブラ村の方角だ」