アーデル、雪月花、ガルシア。
「……ところで、聞きましたか?先ほどの歌を」
ひと通りチキン南蛮を食べ終えた後で、ネロが話し始めた。
「えぇ。聞こえていたわ。ネロたちにはこの歌が聞こえていたのね」
「とても澄んだ歌声で、動きを止めて聞きたいでござる」
顎に手を添えるカタリーナ。……タルタルソースはきれいに拭き取っている。
「おそらくこの歌は……ヴァーゴ村で未だに待っているヴァーゴ村の村長、アーデルハイドのものかと」
「あー、言ってたよね。リーナんも、クロクロもさ」
メルセデスは満足そうに唇に付いたタレを舐めながら言う。……いや、その前に、
「「報告してなかったの!?」」
「……ご、ごめん……飛ぶのに必死ですっかり忘れてた」
「まぁ、無理もないが……ところでリーナんはまだ私とわかるが、クロクロとは誰だ?」
「いやカタリーナ、そこはわかろうよ……」
メルセデスが説明しづらそうにしていたので、咳ばらいをしたカタリーナが、ゆっくりと語りだす。
「アーデルハイドが生きている、と言うのなら一刻も早く助け出さねばならないでしょう。まして王都の者に存在がバレては、王都の者たちは今度こそアーデルハイドの処理へ向かうはず。そして王都で情報を集めるクロード、アザレアの身も危うい」
「……少し質問を、いいか?」
突然手を挙げたマキシムに、カタリーナは目を向ける。
「……何故アーデル様{のみ}を、連行せずに生き延びらせているのだ。母上を含め、アーデル様以外は王都の牢獄に閉じ込めているのだろう?」
「それは……クロードがアーデルハイドの……兄だからだ」
静かに言った。
「なるほど!氷槍はアーデル様の兄!つまり兄妹なわけでござるな!えぇ~~~!?」
「アンナちゃん、先ほどヒルダちゃんが言っていましたよ。しかし、改めてそれを証明出来るのですか?」
恐る恐るネロが聞くと、カタリーナはこくりとうなずいた。
「彼女の本名は{アーデルハイド・ヴァレスタイン}。氷槍のクロードこと、クロード・ヴァレスタインの妹です」
「えぇ~?でもそれならアーデル様だけ助ければいいのに」
「無理だ。彼女はマーメイドの人造魔族。助けようにも、連行中に干からびる」
唖然とするコーン。もしや想像したんだろうか……
「……クロードから話を聞いた」
・
・
・
「……」
槍をアーデル……
「……」
の、脇腹の横に突き刺すクロード。
「兄さん……?」
「バカ……言ってんじゃねぇ。何が{大丈夫}だ……!」
そのままマーメイドの下半身を水につけるように沈みこませる。
「確かに俺はサジタリウス三将だ。だが、その前に俺はお前の兄だ。家族の体を槍で貫くことなんざ、出来るわけねぇだろ」
「……やさしすぎますね。兄さん」
「……」
しかしその後、アーデルから飛び出した言葉は……
「なら……」
「ならどうして、お父様を殺したんですか?」
「……」
その言葉に、クロードは答えることが出来なかった。何故答えることが出来なかったのかと言うと、それは後悔でも、恐怖でもなくて……
アーデルの悲痛に対する、かける言葉が見つからないから。
「……アーデル。言いたいことがあるんだ」
「……はい」
・
・
・
「体力があると思った時でいいから、歌を歌ってほしい、との事だ。自分が生きていることを、リオ村の人々に伝えるために」
「それでたまに、歌が聞こえていたのね……でも、おなかは大丈夫かしら」
「それは心配ない。マーメイドは清潔な水さえあれば1か月は生き延びられる。しかしヴァーゴ村の襲撃から、すでに多くの時間が流れている。このまま彼女が外の状況を知らずに歌い続けるのは危険だ」
カタリーナの言葉に緊張が走った。
光が届かない洞窟の中では日にちの事を計算することは非常に難しい。体を固定されているならなおさらだ。
「なら、急いで助けなきゃ!ヴァーゴ村に行って、助けてあげればいいんでしょ!?」
「それは無理だ」
一蹴。
「残念ながら入口はクロードの手によって爆破され、封鎖されている」
「……仮にその入口を開けてしまえば……今度はヴァーゴ村の跡地に王都の兵が来た場合、クロードが怪しまれる。という事か」
「理解が早くて助かる。とにかくヴァーゴ村から助け出すのは不可能だ」
するとメリアが、何かを考えた様子で……ペンを走らせる。
[なら、この村のどこかからヴァーゴ村に行けない?]
「!?」
それにハッとしたのはヒルダだ。
「そうよ、その手があったわ。ここからヴァーゴ村のアーデルさんがいる洞窟まで行けばいいのよ」
「いやいやヒルダちゃん。どうやって行くのですか?まさか掘り進むとか、そんな無茶なことは言わないでしょうね?」
「掘り進む必要はないわ。そもそもいくらマーメイド族が声が大きいからって、どこかに通じる穴がないとここまでクリアに声が聞こえるとは考えづらいわ」
先程聞こえた歌もそうだ。かなり澄み渡っているように声が聞こえた。
洞窟の中からここまでクリアに聞こえる……それはすなわち、どこかからヴァーゴ村のアーデルがいる水脈に繋がっているのではないのだろうか。
[それとヒルダ、キミは歌の歌詞を知ってたよね]
「あぁ、あの歌詞でござるな」
――紅い空に 沈む太陽 蒼い海に 浮かぶ白い月
「ん~、でもあたし、この歌をどこで聞いたか覚えていないのよね。今まで一度も……」
「……これは、アズマノ国に古くから伝わる歌{雪月花}ですね。私も歌詞しかわかりませんが……」
メリアから拝借し、文字を書いていくカタリーナ。
黒き歳月 すさぶ嵐 白き掌 溶けゆくは『雪』
紅い空に 沈む太陽 青い海に 浮かぶ白い『月』
春のよすがに 吹く青風 緑の息吹 開き踊る『花』
「なるほど、最後の言葉を取って{雪月花}。しかしそれならば、アーデル様はなぜ2番の歌詞を?」
「それは……会わねばわからないはず。主様、1番と3番の歌詞はご存じでしたか?」
首を静かに横に振る。そもそも2番の歌詞すら、自然と声が出たような感じで歌詞までは知らなかった。
「とにかく、今はアーデルさんを助けに行くことが先決ね……まずはヴァーゴ村の水脈に続いてそうな場所を探しましょう」
「善は急げ、ですな」
全員がうなずき合った。
[待って]
「え?」
[あなたには、少し話したいことがある]
突然のメリアの文字に、カタリーナは面食らった。
「……わかりました」
「メリア、ダメだよ」
と、ヒルダが止めようとするが……
[大丈夫だから]
「……」
だが、メリアの目には殺気や、恨みのような物は見えなかった。
「ヒルダちゃん、ここはメリア君の事を信じましょう」
「わ、わかった」
こうして一行は村の中を歩き始めた。
地下を探索するヒルダとネロ。
「そう言えばネロって、先代皇帝の息子なのよね」
「えぇ」
「先代皇帝って……どんな感じの人だったの?」
少し考えてから、ネロはこう言った。
「大変に、厳しいお方でした。誰に厳しいかと言うと、御自分に」
そのまま静かに話を続ける。
「その上で部下にはやさしく、そして寛容なお方でした。父上がいればこの世界は安泰だろう。そう言われていたのに」
「……カタリーナから聞いたの。ガルシアさんが、カタリーナとその妹さんを保護したって」
「なるほど、それ故ワタシの正体を知った際、命すら投げ出そうとしたと。極端なお方だ」
洞窟の中を一通り探すが、それらしい横穴も、瓦礫も見つからない。
「この洞窟を掘ったのは、間違いなくガルシアさんなのね?」
「えぇ。彼はモグラと言う下等の魔族と合体させられました。そしてダラスティアに散々と見世物にされた……ワタシはそんな父を見かねて、抗議をしようとしたが、父は耐え続けた」
父親の事を話しているネロの顔は、少し物悲しそうに見えた。
「王都から追放をされた際、父は真っ先に、この村にやってきて……モグラの力を使い、洞窟を掘り始めました」
「なんでこの村なの?」
「それはわかりませんが……この村の地盤がよかったから、ではないでしょうか」
それだけの理由……なのだろうか?ヒルダは納得がいかなかった。
「ちなみに、ガルシアさんは……」
「わかりません。どこに行ったのかも、何をしているのかも。ただ……」
懐から何か取り出す。それは、万年筆のような物だった。表面の黒い塗装が剥がれ落ち、銀色の肌が見えている。
「父が肌身離さず持っていた、これがこの洞窟で見つかったのです。遺体は見つかっていませんが、おそらくは……」
「……」
おそらくは、と言われたが……
「遺体は見つかってないんでしょ?なら、どこかで生きてる可能性だってあるわよきっと」
「……そうでしょうか?」
「でなきゃ、あんまりだもん。もう誰かが死んだ話なんて、聞きたくないからね」
そう言った後、肩から力を抜いた。
「ヒルダちゃん……すいません。暗い思いをさせるつもりはなかったのですが」
「いいわよ別に。話してくれた方が、むしろ嬉しいわ」
うろうろとあちらこちらを探し回るが……
「ん~、違和感がある場所は何もないわね……もしかして、あたしの方が間違えてたのかも……?」
「そんなはずはない……と、信じたいのですが……可能性は……」
考えを巡らせる。無い知恵を絞る。
そもそも地下水脈にアーデルはいた。つまりこの地上の下側にある洞窟よりも下の部分にいるのだろうか……
ん?待てよ。
「……ねぇ、ネロ。ガルシアさんが掘ったのは{本当にこの村だけ}?」
「どういう意味ですか?」
「アーデルさんは{洞窟の中に}いたのよね。なら、その洞窟を掘ったのは誰なのかなって」
それを聞いた瞬間、ハッとした。
「父は、まさか……?」
「えぇ。おそらく、この村以外にも洞窟を掘っていたはずよ。アーデルさんがいる地下水脈もそうだし」
その時だ。
「「!?」」
再び歌が聞こえた。
その歌は、とある場所から聞こえてきた。
「……ちょっと待って、これ……!」
走るヒルダ。慌ててネロも追う。
そこは、白身魚を釣り、カイが毒を撒いた海だった。今は毒は消えている。そして……
聞こえる。静かな澄んだ歌声が。海風に乗って。




