野菜、兄妹、この世界。
改めて男を見ると、緑色のショートヘアに、整った顔。頭にはドラゴンの角のようなものを生やしていた。
「……って、おい」
お兄ちゃんと呼ばれたその人物は、真昼が手に持った肉を見る。
「まさかビッケ……また肉を焼いただけの奴を客人に食わせたのか?」
「やっぱり、まずかったのだ~?」
まぁ、この男の顔を見ればわかる。まずかったことだと。……二つの意味で。
「ビッケが悪いことしてしまったな。これ食って落ち着いてくれ」
と、緑色の物体を手渡される。……キュウリだ。
キュウリと言っても、トゲも無ければ妙に曲がった形。
スーパーでは10円くらいの値段で売っていそうで、鮮度も何もない。
「ど、どうも……」
手に取り、カリッと一口。
……なんだ、これは。
いつも食べている『キュウリ』とは全く別のものだ。みずみずしいのはみずみずしいのだが、水分はあまりなく、食感はどちらかというとゴワゴワしている。
「どうだ?」
「……」
「そうか」
無言は答えになったのか、男は袋をそっと置くと、胡坐をかいてその場に座った。袋の中の影を見るに、この中には無数の野菜が入っているのだろう。
「ちょっキミ!お兄ちゃんが取ってきた野菜を何も言わないなんて失礼なのだ!」
「言うなビッケ。ここの野菜がまずいことくらい、誰もが知ってることだろう」
「うっ……それとこれとは話は別なのだ!」
別なのだろうか……?
「そういや、名前を言っていなかったな。オレはジャン。リザード族だ」
「ボクはビッケ!タウロス族なのだ!よろしくなのだ!」
リザード族とタウロス族。何かのアニメで見たことがあるが、魔物と人間のハーフと言った感じだろうか?
「あたしは……」
ここで、真昼は迷った。
ジャンやビッケ。こう言った名前が揃う中、1人だけ真昼。西洋系の名前の中、1人だけ真昼ならさすがに浮くだろう。
……どういった名前ならいいだろうか?
「……ひ、ひる……」
つい、自分の名前を元にした言葉を思い出そうと、口に出すと……
「ヒルダ?ヒルダって名前なのだ~?」
ビッケに先手を取られた。……ヒルダ……うん。響き的に悪くはない。
「そう、ヒルダ。よろしく」
真昼、改めヒルダは、二人に向かって頭を下げた。
「お兄ちゃん、今日は何が取れたのだ?」
「大したものじゃないさ。ほら、いつも通りだ」
袋の中を、ヒルダも覗き込む。
その袋の中には色とりどりの野菜などが無造作に入っていた。
玉ねぎ、キュウリ、ピーマン、キャベツ、ジャガイモ……
野菜以外ではサトウキビやゴマ。
さらには卵。……これは何の卵なのだろうか?
「うへ~、今日も生野菜なのだ~?」
「仕方ないだろう?王都がこちらへの調味料や食材を差し止めている以上……今日も明日も明後日も、オレたちで食い物を集めるしかないさ」
溜まらず手を挙げる。
「ねぇ、王都って何?」
・ ・ ・ ・ ・
「「えぇ~~~~~!?」」
ジャンとビッケは、2人で後ろに跳んだ。
「……あれ?」
何か変なことを聞いてしまった?ヒルダは首を傾げた。
「並外れた世間知らずなのかお前は!?」
「いや、あたし、こことは別の世界からやってきて……」
「……別の、世界?」
今度は2人で見つめ合う兄妹。
そしてヒルダの顔を見る。
……もう一度2人で見つめ合う。
「でも、お前はウェアウルフなはずだろう?」
「だから、ウェアウルフって何……あ、もしかして、これ?」
頭の耳に手を添えたり、尻尾を見せる。少し力を入れてみると、尻尾は自分の力でうねうねと動かせるようだ。
「そう、それだ」
近くにあった池で顔を見るよう促される。……本当に、犬みたいな耳だ。
顔は人間、耳と尻尾が付いているだけ。世にいうコスプレとは少し違う……のか?
「しかし驚いたな。まさか別の世界という言葉が飛び出すとは……という事は王都サジタリウスの事も、そこの皇帝ダラスティアのことも、何も知らないのか?」
「……うん」
王都サジタリウス、皇帝ダラスティアと言った単語は初めて聞いた。
しかし『別の世界から来た』という言葉にはあまり驚いていない……?
「覚えておくがいい。この世界で王都の事を知らないのは、死んでいるのと同じだからな」
……ジャンの話をまとめると、こんな感じだった。
この世界は王都サジタリウスと、複数の村で成り立っている。
非常に広く、世界の中枢を担う王都サジタリウス。それを取り巻く11個の村。
サジタリウス以外には、人間と魔物の血を引く者、ジャンやビッケと言った魔族が住んでいる。
しかし人間であるサジタリウスの皇帝、ダラスティアは魔族が住んでいることを良しとせず、村を片っ端から壊滅に追い込んでおり、サジタリウスに抵抗する村は、ここの村、ヴァ―ゴ村を含め4つ。
その残りの村も、王都側から迫害を受け、食材や調味料などを軒並み奪われ、いわゆる兵糧攻めをさせられている。
そのため魔族たちは、狩りをして、時には畑で野菜を作り出して、何とかして命をつないでいるとのこと。
……当然、野菜は肥料も何もないため、出来の悪い野菜しかできない。狩りも、もしモンスターが見当たらなければ……それまでだ。
「じゃあ、その王都に攻め入れないの?」
「出来たらやっているさ」
ジャンが冷淡に言い放った。
「王都は屈強な兵がたくさんいる。それにそれをまとめる{サジタリウス三将}は、たくさんの魔族が挑みかかったが、どれもその武器の錆にされた。炎獄のダグラス、金嵐のカタリーナ、氷槍のクロード……勇敢に立ち向かったオレの親父も、捕らえられて、処断された」
話し終えて、うなだれるジャンに……
「……ごめん」
ヒルダは、頭を下げた。
「いや、ヒルダは悪くない。それより……」
左に目線を向けると、ビッケが舟をこいでいた。
「お前はいつもオレが少しでも長い話をしたら寝るな」
「ぶえっ!?ご、ごめんなさいなのだ!」
しかし、考えていることよりも忌むべき問題だ。
このままだと飢えるのは時間の問題。それにこちらには助けてもらった恩もある。なら……
ヒルダは袋の中を、もう一度見てみた。
「……野菜は、炒めれば少ない野菜で満腹感を得られそうね」
「え?」
「特にこのピーマンと玉ねぎとキャベツ。これは塩で炒めれば十分食べられそうだし、ジャガイモは蒸かせば、十二分に食べられそう。サトウキビは……そうね。これから砂糖を作り出せば、色んな食材に使える。ゴマはゴマ油にしましょう」
立て板に水のように、言葉がつながる。その様を2人はキラキラした目で見ていた。
「あ、でも、塩はどうするのだ~?」
「作るの」
「なるほど~!」
・・・
「え?」
「だから、塩は作るの」
顔を見合わせる2人。もうこれ何回目だろうか。
「ジャン、海ってこの近くにある?」
「歩いて10分ほどのところに一応あるぞ。……でも、どうして海に行くんだ?」
「そこで作るのよ。塩を」
我ながら結構な無謀な策だとは思う。でも、塩の作り方は昔から知っている。
ひとまずジャンの家の中から、小さめの壺を二つ運び出す。
「あと、何があればいいのだ~?」
「そうねぇ……水に強い強度の高い紙。あとは熱に強い鍋のような容器と、硬すぎないヘラ」
「だ、そうなのだ!」
何故かどや顔を決めながら言うビッケ。用意するのはもちろん(?)ジャン。
「お前も手伝えビッケ……こんないっぱい海まで持っていけないぞ」
「えへへ、ごめんなさいなのだ」
しかし問題は、鍋だ。中を探すに、鍋のように底が深い大きな容器はなかった。
壺で代用する?いや、熱に強く、長時間の過熱に耐えられるという保障はない。
先ほどステーキを焼いた鉄板では、ごく少量しか作れない。色々思案している時……突然右手からポトリと何かが落ちた。
「ん~?ヒルダ、どうしたのだ~?」
「どうしたって……え?何?」
……それは、銀色の液体だった。
触ってみる。ぶよぶよした感触が。そして……しばらく経つと、ピキンと固まってしまった。
これはもしや……液体の金属……?
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同時刻……王都サジタリウス、サジタリウス城内。
「……陛下。リブラ村の掃討、完了したとのことです」
片膝をつき、頭を垂れる、金色の長いポニーテール姿の女騎士。
「報告ご苦労。カタリーナ。して、村の者どもは」
「長の者は、ダグラス将軍が処断。飢えている子供たちはすべて山岳地帯の檻に幽閉。抵抗の恐れがある大人は、村ごと焼き払った、との事。万事、順調であることに、間違いはありません」
「さすがはダグラス。容赦がない奴だ」
カタリーナと呼ばれた女は、口を真一文字に結んだ。
「……何か言いたそうだな?カタリーナよ」
少しだけ目を閉じ、顔を上げて話し出す。
「ここまで、する必要はあるのでしょうか。確かにリブラ村は抵抗勢力でした。しかし、王都の武力、そして財力さえあれば、抵抗し続ける事は難しかったはず。なのに村ごと焼き払い、皆殺しにすることはなかったはずです」
その言葉に、皇帝……ダラスティアは大声で笑った。
「貴様はウジ虫を殺すことに抵抗を見せるのか?」
「……」
さらに続ける。
「ワシの言うことを聞けぬ者どもはすべからく虫以下の存在なのだよ。なんの役にも立たぬ虫は殺してしかるべき。違うか?」
「……なら……!」
……だけ言って、口を噤んだ。
「どうした?文句があるなら言うがよい」
「……いえ、少し頭を冷やしてきます。陛下、御無礼、お許しください」
カタリーナは立ち上がると、静かに部屋を出た。
「……」
胸に下げたペンダントを開く。
そこには、無邪気に笑う少女の写真が。
「……」
ペンダントを閉じた後……
「くっ!」
石の壁を、右手で殴りつける。
「飢え渇いた子供に慈悲を与えず……何がウジ虫だ……何が虫以下だ……!」
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若干タイトルがラップっぽくなってしまってますね(笑)
次回、ヒルダはどうやって塩を作るのか?