転生、異世界、ステーキ。
新連載です。
現在投稿している小説ともども、よろしくお願いいたします。
――ゆっくりと、目を覚ます。
見知らぬ天井に、見知らぬ材質の壁。
そして目の前にいる……
「すぅ……すぅ……」
牛のような角を頭に生やした、椅子に腰かけて眠っている女の子。
「……」
立ち上がろうとするが、ふらっとめまいがする……
ぺたん。とベッドに座り込む。
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「ありがとうございました~!」
老舗の弁当屋『いぬざき亭』。
そこで働くこの女性。犬崎 真昼。
それが、『彼女』の本名だ。
銀色の髪を右のサイドテールでまとめた彼女は、完成した弁当を客に手渡す。
今日この日は木曜日。お昼時になると、手ごろな値段で食べられるこのお店の弁当を求め、人々が次から次へと押し寄せる。
小太りなサラリーマン、少し背の高いOL、杖をついたおじいちゃんなど、その姿は三者三様だ。
白いご飯、甘辛く煮た昆布、味を付けた海苔の順に弁当箱に盛り付け、その上に白色からキツネ色に見た目を変えた、白身魚を乗せる。
同じくカラっと揚がったちくわの磯部揚げを乗せ、完成。
一番の人気商品。のり弁当だ。
「ありがとうございました~!」
ひと通り客の波が終わったのは、午後3時。
「真昼、今日もありがとう」
母親が真昼に声をかける。
高校を卒業後、こうして母を助けるために、真昼は実家を手伝うことを選んだ。
毎日毎日忙しく、疲れないと言えば嘘になるが、これはこれで楽しい。
これでも料理人の父の血を色濃く継いでおり、料理の父は幅広い。
ほとんどバイブルのように料理本を毎日毎日読みふけり、将来は自分の店を持つことが夢……だった。
「いいってお母さん。だってあたしが選んだんだからさ」
様々なものを煮て、揚げて、焼いて……悲鳴をあげている調理器具を、丁寧に洗う。
こうやって母親の手伝いをしている以上は、自分の店を持つことなんて無理だろう。
だが、それでもかまわない。だって今は、それなりに充実しているんだから。
「あら」
再び母親の声。
「どうしたの?」
「お醤油、もうあんまりないわ」
調味料を見てみる。……確かに、醤油の残量があんまりない。
煮る、焼く、炒める……和食が多い弁当屋において、醤油は必需品だ。
「ごめん真昼、買ってきてくれない?」
「わかった」
もうすでに調理器具は洗い終わった後だ。それにスーパーはすぐ近くにある。
2、30分あれば余裕で帰ってこられるだろう。真昼は軽い思いで、店を飛び出した。
信号を待つ。
季節は夏。この時期は、立っているだけで汗が噴き出してくるような暑さだ。
「早く変わらないかな……」
厨房で汗をかくのは、仕事をしている感じがして好きだが、何もしていない状態で汗をかくのは嫌だ。
何度も何度も、信号と車が通る道路を……
「?」
その時だ。真昼の横から、突然銀色の犬が飛び出してきた。その犬は、体に鉄のようなものを身に着けて……
いや、違う。今はそんなことは大事ではない。
問題はその犬が……
「あぶない!」
まっすぐに道路に飛び出したこと。
真昼は、考える事よりも、体の方が先に動いて……
ドォン!!
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――までは覚えている。こう言うのもなんだが、いぬざき亭があったのは都会だ。
なのになんだろう。この異国情緒あふれる建物は……?
頭を触る。うん。いつものサイドテ―ルだ。……
「?」
もふもふと、何か別の感触を感じる。……なんだこれは?
少しとがったものが、頭についている……?
……引っ張ってみる。
「いだだだだだだ!?」
「んあっ!?」
……しまった。騒いだ拍子に、目の前にいる牛のような女の子を起こしてしまった。
「な、なんなのだ!?どうしたのだ!?」
その女の子は黒いミディアムヘアに、牛のような角を生やし、少し焼けた、これまた牛のようなふくよかな体をしていた。
グラマー、と言えばいいんだろうか。……背は小さいが。
「あっご、ごめん……」
再び立ち上がる真昼。……しかし、その時、
「えっ」
下半身、特にお尻の方に妙な重量を感じた。
「ちょっ、まだ立ったら危ないのだ!キミはキミが置かれた状況を理解してないのだ!?」
そんな女の子の声を聞いてか聞かずか、真昼はその重量感の正体を体の横に持ってくる。……尻尾だ。間違いない。尻尾だ。
「えっ何これ……?」
「何これって……もしかしてキミ、記憶がないのだ?」
「記憶?」
……言われてみれば確かに。真昼は何も覚えていない。
その女の子を前に、こくりとうなずいた。
「う~、お兄ちゃんの言う通りなのだ。今日狩りをしに森に行ったら、キミ、あおむけに倒れてたのだ。もう少しで暴れ牛に倒されるところだったのだぞ!」
「暴れ牛……?森……?」
窓から外を見てみると……
「!?」
そこはまるで、ゲームの中の世界のような、そんな場所だった。
人々は見たこともないような服……と、いうか布からと言って違いないものを着て、現実ではないような建物。
……少なくともここが、現実世界ではない……という事はわかった。世にいう異世界転移……というものなのだろうか?
となれば、この尻尾も納得が……いくわけない!
「ここは……どういう……」
軽くパニックを起こしていた。当たり前と言えば当たり前……なのだが。
「ん~?もしかしてキミ、腹減ってるのだ~?」
「減って……る、けど」
世界がどうなろうと、どんな世界に来ようと、空腹には抗えない。
「それもそうなのだ!キミ、3日も眠り続けていたから、当たり前なのだ!」
3日!?
「早速下へ降りるのだ!お兄ちゃんはもうすぐ帰ってくるだろうし、食事くらいなら出してあげてもいいのだ!」
女の子は階段を下りる。まぁ、空腹がまぎれるなら……真昼も続いて下に降りることにした。
下に降り、外に出る。外に出ても空気に慣れない。
「よーし、早速{ステーキ}をつくるのだ!」
ステーキ?よく見ると、袋のようなものの中に、牛肉が入っている。
「お?気になるのか~?ボクもステーキは大好きなのだ!」
「う、うん。まぁ……」
同時に、真昼は猛烈に不安を感じた。理由としては……
調味料が一切ない。
「早速作ってあげるから、キミは座ってて待ってて欲しいのだ~!」
そして、不安は……現実になった。
=異世界流 ステーキの作り方=
材料:暴れ牛の肉
以上
行程
1:肉を適当に放り込みます。
2:焼きます。
=できあがり=
「さ、食べてみるのだ!ビッケちゃん流ステーキ、きっとおいしいのだ!」
「……」
ビッケ、と名乗った女の子は、満面の笑みでこちらを眺める。
「食器は……ある?」
「食器?そんな贅沢なもの、ここにはないのだ!そもそもキミは見た目からしてウェアウルフだから、なんでも手づかみで食べる物じゃないのか~?」
「……」
この際ウェアウルフというのはどうでもいいとして……どうやら、手づかみでないといけないらしい……仕方がないので、そのまま食べてみた。
瞬間。
・ ・ ・ ・ ・
「も~!人が作ったものを吐きだしちゃうなんて、失礼極まりないのだ!不潔なのだ!」
「む、無理よ!口に入れた瞬間不快感がどっと押し寄せたわ!」
中もミディアムレアを超え、ほぼ生。味が付いていないため、肉そのものの味がするのだが……
臭みも何も取っていないため、当然広がるのは獣くささ。
何よりあちらこちらが筋張り、とても噛み切れるものではない。
「……し、塩はないの?胡椒とか」
「そんな高級なもの、あるわけがないのだ。みんな王都の奴らに奪われてしまったのだ」
……王都?
と、そこへ……
「お、なんだ。もう無事なのか」
男の声がした。先ほどビッケが言っていた『お兄ちゃん』なのだろうか。ビッケが牛のような見た目をしているんだから、兄は筋骨隆々なミノタウロスのような見た目……
「ならよかった。無事ってことなんだな」
そこに立っていたのは、ドラゴンの様な尻尾を携えた……10人中10人がイケメンと言いそうな男だった。
「お兄ちゃん!お帰りなのだ~!」
……
本当にお兄ちゃん!?真昼は反射的に思わざるを得なかった。
少し短くなってしまいましたが、今回はここまで。
次回から物語が動きます。