ろく
「なんで、うちなんかに?」
ルチアは素朴な疑問をそのまま口にした。公爵家ならば、縁談相手など掃いて捨てるほどいそうなものだし、そもそもの問題としてもっと家格の釣り合う家に話がいくものじゃないだろうか。
父親はわかっていると言いたげな表情でルチアを制し、話を続けた。
「それは……ズィーカ公爵は女性の好みが気難しいそうでな、これまで色んな女性と縁談が持ち上がったがうまくいかなかったらしい」
「でね、プライドの高い上級貴族のご令嬢より、そこそこの家の娘のほうがうまくいくんじゃないかって……白羽の矢が立ったのがうちなんですって」
両親は嬉しさを隠しきれていない様子だった。やはり自分の娘が玉の輿に乗るというのは、誇らしいものなのだろうか。
「そんなに気難しいなら、どうして無理に結婚するのかな?」
これまた素朴な疑問だった。気難しいなら結構しなければいいし、結婚したいならあれこれワガママを言わなければいいじゃないか。単純なルチアはそう思うのだが……。
「ズィーカ公爵の結婚は、国王陛下の勅命なんだよ。まぁ結婚そのものというより……子孫を残せということだろうけどね。死神将軍の血を次代に繋げないなんて、この国にとってこれ以上の損失はないだろう」
戦の才能は遺伝するのだろうか?するにしても、しないにしても、重苦しいプレッシャーをかけられる子供はたまったものじゃないだろう。
「じゃあ、公爵本人はそんなに乗り気じゃないってこと?」
話を聞くかぎりだと、国王陛下が送り込む女達を公爵は断固拒否し続けている。そんな絵面しか浮かんでこない。
父親はえへんとわざとらしい咳払いをひとつしてみせた。
「まぁ……積極的に結婚したがっているわけではなさそうだが……アンヌなら大丈夫じゃないか? 親バカかも知れないけど、アンヌを嫌う男はいないと思うんだ」
それはさすがに、親バカが過ぎるってものだろう。
ルチアはちょっと呆れたが、口には出さないでおいた。
それに、父親の気持ちもわからなくはない。アンヌなら上級貴族の娘にも決して劣らない。ルチアだって、そう思っている。
「……私に縁談? ズィーカ領へ?」
これまでずっと黙っていたアンヌが初めて言葉を発した。
あまりにも驚きの縁談話だったために、本人そっちのけでついつい話し込んでしまっていたけれど……。
(そうよ! 肝心なのはアンヌの気持ちだった。だってアンヌは……)
ズィーカ領は国の北端だ。あまりにも遠い。公爵に嫁いでしまえば、もう二度とビクトールには会えない可能性だってあるだろう。
ルチアはアンヌを振り返った。
アンヌの顔は青ざめていて、唇がカタカタと震えていた。今にも気を失ってしまうんじゃないかと思うほどに、弱々しく見えた。
アンヌのこんな表情をルチアは初めて見た。そしてこの瞬間に、ルチアのなかにあった迷いやためらいはすべて消し飛んだ。
「お父様! その縁談、ぜひぜひ私に譲ってください」
ルチアは椅子から立ち上がり、片手を上げてアピールした。
「はぁ?」
父親、母親、アンヌの三人の声が重なった。ちなみに弟のニックは大人しい子で、さっきから事のなりゆきをハラハラした顔で見守っているだけだ。
「ルチアが? どうしてよ?」
母親にそう言われ、ルチアは焦った。もっともらしい理由なんて考えてもいなかったから。
「えーっと。私こう見えて、実は野心家で……権力が大好きなの!」
「……ついこの前、うちの子爵家とビクトールのとこの男爵家ってどっちが偉いの?とか言ってたくせに?」
(うぅ……アンヌってば、落ち込んでるくせにつっこみは鋭いんだから)
それでもルチアは引かなかった。姉として……ここは引けない。アンヌをズィーカ領なんて、ビクトールから遠く離れたところに行かせるわけにはいかない。
ルチアはビクトールも好きだったが、それ以上にアンヌが大好きだ。
「あとは、ほら! ズィーカ領と言えば、優秀な軍馬の産出地として有名でしょ。どんな餌を与えてるのか気になるし、やっぱり一度はズィーカの馬に乗ってみたいし」
「あ、急にホントっぽくなった」
父親は弱りきった顔でルチアを見た。
「いやぁ、そのなぁ、ルチアだって私達の自慢のかわいい娘に違いない。違いないんだが……公爵夫人になると思うと……ここはやっぱりアンヌなんじゃないかなぁと」
言いにくそうにしていたわりには、ずばりと彼は言った。ルチアに公爵夫人は務まらないだろう、と。
そして、それはぐうの音も出ない正論だった。刺繍が苦手で楽器もひけない公爵夫人なんて、剣を持てない兵士みたいなものだ。役立たずどころかお荷物にしかならないだろう。
「そうねぇ……でも、選りすぐりの良家のご令嬢がことごとく断られたってことを考えると、すごーく変わった女性の趣味なのかもしれないわよ。ルチアみたいな毛色の違う子のほうが、かえって気に入ってもらえるかも!」
愛娘にひどい言い草だが、母親のアシストはありがたい。ルチアはすかさず、それに乗った。
「そうそう! きっとすごーく変な趣味なのよ。美人でも、おしとやかでも、聡明でもない女が好みなのかも!」
もしそうなら、自分はまさに理想の嫁なんじゃないだろうか。自分で言ってて、ちょっと悲しくなるけれど。
「だけど、お前にはビクトールが……」
「それは問題ないと思うの!」
待ってましたとばかりにルチアは身を乗り出した。
「お父様とビクトールのパパとの約束は娘と息子を結婚させようってことでしょ。幸いにも、我が家に娘はふたりいるじゃない!」
そう、アンヌとビクトールが結婚すればいいのだ。これこそ、すべてが丸くおさまるってものじゃないか。
「ちょっと、ルチアってば……急になにを言い出すのよ」
アンヌが焦っている。
「急じゃないわ。私とビクトールって、あんまり相性が合わないんじゃないかなって前から思ってたとこなのよ。ね、いいでしょ、お父様!」
父親は困りきった顔でため息をついた。彼は生来の優柔不断なのだ。
(よっしゃ! もうひと押し!)
「じゃあ、これはどう? まずは私が公爵様にチャレンジしてダメだったら、大本命のアンヌが行くのよ。もし私でオッケーなら、アンヌはめでたくビクトールと結婚よ」
「……めでたく?」
ルチアの言葉に、母親が首を傾げた。が、ルチアは強引にごまかした。
「わー、なんでもない、ない」
そんなわけで、ルチアはなんとか家族をまるめこみ、自らが死神将軍ことオルランド・ズィーカ公爵の元へ嫁ぐことになったのだった。
すみません。ちょっと更新ペース落ちるかもしれないです!