=一人ではない独りの演奏=
遠くの方から女性の声が聞こえる。
「ほりっち~。そろそろ行くよ。」
「あ~すぐ行く。」
ほりっちと呼ばれた中年の男は手に持っていた
柄杓の水をゆっくりとかけていた。
「ごめんね。また来るからね。」
「お前の気持ちは、わからなくないけど。いいかげんに、
お前は奥さんと子供を大切にするのが一番だろ。」
「そんなことはないよ。ただ、僕があんな行動さえしなかったら…。」
「嘘だね~。お前は行動できないよ。本当はそんな勇気もなかったと思うぞ。
「そんなことはない。僕は今でも…。」
「だからそれが嘘なんだって。」
「ユーイチはそういうこと考えたことないから、そんなこと言えるんだよ。」
「あぁ~?」
「どっちもどっちだな。」
「お~今日は酒飲んでないからまともな意見が聞けますな。」
「年中飲んでるわけじゃないよ。ただ、このことに関してはどっちもどっちなんだよ。」
「まぁな…」
「ほりっちは目の前で見ている。ユーイチは後で話しをきいた。それだけなんだよ。」
「そうだな。俺は後から知っただけ。ほりっちの考えが変わっていないなら
今ここでやってみろよ。今度は止めてくれる人はいないぞ。」
「………」
……
…
……どうして君たちは喧嘩をするの?……
……
……
「ほら、やれないだろ?」
「まぁまぁ、僕はほりっちの気持ちがわからないわけでもない。
でもそれを引きずるのはよくない。」
「…‥引きずるって。」
「十分引きずってるぞ。本当はここにいるのがお前だったんだろう?」
……そうなのかな?結果は変わらないかと……
「じゃ、わかるだろう。僕の気持ちが…。」
「ん~俺はわからないかな。奥さんと子供残す馬鹿がどこにいるんだ?」
「僕自身がどう生きるかと家族とがどうかと言うのは、別問題だよ。」
「それは本当に別問題なのか?」
「そうだよ。それにユーイチは、独身だろ?やっぱり違うんだよ。」
「確かに、俺は独身だよ。確かに結婚してるほりっちよりは気が楽かもしれないね。」
「うん。支えてるものが違うだ……。」
……立場違えば支えるものも違う……
「なんかその言い方はイラっとするな。じゃあれか…男として子供を作ることが偉いのか?
それとも俺が男してダメなのか?お前の基準がわからないんだよ。言い方は悪いが
お前は何で結婚したんだ?何で子供を作ったんだ?」
「なんだよ。その言い方は、俺が悪いみたいじゃないか。俺が独身だったら死んでよかったのか。」
「そうだな。それは言えてるな。」
「うわ~ひどいなそれは。」
「しょうがなくねぇ?お前が一人身だったら自由にしていいと思うよ。
でもな結婚して子供もいるんだぞ。親になった以上、親としての責任をとれよ。
まさか、勝手に産まれたとか無責任なこと言うなよ。」
「……。」
「お前の考えから生き方も自由だよ。確かに…でもな。
今選んだ道、選ばないといけなかった道でのお前の責任をとれよ。」
「責任をとるのはこいつのことじゃないぞ。」
……でもそれでも忘れちゃいけないこともあるよね……
「引きづるなとは言わない。でも引きずりすぎるな。
『僕自身と家族』というならお前はここにはもう来ない方がいいよ。」
「どういう意味だよ。」
「こいつが死んだのとほりっちょが今生きてるのは無関係だからだよ。
俺は、目の前でこいつが死んだのを見てはないけど、『ほりっちょより先に死んだ。』それだけだろ。
そのせいで電車が止まって、怖気づいたお前は死ねなかった。」
「お前は死にたい。死にたいって思ってるかもしれないけど。それと同時に生きたいと無意識で思ってるんだよ。
死にたいっていっている間はまだ生きる理由を探してるんだよ。」
「漫画家になれなかったから…アシスタントになれなかったから…
起業するっていったけど誰も相手にしてくれなかったっから…
『俺』はこんなにも頑張ってるのに……誰も認めてくれない……だからつらい?」
……私は羨ましいな。自分の都合で忘れちゃうなんて……
「…子供は可愛いけど、俺自身の人生とは別問題?
…本当は漫画だけで喰っていきたい?
…でも描きたくない漫画は嫌だ?
……禊として酒とたばこは断った?………全部意味がわからないんだよ」
「もう少し周りをみて考えてみろよ。お前の生き方は自由だよ。
でもお前以外の周りの人間も自由に生きてるんだよ。それぞれやりたいことやって生きてるんだよ。
お前にとってやりたいことが他人には迷惑になる場合もあるんだよ。」
「もっと自分の言動に『自由と責任』を持てよ。」
「……。」
「ねぇ~。私も正直言いたいことあるんだけど。場所変えない?
ここで、こんな話してたらいつまでたってもこの子、泣いたままだよ。」
遠くの方から女性の声がまた聞こえてくる。
……ごめんね。私なんかのために……
…
………
そうだね
いつも忘れちゃうな。私飛び降りたんだよね。
別に
未来に絶望したわけでもないし。
いまに不満があるわけでもなし。
……
………
私は自由気ままに
生きてるように見えるみたい。
たった一度だけ
あっくんに相談したことはあったな。
何の前触れもなく。
ノートパソコンのキーボードを打つ手が一瞬止まっただけで
「皆、そういう事は考えたことあるんじゃないか?」だって。
冷静というかなんというか。
信頼してたからこそ、ユーイチには何も話してなかった。
たぶん止めないだろうしさっきの同じこと言われそう。
通い続けること。毎日を通い続けることが
私には難しかった。
つらいという気持ちもあまりなくて
しあわせっていう気持ちもあまりなくて
ただただ過ごしている
よ
ありがとうね。
…
………
ユキには何も言ってないだって面倒じゃない?
彼女は自分自身の事のように心配しすぎる。
そして
ほりっちとは偶然に街中であった時に話しを聴いた
そうだね。
あの時、君はすでに生詰まっていたのかもね。
生きるのが大変だといっていた。
だから私聞いたよね?
『生きるのはつらいこと?』『死ねば楽になるの?』
君は答えに詰まったよね。
『でも死ぬしかない』そう言って
腕も脚も振るえていたね。
だから私聞いたよね?
『先に待ってるから』そう言って私は飛び降りた
地上に背を向けて君をハグできるように。
……
…
=独りだけど一人だけの演奏=
いつの間……じゃないね。
私だけが君たちとの同じ時間を過ごすのを
拒んだのかもしれない。