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血の契約  作者: 吉村巡
99/148

98:悪夢の結末

「こんばんは。ミューシカさん」

 ミューシカに声をかけたのは目の前で妖艶な笑みを浮かべたレイだった。セイジの返り血が体には不釣り合いなマントに散っている。しかし、そんな事に頓着する事無くただ笑って自分を見つめる彼女にミューシカは先程の賊とはまた違った意味でそれ以上の恐怖を感じた。

「あ、あなたは?」

「私、二度手間は嫌いなの。今名乗っても意味がない。何故か分かる?」

「私を殺すから?」

「違う。あなたが死にたいと願うのよ」

 レイは笑った。その瞬間、目の前にセイジが現れた。ミューシカの知っているセイジだ。しかし現れたセイジは血塗れだった。血に濡れていない所など無い程セイジの体のあちこちからは血が流れている。それでも、セイジは生きていた。

「ミュ・・・シ・・・カ」

 息も絶え絶えのなかでミューシカを呼ぶセイジの姿は凄絶で、ミューシカは何も言葉を返す事が出来なかった。

「楽しみはこれからよ」

 レイは淡々と呟くとセイジの体を蹴り、仰向きにさせてからそのお腹を踏みつけた。「ゔっ」踏みつけられくぐもった声を上げる。ついで咳き込みその際に口から血が溢れる。その血はレイの服に散り、レイは笑って、セイジをもう一度蹴った。

「やめて!!」

 ミューシカは叫び、セイジの体を庇うように自分の体で覆いレイを睨みつける。

「無駄よ」

 レイはミューシカの体を掴んでセイジから引き剥がす。

「ミ、ミューシカ、に、手を・・出す、な!」

 口から血を流しながらセイジは焦点の合わない目を爛々と輝かせながらレイを睨む。

「だって。どうする?貴女は」

「セイジに手を出す事は許さない」

「ふふっ、私は貴女の許可なんか求めていないわ」

 ニッコリと笑いながらミューシカにそう返したレイはミューシカの体を離す。ミューシカは受け身を取る事も出来ず地面に激突した。地面に強かに打ちつけた身体が痛みを伝える。涙が流れそうになるのを必死で堪え立ち上がろうとするが体が動かない。声も、出ない。

 レイはセイジに近付き何処から取り出したのか短剣を手に持っていた。

 その剣を、セイジに振り下ろす。

 痛みに声を上げたように見えたがもう声を上げる力さえ残っていないのか顔を歪ませ痛みに呻き身をよじろうとするだけだ。


「ねぇ、貴女はやらないの?」

 セイジを痛めつけるだけ痛めつけた彼女は美しい、しかしミューシカにとってはおぞましい笑みを浮かべてそう告げる。

 叫ぶだけ叫んで、抵抗しようとして、でも敵わなくて自らの無力に泣いていたミューシカは彼女を睨みつける。

「おいで」

 体が、勝手に動く。挫いたせいで立てなかった筈の足が動く。意志に反して足は彼女の元へ向かう。嫌な予感がした。足を止めようとしても止まらない。

「ほら、コレを持って」

 彼女が差し出したのはセイジの血で濡れた短剣。咄嗟に振り払おうとしたが体が言う事を利かない。手まで勝手に動きその短剣を受け取る。これから起こる事を予想してミューシカはみっともなく叫んだ。

「嫌っ!やめてっ!私はこんな事やりたくないっ!!」

「やりなさい」

 体が言う事を利かない。私はこんな事を望んでいない。

 ミューシカはセイジの心臓に向けて短剣を振り下ろした。

「ミュ・・シカ?」

 信じられない、と言う表情でミューシカを見つめ、セイジはそこで事切れた。

「あ・・・、あ・・セ、セイジ?セイジ!セイジ!?」

 手の自由が戻り、セイジの体を揺するがセイジが目を開ける事は無かった。体はどんどん冷たくなる。

「貴女がセイジを殺したね」

 クスクスと笑う彼女に対してミューシカは激しい憎悪の目を向ける。

「悪魔・・悪魔!!」

「私は悪魔じゃない。でも、人でもない。ねぇ、セイジに会いたい?」

「セイジは死んだわ。私を殺すとでも!?」

「ええ」

 彼女はあっさりと頷いた。

「だって、貴女はセイジの居ない世界で生きられる?」

「・・・生きられる訳無いじゃない!」

「だったら、今私が貴女を殺しても良いでしょう?」

「お前に殺されるくらいなら自らで命を絶つわ」

「無理よ」

 その言葉に景色が一瞬にして変わる。

 目の前には磔にされたセイジが拷問を受けている。

 また次の光景はセイジの四肢が引き千切られ断末魔の叫びを上げている。

 次は殴り殺され、その次は体の中の臓器を引きずり出され、最後にセイジの首がミューシカの目の前にはね飛ばされた所でミューシカの精神は限界だった。

 彼女は楽しそうに笑っている。そして聖女のような顔でミューシカを見つめるのだ。世界は、狂っていた。

「・・・殺して・・殺して!私を殺して!!もう嫌、こんな世界もう嫌!殺して!・・・死にたい。もう死にたい」

「そんなに、この世界が嫌?もう、死んでしまいたい?」

「殺しなさいよ!」

「殺すよ」

 彼女は手に持っていた短剣を持ってミューシカに近付く。ミューシカは抵抗しなかった。彼女は、ミューシカを抱きしめるような格好でミューシカの背中に短剣を走らせる。ミューシカが悲鳴を上げる事は無かった。

 血が大量に流れ、程なくして意識が朦朧として来る。

「私は貴女を殺してこの世界を壊す。貴女が死ねばこの世界は終わりを迎える」

 意識が途切れる直前、ミューシカが耳にした言葉は先程までと同じ人物の言葉であるにもかかわらず体全体を優しく包み込むような、聖女の言葉だった。

「起きなさい。悪夢はもう終わり。貴女の大切な人が泣きながら貴女を待ってるから」

 ミューシカの意識は、そこで途切れた。



 ふと、セイジが目を覚ましたのは真夜中だった。月の位置が大分傾いている夜中の3時か4時頃だろう。

 ミューシカのベッドに突っ伏して寝ていた事からいつの間にか眠っていたらしい。

 変な体勢で寝ていたせいか夢を見ていたような気もするが内容は思い出せない。喉までは出かかっているが考えて行くうちに夢の内容は完全に思い出せなくなった。

(ま、夢なんてこんな物か)

 そう思いつつ無意識にミューシカに視線を向ける。

 何時もと変わらない愛しい人の顔がそこにある筈だった。虚しくても、悔しくても、どうしようも出来なかった大切な幼馴染みの顔をぼんやりと見つめ続ける。

 呻き声が、聞こえた気がした。

「ミューシカ?」

 気のせいかもしれない。それでも一抹の期待を込めてミューシカの名を呼ぶ。

 また、呻き声が聞こえた。表情にも、変化が生まれる。顔が、ずっと人形のように変わらなかった顔が苦しそうに歪む。

「ミューシカ?ミューシカっ!?」

 はやる気持ちを抑えられず語気を荒げて彼女の名を呼ぶ。

 ゆっくりと、懐かしい色をした瞳が開かれた。

「ミューシカ!」

「セイ、ジ?」

 小さな、小さな声だった。でも、その声はハッキリとセイジの耳に届く。

 その声が懐かしくて、彼女の浮かべる表情が愛しくて、生きて自分に反応してくれる事が嬉しくて、感情を抑えきれずセイジはミューシカの体を優しく抱きしめた。

「良かった」

 セイジはそれだけしか言葉にできなかった。声が震えてみっともなく泣き出しそうになる。

「セイジ?泣いてるの?どこか痛いの?」

 質問に答える余裕はセイジに無かった。存在を確かめるように優しく、しかし、しっかりと抱きしめたままセイジはミューシカの肩に顔を埋める。

 その様子が幼い頃自分をからかった年上の男の子に挑んで負けて悔しくて涙を我慢していた様子に似ていてミューシカは動かしにくい腕をセイジの背中に回して、

「ありがとう、心配してくれて」

 と呟く。


 廊下から足音が聞こえる。しかし、ミューシカもセイジもその足音に気付かなかった。

「セイジ様、如何なさいました?」

 ミューシカをの名を叫ぶ声を聞きつけた年嵩の男の使用人がミューシカの部屋の扉を開ける。

 彼が見たのは奇跡のような光景だった。彼はすぐに踵を返し屋敷内を駆け回って叫んだ。

「誰かお医者様を!お嬢様が目を覚まされた!」

  

 テーベリア家に誰もが諦め、忘れかけていた活気が蘇る。




「おはよう」

「まだ真夜中だ」

「外を見れば分かる」

 体を起こし、伸ばしながら暢気にファラルに話しかけるレイには夢の中の面影は無い。

「珍しいな」

「そうでもない。だって、母さんが言っていた事よ?」

「何を見た?」

 はぐらかそうとしたレイにファラルは誤摩化しを許さず追求の手を緩めない。

「・・・私が昔返り討ちにした賊」

 ファラルはその答えで全てを察したらしい。それ以上の説明は求めないが、レイは自分から話し出す。

「あのままだと、彼女はセイジが助かり自分が死ぬことを繰り返すだけの世界で緩やかに緩やかに息絶えてゆくしかなかった。その後、セイジは仇討ちをするかもしれないでしょう?でも、その賊はもう私が殺しちゃってるし敵討ちは出来ない。だったらせめて一度くらいセイジに彼女を助けさせようかなって思っただけ。彼女の目が覚めるかどうかは賭けよ」

 その言葉にファラルはただ黙って耳を傾けるだけだった。

 ファラルが何を思っているのかがレイには分かる。でも、その考えを聞くのは嫌だった。

 自分の中にある矛盾。でも、レイはその矛盾を理解しながら自分のやりたい事を曲げない。

 だからこそ、レイは気まぐれで冷静で無慈悲だ。

「分かってる、自分が矛盾していることくらい。でも、それが私。別に、呆れたなら何処へでも行っていい。始めに契約した通り私はファラルに何かを強制しようとは思ってない。見捨てても、いい」

 夢の中で、レイは何を思ったのだろう?

 ファラルには誰かの考えるを読み取る力は無い。でも、よく知らない人間が見れば完璧な無表情に見えるレイの表情は長い付き合いのファラルから見れば投げやりになって強がって泣く寸前の表情だ。

 自然と、ファラルはレイを抱きしめていた。


 レイはそんなファラルの行動が理解できなかった。理解したくなかった。

 ただ、自分を抱く腕は優しくて暖かくて、自分の近くに居てくれる事が嬉しくて、ファラルの腕を受け入れていた。





 あの夜から1週間後、セイジは無事に復学した。

「ミューシカさんの意識、戻ったの?」

 マリアがこっそりとセイジにそう尋ねる。因にセイジは合いに行った時の疲れた表情は何処へやら、何かを思い出すようにしては微笑みを浮かべ幸せオーラを全身に纏っている。マリアの質問にも嬉しそうに笑いながら、頷く。

「本当はミューシカについて暫くリハビリとか手伝おうと思ってたんだけど、ミューシカが“何考えてるの!?馬鹿じゃないの?今直ぐ復学しなさい!!”て怒鳴られて」

 ミューシカは今まで眠ったままで過ごしていたので5歳の時のままの少し我が儘で勝ち気な性格のままらしい。知能もそこで止まっているので眠り続けていたせいで激的に落ちた筋力と体力、体の機能の回復の為のリハビリの傍ら家庭教師をつけて勉強を行う事になったらしい。

 そんな話をセイジから聞き、マリアは自分の事のように喜んでいた。

 部室にはレイとセイジとマリア、そしてマリしか居ない。サラとカナタはホームルームが長引いているらしい。レイには小声で話すマリアとセイジの声が聞こえるが、マリは聞こえていないのか少し不機嫌な様子で2人をちらりと盗み見ると本に目を落とし2人の事を気にしないようにしていた。

 レイはマリの中に渦巻いている感情を察知し、誰にも分からないように微かに口元に笑みを浮かべた。

 

 人間とは美しくも愚かしい生き物だ。

 大切な者の為にその命をも投げ出す事が出来るのに、大切な人間を独占したいと願う。

 それが、その人間の姿がファラルも知らない己の過去に重なり笑いが込み上げる。

(あの頃の私は、自分が何なのか理解出来ていなかった)

 過去の自分の愚かしさを振り返りながらその過去の自分を嘲笑う。

 心の一部が訴える矛盾した何かを考える事の無いように。




 セイジ編は終了です。次はマリア、マリの双子兄妹の話の予定です。

 あくまで予定なので、その前に何か別の話が入る可能性も・・・。

 ちなみに、今回の話の補足でセイジもミューシカも夢の中の出来事は忘れていますが本当に朧げには覚えています。

 

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