95:欠ける日常
豊穣祭を終え、日常が戻って来た。
「レイの髪・・・」
「髪が何?シオン」
放課後、部室で久々にシオンと顔を合わせた。レイの姿を見て直ぐ、シオンはそう呟きレイはその質問の意図を分かっていながらもそう聞き返した。
「否、何でも無い」
シオンはそう誤摩化すと席に着いた。
「最近、豊穣祭で色々忙しかったけどやっと落ち着いたって感じよね」
「そう言えば、レイとサラに母さんが裏方やってくれてありがとう、だって。レイは代役もやったしね、マリアとレイの舞好評だったよ」
笑ってレイとサラに母親の言葉を伝えたマリに、
「セリナさんにはどういたしまして、と伝えておいて下さい。あと、舞お疲れさまでした、とも」
「私も、レイと同じく。裏方も舞を至近距離で見る事が出来て良かったです。と伝えて下さい」
とレイとサラは答えた。
「わかった」
マリはそう言って伝言を伝える事を約束した。
「そう言えば、セリナさんと舞っていた人は結局誰だったの?」
「終わった後の夜会にも出席していなかった」
「舞台から消えた後の行方も分からないんでしょう?」
セイジが話題を変え、シオンとサラがそれに乗る。
「う〜ん、母さん、結局もう1人の舞い手については誰に対しても断固として口にしなかったから。行方不明である事に関しては行方不明にはなってない、って言って捜索を拒否したし」
マリが3人の疑問に答える。
「お母さんはその人の事知っているらしいんだけど、家族にも秘密にしてるの」
マリアがつまらなそうに言う。
「そう言えば、レイはお母さんからそうゆう話聞いた事無い?」
話を振られたレイは興味無さげに、
「セリナさんに舞に勧誘されて残った時に聞いた。そのとき、名前を公表しない様にとかアドバイスしたの私だから」
と面倒そうにそう口にした。
「「「「「え?」」」」」
見事に5人の言葉がハモった。
「舞は上手だけど諸々の事情があるから断ろうとしてたらしくて、セリナさんが悩んでたからアドバイスしたの。徹底的に隠せば良いって。その後は良く知らないけどね」
事も無げに言ってのけるレイに、全員の空いた口が塞がらない。
「つまり、レイはもう1人の舞い手が誰か知っているってこと?」
「うん。でも、それが誰かは言う気がない。だって、本人が平穏を望んでいるのにその平穏を無闇に引っ掻き回す訳にはいかない。皆は、誰かの日常をただの好奇心で引っ掻き回すの?」
淡々と紡がれる言葉だが自分たちの中にある好奇心を萎ませるには十分な言葉だった。
「そう、だね」
サラが一番初めに納得すると、次々に他の者も好奇心を断ち切って行った。
「でも、俺あの舞い手を見たときレイかと思った。髪の色も長さも同じだったから」
シオンが核心を突いた言葉をレイに投げかける。
「それも私のアドバイス。髪の色と長さを変えればバレにくいってセリナさんに良い鬘を扱ってる店を伝えておいたから。遠目に見てたけどまさか私を手本にされるとは思ってなかった」
動揺する事無く、レイはその場で思いついた嘘を平気で口にする。
「そうなのか」
シオンはそれで納得したようだ。
「じゃ、舞台からどうやって消えたのかしら」
「・・・・・・」
レイは無言で立ち上がり図書室へ向かった。程なくして一冊の本を携えて戻って来る。椅子に座り迷い無く本のページを捲って行く。本を読んでいる、という様子ではない。あるページで止まったレイの手はそのページを皆に見える様に本を中央に移動させた。
「ここに書かれているのは、過去に神に気に入られて天界を訪れたという舞い手もいたらしいという言い伝え。ちゃんと戻って来る、とも書かれてる」
シオンが代表してその古い文体を今の言葉に直しながら朗読する。
「多分、それに書かれている事が起こったんじゃない?」
「確かに辻褄は合うわね」
「私の予想外の展開も起こったけど推測はそれくらいしか出来ない。それに、舞い手に関して私はギリギリ正体が分からない位の情報しか皆に与える気はないから」
レイはそれだけ言うと持って来た本を受け取りパタン、と閉じて図書室へ返しに行った。
「そろそろ帰る。下校間近だし」
のんびりと会話をしたり本を読んだりしながら過ごしているとレイがそう言って帰り支度を始めた。マリアも、
「なら、私達も帰るわ。途中まで一緒に帰りましょう」
とマリと共に帰り支度を始めた。
「じゃ、俺も」
とセイジも帰り支度を始める。シオンは同じ様に帰り支度を始めている。
「私はこの本を読み終わるまでここに居るわ。カナタは?」
「俺も残る」
サラとカナタはもう少し残る、と言って部室を出て行く5人にまた明日、と手を振った。
校門まで来ると残りの4人に未練を残す視線を向けながらも「明日、この議論の続きをしよう」と言って、シオンは迎えに来ている馬車に乗り込んだ。王族という立場からシオンは人の目がある所ではこんな話し方をせざるを得ない。
マリアとマリとはもう少し共に歩き、分かれ道でまた明日、と声をかけて別れた。
今レイと共に歩いているのはセイジだけだ。レイは自分から話題を提供するような性格ではないし気まずい雰囲気を気にする性格もあまり持ち合わせていない。セイジはセイジで豊穣祭から積極的にレイに話しかけるのを躊躇っていた。他の者が居れば2人のギクシャクとした雰囲気は気付かれないが2人きりだとそれが浮き彫りになる。
「・・・何故か、多少なりとも事情を知っているらしいレイだけには言っておくべきだと思って」
「何を?」
不意に、静かにそして淡々と喋り出したセイジに対してレイがその内容を求める。しかし、セイジの言いたい事がなんなのかは察しがつく。
「学校、暫く休学する。彼女の側に居るつもり。この位しないと、俺は弱いからまた逃げてしまいそうだから。元々、婚約の話が小さい頃に出てたんだ。けど、決まる前にあんな状態になってその話がなくなった。相手の気持ちは無視する事になるけど婚約、しようと考えてる。それに、もっと大人になって自分で稼ぐ事が出来る様になれば結婚しようとも思ってる。勿論、アイツが目を覚まして拒否すればすぐに解消するけど」
「セイジがそう決めているんなら当事者でも何でも無い、ただ事情を知っているかもしれない私に口を挟む権利は無い。でも、セイジの望みは違うでしょう?まあ、気付いてないならそれでも良いと思うけど」
セイジにはレイの言葉の真意が分からなかった。
「これだけは言っておく。分かっていると思うけど、ずっと幼馴染みの側にいた所でセイジが満たされる事は無い。話しかけても反応を返さない者の相手をするのは虚しい事。ずっとそんな状態だと、セイジはいつか精神に異常を来す。それに、婚約や結婚で相手を手に入れてもセイジの心は多分、一滴も満たされないそれは・・・・・・セイジの欲求が関係している」
それだけ言うとレイは突っ立っているセイジに笑みを向け、
「何にせよ、私はセイジの決めた事に反対はしない。他の人達がどうかは知らないけどね。セイジはセイジで出来る事をすれば良い。そう思って婚約や結婚の話を考えたんでしょう。苦しくて逃げたくなれば逃げれば良い、他人がどうかは知らないけど、私はセイジが逃げたとしても褒めはしないし、蔑みもしない。逃げ込んで来た場所が私達の所なら、多分皆も相談無く休学したセイジを怒っても拒みはしないと思うから。それに、逆にこっちからセイジの所に乗り込む可能性もある」
「ハハッ、それもそうだ。どうしてもクラブに出る事は出来ないからマリが鬼になりそうだ」
一瞬だけ遠い目をしたセイジの脳裏にはマリの鬼になった情景が浮かんでいるらしく、その雰囲気には怯えがある。実力ではマリよりもセイジの方が上なのだがマリは普段の冷静沈着、穏やか、というイメージがある為かギャップに戸惑うのだ。
「体を鍛える事と練習と勉強を欠かさない事。復学するとき困るから」
「そうだね」
また、沈黙が降りた。レイが歩き出す。セイジが一拍遅れてその後に続き、隣に立つ。
分かれ道が来た。
「さようなら、セイジ」
「うん。さようなら、レイ」
2人は、そこで別れた。
次の日から、セイジは学校に来なくなった。
セイジと別れを告げ合った夜、レイは仕事を終え屋敷に戻って来ていたファラルに念入りに髪を梳いて貰っている最中にセイジの事を考えていた。
(セイジの欲求・・・考えれば簡単な事だけど、幼馴染みが目を覚ます事よね。だから、形だけ婚約とか結婚とかしても心が満たされることはない。だって、その欲求は幼馴染みが目を覚ましてから抱くべきことだから)
ファラルの手つきが変わる。梳いたあと、髪の長さが不揃いである事に気付いたらしく何処かから鋏を取り出す。鋏の切れ味を確かめる音が耳に届く。
(段階を飛ばして手に入れるのはその後に影響がある。セイジが今一番望んでいるのは幼馴染みが目覚める事、そして、ちゃんと生きている事を実感できる事。例え体の何処かに障害が残っても目覚める事が第一になっている。もしも目が覚めても障害が残ったとしたら今度はその体の障害が無くなる事を望む。婚約とか、結婚はこんな段階を経て望むものだからセイジが今考えて行動するのは早い。そのうち、形だけの関係に虚しさを感じることになる)
チョキン、チョキンとファラルがレイの髪を揃え始める。切り落とされた髪はそのまま床に落ち、フワッと空気にとけるように消えた。
(今のセイジは周囲に敵が一杯の状況で地位とお金を手に入れたようなものね。何時その地位とお金が無くなるのか分からない)
髪を切る音が消え、ファラルがまた髪を梳き長さを確かめた後、
「考え事か?」
とレイに聞いた。
「うん」
隠す事無く返事をすると、自然に口元に笑みが浮かぶ。
「好きな人の為に学校を休学するってセイジが言ったの。その自己犠牲精神が可笑しかった。ねえ、ファラルは私の事を笑う?」
「いや、笑わない。だが、レイの自己犠牲を甘受するつもりも無い。方法があれば、最後まで足掻く。例えレイがもう、その先を諦めていたとしても、終わりたいと思っていたとしても」
「厳しい」
そう言って微笑みを浮かべたまま振り返った瞬間、レイはファラルの腕の中にいた。
「まだ、消えないよ。今は体が安定してるから大丈夫。しなければいけない事が残ってる。そんな状況で、私はまだ消えない」
強く、毅然としたレイの口調にファラルはレイを腕の中から解放した。レイはファラルの目を真っ直ぐに見つめて、
「私はね、ファラルと一緒に居る明日や明後日、一週間後、一ヶ月後が何となく想像できる。でもね、ファラルと一緒にいる5年後、10年後は想像した事無いし、想像できない」
正直な、レイの言葉は、自分なりの誠意から出た真摯な言葉だ。それ故に、レイの気持ちをほぼ完璧に汲み取る事が出来るファラルの中にストン、と入って来る。しかし、ファラルの言うべき言葉は決まっている。
「今は、まだそれでも良い。そんなのは、想像できるようになって想像すれば良い。私は、お前にそれを想像できるようにする為にここに居る」
予想していたファラルの言葉にそれでもレイは一瞬目を見開き、ファラルの無表情ながらもその陰に潜む真剣さにレイは呆れたように笑った。
(でも、ファラルの気持ちを知っていて尚、私は終わりを望んでる)
心に浮かべた自分の言葉を知っているのはレイだけだった。ファラルは気付かない、気付いていないフリをする。
ファラルが再びレイの髪を梳く。今度は髪を纏める為だ。スルスルとレイの髪を櫛が滑り、あっという間に一つに纏められた髪はファラルの器用な手つきによってリボンが巻き付けられ最後には綺麗に結ばれた。
「ねぇ、久々にファラルの髪いじっても良い?」
「好きにしろ」
にっこり笑って嬉々としてファラルをレイが今まで座っていた椅子に座らせる。ファラル髪は長いと言ってもレイ程ではない。セミロングより少し長いくらいだ。どんな髪型にしようかと一瞬悩み頭の中で幾つもの髪型をイメージしその中で自分と少しお揃いにしてみたいと思い構図は決まった。
櫛を手に取りファラルの髪を梳く。レイと同じく櫛が髪に引っかかる部分が全くない。ふと歌を歌いたくなり口ずさむ。どこかで聴いた小国の王と下町の理髪師の物語。哀れで滑稽なストーリーであり結末はシュールでオチが無い。初めて聴いたあと、その歌の歴史を調べたのだがその歴史もやはり哀れで滑稽で最後のシュールな結末の理由が何となく分かって以来こんな状況の時にふと思い出し時々何となく口ずさんでいた。
歌いながらもレイの手は止まらない。ファラルの片方の横髪を残し後ろで一つに纏め何処からか取り出したレイのしているリボンと同じ柄の細工がされている金属の髪飾りでファラルの髪をとめる。
一目見れば並の女性がファラルに対して頬を染めるだろう。少しだけ残した髪がポイントだ。全てを纏めるとスッキリとして冷徹で冷たい雰囲気になるのだが少しだけ残すと何処か妖艶な雰囲気を纏う。しかし、雰囲気の違いはあれ近寄りがたいのは変わらない。
「残した髪どうする?雰囲気柔らかくしたいなら三つ編みにするけど」
「これで良い」
「そう」
残念そうな、それでいて何処か面白がっているレイの口調からレイが楽しんでいる事が窺いしれる。
コンコン、扉がノックされレイはその知った気配を持つ者の為に扉を開ける。
「そろそろ夕食よ、レイ。あら、ファラルさんレイの部屋に居たんですね。アルが探してましたよ」
「知らせに来てくれてありがとう、ロリエ」
「どういたしまして。それにしても、ファラルさんのその髪型・・・初めて見ました」
ファラルが髪を括っているのは初めて見るので珍しいらしく、ロリエはまじまじとファラルの頭を見ていた。
「私がやったの。何時もファラルにしてもらってるから」
そんな和やかな会話の中には先程までレイとファラルが話していた時に漂っていた何処までも虚しい雰囲気は全くなかった。
今回は髪の話題で始まったので髪で終わってみました。
セイジはこれからどうなるのでしょう?そしてセイジの幼馴染みは目が覚めるのか?
話は変わりますが久々にロリエが登場です。現在はレイの学園生活がメインなので登場回数か少ない12小隊(+【蓮華館】の住民)そろそろ出番を増やす展開を考えなければ、と思っています。