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血の契約  作者: 吉村巡
95/148

94:豊穣祭の終わりの夜

「久しぶり〜♡レイちゃん!前にここに来て以来ね」

 熱烈な包容は天界を統べる神イシュタルの妻、女神セレナーデの腕によってなされた。

「お久しぶりです。セレナーデさん」

 慣れた様子のレイはそう返す。

「母上、レイが困ります。それに、父上が羨ましそうな目で見ていますよ?」

「今は、そんな事よりもレイちゃんに再会できた事を喜ぶわ。相変わらず可愛い!娘に欲しいわ。息子の嫁に来ない?そうすれば・・・」

「母上!!いい加減にして下さい」

「セレナーデさん。私の決意は、あの時から全く変わっていません」

 セレナーデがその続きを口にする前にレオモンドの母親を窘める言葉を発した。その後に、レイは静かに、しかし、ハッキリと自分の意志を告げた。

 女神セレナーデはその美しい顔を不満げに歪めるがその美貌は損なわれる事が無い。

「まあ、私の力一つで出来る事ではないけれど。レイちゃんの事は、本当に好きなのよ。もしも、その気になったら何時でも言って」

 先程の興奮は何処へやら、冷静で慈愛に満ちた言葉をレイに掛ける。

「母上、レイに会った直後見境無く抱きつこうとした後にその冷静な反応はこちらがついていけません。精神的に疲れます」

「何言ってるんだ?馬鹿息子。そこがセレナの魅力だろう?」

 妻にべた惚れのイシュタルがセレナーデの腰に手を回し妖しい笑みを浮かべてそう言うが、コンコン、と言うノック音でそのムードは消え去った。

「ほら、あなた。お仕事よ」

 無情にもセレナーデが告げた言葉にイシュタルは不満そうな声を上げる。そんな夫の様子にセレナーデは夫の耳元で何事かをボソリと呟く。すると、イシュタルは顔色を悪くし脱兎の如く仕事へと向かった。

「フフ、働かない夫のやる気を出させるのは大変ねぇ」

 妖しく笑うセレナーデに、レイも隙あらば人形に全てを任せてレイの様子を見に来ようとするファラルを思い出し、同調する。そんな女2人の様子に同じ部屋に居たレオモンド、そして運悪くその会話を聞く事になったイシュタルを呼びに来た男がその妖しい迫力に冷や汗をかいた。

「そう言えば、こちらに上がって来た魂は問題無いですか?」

「ええ、レイちゃんの“魂鎮めの舞”の御陰で滞り無く輪廻の輪に戻っているわ。ごめんなさいね、綺麗な髪の毛だったのに・・・」

 セレナーデの悲しそうな様子に、レイは笑って、

「問題ありません。直ぐに元通りになるんですから」

 そう言うや否や目を閉じるとレイの髪はみるみるうちに伸びて行く。それと同時に色が段々と濃くなり、元通りの長さになった時には紛うことなき黒へと変貌していた。

「ここでそんな事して体、大丈夫か?」

「最近は魔力が安定してるから。寧ろ、今までの不調が長過ぎた」

 レオモンドの言葉にレイは悠然と微笑んで答えた。妖艶に細められた瞳の色は髪と同じ黒だった。

「私は髪だったけど、師匠は確か神殿で過ごした記憶一年分だったよね」

「ああ。でも、代用を一年分返した。過去の者もそうだったんだが、レイはどうしても、な」

「別に良いわ。自分で何とかできるし」

 雑談のようなレイとレオモンドの会話の内容を転換させたのはセレナーデだった。

「でも、今回は予想通りかなり魂が多いわね」

「当然です。師匠が舞った後は全て付け焼き刃だったんですから。それに、アレの御陰で迷う魂も多い」

「そろそろ、無理の代償の表面化が進むわ。被害はもっと大きくなる。本当に、1人でその全てを引き受ける気?」

「ええ。でも、1人ではありません。頼りきるつもりはありませんがファラルが居ますから」

「そう」

 真っ直ぐと、レイが見つめる先に何があるのかは分からない。

「・・・師匠の様子、見ることは出来ますか?」

 ふと、思いついた様にレイに提案された事に一瞬レオモンドとセレナーデの間に緊張が走るが、レイに悟らせない様に動揺は外に出さない。

「ごめん、レイ。それは出来ない」

「・・・そう。残念」

 表情1つ変えずに、レイは淡々とレオモンドの言葉を受け入れる。2人の動揺に気付いているのかは分からない。

「地上のほとぼりも、そろそろおさまってるだろうし。戻るね。別れの挨拶できなくてごめん、って伝えておいて」

 そう言い終わるか終わらないうちに、レイの傍らにファラルが現れる。レイの体を横抱きにすると2人の姿は一瞬のうちに消え去った。

「レイが来てるって〜?」

「さっき魔界の第二王子が来てただろ。もう帰ってる可能性の方が高い」

「ええぇぇ!?まだ顔も見てないのに!!」

「本当に、もう帰ったらしいな」

 ドヤドヤと何人かが部屋の中に入って来る。その顔に浮かんでいるのは残念そうな顔か無表情だ。

「レイちゃんならお察しの通り、もうお迎えが来て帰っちゃったわ」

 セレナーデが優越感を隠そうともしないでその者達に言葉をかける。

「挨拶もせず帰ってすまない、と伝えてくれと言われた」

 レオモンドがワザとやって来た者達の神経を逆撫でする態度をとるセレナーデを目で注意しながらそう声を掛ける。

「結局、アルマだけ!?僕たちの中でレイに会ったの」

「仕方ない、アルマは輪廻の担当だ」

 天界の城の一室。天界の中でもかなりの実力を持つ者達の会話を、聞いている者は入り口付近に居る入れ違いでイシュタルを呼びに来た役人だけだった。



 レイがファラルの転移によって城の門番控え室(この3日で異様に近付くのが躊躇われる部屋へと変貌)にやって来たとき、レイの髪は既に薄茶色に、瞳は薄緑色に戻っていた。

 その頃、舞の終わった神殿ではマリアがセイジに呼び止められていた。

「何?話したい事って」

 神殿の会場にはもう人が疎らだ。セイジに「少し付き合って」と言われマリアとセイジだけが残っている。他の皆は夜、広場で行われる宴に向かっている。なかなか切り出さないセイジにマリアが話のきっかけを作る。

 ふと、マリが去り際に見せた複雑そうな顔を思い出しどんな話がされるのかマリアの方はドキドキだ。

「マリアに、話すべき事ではないかもしれない。でも、話さないといけないと思う事。気分を悪くさせてしまったらごめん、先に謝っておくよ」

 セイジはそう前置きして胸の内を告白する。


「あ」

 レイが急に声を上げた。ファラルは先程まで少しぼんやりとしていたレイが急に覚醒した事に興味を持った。

「セイジがマリアに告白するみたい」

 ファラルが興味を持っている事に気付いたレイはそう説明する。ファラルはそれだけで興味を失ったようだったが、レイは少しだけ意識をそちらに向ける。


「俺は、マリアの事が好きだった」

「えっ?」

 唐突な告白はマリアを動揺させるのに十分すぎる内容だった。

「見ていると放って置けなくて、元気に動き回って、自分の意志をしっかり持って言葉にしていて。出会った時から目が離せなかったんだ」

 セイジはマリアと目を合わせようとしない。前髪の陰になってセイジの表情がマリアには分からない。

「でも、俺は本当は気付いていた。マリアへの感情は恋であって恋じゃないって」

 マリアとセイジの視線が漸く合う。セイジの目に、迷いはなかった。

「俺は、マリアと自分の好きな子を重ねていただけだった。自分の罪悪感から逃げる為にマリアを利用してた。だから、ごめん」

「・・・つまり、私はセイジに告白されてセイジに振られているって状況?」

 セイジの言葉をマリアはそう解釈した。

「いやっ、告白したとか振ったとか、そういう話じゃなくって!なんて言えば良いんだろ、えっと、区切り!区切りをつけたかったんだ。自分の気持ちに」

 慌ててマリアに自分の真意を説明すると、レイはその慌てぶりにクスクスと笑みを漏らした。

「セイジの告白には吃驚したわ。さっきの“ごめん”って言葉、別にいらなかったのに。だって、私達友達でしょう?どんな突飛な言葉だって、無神経な言葉でなければ私は気にしないから。それにしても、セイジ好きな女の子居たのね〜。今まで一度もそんな事教えてくれた事なかったのに。結構仲良いと思ってたのにセイジはそう思ってなかったの?」

「隠していたつもりはないんだけど・・・。でも、レイは何故か勘づいてた」

「へぇ。という事は学園の生徒?私達も知ってる人?あ、武術科の子?」

 立て続けに出るマリアの質問に、セイジはポツリポツリと答えていく。

「多分、皆知らないと思う。学園の生徒ではないから。俺の、幼馴染みなんだ。5歳の時からずっと眠り続けてる」

「眠り、続ける?」

「うん」

 マリアはこれ以上立ち入ってはいけない、とそれ以上何かを尋ねる事はなかった。



 舞を舞った時の衣装を着ていたレイは流石にこれで外に出ればバレるだろう、と思いファラルが手際よく取り寄せてくれていたレイの服に着替える。

 セイジとマリアの会話は既にどうでも良いものになっていた。

「皆に顔見せて来る。勘ぐられるのも面倒だしね」

 ファラルに笑いながらそう伝えると、門番にバレない様に気配を完全に消して堂々と、門から広場に造られている宴の会場へと向かった。

「カナタ」

「レイ?」

 レイの目に入ったのは見覚えのあるカナタの後ろ姿だった。声を掛けると振り向いて、驚いたような様子でレイの名を呟いた。

「うん。神殿から出るのに手間取った。バレない様にこっそり出て来たから」

「今日はもう来られないかと思ってたから、驚いた。あっちに場所取ってあるから行こう」

 カナタはレイを案内する為に歩き出す。レイは大人しくその後をついて行った。因に髪は一つに緩く結んで背中に流している。

「そういえば、レイは歌上手いんだな。度胸もあるし、今まであれだけの歌を聴いたことがない」

「歌で生活してた事もあるからある程度は出来るよ。器用貧乏って言葉が近いかな」

 淡々と、事実を述べているという様子のレイに、カナタは苦笑を禁じえなかった。あれ程の実力でレイの主張は“ある程度”ハッキリ言ってかなり控えめに言い過ぎだ。そう思いはしたが、口に出す事はなかった。

「レイが来た。マリアとセイジまだ来てないないのか?」

 カナタが場所取りをしていたサラとマリとジークフリードに声を掛ける。レイは軽く会釈をすると、勧められるままに座った。

 サラがレイの髪を凝視する。理由は何となく察しがつく。ここまで来る前に何人もの人々に“魂鎮めの舞”を舞った者と同じ色の髪を見られている。しかし、髪の長さによって当人だとは気付かれていない。

(先入観、短い髪が一時で短くなる訳ない。普通の人間であれば、だけど)

 そう思い、レイはサラと目線をあわせ、「どうかしたの?」とワザと聞いた。

「ううん。何でもない。私の気のせい」

 最後の言葉は囁くように、自分に言い聞かせる様に言っていたがレイにはしっかりとその言葉が聞こえていた。しかし、それ以上言及する事はなかった。

「みんなー!見つかって良かった〜。人多くて分かんないかと思った」

「ここの会場、この辺に住んでる人が準備した場所ですよね?俺関係ないんですけど、居て良いんですか?」

 マリアの安心したような言葉の後、マリアに手を引っ張られてここまで連れてこられたセイジがジークフリードにそう問いかける。

「良いの良いの。気にしないで楽しんで。最後の夜だ、そんな事を気にする人間は居ないよ」

 穏やかな笑みを浮かべながら2人に座る様にいうと、食べ物や飲み物を勧める。宴の会場では事前に徴収されたお金や地域で出た利益の一部、そして寄付金等から既に代金が払われており幾つもの屋台が食べ物や飲み物を無料で提供している。勿論、お金を払わなければいけない屋台も存在する。酒類や少々値段が高い物がそうだ。しかし、テーブルに並べられているのは全て無料で手に入れた物ばかり。

「あ、出し物始まったみたいだね。始めは大食い対決か」

「お父さんの出番いつ?」

「一番人手が必要な飲み比べ。結構遅くまで居ないといけないし、その前にも色々忙しそうだ」

 セイジとサラが訳が分からない、という顔をしている。その様子に気付いたマリが説明をする。

「父さんが医者って言った事あったよね?毎年何人もお酒の飲み過ぎとか、喧嘩騒ぎとか、火傷とか負傷者とかが出るからその治療にその地域に住んでる医学に対して多少なりとも知識のある人はこんな場には絶対参加なんだ。担当の時間が終われば帰っても良いんだけどね。まぁ、その関係で場所取りとかはエリアが決まってて優先的に取れるんだけど、落ち着ける時間は無いに等しい」

「すみませんっ!あっちで怪我人がっ」

「はい。案内して下さい」

 言ったそばから係の者らしき人がジークフリードを呼びに来た。

「ま、忙しいんだよ。だから、父さんは関係者じゃない人を連れて来ても多少の融通は利く。今年は母さんが舞を踊った、って事もあってそのうち差し入れとかも続々届くよ」

「セリナさん、今夜はここに戻ってこないの?」

 レイは舞の後の事を興味が無かったので聞いていなかった。元々、舞台から消える事は事前にレオモンドに頼んで決めていた事だ。なのでマリに問うと、「うん。今年は重要な役をやったから城の夜会に呼ばれてる。帰って来るのは明日になる、かな」と答えた。

「マリアちゃん!舞見たわよ。上手だったわ。こちらはお友達?これ差し入れだから皆で食べてね。お父さんとお母さんにもよろしくね」

「こんなに、ありがとうございます!おばさん」

「頑張ったご褒美よ」

 マリのいう通り、それを皮切りに差し入れに訪れる人が増え始めた。差し入れラッシュに一息ついたとき、ジークフリードが戻って来た。

「あれ、この料理とか飲み物とかは?」

「近所の人達からの差し入れ」

「ちゃんとお礼言った?」

「うん。父さんによろしく、っていわれた」

 そんなマリとジークフリードの会話をレイが聞いていると、大食い対決の決着がついたらしく周りが盛り上がりを見せる。次は飛び入り有りの美人コンテスト、その後は自由参加のダンスがある。

 ぼんやりと飲み物を口に運びながら周囲の音を聴いていたレイはある音に耳を傾ける。

「ド、ドロボーっ!!」

 女性らしき人の声に、人々のざわめく声、その合間に聞こえる足音。その足音はレイ達の居る方に近付いて来ている。レイが足音現れるであろう方向に目線を向ける。人垣の間を縫って旅人らしき男が現れた。

(無料で食べられる場所があるのに、何故わざわざお金が必要な場所に行くのか・・・)

 確かに、無料で食べられる物は安くて何処ででも食べられる物だ。そして、お金を払わなければ店は高価な食材が使ってあったり、手間がかかった物であったり、或いは大陸中から集まったご当地の物だったりする。食べてみたいがお金がない、という人も多い筈だ。しかし、無料で食べられる物は味もお金を払って食べる物よりも劣っている、という事は無い。

 差し入れは買われた物が多いが特に、高級食材を使った物は調理の仕方が悪く味を十分に出し切れていない。逆に、無料で食べられる物の方が作り方を熟知している人が作るので味を十分に出し切れている。なので、レイはどちらかというと無料で食べられる物の方を食べていた。

(ま、旅人の格好してるから貰う事が出来ないかもしれないけど、祭りの日だし人は寛大になりそうなものを・・・危険を冒してまで何してるんだろう?)

 レイはそう思いながらその無銭飲食者である旅人の捕り物劇を見ていた。ここは優先エリアだ。それはつまり、祭りの裏方関係者が多く居るという事だ。喧嘩騒ぎ等があった場合人々はまずここに来る。それはここに治療してくれる人や喧嘩を止めてくれる人が居るからだ。その場所にやって来るという事は捕まりに来るようなものである。

 即座に既に連絡を受けていた警備の者が動く。しかし、旅人は抵抗した。あろう事か、大勢の人間がいる中で短剣を取り出そうとしている。

(勢いで旅に出て来た人間ね。お金が底をついて予備知識も無く、戻る事も出来ない)

 レイは飲み終わったジュースの中から溶けて小さくなった氷を手に取ると、人差し指でそれを弾いた。氷の粒は狂い無く懐から短剣を取り出そうとしていた旅人の手に刺さる。氷は手に刺さった瞬間割れて溶けた。氷は飛んでいる最中も溶けていたのでとても小さく鋭くなっていたので手に刺さったのだ。旅人は一瞬の痛みに怯む。警備の人間はすぐに旅人の短剣に気付き急いで捕縛を始める。

 斯くして捕り物劇は終わりを告げた。

 それは美人コンテストが始まった時に始まり、丁度優勝者が決まった時に終わりを告げた。

「次、ダンスだね。参加する?」

 捕り物劇に気付いていない友人達に誘われ、レイは、「こういう時のダンス、知らないからここで見てる」と答えた。

 カナタは興味はあるが自信が無さそうにしているサラを誘って参加するらしい。マリアとマリは毎年一番最初に2人で踊る事が通例らしく参加する。セイジは一度「参加しない」と言ったレイを誘った。レイは仕方が無いか、と思うと前言を撤回して参加を決めた。

「父さんはここで待ってる?」

「当然。セリナ以外と踊る気なんて無いよ」

 ジークフリードは男らしく夫らしい事を言ってその場に残った。



 曲が始まりセイジとレイは踊り始めた。セイジは慣れているらしくしっかりレイをリードする。しかし、レイは直ぐにリードが必要なくなった。

「上手いね」

「セイジのリードが上手だからじゃない?」

「いや、俺もうそんなにレイの事リードしてないよ」

 マリアとマリは近所の人に誘われて中心で踊っている。サラとカナタは会話は出来ないが姿はなんとか確認できる、という付かず離れずの位置に居る。

「これから先、何時目が覚めるとも分からない幼馴染みを待ち続ける決意は出来たの?」

「・・・本当に、何でもお見通しだね。レイには隠している事全部バレていそうだ」

「心は、移り変わるもの。今の決意はその内意味を為さなくなる事もあるし、移り変わる心は状況を厭う事もある。決意が揺らぐ事もあれば状況が変わる事もある。例えば、その子が死んでしまったり、とか」

「レイ!言って良い事と、悪い事がある」

 無神経な言葉を吐くレイにセイジは一瞬頭に血が上って怒りを露にする。しかし、その中にも冷静で理性的な部分があり、決して大声は出していない。

「ごめんなさい。無神経な事を言ったのは謝るわ。でも、可能性としては否定できない。だから、その子に似ているマリアにその子の面影を求めたんでしょう?そうでなければ、静かに、死んだ様に眠る愛する人への想いに潰されそうだったから」

「否定は、しない。マリアに初めて会った時、一番最初に思い浮かべたのが幼馴染みだった。好きだ、なんて嘘だ。俺が、耐えきれなかったんだ。話しかけても、返事をする事はおろか反応さえ返さない。そんな状況の中で、マリアはアイツみたいに俺を元気づけてくれて。話しかければ答えを返してくれる、俺の言葉に、反応してくれる」

「でも、その子とマリアは別の人間だった」

「それは、最初から理解してた。顔もそんなに似てないし、性格も違う。ただ、纏う雰囲気とか考え方とか口にする言葉とか、そういうのが似てたんだ。なのに、分かってたのにその差異が時々嫌になった。マリアはマリアなのに、アイツと違うってだけで時々許せなくなる時があったんだ。恋とも呼べない、恋だった」

「どんな恋でも、恋だと思えば恋になるわ。例え、求める人が違っても、自分が恋だと思うんなら恋にかわり無ない。相手に、自分の理想を求めてしまうのが独占欲とか支配欲で大多数の人がそれを持っているわ。相手を丸ごと受け入れるとか相手が自分の理想とか、そんな人はハッキリ言って少数よ。大多数の人がセイジと同じ想いを持って恋をするの。でも、セイジはそれを求めた後、後悔したんでしょう?だから、そろそろ区切りをつけなければいけなかった。これ以上求めてしまう前に。マリが気付いていたらセイジ何発か殴られていたかもしれないわね」

「うん。でも、俺は喜んでその制裁を受けるよ。決断を、ぐずぐずと先延ばしにしていたのは俺の弱さだから。でも、レイは何でこの問題に関わろうとしたの?興味ないって無関心なイメージがあったんだけど」

「友人だから。他人ならどうでも良いから放って置くけど、セイジがマリアの心を傷つけるのが嫌だったし、マリがそれに怒ってセイジに殴り掛かるのも嫌だったから。関係の修復が出来る喧嘩は良いけど、それだと修復困難でしょう?」

「・・・そういうの、気にする様には見えないのに」

「うん、ハッキリ言ってどうでも良い。でも、家訓なの。あ、1曲目終わったし私はこれで終わるわ」

 そういってレイは握られていた手を解くと帰って行った。セイジも帰ろうか一瞬悩んでいると別の、自分よりも少し年上の女性に相手役を頼まれた。条件反射で「勿論です」と答え、セイジはそれから何曲も踊る事になった。

 マリアとマリは中心に居るので一曲で抜けるどころか、最後の方まで残っているだろう。サラとカナタはもう少し踊っている筈だ。

 そう考えながら元居た場所に戻るとジークフリードが「早かったね。一曲で戻って来たの?もう少し楽しめば良かったのに」と声を掛ける。レイは、「この状況下で踊った事がなかったので疲れました」と答えながらジークフリードの正面に座った。

「レイちゃん、って呼んでも良いかな?」

「呼び方にこだわりは無いのでお好きに御呼び下さい」

「だったら、僕の事はおじさんとでも呼んで」

「おじさん・・・」

「うん。おじさん。ところで、皆が居なくて丁度いいから幾つか質問しても良いかな?」

「それは、さっきの捕り物の時の事と、マリアとマリの事ですか?」

「・・・察しが良いね」

 質問されるより前にレイがその質問の内容を言い当てた。

「捕り物の時には、見られている事分かっていましたから。皆は気付いていませんでしたけど」

「どうして、警備の人間の手助けをしたの?」

「あのままだと確実にこちらに来ていましたから。大事になる前に抑えておかないと後で面倒な事になるんです」

「面倒な事、嫌いなの?」

「今の状況では騒ぎが起こる事が好ましくありません。こちらにも、色々と事情がありまして。マリアとマリの事も事情がある事は分かっていますし、その理由も察しがついています。今、あの2人は双子です。それ以上でもそれ以下でもない。私は今の所、あの2人にその事情をバラすつもりはありません。勿論、言わなければいけないと思えば例え他人の家庭事情であろうが踏み込みますが今は言わなければいけない時ではないので言いません。それに、言うべき時が来ればおじさん達が全てを話すと思いますから私が言う必要も無いと思っています」

 マリアとマリは双子だ。兄妹だ。意味深な事を言いジークフリードとセリナを一晩近く悩ませたレイの言葉は、またレイの言葉によって軽くなった。2人に対してどう接していいのか分からなくなっていたジークフリードは今までと同じ様に振る舞えば良い、と悟った。

「うん、マリとマリアには言うべき時が来れば言うつもりなんだけど、どう切り出せば良いのか分からない」

「なら、その時が来ればこちらの判断で切っ掛けでも作りましょうか?余計なお世話かもしれませんが」

「そういう手もあるか・・・。だったら、お願いしようかな」

 冗談半分の中にも真剣に考えにいれている様子のジークフリードにレイは小さく笑った後、急に話題を変えた。

「皆には、捕り物の事言わないで下さい。その代わりに今年の冬、おじさんの助けになる事を御約束します」

「冬?」

「正確には、秋の終わりから冬です」

「風邪薬を作る手伝いとかの事?マリアから聞いたけど、薬作り得意なんだって?」

「ええ。使っていただければ、ですが。これは交換条件ですから勿論無償奉仕です」

「そうだね、じゃあ、人手が足りなかったらお願いしようかな」

 王宮に勤める等、地位のある薬師を目指すのなら試験や資格が必要になる。しかし、下町や開業医の元で働く薬師は資格を持っている者も居れば持っていない者も居る。最低限知識がありさえすれば一般人でも作れるのだ。学園の生徒でも薬学を専攻している者は時折薬師のバイトをしている者も居ると聞く。

「喜んでお手伝いに向かいます。時間があれば風邪薬の他にも腹痛止めや頭痛薬等も作りますから」

 レイの手伝いの話が2〜3ヶ月後に起こる“ある事”に深く関係して来ると、ジークフリードはまだ気付いていなかった。



「ごめんね、カナタ。足踏んじゃった」

「気にしないで、サラ。大丈夫だから」

 そんなやり取りをしながらレイの次にサラとカナタが帰って来た。

「もう少し早めに切り上げる筈が・・・」

 と疲れた様子でダンスの時間が残り半分を切ったという時間になってセイジが戻って来た。

「楽しかったけど、足が・・・」

「マリアがペース配分考えないから」

 と曲が終了してからマリアはヨタヨタとマリはしっかりとした足取りで、しかしマリアのペースに歩調を合わせて帰って来た。

「さて、そろそろ子供達の時間は終わりだよ。まだ人が多いから帰りなさい」

 ジークフリードがそう言って子供達に帰宅を勧める。もう少し時間が経てば人が減り夜道の危険が増える頃だ。レイ以外は納得して帰宅の準備を始める。

「父さんは飲み比べが終わってからしか帰ってこられないんだよね?」

「うん。下手すると朝帰りになるかもしれないから」

「わかった」

 カナタがサラの手をとり寮へと帰って行く。マリアとマリは父親に「気をつけてね」と声を掛けると家へ帰って行った。残ったのはセイジとレイ。

「送ろうか?」

「いや、いい。その内迎えが来るから」

「そう。じゃあ、バイバイ、レイ。おじさん、お先に失礼します」

 セイジはレイとジークフリードに別れを告げると1人で自分の家へと帰って行った。

「次は僕も出ないといけないんだけど・・・1人で大丈夫?」

「お気になさらず。自分の身を守る程度の腕はありますから。危険であれば逃げますし」

「何かあれば、あそこに行って」

 そう言ってジークフリードが指差したのは警備の人間が陣取っているエリアだ。

「分かりました。おじさんこそ、酔っぱらいの人を介抱していて怪我をしない様に気をつけて下さいね」

「迎えの人が来たら近くの人にでも伝言を残しておいてね」

「はい」

 ジークフリードは最後まで心配そうに時折レイを振り返りながら自分の仕事へ向かった。

(まだ月は真上に上がっていないのに・・・心配性)

 今現在、夜ではあるが真夜中ではない。

(夜、何時出歩いても心配される事無かったのに)

 レイの心の中に浮かんだのは純粋な疑問だった。

(私は、マリア達とは違うのに)

 それ以上、深く考える事が無いようにレイはそう考える事で無理矢理考えを打ち切った。

 舞台の上に酒樽が積み上げられて行く。

「これより、酒豪達による飲み比べ対決が始まります!!飛び入り参加も大歓迎!」

 ありきたりな口上で始まった飲み比べ対決はかなりの盛り上がりを見せた。

 中盤を過ぎた頃、リタイアする者は何人かいたが初めて倒れる人間が出た。レイは飲み比べをジュースを飲みながらぼんやりと見ていた。そして、思った事は、

(潰れるのが早い)

 という事だった。しかし、そう思うのはファラルが異常な程の酒豪だからだと思い至りこれが当たり前なのか、とも思う。

 ふと、近くで悲鳴が聞こえた。ゆっくりと顔を騒ぎが起こっている方へ向けると遠目に足下が覚束ない男が暴れているのが分かる。直ぐに警備の人間が駆け寄って行く。

(酔っぱらい)

 直ぐに舞台の上に目線を戻すが周囲の騒ぎは収まる気配を見せない。それでも、レイはその騒ぎを無視していた。

(あと少しで終わる)

 舞台の上で残っているのは後3人。その内の1人は女だ。しかも、男よりも飲んでいる上にまだほろ酔い、という様子だ。

 騒ぎが段々と近付いて来る。周りの人間はその騒ぎにつれてその場を離れて行く。地面に何かを叩き付ける音、意味の無い事を喚く野太い声、それを止めようとする複数の声それは全てレイにとっては雑音だ。

「危ないから離れていなさい!」

 誰かにそんな事を言われた気がするがレイは動く事が億劫でその言葉を無視した。

「なんら、このガキ」

 明らかに呂律が回っていない男がレイの正面に立つ。レイはその男を視界に入れていない。

「おい、無視す」

 そう言ってレイに掴み掛かろうとした男は最後まで言葉を言う事は無かった。

「飲み比べ対決、女の人が勝ったねファラル」

「それがどうした?」

 ファラルは無表情にレイを見下ろしながら片手で酔っぱらいの男の手を捻る。男はその痛みで酔いが醒めたらしく呻き声を上げている。

「別に、どうもしない。あと、うるさいからその男の人の手、話してあげたら?」

 ファラルは無言で捻り上げていた男の腕を放す。

「帰るぞ」

「うん。でも、お仕事終わったの?」

「問題無い」

「そう」

 レイはファラルに手を引かれて立ち上がると近くにいた警備の人間の1人にジークフリードに伝言を頼んだ。

 舞台の上では優勝した女性への歓声が絶え間なく送られている。

「帰ろう、ファラル」

「その為に迎えに来たんだと言っただろう」

 そんなやり取りをして、レイとファラルは一緒に屋敷へ帰って行った。

 後に残されたのはまだ事態が良くのみこめていない警備の人間と、レイ達が去った後仕事が終わり騒ぎに気付いて早めに戻って来たジークフリードの苦笑いだった。






 


 

 

 セイジはちゃんとマリアの気持ちに片を付けましたが、レイに対する疑問は深まるばかり。

 神様達もレイに対して何か隠し事をしている模様です。

 

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