92:舞の練習、双子の母
現在の季節は秋だ。
ちなみに、大陸の場所によって違いはあるが帝国は四季が春夏秋冬とちゃんとある。しかし、基本的に温暖な気候で夏は暑すぎること無く、冬は雪が降るものの積もるのはせいぜい5㎝程だ。
話は、マリアのお願いから始まる。
「お願い!明日の午後、何も言わずに私についてきて」
部室の中でサラとレイにマリアが頼み込んできた。
「マリア、母さんの頼み?」
「だって、出来るだけ女の子に来て欲しいって。知り合いの子には片っ端から声かけてるんだけど、どうせシュワルツ学園の生徒が主立った役とるからってあんまり集まってくれなくて」
マリが事情を知っている様子でマリアに問うと、そう答える。
「家の母親、剣舞の師範代で今度ある秋の豊穣祭の舞い手を依頼されてて、その練習ついでに、子供用の舞をまだ経験の浅い子達に教えてるんだ。人数はどれだけ居てもいいから人集めてるんだよ。まぁ、役が貰えるかどうかは当人の実力次第だけどね。でも、経験があればそれなりの役を貰えるから」
マリがサラとレイに事情を説明する。
「いいよ、別に。明日の午後早帰りだし。ま、その集まりに行ったとしても積極的に舞う気はない事は最初から言っておく」
「私も、行くだけであれば。舞の才能、ないですから」
レイとサラの言葉に、マリアは笑って「十分よ!」と言った。
「見に行きたいが、見に行けないな」
カナタの残念そうな言葉を言った後、レイは豊穣祭について殆ど知識がないというふりをする為に、
「男が見てはいけないの?」
とマリアに問う。
「うん。でも例外もあって、男性が舞う場面もあるからそんな人達は見ても良いの。それに、厳しく制限されてるのは主要メンバーのみで、本当に小さい役の子達なら誰に見られても大丈夫なの。そんな子達のは普通に見学に行けるから。昔は、ほんの少しの役でも厳しくて神殿に祭が終わるまで泊まりっ放しだったんだけど、今はそこまで厳しいのは主要メンバーの子達だけ。毎年舞の内容が変わる役の子達が居てそんな子達はその内容を漏らさない為に神殿にこもりっきり」
「へぇ」
レイの目が一瞬陰ったが、その事に気付く者は居なかった。
「そういえば、シオンが最近休みや早退が多いのはその関係だと言っていたな」
今日も、シオンは休みだった。
「ああー!もう時間っ!!ごめんね、今日はもう帰らないと」
「マリア、入り口まで送る。じゃあ、僕も先に帰るね」
慌ただしく帰宅の準備を始めたマリアを見て、マリがそう声を掛ける。
「じゃあね!」
「また明日」
2人が部室を出て行く。残されたレイ、サラ、カナタ、セイジがその姿を見送った後、こんな会話をしていた。
「対照的な2人よね。顔立ちは双子らしく良く似ているのに」
サラの言葉を皮切りに、
「そうだよね」
とセイジが続ける。
「マリは、マリアの事を過保護なほど溺愛しているような気がするな」
カナタが自分の見解を述べる。
「レイはどう思う?あの2人の事」
話をサラから振られてレイは読んでいた本を閉じた。
「男と女。もしくは人間」
「それ、何を思っての言葉?」
セイジがレイに問う。レイは頷いた後、セイジに質問した。
「セイジは、マリアの事、女の子として好きなの?」
唐突な質問にセイジは頬を赤らめた。
「きっ、急に、何?」
「だから、マリアのことを女として好きなのか、友達として好きなのか」
直球の質問にセイジだけでなく、サラとカナタも戸惑っている。何となくそうなのかな、とは思っていたがここまで直球に聞く勇気は流石にない。カナタは出会った頃からサラに対しての愛情を(サラ本人は理解していないが)存分に周りに振りまき、サラに誰も近付けさせないようにしていたので友人達には周知の事実であり、誰も不思議に思わない。
しかし、セイジの場合は友達の中からマリアが特別な存在になっていったのだ。友人の間柄が変わって行くのが嫌で、誰もその事を指摘する者は居なかった。
その不文律を破ったのがレイだった。
「好きだよ、マリアの事。女の子として」
「・・・そう。だったら、早く決着をつけて。豊穣祭の時、気持ちがまとまったらマリアに告白するといい。ただし、よく考えてね。セイジは本当に、マリアが好きなの?」
レイはそれだけ言うと自分もさっさと部室を後にした。
「どうして、分かるんだろう」
「何がだ?」
思わず、と言う風に呟いたセイジの言葉をカナタが追求する。
「俺が、目を背けている所をじっと見ながら一線を越える事無く選択を迫られた感じがする」
少し俯きがちに、セイジが答える。
「好き、か・・・。難しいわよね。1人の為に悩んで、苦しんで、喜んで。でも、その事が相手には伝わらない。その日々が報われるのはお互いに同じ想いを抱いた時だけ」
サラが急にそんな事を言い始めたので、カナタは内心サラが誰かに恋をしているのかと正直焦っていた。
「って、何処かの本の一節にあったわ」
結局、そんなオチだったのでカナタはこっそり胸を撫で下ろした。
「そうだね。レイの言う通り、考えるべき時が来ていたのかもしれない。向き合わないと」
何かを決意した目で、セイジが前を見据えた。
「レイの言葉は、人よりも多くの言霊が宿っているのかしら。私達の中に、強く印象に残る気がする」
サラは隣に居たカナタの耳元にそう囁いた。
(大切な特別な人の言った言葉は、それが例え、ふとした時に出た言葉であっても印象に残る)
囁き返す事は無かったが、カナタは目の前の愛しい少女を想い、そう思っていた。
次の日、レイとサラはマリアに引っ張られるようにして神殿、の庭に来ていた。大神殿ではなく、普通の町の外れにある神殿だ。
神殿の入り口まで、マリ、カナタ、セイジがついてきたが、それ以上は入らないように、と若い神官達に止められていた。昨日のセイジの“入り口”とはここ事だろう。
シオンは今日も休みだった。城では連日豊穣祭に乗じてやって来る各国の使者達の相手で大変らしい。夜には夜会が催され、警備やら、家の仕事やらで【蓮華館】の人口は減っていた。しかし、ファラルはどんな手を使ってでも毎日短時間だけでも帰ってきていた。
時折苛立っている様子の時は、その夜会の警備中に不愉快な事があったのだろうと察し、「騒ぎを起こさないでね?」と頼んでいるのでまだ大丈夫のようだ。しかし、ファラルは以外と短気な所があるのでレイの心配は尽きなかった。
レイがそんな事を考えていると、美しい女性が剣舞を舞っていた。
その舞が終わるまでマリアはその女性に声を掛けなかった。レイとサラもマリアに倣って声をあげる事は無い。最も、サラの場合はその舞に圧倒されて声が出なかった、と言うのが正しい。
その女性が舞い終わると、マリアは一目散にその女性へと駆け寄って、
「お母さん!」
とその女性を呼んだ。
「あら、マリア。早かったわね。今日も一番じゃないかしら。サラちゃんと、もう1人のお嬢さんは誰かしら?」
ゆっくりとマリアの後を追ってきていたレイに疑問の声があがる。サラとはもう面識があるらしかった。
「お母さん、何時も話してるでしょう。レイよ。私の友達」
「初めまして。レイと申します」
レイの丁寧な挨拶に、マリアの母も、
「こちらこそ、初めまして。マリアとマリの母のセリナ・クルシューズです。今回は、急にこんな事を頼んでごめんなさいね。昨日マリアから聞いたのだけれど、2人は踊るよりも裏方にまわってくれるのかしら?」
「はい、そのつもりで参りました」
「分かったわ。本番も、人手が毎年足りないからお願いするわね」
「手伝える事は少ないかもしれませんが、出来る限りの事に協力させていただきます」
レイがそう答え、セリナは、
「ありがとう。助かるわ」
とお礼を言った。
「ああ、でも、今日は踊りを体験して欲しいわね。色んな事を経験しておくのは良い事だし、急に代役が必要になる事もあるから」
最後に付け加えられた言葉に、レイとサラは考えている事は違えど、心から「はい」と返事をする事が出来なかった。
「そう言えば、先程踊られていた舞は何の舞なんですか?」
「あら、見られていたの?嫌ね、踊りに集中すると周りの事が見えなくなってしまって・・・。この事はここだけの秘密よ?貴方達が見た舞は今度、私が豊穣祭で踊る“鎮魂の舞”よ。一年に5回、春夏秋冬の祭りと、年の変わり目の前日の夜から次の年のに掛けて必ず踊られるの。その都度舞の内容が変わるものだからあまり人に見られてはいけないの。だから、見た事は誰にも言わないでね」
レイは舞を見た時点で気付いていたが、サラは驚きに目を丸くした。
「凄いです!何百もの舞い手の中から選ばれると聞いた事があります」
「私なんてまだまだなのよ。もう何十年も前の事だけれど、素晴らしい舞い手が居たの。その人はその年に踊ったきりもう踊る事は無かったけれど、本物の“鎮魂の舞”を踊ったの。私は偶然それを見て、戦慄したわ。彼女は人ではない、そう思ってしまう程だった」
サラとマリアは初めて聞くその話に興味を持ち、
「本物の“鎮魂の舞”って何?」
とマリアがセイナに問う。
「私が舞うのはただの“鎮魂の舞”そして、選ばれた特別な者や死に物狂いで舞った末に特別に神様に目を掛けられた者だけが舞える本当の“鎮魂の舞”があるの。これも秘密だけれど、それは別名“魂鎮めの舞”とも呼ばれるわ」
レイはセイナの話を真剣には聞いていなかった。全て知っていた事なので聞く必要も無い。なにより、その舞を舞った人物も知っている。
「あら、もう他の子達が来る時間ね。・・・噂をすれば」
遠くから学園の物ではない制服を着た少女達がやって来る。シュワルツ学園の女生徒の制服だった。
「ティラマウス学園12学年のレイです。基本は裏方ですがもしもの時の代役になる事もあるので時々は練習に参加させていただきます。よろしくお願いします」
「同じく、サラサ・ミカサエルと申します」
簡単な紹介が終わり、まずは柔軟から始まった。舞は流れるような動きが必要だ。その為に体の柔らかさは必須である。他にも手先の器用さや精神力、姿勢の美しさ、持久力などなど必要な事はもっとある。
サラは持久力はあるのだが柔軟性を少々欠いている。
逆に、マリアは母親が剣舞の師範代である事から幼い頃から舞に親しんでいたらしくこの集団の中で最も上手な部類に入る。
レイは最初の柔軟からずっとマリアを完璧に模倣していた。
「はい、これから休憩に入ります」
セリナの合図で全員が休憩に入る。セリナは剣舞の師範代だが、今回は普通の舞を教えている。
「レイちゃんとマリアはこっちに来て」
そう言われてサラが急に不安そうになる。来ている女生徒の割合は4分の3がシュワルツ学園、残りの3分の1がティラマウス学園、3分の2が他の学校の生徒だった。
そのなかに、レイの知り合いは全くいない。それはサラも同じらしい。
その不安を理解したレイはサラの手を引いて一緒に連れて行く。文句は誰にも言わせない、という様子のレイの迫力に誰も何も言わなかった。
「さて、マリアは今から今回の舞の終盤を区切りの良い所から踊って」
よく分からないというような顔をしつつも、マリアは舞い始めた。
盛り上がる場面らしく1人でも華やかな舞になる。その分、踊りは動きが大きく複雑だった。
最後の型が終わり、舞の中でも激しい動きであったにもかかわらず息を上げた様子もなく「これでいいの?」とマリアがセリナに問うと「ええ」とセリナが答えた。
「それじゃあ、レイちゃんマリアが踊った所踊ってみて」
と急に話を振った。薄々予想していたレイは大人しく一見しただけでマリアの舞を完璧に模倣した。先程マリアが失敗する事無く完璧に踊った舞をレイも完璧に踊りきった。しかし、
「今度は、マリアの真似をしないで踊ってみて」
とセリナが言った。
流石師範代にして“鎮魂の舞”の踊り手、とレイは思った。焦りや動揺も無い。完璧すぎる程マリアを模倣したのだ、気付くかどうかは5分5分かな、と思っていたがセリナはちゃんと気付いたらしい。
レイは一瞬だけ口元に薄く笑みを浮かべると、先程と同じ舞を踊った。
同じ筈なのに、何かが違う。
大地が、木々が、季節が、世界が、全てが躍動しているかのような周りを引き込む舞。上手、下手、の問題ではなく、天賦の才。
レイが踊り終えたとき、セリナの脳裏に浮かんだのはずっと昔に見た“鎮魂の舞”の踊り手。彼女が踊ったのは本物の“魂鎮めの舞”だった。彼女が踊ったのはたった一度きり。彼女を見て、幼かったセリナは家族の心配を他所に舞を死に物狂いで踊り始めた。彼女のような舞い手になりたいと願って。
彼女はあまりにも有名で、まだ幼かったセリナにも彼女がどういう人物なのかは知っていた。
今ではもう、名前を知る事さえその所行を聞く事さえ忌まわれている人。セリナは彼女のせいで大切な家族を失った。それでも、あの舞を見た事が彼女を憎みきれない理由だった。
今でも、舞を深く知るたびに思う。
あんなに素晴らしい舞を舞う事の出来る人物に、あんな惨劇を起こせるのか?
と。セリナは知らず知らずのうちにマリアを見てしまう。まだ幼かったマリアはその時の事を覚えていない。もしかすると、無意識のうちに忘れようとしているのかもしれない。
“魂鎮めの舞”の踊り手であり、“血の雨”と呼ばれる惨劇を引き起こした『緋の双黒』は死んだ。
生きているうちに彼女程の舞い手に出会えるとは思っていなかった。
「レイちゃん、貴女は何処で舞を習ったの?」
「今日が初めてです。舞を見た事や、話を聞いた事、本から得た知識などで多少は知っていましたが習った事はありません」
これは真実だ。
レイの舞いに引き込まれていた少女達がその言葉を聞いて囁きあう。
「今日の練習が終わった後、レイちゃんだけ少し残ってもらえるかしら」
尋ねるような聞き方ではあったが、レイはその言葉の中に断定の意思を感じ、
「帰宅をいつも通りに伝えているのであまり遅くならなければ大丈夫です」
と答えた。
「大丈夫よ、遅くなりそうなら一緒に帰って保護者の方に説明させていただくから」
セリナの言葉に、レイは、
(本当に、遅くならないと良いな)
と考えていた。
舞の練習は再開されたが、皆がレイの舞を見た直後から浮き足立っていた。一種の興奮状態でレイの舞に触発されて何時も以上に上手く踊る者や、動揺などから上手く踊れない者に分かれた。少数派は何時もと同じ、興奮を内に収め平静に踊っている者。マリアやシュワルツ学園の生徒が数人その状態だった。
サラはそう言う以前に踊る事が出来ていないので論外になってしまう。しかし、もしも踊れていたとすればマリアと同じように平静だろう。レイの周囲にいればレイの完璧さに慣れてしまい何をしても大抵の事に驚かなくなってしまうのだ。逆に、失敗したり、出来ないや苦手、とレイが口にする方が珍しくて驚いてしまう程。
しかし、ここで舞に必要な精神力が試される。
セリナはまたレイをチラリと盗み見た。先程の練習と同じようにマリアを完璧に模倣している。それはある種の才能だろう。しかし、自分をしっかり持っているので模倣を自分のモノにはしない。それは先程のレイの舞で証明されている。
何にせよ、レイが自分の舞を踊り始めれば他の者は練習どころではなくなってしまう。
(もしかして、それを分かっていて・・・)
ふと頭に浮かんだ考えにまたレイを盗み見る。今度は視線が合いレイがセリナの考えを見透かすように薄く笑みを浮かべた。
程なくして、浮き足立った少女達に見切りを付けたセリナが、
「今日はこれで終わりにしましょう。皆さん今日は浮き足立っています。これでは練習になりません。明日は気持ちをちゃんと鎮めてこの場に来て下さい」
静かだが、厳しい声に、少女達が「はい」と返事をする。
そうして、練習は終了した。
次々に帰って行く女生徒の中でマリアとサラ、そしてレイはセリナに近付く。
「マリアとサラちゃんにも秘密にしなければいけない舞の話なの。悪いけれど、帰ってもらわないと」
セリナの口調は柔らかいが、有無を言わせない響きがあった。
マリアとサラはセリナとレイの顔を交互に見て、最後にお互いの顔を見合わせると、
「はい」
と言って帰って行った。
残ったのはレイとセリナだけだった。
「ここで、少し待っててね」
セリナはそう言うと建物の方へと駆けて行く。レイは少しの間そこで待っていた。言葉通り、セリナはすぐに戻って来た。
「これから、私は“鎮魂の舞”を貴女に見せるわ。その後、貴女は私の模倣ではなく“魂鎮めの舞”を踊ってみせて」
レイは数歩後ろに下がった。“鎮魂の舞”は剣舞だ。今セリナが持っている剣は刃を潰してあるのだろうが当たると痛い事には変わりない。
最初は静かな動きだった。それが段々と激しさを増し、光に照る刃、体全てを使った流れるような動き、その中にある躍動感や怒りをぶつけるような激しさ。そして、最後に剣を天へ捧げるような姿勢で舞は終わった。
レイは“鎮魂の舞”を舞い終わり気が立っているセリナから鞘に入った剣を渡される。レイは、正直あまり踊りたくはなかったが、ここまで来てしまえば仕方が無い。
スッと、鞘から剣を引き抜く。
「この舞を、迷える遠国の小さき魂に捧ぐ」
そう言って舞が始まった。
重なるのはセリナの記憶の奥にある彼女。あの日と同じようにその迫力に鳥肌が立つ。それは“鎮魂の舞”であってその舞ではなかった。
魂を奪われたかのようにレイの踊る舞を食い入るように見つめる。
舞が終わったとき、捧げるように天に持ち上げられた剣から小さな光が空へと向かったような気がした。
舞が終わって直ぐ、セリナは声が出なかった。瞬きをする事さえ忘れてレイを見つめる。レイはそんな風に自分を見つめるセリナを何の感情も浮かべていない静かな目で見つめ返していた。
「豊穣祭で、舞を踊る気はない?」
「私は裏方希望ですから」
「どうして?そこまでの腕がありながら」
「あの舞の踊り手ならば、あの舞が体に掛ける負担はお分かりでしょう?本気で踊れば尚更です。だから、この舞は一度しか踊られない。普通の“鎮魂の舞”でさえ一年毎に舞い手が変わる」
「なぜ、その事を知っているの?」
「秘密です。まぁ、私は“魂鎮めの舞”を本気で何度も踊ったくらいでへばったり、死んだりするわけではないですし、踊る事は別に構わないんですけど色々とこちらにも事情がありまして。あまり他人に顔を晒したくないんです」
「“鎮魂の舞”と“魂鎮めの舞”は元々同じ舞台で本物の剣を交わしあう剣舞。1人だけでは舞の本当の力は発揮されません。ここ何十年、この大陸は陰惨な事件が多くありました。しかし、舞い手はずっと1人でした。これは、頼みです。・・・実を言うと、私の家族も迷える魂の中にいます」
「マリアの、為ですか?」
レイの言葉に、セリナは息を呑んだ。
「どうして!?」
「ご安心を、マリアはこの事を知りません忘れています。マリは朧げに覚えているみたいですが」
その言葉に、セリナはホッと、息を吐く。
「豊穣祭で踊る条件、私の言う事を全て受け入れてくれるというのなら考えます」
「のめる範囲であれば」
急に主張が変わったレイの気が変わらないように、セリナはそう言った。
「第一に、私の顔が周りにバレないように面を被ります。合わせなければおかしいですからセリナさんも面を被って下さい。第二に、私の存在を誰にも公表しないでください、2人で踊る事は伝えても私の名前等私に関連する全ての事を伏せて下さい。第三に、着替えなどの手伝いなどは必要ありません、他人との接触を極力制限して下さい。第四に、私が貴女と舞を練習する事はありません。貴女と舞うのは本番だけです。第五に、私は舞の内容を変えます、貴女は私に合わせて下さい。もしもの時は私がフォローできますので合わせて下さればそれで結構です。第六に、この事は永久に、どんな人物に問われようとも誰にも口にしないで下さい。第七に、私はこれから裏方として動きますなので、誘ったが断られた、と周りには言って下さい。第八に、舞の最中、何があっても舞い続けて下さい。第九に、舞は一般の人々の前で踊ります。神殿の中ではなく、神殿の庭園に舞台をつくって下さい。第十に、何が起こっても決して驚かないで下さい。私の条件は以上です」
無茶な条件はあるが、ギリギリで呑めない事は無い。
「今挙げた条件を全て却下する、と言えば?」
「私は踊りません。どうしても、というのなら今ここで2人で踊って終わりです。“鎮魂の舞”には、場所も服も形式も何も関係ない」
当然の事のように言って退けるレイに、セリナは苦笑した。
そう言えば、普通は見る事が出来ない筈の“魂鎮めの舞”を見たのはその舞が一般を優先に会場が開放されたからだ、と思い当たる。
「全ての条件を、呑むわ。でも、一つだけ教えて。どうして、踊ってくれるの?」
急に心変わりした理由、セリナはどうしてもそれが知りたかった。
「マリアの為です。母に、『友人は大切にしなさい』と言われたので」
レイの言った理由をセリナは全く予想しておらず、一瞬ポカン、となった後、けっして馬鹿にした笑みではない微笑みを浮かべて、
「素晴らしいお母様ね」
と心からそう言った。レイは珍しく心から満面の笑みを浮かべると、
「自慢の母です」
と答えた。
それから、レイは普通の日常を過ごした。
「お母さんにレイはなんて言われてたの?」
マリアが初日、レイがセリナに引き止められた時の事を聞いたが、
「裏方じゃなくて、メンバーに入らないか、って誘われたの。でも、断ったわ。本当に代理が必要になったら出てくれるように頼まれたけどね」
とレイは誤摩化した。
セリナは上手く手筈を整えたらしく、町では“鎮魂の舞”が一般公開される事が既に広まっていた。そして、昔を知る一部の人々から今回の“鎮魂の舞”は特別なものだ、という噂が流され民衆の興奮は続いていた。
ある筋から“鎮魂の舞”を踊るセリナの他に、もう1人“鎮魂の舞”を踊る者がいるという噂が流れ、セリナは子供達に舞の指導が出来ない状況に陥ってしまった。情報が広まるのが速かったせいで例年よりも早めに神殿にこもる事になり、舞の指導は別の者がやる事になった。
新しい指導者はレイの舞を知らないので裏方だ、といったレイとサラは舞の練習ではなく完全に裏方として働いている。レイはその事に何の文句も言わないが周りの人間は違うらしい。
時折周りの少女達から色々な感情が入り交じった視線を向けられる。
それを完璧に無視し、レイは裏方に徹していた。
レイには存在感が薄くなる魔法がかかっているので舞を見た人達はしばらく経つとレイの顔も舞も印象に残っていない。なので、新しい舞の指導者にレイの事を説明できません。
マリアとサラはレイが踊る事を渋っているのを知っているので何も言わないのです。