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血の契約  作者: 吉村巡
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90:囚われたモノ達

「漸く、地上に出る事が出来たな」

 地下を歩き回り、城の一階の廊下へ出たアルは涼しい顔でそう言った。対してマリアは地下で遭遇した仕掛けの数々に神経を擦り減らし(勿論、アルが全て防ぎ、助けたので怪我などは全くない)極度の緊迫感・緊張感を強いられたために地下から出てきた時には足がガクガクと震えていた。

「み、皆は?」

「まだ分からない」

 どんな状況であっても友人の心配をする彼女に、アルは一瞬目を細めた。しかし、返せた言葉はそれだけだった。

 背後から、視線を感じアルはバッと後ろを振り向いた。しかし、自分達を見ている者は誰もいない。

(気のせいか?)

 マリアを不安にさせないよう口には出さなかったが、アルは警戒を怠らないよう気を引き締めた。


「な、何でこんな事になってるんだっ!?」

「分からないけど、取りあえず、走らないと、死ぬっ!!」

 セイジとヘルスは仕掛けも何もかも忘れて廊下を疾走していた。いや、仕掛けの事は忘れていないのだが、気にしている余裕がないのだ。

 2人が走っている元凶は2人の後ろにある。

 緩く、長い傾斜のある廊下を全力疾走で走る2人を追うのは猛スピードで転がる大きな岩だ。どうしてそんなものがパカッと開いた廊下から上がってきたのか、どうしてそんなに大きく重いものが一階ならまだしもこんな階に持って来れたのか、そんな疑問は2人の頭から吹っ飛んでいる。いや、考えている暇がない。

 レイがいたならば小難しい事を考えながら涼しい顔で走るか岩を壊すかしただろうが、レイがこの場にいないのでその時の事を考えても仕方がない。

 因に、後のこの話を聞いたレイは他の話と関連づけてこう言った。

『他にも同じような仕掛けがあって、最初の仕掛けが発動すると廊下の曲がり角直前でその岩は下に落ちるようにして落ちた岩の重みで次の岩が上がる仕掛けになっているんでしょう』

 時間があればそうするための設計を書いたりもしただろうが、生憎それ程までの興味を持ったのはマリアだけだった。

「せめて、あそこまで耐えられればっ!」

 ヘルスの言葉にセイジもヘルスももっと走る速度を上げた。

 廊下も曲がり角、そこを曲がろうと一瞬走る速度を緩めた瞬間、廊下に奈落が現れた。

 2人の足下は下へと落ちていく深い奈落。一瞬の事に2人は何も反応出来なかった。

((落ちる))

 同時にそう思うと、2人は死を覚悟しその内感じる事になるであろう衝撃に目を瞑る。しかし、2人が落ちる事はなかった。

「セイジっ!ヘルスさん!大丈夫ですか?」

 サラの叫び声に、2人はゆるゆると目を開く。目の前にあるのはサラの心配そうな顔と、ファラルの相変わらずの無表情。

「助、かったの?」

 セイジの言葉に、サラはコクコクと何度も首を縦に振る。その瞬間、セイジとヘルスは無意識のうちに安堵の笑みを浮かべた。

「ファラルさんが、2人を助けたんです」

 ヘルスが何故自分たちが助かったのかをサラに聞くと、サラはそう答えた。

「私達も同じような仕掛けに遭ったんですが、ファラルさんが物凄い早さで私を連れて移動していただいた御陰で危険な事は何もありませんでした。それに、今は2人も浮いていますよ」

 サラにそう言われて2人は初めて自分たちの状況に気がついた。廊下から10㎝程浮いている。

「このまま一度外へ出るか、他の者と合流するか、どちらだ?」

 今まで黙っていたファラルがそう発言すると、他の3人の間に沈黙が走った。

「今の所、外へ出ている者はまだいない」

 補足で言われた言葉を聞いて、また悩む。

「今、僕達の一番近くに居るのは?」

 ヘルスの質問にファラルは、

「第二皇子と水属性の子供だ」

「殿下とカナタか・・・」

 ヘルスは一度そう呟いて、

「では、2人を見つけ出した後この城から出る」

 この中では一番決定権を持つヘルスがそう言えば全員が従うしかない。見た目は10歳程に見えようとも、中身はちゃんと18だ。

「この方角だ」

 ファラルが先導して歩き始める。いや、浮いているのでその表現は正しくないかもしれないが、これでもう仕掛けが発動する事はない。


「これからどうしようかしら?何処に誰がいるのか、サッパリ・・・」

「・・・・・・か?・・・で・・・・か?」

 ロリエの言葉を聞きながら周りに耳を澄ましていたベクターは微かにそんな誰かの声を聞いた。

「おいっ!!誰かいるのか!?」

 ベクターが急に出した大声にロリエは驚いて言葉を止めた。

「誰かいるのか!?こっちは2人!アルシアとマリアだ!」

 声ならば仕掛けが発動する事はない。ベクターの耳にはハッキリとアルの声が聞こえた。

「こっちも2人だ!!ベクトルとローリエだ!!」

 ベクターの張り上げた声とロリエにも微かに聞こえたアルの声で、全てを悟ったロリエはこれからどうするかをベクターに託した。

「分かった、待っている!!」

 ベクターの言葉でロリエはアル達がこちらへやって来る事を知った。

「他の人達は、大丈夫かしら?」

 不安そうなロリエの言葉に、ベクターはぎこちなく笑いながら「大丈夫だ。皆、存外逞しい」と慰めた。

 慎重に歩を進めながらアルとマリアがロリエとベクターに合流した。

「2人とも、怪我はないか?」

 アルの言葉に、ロリエもベクターも頷く。

「他の者達は?」

「分からない。ずっと2人で行動していたが他の者と会ったのはこれが初だ」

 アルとベクターがそう言って話を続けている間、ロリエはマリアに「大丈夫?怖くない?」と聞いた。

「大丈夫です、と言いたいですけど・・・・・・皆の事を考えると、不安です」

「そうよね」

 アルとベクターの話は纏まったらしく女2人で話していたマリアとロリエに声をかけ、このまま他の者を探す結論に至った事を伝えた。

「でも、他の皆が何処にいるのか・・・・・・」

 ロリエの言いたい事はアルも重々理解している。

「あっ!」

 ぼんやりと窓の外を見ていたマリアは向かいの廊下に見知った顔を見つけたのだ。

 マリアの声にそこにいた全員がマリアを見て、マリアの指差す方を見た。

「レイとマリだ」

 ホッとした声を漏らしたマリアの方を、歩いていたレイとマリが見た。一瞬、3人の視線がぶつかるがマリは一瞬立ち止まり、レイはすぐに視線を逸らし立ち止まる事なく歩いている。マリは苦笑を浮かべてレイの後を付いていく。

「どういう、こと?」

 ロリエの漏らした言葉に、アルは一言「分からない」と言った。

「ただ、分かっているのはレイとマリウス君に合流できる可能性は低いという事だけだ」

 アルの言葉に、その場にいた3人は言いようのない不安に駆られていた。


「これは、流石に、キツいな」

「喋るな、体力、持たなく、なる」

 シオンの余裕そうな表情にも少しだけ焦りが浮かんでいた。カナタはいまだ虚勢をはっているシオンを窘めると、2人はそのまま無言で走り続ける。

「あの部屋に、入ろう。賭けになるが、このままより、マシだろう」

 切れ切れのカナタの声にシオンが「ああ」と短く答える。

 走る速度を上げた2人はそのまま近くの部屋に飛び込んだ。仕掛けは何も発動しなかった。

 部屋に入った直後、何かが廊下を通り過ぎていく音がする。その音に冷や汗を流した2人は息を整えるのに数分もの時間を要した。

「この部屋、書斎か何かか?本だらけだ」

「っ!?」

 シオンの言葉に、何気なく部屋を見ていたカナタは目を見開いた。

「どうかしたのか?カナタ」

「おかしいんだ、この部屋。本が、本の、保存状態が良すぎる。無人の城なら埃を被っていてもおかしくないのに・・・まるで、時が止まっているような城だな」

 カナタの表現に、シオンは「ははっ」と声をあげて笑った。

「確かに、時が止まった城だ。既に、カラクリ城はこの帝国において何の意味もなさない。この大陸は平定され、この城は時代に取り残された。その意味で、ここは時の止まった場所だ」

 緊張感が緩んだせいか、座り込んだ2人は疲労によって立ち上がる事が出来なくなった。

「あー、せめて部屋の外に出ないと」

 シオンの苛立ったような言葉に、カナタは気力を振り絞り立ち上がった。その姿を見てシオンも立ち上がる。そして、カナタが入ってきた扉に手をかける。しかし、開けた瞬間に足を踏み出すという馬鹿な真似はしなかった。

「やっぱり、こんな仕掛けはあるんだな」

 扉の前にはポッカリと大きくて深い穴があいていた。


「なんで、岩が?」

「体力なくなるから話さない方がいいと思う」

 マリの疑問に、レイはそう答えた。しかし、

「マリは喋らずに聞いてね。あの岩、始まりはカナタとシオンの2人が仕掛けを踏んで同じような状況で岩が廊下を転がり、逃げ切れたんだろうけど岩はそのまま転がって廊下の曲がり角で穴に落ちる。そうしたら次の岩が転がる仕組みになってるの。だから、仕掛けは踏んでないんだけど自動的にこっちにもとばっちりがきたってわけ」

 マリには喋る事を禁じたくせに、レイは長々とした説明を息を乱す事なく、切れ切れになる事なく、滑らかな声で行った。

「あの部屋だよ。僕の友達が集まるの」

 2人の目の前を揺れる少年は無垢な笑みを浮かべてそう言った。

「・・・・・・マリ、そのまま岩に潰されないように走ってね。先に行って部屋の扉開けて来る」

 マリが何かを言う間もなく、レイは走る速度を上げた。涼しい顔をして走っているが出している速度は信じられない程速かった。

 視界の端でレイが立ち止まったのが見えた。しかし、マリの視線は直ぐに後ろに向けられる。現実逃避的に、転がる岩を観察しているとその岩が廊下に掛けてある絵などを傷つけていない事に気付いた。

 その事に違和感を感じ、考えを巡らそうとした瞬間、岩の転がるスピードが速くなった。

 慌てて走る速度を上げる事に集中する。先程の違和感は、一瞬にして頭から吹っ飛んだ。

 必死で走っていたマリはそろそろレイが扉を開けた部屋に近付いている事に気付かず、そのまま部屋を通り過ぎようとした、その寸前、予測済みだったらしいレイがマリの手を引っ張って部屋に飛ばすように入れた。

(女の子の力じゃない)

 マリは一瞬浮いた体と、自分の腕を引っ張った小さく細いが力強い手の持ち主について考えた。

 マリが考えを巡らしている人物は、マリの目の前で扉を閉めていた。

『この部屋にいる 全ての魂を 具現化せよ』

 レイの呟いた言葉は、一瞬にして部屋の中を人で一杯にさせた。その中には赤子いたし、老人もいた。若い娘も青年も、中年の男女も、まだ幼い子供達も、様々な世代の者達が部屋に入ってきたレイとマリを見ていた。

 彼らと自分たちの違い、それは半透明であるかないかだった。

「娘、我らの長年の悲願を叶える者とは真実か?」

 人々の中にいた初老の、厳めしい顔つきをした男がレイを睨むように見ながらそう尋ね、レイは微笑みを浮かべて、

「あなた方の言う悲願が転生のサイクルへ戻る事ならば、私はこの身をもってその願いを叶えましょう」

 と口にした。

「・・・・・・頼む。囚われている我らを、ここから救ってくれ」

「勿論です。その為に、私はこの城へ足を踏み入れたのですから」

 レイに救いを求めた男は、レイの言葉によってその顔に安堵の表情を浮かべた。

「マリは壁際に下がってて」

 言われた通り壁際まで下がると、一瞬にして体が動かなくなる。何処にも力が入らない筈なのに体は何かの意思によって倒れ込む事を許されなかった。声も出ない。

「ごめん、これからマリの体の機能を使えなくする。直ぐに終わるから安心してね」

 ごめん、と謝りながらも感情の全く入っていない言葉にこれはレイのやった事なのだ、とマリは悟った。レイのその言葉を最後に、マリの耳は全ての音を閉め出し、その瞳は何も映さなくなった。

 マリの体の機能が使用不可になった事を確認すると、レイは部屋の中心へ歩いていった。その周りを取り囲むように霊達が円をつくる。

「記憶を渡して貰う。現在もっている全ての記憶をだ。その後、その魂は自然と上へ昇れる。それは本能だ。思考が無くなれば魂は勝手に本能に従ってあるべき場所へ戻る。だが、その前に一つ聞きたい。他の、囚われているモノの居る場所を知っている者は?いるならば、教えて欲しい」

 レイの言葉に、霊達は一斉に囁き始めた。

「この部屋から、当主の部屋へと続く通路がある。仕掛けはない。そのタペストリーの馬の鞍を押せ、暫くすれば扉ががあそこに現れる」

 先程、レイに話しかけた男が答えた。そのような事を知っているという事は、

「昔の、ここの城主だったんだな」

「今は、救いを求めるただの幽霊だ」

 その言葉を聞き、レイは早速霊達の記憶を移し始めた。

「マリ、大丈夫?」

 マリの目に光が戻った時には、部屋の中にはもう誰もいなかった。代わりに現れたのは先程までなかった粗末な造りの扉。

「あの人達は?」

「上へ行った。喜びも、悲しみもなくね。何の力もない人を天に昇らせるならそれが一番楽な方法なの。まぁ、多少の力があれば悲しみを抜くだけで上にあがってくれるし、力がなくても補助すれば上にあがらせる事が出来る。でも、今回は多過ぎた。一々そんな事をしていたら一日では終わらない。まぁ、まだマシな方だったわ。過去に、勝手に記憶押し付けて上にあがったモノもいたしね」

 レイの言葉の意味がよく分からなかった。レイの言う“記憶”はまるであげたり貰ったりが出来るような口ぶりだ。そこで、ふと気付く。

「髪、どうしたの?」

 確か先程までは後ろで一つにくくっていた筈だ。前に聞いた話では、ファラルが結んでいるので自然にとれる事は早々ない。という事だったのでレイが自分でおろしたのだろうか?

「ああ、マリが知らないうちに色々あったのよ。その結果、リボン切れちゃって。今は予備持ってないし、ファラルもいないし、これでいいかなって」

 薄々勘づいてはいたが、レイはこんな所がずぼらだ。

「纏めておいたら?切れたって言ってもまた使えると思うけど。そのままだと何処かに引っかかる可能性もあるし」

「そうねぇ、不測の事態もあるものね」

 レイはマリの言葉に頷いて、短くなったリボンをポケットから取り出した。まだ十分な長さがある。手早く一つに纏め、何重にも巻き付けてからちょっとやそっとではとれない程硬く結ぶ。

「行きましょうか」

 髪を結び終え、悠然した笑みを浮かべるレイがマリに向かって言った。

「何処に?」

「この城の影に光を当てに。ここで待っててもいいけどね」

 そう言って、粗末な扉を開ける。警戒心皆無で扉を開け、足を踏み出すレイにマリの方が戦慄した。

「危ないよっ!!」

 そう叫びながら慌ててレイの後に続く。危険だろうが何だろうが、年下の少女一人でこの城を歩かせる気には慣れない。例え、自分の方が足手まといだと自覚していてもだ。

「平気。この通路には仕掛けは全くないから」

 断言したレイに、一抹の不安を覚えながらも自分の意識がない間に先程まであの部屋にいた彼らと何か会話を交わしたのだろうと推測しそれ以上口を挟むのをやめた。その代わり、

「今、何処に向かってるの?」

「当主の部屋。目的は制約を受けた囚われたモノの解放。このために私はここに来たようなものね。・・・・・・理解してないって顔してる」

 レイがマリの顔を見ながら「当然よね」と言って笑う。

「私も、どうしてこんな事になったのか分からないから・・・戻るなら、今よ?ここで立ち止まるのもいい。その内、誰か来てくれるから。この先は、マリが危険なの」

 少しの間、立ち止まってレイは射抜くような視線をマリに向けながら問う。

「一緒に戻るって選択はないの?もしも、僕がここで立ち止まって誰かが来るより先にレイが帰って来る事は?」

 返ってきた言葉に、レイはまた笑って、

「前者の可能性は今の所全くと言っていい程なく、後者の可能性は限りなく低いわ。それに、マリが私を抑えられるとは思えない」

 と答えた。

「ついていく。例え、レイが僕の事を足手まといだと思ってもね」

「じゃあ、出来る限りこっちも耐えないとね」

 レイはマリに「ついて来るな」とは言わなかった。自己責任だ。レイは忠告した、その上で自分の身の振り方を選んだのはマリだ。何が起ころうとそれは全てマリの責任になる。それでも、レイにとってマリは友人なので出来るだけの事をするつもりだった。

 程なくして、レイが「マリア、無事よ」と唐突にマリに言った。下に向けていた顔をレイに向けると、レイの手が窓の向こう側を指した。向こう側に、マリアの姿が見える。よくよく見るとアルやベクター、ロリエの姿も見える。

 自然と足が止まり、マリアの姿をジッと見つめる。

(あの人達と一緒だったのなら、怪我はない、かな)

 その事に、知らず知らずのうちにホッとする。その事が分かればもう大丈夫だった。もう、レイについていく事に何の迷いも不安もない。マリアが無事なら、それで良かった。

 泣きそうな顔をしているマリアを見ていると、自然と苦笑が浮かんだ。マリアにそんな顔は似合わない。

 何も伝えず再びレイの後を追うように歩き出す。


「何時まで経っても、床が戻らないな」

 カナタとシオンは書斎のような部屋で立ち往生していた。時間が経てば穴は床に戻るだろう、と思っていたのだが待てど暮らせどそんな気配は一向にない。

 廊下にあいた穴は大き過ぎて飛び越える事も不可能だ。とすれば、

「この部屋には、何か他に出入り口みたいなところがあるのか?」

 シオンの言葉に、カナタはいったん扉から離れ、部屋の中をシオンとともに隅々まで探した。しかし、そんな扉は何処にもない。

「仕掛けで隠されてるとか?」

「ありえる」

 シオンの出した憶測に、カナタも賛同する。そうだとしたら、お手上げだ。

「そう言えば、この城って、過去に砦としても使っていたなら少し妙なんだよね」

「どう言う事だ?」

「普通、お城って火事になった時空気が供給されて火の回りが早くなるから廊下の地下なんかに空洞を造る事は余りないんだ。例外なのは石ばかりで出来たお城とか、絶対に燃え広がらないって自信のあるところだけ。帝国の城なんかは火事が起こってもそれを食い止めるだけの人材がいるから空洞造っても良いんだけど、造る必要もないから造ってない。でも、ここは元砦だ。過去、ここが落ちていれば帝国は今存在していなかったかもしれないと言われる程重要な砦の一つだった。それなのに、この造りはおかしい。来る前に読んだ記述ではこの城には木も使われているから」

「シオンの話が本当なら、この城の過去の持ち主は火事による焼失はあり得ないと考えていたという事になる。ならば、その自信の源は?」

「そこまでは書かれていなかった」

 2人の間に沈黙が降りる。その間、カナタは焼失しない、と言い切れる自信を考えていた。

「精霊の影響?」

 カナタがそう呟いた瞬間、

「何が?」

 と自分の顔を覗き込んだ者がいた。

 表情には出さなかったが、その瞬間カナタは心臓が止まりそうになる程驚いていた。暫くして落ち着いた頃、自分を心配そうに見つめる目の前の人物がその場にいるのが信じられず、

「サラ?」

 と名を呼んだ。サラは安心したように微笑み「何?」と返事を返した。


「幾つか質問してもいい?ファラル」

「答えられるなら答える」

 ヘルスの問いに、ファラルはそう答える。

「ではまず、どうして何処に誰がいるか分かるの?」

「そう問う自身も、位置程度は把握しているだろう?」

「それは、完璧ではない。この城は妨害が多すぎる上に力を貸してくれる者達がいない。その中でどうしてここまで完璧に把握できているのかを聞いている」

 ファラルはぞんざいに、「気配を感知しているだけだ」と答えた。

「・・・は?」

「分からないのか?気配、だ。研ぎ澄ませばわかる」

 さもなんでもない事のように口にしているがこの広い城の中でそれは異常だ。しかし、ヘルスにはそれ以上聞けなかった。ファラルの異常性は薄々気付いていた事だ。

「次に、僕達を浮かしているこの力は?精霊が働いている気配はないけど」

「ただの魔力だ」

 その言葉に、そこにいた全員が絶句した。

 魔力は精霊との相性によって同じ術でも人によって効果が違う。そして、純粋に魔力だけならばその量の多い少ないや質による。しかし、純粋に魔力だけで行える魔法は限りなく少ない。寧ろ、ほぼ皆無だと言ってもいい。

「純粋に、魔力だけ?」

「お前は二度聞かなければ物事を理解しないのか?」

 冷ややかな言葉に、ヘルスは大人しく謝罪した。

「それは、レイも出来るんですか?」

 サラの純粋な興味から来る言葉に、

「レイと共にあった最初の魔法はそれだ」

 とファラルは返した。

 その時、ファラルの言葉の意味を理解できる者はいなかった。しかし、その言葉に隠された意味がある事をまだ誰も気付いていなかった。

「これが最後の質問だ。・・・・・・ねぇ、ファラル。君は、何者?」

 時が、止まる感覚に陥った。音も、景色も何も届かない。ただ、世界に存在するのはファラルだけのような不思議な感覚。表情が変わる。何処までも挑戦的に、誘うように、笑った。それは妖艶で、見る者全てを釘付けにした。

「今、知るべきではない事だ」

 音が、耳に届く。ファラルの顔は何時もの無表情だ。時はきちんと流れ、流れる景色は先程いた場所をずいぶん離れ時間の経過を教えてくれる。

「質問は、これで終わり」

 ヘルスの言葉に、ファラルが反応する事はなかった。

「あの部屋の中だ」

 暫くしてファラルがヘルスに教えたのはポッカリと前の廊下に大きな穴が空いている部屋だった。扉が開いている事から中に人がいる事が分かる。

 廊下の穴は宙に浮いている4人の前では何の害にもならない。そのまま部屋の中へ入る。

 部屋の中を見回していると本棚の陰にいたシオンが気付き、安心したような表情を見せた。その隣に4人が来た事に気付いていないカナタがいる。

 そのままそっと近付くが、カナタはまだ気付かない。

 サラが心配そうな表情でカナタの顔を覗き込む。そのとき、漸くカナタは気付いたようでサラの顔をみつめて固まった。

「サラ?」

 信じられないような気持ちがその一言だけでありありと分かる。その反応に、サラは安心して、

「何?」

 と聞き返した。

 その瞬間、サラはカナタに抱きつかれた。

「無事で、良かった」

 サラは一瞬驚いたようだったが、カナタに幼馴染みの特権として刷り込みがされているのか抵抗する素振りは全くなかった。

 逆に困るのは回りの人間だ。ヘルスもシオンもセイジも所在無さげに立っている。ファラルは全く興味がない様子で部屋を観察している。

 暫くしてカナタが漸く(名残惜しそうに、セイジに言われて)サラから離れる。

 その時には、いつの間にかファラルが部屋の中を動き回っていた。そして、その行動は不可解だった。

 書斎の机の一番下の引き出しに、本棚から本を選び出し突っ込んでいく。そして、その引き出しを閉めたとき、仕掛けが発動した。

「後は任せる」

 それは、ヘルスに向かって言われた言葉らしい。ファラルが書斎の近くにあった本棚をぞんざいに動かした。大量の本が入っているのだが、ファラルは全く力を入れる様子がなかった。

 そこには、何処に続いているのか分からない不自然に中が暗い道があった。そして、そこに何の躊躇いもなく入っていく。

 直ぐにその姿は見えなくなった。

 ややあって、シオンが動き出した。軽い足取りでファラルの後に続こうとするが、ヘルスが慌てて止める。その間に、サラがその道を進む。カナタはサラについていく。

「私も行く。これは、命令だ」

 シオンの言葉に、ヘルスは「ハァー」と溜息を吐くとシオンのを腕を掴む力を緩めた。シオンは腕を引き、3人の後に続く。ヘルスは諦めたような足取りでその後に続いた。最後にセイジがその通路に入った。

 その道は、急な坂道になっていた。歩くというよりもよじ登る感じだった。そして、平坦な道。真っ暗で回りがよく見えない。サラが壁に手をやりながら歩く。そして、急な下り。暗闇で気付かなかったサラはそのまま滑り降りる結果になった。

 サラの悲鳴で慌てたカナタもそのまま滑り降りる。その後を残りの3人が続く。

 気がついた時には広間のような部屋にいた。レイとマリが先程までいた部屋だった。

「ついてきたのか」

 ファラルは続々と自分の後に続いた者達を見て、表情を変えずにそう言った。その後は興味が失せたように何も言わずに歩き出した。何の躊躇いもなく、粗末な造りの扉をくぐり仕掛けなど全く気にしていない様子で廊下を歩き出す。その後を、必死でついていくサラ達は、自分たちの足が廊下についている事に気付いた。宙に浮いていた時も、廊下を歩いているのと全く変わらない感覚だったので今まで気付かなかったのだ。しかし、それは裏を返せばここが安全だという証拠だった。

 そして、その時ファラルとヘルス以外は窓の向こうにいるアル達の存在に気付いていなかった。

 ヘルスは数秒だけ止まってこちらの様子に気付いているアル達に簡単な動作でこちらの様子を伝え、遅れた分を取り戻すように走り出した。


「どういう事だ?」

 少しの間、疲れたように頭を押さえたアルは、直ぐに頭を切り替えて、

「殿下があそこにいるという事は私達が目指すべきはあそこだな」

 と呟くと、全員に手をつなぐよう指示をした。

『闇よ 我らを包み 自由に 闇の中を 動け』

 アルの瞳はの色は黄金に近い琥珀色から闇のような黒へと変貌していた。

 マリアが気付いた時には先程窓から見ていた廊下に立っていた。

「始めから、こうしていれば早かったのに」

「簡単に言うな、ロリエ。闇属性の魔法は出来るだけ使いたくないんだ」

 アルは使おうと思えばこんな魔法を直ぐに使えたのだが、よっぽど切羽詰まった時や必要に迫られたとき以外に使わないと決めていた。使わなくても、大丈夫だという自信もあった。しかし、シオンを見つけたのならその保護が何よりも最優先になる。

「ここには、仕掛けが何もない」

 アルが注意深くあたりを探るが、今までのように仕掛けがあるような感じがなかった。

「ベクター、2人を任せる」

 アルはそういって、駆け出した。残された3人も走り出すが女2人は男と基礎体力が違いすぎる。ベクターはその2人を気にしながら走っているのでアルとの距離は段々と開いていった。


 廊下を歩いている途中に部屋はなかった。ただあったのは廊下と壁だけ。廊下はある部屋の前で終わりを告げた。

 そこで、レイの足も止まる。マリはレイの静止の声に歩みを止めた。

「ここで、待って。反対意見は聞かない。ここから先は、入ってこないで。後ろに皆がいるから皆にもそう言っておいて。入ってきていいのはファラルだけ。ま、アルならまだ大丈夫かもしれないけど」

 マリが何か言おうとした瞬間、レイがいつの間にか握っていた短剣で自分の手の平を切った。レイの手の平から溢れ出した血にマリは目を見開いた。

『この血より 先へ この血が 認めた者以外が 侵さないよう 境界線を』

 レイの言葉は止める暇もなかった。ポタポタと次々に溢れる血は部屋の前に線をつくった。

「何を見ても、何が起こっても、気にしないように」

 薄く、儚くみえる笑いを浮かべた後、レイは部屋の中へ入っていった。

 

 部屋へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

『囚われの終わり、解放の始まり』

『長かった。いや、短かった』

『我らの解放者は?』

 彼らは次々と姿を現した。扉は閉めている、彼らの姿も、声も、状況も部屋の外に居る者には分からない。レイは彼らに、

「制約は終わりを告げた。しかし、その憎悪と穢れでは彼の世界に受け入れられる事はない」

 と告げた。その瞬間、彼らは一斉に囁きだした。

『あれが風が噂する異端の娘』

『あの娘が!?』

『彼の魔女に良く似ている』

『しかし、マトモな娘ではない』

『我らを解放したのは真実だ』

『だが、その目的は?』

 一向に話が進まない。レイはその状況にうんざりし、

「ゴチャゴチャと。制約の時の中で、随分と穢れた証拠だわ。今の貴方達には、私の事も、人間の事も憎み疑うしかないんでしょう?人に染まった精霊達よ」

 そのレイの言葉は、彼の者、精霊達にとっては侮辱にしかならなかった。一方的な制約に囚われた彼らは人を嫌っている、その時に精霊達に向かって「人に近い」と言えば怒るのは当然だ。

 彼らは、この城に囚われていた。疫病が流行らないように仕掛けにはまった死体を焼き、その火によって火事にならないよう水を掛け、仕掛けによって掃除が行き届かない所の塵を風で払う。しかし、それは一方的な制約によって勝手に力を使われた結果だ。

 始まりは、この城の当主が自分と契約していた精霊に制約を交わしたこと。長い年月が経ち、始まりの当主が亡くなった後もその制約は続いた。痺れを切らした仲間の精霊がその制約を壊そうと城へとやってきたが逆に制約に組み込まれてしまった。

 その制約を解く方法は、この部屋へ他人が足を踏み入れる事。しかし、安全な道は全て隠されている。残るは危険な道のみ。そこを通ってここまで来る者がいればこの城は完全に制圧された証拠。だが、今までここに来た他人はいなかった。

 もし、この部屋へ来た者が人ではなく精霊だった場合。それまでに精霊達が入ってこないように城には色々な術が掛けられている、それをくぐり抜けてきたという事はこの城に囚われる事を認めたという事になり、その精霊は自動的に制約を交わす事を受け入れたと勝手に決められる。

 それが積み重なり、ここには多くの精霊がいる。高位の精霊も多い。その精霊達が人へ力を貸す事を拒み始めた結果がこの城での魔法の使いにくさだった。

『では、お前は何の為に我らを解放した?我らをお前に隷属させる為か?それとも、気紛れか?噂には聞いている。お前は気紛れで人間どもを殺すとな』

 精霊の一人が淀んだ目で、レイを見ながらその言葉を紡ぐ。

「神の手伝いだ。気紛れでも、精霊の力が欲しいわけでもない。こちらにも事情があってね。お前達を解放し、穢れを払う事が私の目的よ。やり方は知っているでしょう?まぁ、穢れたままでいいなら好きにして」

 レイはそう言って、精霊達を見回し、これから起こる事に身構えた。

 レイの体を憎悪が襲う。憎しみ、恐れ、怒り、親愛、悲しみ、負の感情の渦の中に、ほんの一瞬だけある人間への好意、それが不快感を助長させる。

 それは、一瞬だったし永遠でもあった。その感情達は不快だったし心地よくもあった。ただ、精神に受けた衝撃は体にも影響を及ぼす。

 部屋には、もう精霊達の姿はなかった。部屋の中心でレイが立っている。髪を結んでいたリボンが、解けないようにとてもキツく結んでいた筈のリボンが、床に落ちた。髪の毛はそのまま広がる。

「・・・・・・限界」

 悔しそうに呟いたレイの顔には、まだ余裕があるようにも見えた。そのまま、体が力を失いレイの体はそのまま床へ崩れ落ちた。


 中の様子が分からないマリは、一度だけ扉に手をかけようとした。その瞬間、何かがマリの手を弾いた。レイの言っていた境界線とはこの事だろうか、とぼんやりと思う。

「レイは中か?」

 急にマリの耳に届いた声に驚いて、後ろを振り返る。そこにはいつの間にかファラルがいた。何時もと変わらない筈なのに、その体から溢れる威圧感は尋常ではない。声が出せず、コクコクと首を縦に振ると、ファラルは何の躊躇いもなく扉を開いた。

 部屋の中でレイが倒れているのが見えた。

 扉を閉める事なく、ファラルがずかずかと中に入る、マリもその後に続こうとしたがまた何かに阻まれるように中には入れなかった。

 そこから先に起こった事が、マリには信じられなかった。

 レイが意識を取り戻したのか、立ち上がる。その姿にホッとしたのもつかの間、マリはレイが何処かおかしい事に気付いた。

 遠くからでも分かる虚ろな瞳。不自然に、フラフラとしている体。笑っているのに笑っていない顔。

「え?」

 マリがそう声をあげた瞬間、当たりは煙に包まれた。

 煙が晴れたのは一陣の風が吹いてからだった。複数の足音が遠くから聞こえて来る。

「レイとファラルは!?」

 アルの言葉にマリが部屋の中を指差す。そのとき、マリも再び部屋の中へ目を向けた。中の様子をマリも、アルも信じる事が出来なかった。

 レイが、ファラルを攻撃している。それも、本気で、殺すつもりで。


 レイは笑っていた、狂ったように。

 

 


 

 

 


 

 

 

 今回は少し長めです。

 そして、次はレイの狂気が幕を開ける、かもしれません。

 行き当たりばったりで書いているので、作者自身にもどんな展開になるのか予測が出来ません。

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