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血の契約  作者: 吉村巡
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89:噂のカラクリ城

 王族とばれないように外観はとても質素な、しかし内装は華美さはないが高級感溢れる造りの良い馬車が2台目的地までの道のりを走っている。

 先頭に御者役を買って出ているベクターがまわりの様子を探りながら馬を操る。

 先頭の馬車に乗っているのは御者役のベクターと馬車の中にいるヘルス、セイジ、マリ、カナタの5人。

 後方の馬車には御者として城の御者とファラルそして馬車の中にいるシオン、アル、ロリエ、レイ、サラ、マリアの8人だ。

 因に、席は守るべき人を守れるように決められている。後方の馬車の女子率が高いのは盗賊などに襲われたりした場合、アルがいるので一番守り易い。ファラルとレイは未だに観察対象なのでどんな場合でもアルの近くに居る必要がある。

 目的地に着けば、先に向かわせている数人の護衛と身の回りの世話をする者が数人増える予定だが今の所は総勢13名だ。


「ねぇ、なんか喋ろうよ」 

 静かな空気に耐える事が出来なくなったらしいセイジが口を開いた。

 一斉にセイジに注がれた視線にはどこか荒んだものがある。その中にはヘルスの視線も含まれている。ここ数日、旅の打ち合わせで顔を合わせた時に本格的に打ち解けあったのだ。年齢がそれ程離れていなかった事もあるだろう。

「だったら、セイジが何か話題を提供して」 

 カナタは読んでいた本から顔を上げて淡々と口にする。

「そんなに、サラと離れたのが不満?」 

 苦笑しながら聞いて来るセイジの顔を冷たく睨んだカナタはもう一度本に目を落とした。

「話題提供、話題提供・・・・・・ああ、そうそう家の近所にこれから行くとこの近くに住んでた人がいて、その人に聞いた話なんだけど」

 そしてセイジの話が始まった。


 そのお城は周辺の人々にはカラクリ城と呼ばれている。

 年に数回、子供達が度胸試しとしてこっそり城に入れば一時間も経たないうちに数人の子供が悲鳴を上げながら家へ駆け戻って来る。戻ってこられれば良い方だ。数日間彷徨う者もいれば二度と戻ってこない者も十年間の間に一度程あるらしい。

 国境に近い事もあり攻められる事が多かった事から、代々その城の当主が侵入者を防ぐためと城のあちこちに仕掛けをつくっているうちに世の中は平和になった。しかし、当主のもはや趣味という域まで達した仕掛け作りは何代にも渡って続き今現在では何処に何の仕掛けがあるのか全てを知る者はいなくなった。

 数代前までは城に当主が住んでいたらしいが、召使いの者は雇ってもすぐに辞め、亡くなる者も多かった。その上、当主自身が仕掛けによって命を落とした。しかし、当主の息子も当主が亡くなる前に仕掛けによって命を落としていたので遠縁の者が当主となったが城に住む事はなく、逆に危険だという理由で城を立ち入り禁止にした。

 それでも、盗賊が城内にある高価な物を盗みに来ては命を落とし、子供達がふざけて足を踏み入れ大けがを負う事が多発したので何度か取り壊そうという話も出たのだが城内には歴史的に貴重な物が多くそれを持ち出して全てを壊すという事が出来ない上に、仕掛けられている罠が歴史的に価値のある物と見る者もいてどうにもならない状況だ。

 そして、その城には古くから噂されている事がある。

 城の奥では、夜な夜なその城で死んだ者の叫び声や泣き声が聞こえて来る、と。


(確かに、色々留まってそうね、その城)

 レイは音に神経を集中させ違う馬車に乗っているセイジの話を聞いてそう思っていた。

(負の感情は負の感情を引寄せるし、固まると厄介だし)

 既に音に神経を集中させるのはやめていた。今は自分の思いに意識を集中させる。

(でも、そんな感情ばかりでもない。そうでなければ城へ入った子供達は帰ってこない)

 その結論に行き着くと、レイは誰にも気付かれない位小さな溜息を吐いた。これからどうしようか、と今更考える。

自問自答は堂々巡りを繰り返し、結局当初の予定通りにしようという結論に至った。


「悪い事はいいませんわ。あそこに行くのはおやめになった方が・・・・・・」

 宿の女将はレイ達の滞在理由を知り、真剣にそして心配そうに言った。

「この辺りの人間なら子供の頃、一度は入る事のある場所ですが二度も好き好んでいくような場所ではありません。帰る事の出来なくなった子供の捜索の為に数年に一度入るような場所です。その時も、長い年月をかけて作り上げた仕掛けの位置を記した地図を必ず持っていきます。何処に、どんな仕掛けがあるのか、そして対処法を記している地図ですが決して完璧な地図ではありません。奥に入っていった者はほぼ二度と、戻ってきません。それでも、行かれるんですか?」

「大丈夫だ。ここにいる者は全員優秀だからな。仕掛けに嵌まってそのまま死を迎えるような者はいない。そんな事態に陥らせるような鍛えられかたをしていないだろう?」

 シオンの自信満々の言葉と態度に、マリアとサラが苦笑を浮かべて顔を見合わせる。2人はあまり強くない。

 それから暫く心配してくれる女将に心配ない、と何度も答え好意から渡してくれた城の大まかな見取り図を人数分、有り難く受け取った。



 早朝、澄み渡るような快晴の中一行は城の正門で城を見つめていた。入り口の造りは遥か昔、砦のような役目を持っていたので一目見ただけでも頑強な造りだと分かる。

「ここから行くべきか、ここ以外にあるという壁の朽ちた所から行くべきか」

「ここから行けば?どうせ、最初はふるいにかけられるだけだろうから」

 レイの意見も取り入れて少しの間考え込んでいたらしいアルは、結局レイの意見を採用した。

『ファラル、多分2人ずつ位に離ればなれになると思う。私以外との行動になるかもしれないけど私の“友人”なら守ってあげてね』 

 レイから伝えられた言葉にファラルは何も答えなかった。

 先頭は昨日から一行に加わったシオンの護衛の兵士だ。一番後ろがファラルとベクター。真ん中程にシオンとサラとマリア。シオンをすぐに守れる位置にアル、ヘルス、ロリエ。先頭の直ぐ後ろにセイジ、マリが並びサラの直ぐ後ろにカナタ。レイは子供の中では一番後ろ、ファラルの前を歩いていた。

「止まれ」

 ファラルの唐突な言葉に条件反射で全員の足が止まる。前方で叫び声が上がった。

「セイジ!そっちの手を掴んでやれ」

 マリの鋭い言葉が聞こえる。直ぐに他の者も手を貸す。

 状況はこうだ、ファラルが異変に気付き声をかけたが一歩遅く、仕掛けが発動して地面に穴があいた所へ先頭を歩いていた兵士の一人が穴に落ちたらしい。ギリギリで縁に手をかけ、現在は引き上げられている状態だ。

「嫌がらせ?もう少し早く言葉をかける事も出来たんでしょう?」

 皆が騒いでいるのでレイの言葉は誰にも聞かれていない。ファラルはレイの顔を見て一瞬口元に笑みを浮かべた。

「レイに頼まれたのはお前の友人だという者達だけだ。守っただろう?」

「うん、ありがとう」

 レイは素直にファラルにお礼を言った。レイ自身も、それ以外はどうでもいいと思っている。他の者は自分の身は自分で守ればいい。それにファラルは、

「ここに、私を入れたくないの?」

 レイが確信を持ってファラルに問いかけると、ファラルは「ああ」と答えた。

「でも、結局このまま行くみたいよ?」

 レイは再び隊列をとって進みだした皆に歩幅を合わせる。

 何度か仕掛けが動きその全てを誰かが魔法で防いだり、力任せに止めたりする。兵士も王族の護衛を任される程なのだから有能なのだろう。最初の仕掛け以外はもう被害を受ける事はなかった。

 城の門まで辿り着いた。レイはこの先の結果を既に分かっているが何も言わない。皆の持っている地図は城の庭までだ。ここから先は未知の世界が広がっているに等しい。

「開けます」

 兵士がそう宣言して扉を開く。

 

 世界は一瞬で闇に包まれ、何処までも深く落ちていく。







『浮け』

 下降していた体が止まり、次いでゆっくりと下へ降りる。暗闇の中なので何も見えないが、聞こえたのはレイの声

だった気がする。

 ゆっくりと降りているにもかかわらず、足が地に着いたのは早かった。それを思うと、先程のスピードのまま下降していたら、と思うと背筋の寒くなる思いがした。

『光よ 我が道を 照らせ』 

「やっぱり」

 声を聞いて確信を持った。光があたりを照らし、相手の顔が見える。自分と共にいるのは、そして、自分を助けてくれたのは、

「レイ」 

 一人ではない事にホッとし、他の者の事を考えると不安になった。特に、マリアの事を。

「無事?マリ」 

「ああ、助けてくれてありがとう」

「それは、皆と合流して城を出てから、まとめていって欲しい言葉ね」

 レイは微笑んでそう告げると、まわりを注意深く見渡し自分たちが落ちて来たらしい場所を見つめる。

 兵士が扉を開けた瞬間、レイ達が立っていた場所に穴が空き落ちたのだ。

「あそこから落ちて来たんだろうけど、もう無くなってる。地道に上にあがっていくしかないなぁ」

 憂鬱そうな、しかし何処か楽しそうな言葉に、マリは頼もしさと一抹の不安を抱えていた。

 地図もなく歩き出したレイの後をマリは辿るように歩き出した。

 普通はマリが先に行くべきなのだろうが、レイがそれを譲らなかったのだ。


「きゃぁあ!!」

 マリアは叫んでいた。急な浮遊感の後の急降下。叫ぶなという方が無理だ。

 何処かにぶつかる事はなかった。

「大丈夫。落ち着いて」

 聞こえて来た声に閉じていた目を開けると、ゆっくりと下降していく景色とマリアの手を引いているアルの姿が見えた。

「下についてからこれからの事を考えよう。上に上がっても穴はもうあいてない」

「は、はい」 

 自分の隣にいる人物は、普通ならば言葉など交わすことのない人物だ。緊張で先程の恐怖が吹き飛んだ。

「ここからは、歩くしかないな。他の者ともはぐれたか。シオンが誰とともに居るかだな。なんにせよ、早く全員と合流する事が先決だ」

 そう言って、アルは何が起こってもマリアを守る事が出来るようにまわりに十分注意をしながら共に歩き出した。


 その頃シオンは堂々と城の廊下を進んでいた。2度程仕掛けが発動したが被害は全く受けていない。その隣りをカナタがサラの事を考えながら歩いていた。

 この2人はあの仕掛けの後直ぐに何処かに落ちたのだが、そこは滑り台のようになっていたらしく滑り落ちたのだ。急勾配で普通ならば死ぬスピードで城の廊下に落ちたのだがシオンにはアルの守りの魔法が効いたらしくシオンもカナタも死ぬ事はなかった。

「で、ここは魔力制限がされているのか?」

「ああ、簡単な魔法なら楽に使えるだろうが少し強めの魔法は無理をしないと使えない。アルシアさんの守りの魔法は闇属性だろう?闇属性に対する魔力制限のやり方は闇属性を使える者にしか出来ない」

「御陰で助かったが、そんな細工をしていたのか」

 シオンの口調は暢気なものだったが、現実は全く暢気なものではなかった。

 急に天井から鋭く重い槍が降ってきたり、壁から鉄の刺さったら一瞬で死ぬだろう、という大きさのトゲのようなものが突き出てきたりした。

 カナタは最初の滑り落ちていた時点で自分の魔力が使いにくい事に気付き、これからどうするべきかをシオンとともに話し合い、まずは城の外に出る事を第一の目標にした。しかし、先程滑り落ちてきた所から20mも離れていない。

 道のりは長かった。

「運が良ければ、誰かと合流出来るだろう」

 シオンのあまりにも何時もと変わらない言葉に、カナタは少しだけ緊張を緩めた。その代わりに、一つの考えが頭をよぎる。

(サラは、大丈夫だろうか?)

 思う事しか出来ない苦しさを、カナタはもう何度も味わっていた。


「・・・・・・」

 会話が出来なかった。サラは歩いていない。隣にいる人物も歩いていない。しかし、廊下を進んではいた。

 足が、地に着いていないのだ。魔力制限のされている場所で安易にそんな真似をするのは余程魔力量に自信があり、精神力がある人物だけだ。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 相変わらず、会話がない。相手も話さないし、自分も話しかけ辛い。ただ黙々と廊下を進んでいく。

「あの、ファラルさん?何処に向かっているんですか?」

 サラと共にいるのはファラルだ。穴があき、落ちて次に目を開けた時には廊下の上で10㎝程浮いて歩くよりも少し速いスピードで進んでいた。むしろ、殆ど小走りに近い。

 そして、躊躇いがちにされた質問に対してファラルは簡潔に、

「一番近い者達の所だ」

 と答えた。

「誰なんですか?一番近いのは」

 進む動きが窓の前で止まり、体がゆっくりと窓に近付く。そのから外を見ると向かいの廊下にセイジとヘルスの姿が見えた。彼方もサラとファラルに気付いたらしく身振り手振りで何処で落合うかを決めていく。

「行くぞ」

 サラの体がまた動きだす。

 これはサラの知らない事だが、サラとファラルから一番遠い場所にいるのはレイとマリだ。それを知っているファラルは内心少々不機嫌なのだが表面に出さないので気付かれる事はなかった。


「ここ、何処だろう?」

「窓から見える景色と高さから推測すると北東の3〜4階の位置、かな」

 打ち解けあったヘルスとセイジは仲良く落ちた後に急に上へ上昇したのだ。ファラルとサラも下降した後上昇したのだが、サラはファラルが浮遊させたので自分がどんな状況に在ったのかは分かっていない。

 今の所まだ仕掛けは発動していないが警戒は怠れない。ヘルスは風属性の魔術師だ。空気のある所ならば範囲に制限はあるが周りの気配を探れる。しかし、今回は明らかに違った。

「精霊の数は外と変わらないのに、応えてくれる精霊が少ない。いや、周りを見てくれているのは僕と契約した精霊だから周りの精霊は応えてくれていない?」

 ぶつぶつと呟くヘルスに、セイジが自信なさげに、

「つまり、ここで自分たちの戦力になるのは魔力と契約と腕力と体力位、という事ですか?」

「うん。そう言う事。隊長や殿下は心配ないだろうけど、君達の中で一人で行動している者がいれば最悪の事態を考えないといけない」

 そう言ってヘルスが思い浮かべるのはロリエの事だ。ロリエならば心配ないだろうと頭では分かっているがどうしても不安が頭をよぎる。

「・・・・・・っ!!」

 いつの間にか会話が無くなり、2人は廊下を黙々と進んでいた。弾かれたようにヘルスが外を見ると慎重に歩を進め窓に近付く。セイジはヘルスの後を忠実に辿り、窓に近付く。

「サラ!ファラルさんも」

 向こうもこちらに気付いているようだ。ヘルスと短い会話を交わすと合流するのが今一番するべき事だと判断し身振り手振りで合流する事を伝えた。

「他の人達は、大丈夫かな?」

「無事である事を神に祈ろう」

 セイジの不安げな言葉に、幼い外見でも年上らしく笑ってヘルスはそう言った。


「あ、あり、がとう」

 震える声でロリエは自分の手を掴むベクターに礼を言った。

 足下は奈落。

 落ちていたら即死は免れない高さだ。

「怪我はないか?」

「平気よ」

 深呼吸をして煩いくらいに聞こえて来る心音を必死で鎮める。

 ベクターは仕掛けを見て顔を顰めた後、迂回路を行く事をロリエに提案する。そして、ロリエはそれを受け入れた。

「他の皆は大丈夫かしら?」

「分からないが、無事である事を祈り、自分たちも無事に皆に合流する為に行動するしかない」

「そう、ね・・・」

 ロリエは憂い顔で廊下の先を見た。




 レイは足早に廊下を進む。マリもその隣を歩く。

 急に腕を掴まれマリは急停止する。レイは何も言わずにマリの一歩先を片足で踏んだ。すると廊下に奈落が出来る。底には明らかに串刺し用だと思われる鋭い突起がある。レイの無表情は変わっていないがマリは一気に冷や汗をかいていた。

「そこ、見える?」

「どれの事?」

 急なレイの質問に、マリはそう答えるしかなかった。

「下の方に黒い物に混じって白い物が所々見えない?それ、全部人骨」

「えっ・・・」

「多分、仕掛けに嵌まった人は、確実に嵌まったら死ぬ仕掛けには火をかけるみたいね。城が石造りなのもその影響でしょうね。まぁ、死体から感染する病もあるから仕方のない事でしょうけど。ただ・・・」

 ただ、の後の言葉をレイが口にする事はなかった。簡単な黙祷をマリが捧げているうちにレイは仕掛けを避けて歩き出す。マリは急いでその後に続いた。

「それでも、疫病を防ぐためと言っても城に火をかけるかな?」

 ポツリとマリが呟いた言葉を聞き取ったレイは、

「さっき見たでしょう?火にかけたのよ。火事にはならないという絶対の自信があったんでしょう」

「レイには、その自信の理由が分かる?」

「・・・・・・何故でしょう?どうしてでしょう?何故、私なのでしょう?ならば、私は何をするべきなのでしょう?私は母の中に始まった瞬間からその疑問とともにあるわ。けど、疑問に答えてくれる存在はいなかった。だから、自分で結論を出したの。それは違う結論かもしれない、答えは別にあるのかもしれない。これから先その答えを知り絶望もしくは歓喜する事があるのかもしれない。けれど、今は私の出した結論に従って考え行動している。回りくどく話しているが要約すると推論はあるがそれが真実かどうかはまだ根拠が揃っていない。その内、答えが見つかるかもしれない。でも、見つからないかもしれない。答えを見つけた時、私の推論が間違って悔しいかもしれない。しかし、その逆もまた然り」

 つまり、推論を語りはしないと言うことだ。自分で考えろ、と暗に言っているのかもしれない。

 マリはそれ以上レイに何かを聞けなかった。

 最初の言葉は冗談なのか、本気なのか。

 レイの出した推論とはどんなものなのか。

 そして、レイはこれから何をするつもりでいるのか。

 消化不良の疑問を抱えながらぼんやりと歩いていると、また腕を掴まれる感触があった。

 また仕掛けに嵌まる前にレイに助けられたのか、と思ってレイを見るとレイの手は両方とも下を向いている。しかし、レイの視線はマリの方を向いている。だが、マリの顔を見ているわけではなかった。

 レイの視線の先、マリのやや後方をマリが見つめる。そして、体を固まらせた。

 そこには無邪気な笑みを浮かべた5〜6歳位の少年がいた。マリの腕を掴んでいるのはその少年だ。マリが体を固まらせたのはその少年が明らかに自分とは違ったからだ。

 少年の体は透けて見えていた。

「君、名前は?」

「覚えてないよ。もうずっと昔に忘れちゃった」

 口調は明るいが話している事は無茶苦茶だった。

「そう、君は何時からここに居るの?」

「それも忘れちゃった。ずっとここに住んでるんだ。友達もいっぱいいるよ」

「君のお友達とは会えるかな?」

「うん。あっちに皆が集まる部屋があるんだ!案内してあげる」

 固まっているマリとは対照的にレイは優しくその少年に話しかけて、その部屋まで案内してもらう事になった。

「でも、そこは危ないよ。僕はそこで死んだんだ」

「矢にあたって?」

「うんっ!!どうして分かったの?」

 大きな瞳を驚で更に大きくし、少年はレイを見つめた。

「それは秘密。そして、そこの影にいる貴女には先に皆さんをその部屋に集めていて貰いたい。そうね、こういえば皆さんすぐに集まるんじゃないかしら」

 そこで一旦切って、レイは少年ではなく先程通った廊下の曲がり角を見つめ、

「私は、貴方達の望んでいる存在よ。貴方達を黄泉の国へと送ってあげられる」

 レイはそう言ってにっこり笑うと、少年を見て、

「さぁ、私達を君のお友達に紹介して貰えるかしら?」

 と少年に案内を促した。


 

※これは作者が何となく思いついて書いたほんの少しだけ本編に関係する小話です。

__________________________________________

『その後の兵士さん』


 世界が暗転した。

 自分が、何処までも深く落ちてゆくのが分かる。

 耳に届くうるさい程の絶叫は自分のものだと気付いたのは体が何かに叩き付けられた後だった。

 一瞬、衝撃に息が止まる。しかし、ふと気付くと自分は息が出来ていない事に気付く。

 呼吸をしようとすると鼻や喉に何か液体のようなものが入り込むのが分かる。

(俺は、ここで死ぬのか?)

 体は何かに濡れ、体温がどんどん下がっていく。

(死にたく、ない)


 彼がそう思った次の瞬間


 世界に、光が生まれた


「おい!大丈夫か!?」

 誰かに声をかけられた瞬間、正気に戻った彼は自分が水の中にいた事を知る。

「おーい!城の堀から誰か流れてきたぞー!!誰かーっ!縄持ってこーいっ!!」

 上の方から滞在していた村の村人らしき男が周りに助けを求めている。漂っている川を見回すと近くに自分と同じ境遇の兵士がいた。

 急いで泳いで近付くとその兵士の方も自分に気付いたらしく安心したような顔を見せた。

 流れに逆らって泳いでいると程なくして丈夫そうなロープが川に垂らされた。

 もう一人の兵士の方を先に行かせると、また垂らされたロープを掴むと今度は自分が上にあがった。

 知らず知らずのうちに呼吸が荒くなる。

 しかし、今は安全だという心理的な余裕から頭が正常に回転を始める。

 一番最初に思い浮かぶのは守るべき主君の姿だった。

「何処かから、応援をっ!!」

 無意識のうちに呟くと、呼吸は段々と楽になり立ち上がる気力が生まれた。

「ここから近い砦から応援を頼みにいく、お前は城の門で主が戻って来るのを待て!」

 まだ荒い呼吸をしている仲間の兵士にそう言うと、自分は朝まで滞在していた宿へ向かう。そこにはここまで来るのに馬車を引いた馬がいるからだ。

(どうか、ご無事で)

 強くそう願いながら彼は疾風のごとく宿へ向かった。


「他の人達はどうしているだろう?」

 少年に案内されている途中、マリが不安そうに呟いた言葉にレイはアッサリと、

「ああ、マリアはアルと一緒に地下を彷徨ってるわ。一番近い所にいるのはベクターとロリエだけどこれから行く所は皆から遠ざかる結果になるわね。皆、多分外を目指しているから。庭に出ればまだ仕掛けが分かっている分安全だから。因に、一番遠いのがファラルとサラ。同じくらい遠いのがセイジとヘルス。中途半端な位置にいるのがカナタとシオンね」

 と口にした。

「何処にいるか、分かるの?」

「目を瞑ってでも歩けると思うけど、こんな城なら」

 ニッコリと笑うレイに、マリは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「そういえば、兵士の人達は?」

「一番運がいい人達よ。扉を開けた人は下に落ちれば城の堀に無事に行き着くから」

 そんな言葉もアッサリと口にするレイに、マリはたまらず、

「どうして、そんな事が分かるんだ?」

 と質問した。レイは一瞬意外そうな顔をした後、

「私が私たる所以、とだけ言っておくわ」

 と悪戯めいた表情で笑った。


__________________________________________

 

 書いている途中に作家太宰治の『走れメロス』が頭に浮かびました。兵士さんは走ります。

 そして、レイは何も言わず微笑み自分の考えで行動するだけです。

 

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