8:いただきます。
レイの左隣にファラル。右隣にはロリエ。ファラルの前がベクターで、レイの前がアル。ロリエの前はやっぱりヘルス。
「さて、ようやく落ち着いて食事にありつける」
しみじみと言ったアルの言葉にファラルとレイ以外の全員が頷く。
「それでは、「「「生命の恵みに 感謝を」」」」
レイとファラル以外が祈りの言葉を呟いた。
そして言わなかった二人に注目した。四人の視線を感じつつレイとファラルは、
「「いただきます。」」
と祈りでも何でもない言葉を呟いて黙々と食べ始めた。
ロリエが躊躇いがちに、それ何の祈り?と聞いて来たので、簡潔に、
「食事を始める時の挨拶。ちなみにここじゃない所の」
と、答えた。
会話は食べるのに集中しているのか長く続かず、四人も早速食べ始めた。
「あげる」
「自分で食え」
「入らない」
「無理矢理にでも食え」
そんな会話が聞こえて来たのは、四人が食べ始めてしばらくたった頃だった。
「どうかしたの?レイ」
ロリエが話しかけると、レイはパンの載った皿を持って振り返った。
「ファラルにパンあげようとしたら断られた」
簡潔に述べるレイに対して、ファラルが、
「食べている量が今の所それだけなら言いたくもなる」
「いいでしょう?スープは飲んだんだから」
「ならパンも食え」
また言い争いを始めたレイとファラルを、
「落ち着いて?レイ、何でパンをファラルさんに食べて欲しいの?」
「今なんかお腹いっぱいだから」
「スープだけでか?」
「ファラルの胃とは違う。一日であれだけの事があれば食欲は失せる」
確かに、とアルは思う。
(賊と小隊の捕り物劇、尋問、手伝い、騒動。あれだけの事があれば、食欲も無くなるか・・・)
しょうがない、とレイに加勢しようと口を開きかけたアルは、結局しゃべれなかった。
「食え」
ファラルが一言そう言うと、レイの持っていたパンを掴み、レイの口に押し入れたから。
一度口に入れた物は出せるはずない。レイはもう、そのパンを食べるしか道はなかった。
「ヒドイ」
少し睨んで一言そう呟くレイに、
「大人しく食わないお前が悪い」
とファラルが冷静に言った。ふとアルが、ファラルの皿を見るとスープもパンもおかずも、綺麗に食べていた。レイの皿も、おかずを残し、スープとパンは無くなっていた。
「ファラル殿、噛んで食べているのか?」
アルがそう言うと、ファラルは喋る代わりに頷いた。
それでも、そこから会話に発展する事無く、アルは自分の食事を続けた。
レイの残ったおかずは、ファラルがまた無理矢理食べさせていた。その光景は言い表せない二人の気迫がこもっていた。
「「ごちそうさまでした。」」
また二人の呟きが聞こえた。レイは青ざめた、ファラルは満足そう(無表情で分らないが)な表情をしていた。
先程の二人の静かな争いはファラルが圧勝していた。
「消化してくる」
「程々にな」
「今、ファラルにだけは言われたく無い言葉だ」
悔しそうに言うレイは、立ち上がり、どこかへ行こうとしていた。
「どこに行くんだ?」
アルが慌てて聞くと、
「大丈夫です。逃げはしませんから。アルシアさんは食事をお続け下さい」
アルの食事は後、三分の一残っていた。ヘルスとロリエも同じような状況だったが、ベクターは食べ終わっていた。
「取り敢えず、君には一応監視が必要なんだ。ベクター、彼女に付いて行ってくれ」
穏やかに、でも断る事は出来ないと言う口調でアルはレイとベクターに言った。
ファラルとレイは目を見合わせたが、レイは最終的にその言葉を受け入れた。
「直ぐに、戻って来ますので」
ベクターは、横に並びレイが動くのを待っている。レイは一言アルにそう言うと、いきなり走り出した。
食べた後、直ぐに走るか?しかもかなり速い。
三人の表情に、何を感じたのかファラルが口を開いた。
「大丈夫だろう。レイはあれで手加減している。食べた物をもどしはしない。男の方は分らんがな」
レイが手加減していると言う事と、最後の言葉が聞き捨てならなかった。
「ファラル殿、貴方と彼女はいったい何者なんだ?」
食事を終えた三人は全員がファラルに注目していた。
「尋問に答えた言葉を返す」
素っ気なく答えるファラルに、
「私達には義務がある。ファラル殿、貴方は危険な存在だ。強い力を持ちどこにも属していない貴方はいずれ脅威になるかもしれない。私達の義務の中にはそれを未然に防ぐ事も必要とされる」
「力についての知識も無く、前科もなく、女と二人旅をしている私に何を求めるんだ?」
ファラルの声は否応にでも惹かれるものがある。言葉の一つ一つが妙に自分の中に入って来る。そのくせファラルの感情が読めない。
「だからこそ、危険なんだ。ファラル殿の力はとても強い。だが、学んだ事が無いのならその強大な力が暴走するかもしれない。そうなれば周りに、特にレイ殿に被害が及ぶ危険がある」
「あり得ない」
ファラルは言い切った。自信満々に。
「私の力が暴走する事は、レイに何かあった場合にしか考えられない。よって、レイに被害が及んだ後にしか暴走はしないと言う事だ。私の考えは偏っていてな、この世界でレイ以外はもう、どうでも良いんだ。回りくどく言うな、さっさと用件を言え」
淡々と言うファラルに、三人はある種の恐怖感を感じた。
アルは内心を悟らせないように注意しながら、続けた。
「ファラル殿、提案なのだが・・・レイ殿と一緒に帝国に来た暁には私の隊に入隊してくれまいか?レイ殿は帝国の学校へ入学できれば、させようと思っている。衣食住は保証するし、賊の嫌疑も直ぐに晴らせる。望むのならレイ殿と一緒に暮らせるよう手配する。君の力は隊に欲しい人材だ、どうだろうか?」
真剣にファラルを誘う言葉に答えたのは、
「良いんじゃないのファラル。嫌になったらやめれば良いし」
その声が聞こえた方を見れば、そこにいたのはレイだった。その隣に、食事をした後のレイの顔のように、青ざめたそれでも我慢しているベクターが居た。
「いいぞ」
ふとファラルがそう言った。
「良かったですねアルシアさん。ファラルも良いと言っていますよ」
満面の笑みでアルに笑いかけるレイに、状況を悟った。
「良いのか?ファラル殿」
「断った方が良かったのか?」
淡々と返すファラルにアルは否定して、
「正直、断られるかと思っていた」
「断ろうと思っていた。レイが返事をしなければな」
レイの一言でこれからを決めるのか?と絶句したアルに、
「隊長、悟りました。レイ殿はただ者では、ありません」
ベクターの耳打ちに、どういう事だ?とアルが返すと、
「ファラル殿の言葉を変えさせる、体力が並の兵士以上という事までは、まだ分ります。ですが、レイ殿と一緒に居たあれだけの時間で彼女が、精神的にかなり大人だと言う事まで分りました。隊長程に・・・」
それは薄々感じていた事だった。アルはその言葉を考えながらファラルと話しているレイを見た。恐らく帝国での事を話しているのだろう。
「そこまでならば、何故お前に本性を見せたんだ?普通隠すだろう?」
「伝え忘れていました。彼女はかなりの気紛れです」
「それなのに、私と同じ考えを持っているのか?」
「同じ考え、と言うより、同じような思考です」
二人が会話をしていると、
ガチャン
と言う音がした。何かが割れる音だ。
見ると、皿が割れていた。見事なまでに粉々に。
「ごめんなさい。私が割りました」
レイが申し訳なさそうに言うと、割れた皿を集め始めた。
「レイ、危ないよ!」
ロリエの注意に気を取られたのか、レイは拾っていた破片を思いっ切り握ってしまったらしい。人差し指はかなり深く破片が刺さったらしく、血がかなり流れた。
「あ、やっちゃた」
平然とそう言ったレイは破片を抜いた。アル達が近寄ってみるとその傷はアルが思っていたよりも深く、破片を抜いたせいでえぐられていた。
手当っ!、とアルが言おうと思うより先にファラルはレイの指をなめていた。
「皿は直す」
レイの指から血をなめとったファラルは、割れた皿の上に手をかざした。
すると、破片は浮き上がりくっつき始めた。すぐに皿は元通りになった。
「レイ!手当っ」
ロリエがレイにそう言ったが、
「要らない」
「でも、そこから変な病気に・・・」
「問題ない」
そして差し出した指には、痛々しいえぐられた傷は無かった。
「ファラルが治癒を施したの。跡も残ってないでしょ?」
笑いながら何でもないと言うようなレイの言葉に四人は愕然とした。
(呪文も印も紋も、行ってないのに治癒魔法が使える?)
治癒魔法は簡単なものなら魔術を使えるものであれば誰にでも使える。これが小さな村などに居る魔術師がよく薬を作って治療を行っている要因だろう。
だが、それは呪文・印・紋を使った場合だ。それら全て無しでなし得るのなら、かなりの実力の持ち主だ。
「女。レイと共に行動するんだったな、そろそろテントに連れて行け」
レイの指に注目していた四人はファラルのその言葉を聞いて振り向いた。そこには既にファラルの姿はなかった。
「じゃあ、お皿返してテントに戻るね?」
呆気にとられている三人に躊躇いがちにロリエが言うと、
「あぁ、「「「安らぎに 心静まるように」」」」
「安らぎに 心静まるように」
「おやすみ。」
四人の言葉とレイの言葉はまたも違った。
「レイその・・・」
「この言葉は就寝の時や、夜、人と別れるとにに言うあいさつの言葉」
「そう・・・。えっと、テント行こうか」
聞きたかった事を先に言われたので言う事の無くなったロリエは、それしか言う事が出来なかった。
皆が疲れる一日だった。
(明日は、ここを出発だ。ファラル殿の事は、レイの言う通り心配要らない気はするが・・・。兵士の処遇と、施設の再建築費、怪我人の治療費に、施設への慰謝料も考えないと、派手にやったからな。それに・・・・・・・・・・)
考える事が一杯のアルだった。
夜はだんだんと深まり、夜空には月と星が輝いていた。
ロリエの後をゆっくりと付いて行くレイはその輝きを見ながら、
『おやすみなさい、ファラル』
と、心の中で思った。
『・・・おやすみ』
ファラルは小さく返して来た。
「置いて行っちゃうよ?」
ロリエの声が聞こえる。遅いレイに気がつき前方で待っている。
(どうしたら、止まっている人に置いて行かれるんだろう?)
捻くれた事を考えつつ、レイは素直に、
「ごめんなさい」
と、微笑みながら返した。
その方法が、絶対に許されるものになると分っていて。案の定、
「私の方こそ。ちょっと速く歩いてたかな?ごめんね」
ロリエはそう言って、レイが近くに走りよると、先程よりもゆっくりと歩き出した。
ベクターの出番や、ヘルスの言葉が無かったですね。
ファラルとレイがじゃれていますが、どんな思惑があるのでしょう?
私にも分りません。
そろそろ、見て下さる方が1000人を超えそうです。嬉しいです。