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血の契約  作者: 吉村巡
89/148

88:連休の計画は?

「うん、完璧」

 鏡に映る自分の瞳を見て、嬉しそうに呟く。2つある瞳は同じ薄緑色をしていた。そして、包帯を外した左手は何の変哲もない少女の手だった。

 髪はまだ纏めておらずレイが少しでも動くたびにサラサラと揺れ、窓から入って来る光にその薄茶色の髪がキラキラと反射している。

「神の息子が会いに来たらしいな」

 髪の毛を優しく掬い上げられるのが分かり、背後から不機嫌そうな声が聞こえる。

「うん。もうバレたの?」

「急に気配が消えれば分かる。もう一度締め上げようかと思っている所だ」

「わぁ、怖い」

 ファラルの言葉は淡々とした口調なので本気なのか冗談なのかよく分からず、言いようのない緊張感がある。対してレイはおかしそうに笑みを浮かべて少し間延びした暢気な声で返すので緊張感がない。


 ゾクッ と急に来た言いようのない“ナニ”か、によって最悪の寝覚めを迎えたレオモンドは自分が冷や汗をかいているのに気付いた。

 ふと我に返り身に覚えのある圧迫感にまたもや背筋がゾクリとし、鳥肌が立つのがわかる。

 コンコン、と扉をノックされ許可を出す前に入って来た人物は父親である神イシュタルだった。

「怒らせちゃったね」

 笑いながら紡がれた言葉に、レオモンドは事態を一瞬にして悟った。

 

 ふと鏡越しに見たファラルの表情に黒い笑みが浮かんでいるのに気付いたレイは一瞬、ほんの一瞬だけレオモンドを哀れに思った。

(ファラルの逆鱗に触れるから)

 自業自得だ、とすぐに思い直しレオモンドに対する感情を哀れから愚か、に変えとファラルの結んだ髪を少しの間玩ぶとファラルと共に朝食をとるために食堂へ下りた。

 


 放課後、部室に行くと、

「レイ!もう良くなったの?」

 嬉しそうな声をあげたのはマリアだった。

「うん。もう平気。体も元通りだしね」

 そう言って少々力を込めて左手を机に当てるが痣が出来る事はなかった。

「良かった」

 サラが本当に安心したような声を漏らす。

 そこから暫く他愛もない会話がなされるが思い出したようにシオンが声をあげた。

「今月、学園の創立記念日で3連休があるだろう?その時、個人的な視察もかねて帝国の端にある城に行くんだが一緒に行かないか?」

 意外な提案に、レイ以外が呆けた表情を浮かべた。

「公務か何かなんでしょう?ついていっていいの?」

 マリアがそう尋ねると、シオンはキッパリと、

「俺のやる事に誰にも文句は言わせない」

 と断言した。その様子はまさに我がまま王子。

 そして、今度は躊躇いがちに、

「それに、正式な公務ではないんだ。その領地を治める領主の家系が途絶えてな。手っ取り早く成果を立てたその土地の人間に爵位付きで渡そうと思っていたんだが断られたんだ。何でも、代々の当主が城に様々な仕掛けを作っているらしくて城に入れば一時間後には命からがらで逃げ帰るらしい」

 長い、長い沈黙があった。その中で笑っているのはシオンだけだ。レイは微笑とも静かな怒りともとれる曖昧な表情を浮かべている。

「そんな城に普通、王子がいきますか?」

「どうせ、第2子だから!王位継承権は兄上にあるから!平気、平気〜」

 貴族の端くれであるセイジがやんわりと諫言を口にするが、シオンには止める気が全くないらしい。

「アル達も巻き込むの?」

「付いて来るなと言って付いて来る」

 レイの疑問には少々憂鬱そうに言っているがそれを考慮して一般人を誘っているのだろうというのはわかる。

「アル達が付いていくなら自動的にファラルも付いていくだろうし、ファラルと一緒に居られるなら行きたい」

 己の欲望に忠実に、レイはシオンに同行する事を決めた。

「よし。全員参加だな」

「いや、まだレイ以外返事してないよ」

 シオンの勝手な決断にマリが冷静なツッコミを入れる。

「用事がないならいいだろう?」

 シオンの様子はまさしく横暴王子だ。

「お城には仕掛けがあるって言ってたけど、それってもしかしてツェリ・カーソン作の『閉ざされた花園』の舞台になったカラクリ城ですか?」

 躊躇いがちに質問したサラに、一瞬思考を巡らした後、「ああ、確かそんな逸話もあるな」とシオンが答えた。

「だったら、一度行ってみたいです」

 これでサラの参加が決定した。そして、自動的にカナタも付いて来る事になる。

「カラクリ城?それは、ちょっと興味あるわ」

 マリアが興味を示した。マリは内心溜息を吐いていた。このテの興味をマリアが持てば結局行く事になるのだ。そして、自分も行く事になる。

 それは自発的な行動であり、例えその気がなくても両親が無理矢理同行させるだろう。

「僕の行く、行かないはマリアの決定次第」

 マリはさっさと自分の結論を口にした。寧ろ、マリアの決定によって自分の連休の過ごし方が変わってしまう。

 マリアを溺愛する両親はマリが至らないせいでマリアに何かあれば一応マリアに心配をかけないように“傷は見えない所に”をモットーにマリを嬲るので始末が悪い。そして、それを施行されれば動くたびに体のあちこちに激痛が走るので家で大人しく親にいびられるしかないあまり過ごしたくない休日を過ごす事になる。

 そんなマリとマリアの両親は父、腕のいい医師(軍医としても活躍)。母、剣舞の師範代(剣の腕は並の兵士じゃ敵わない)。という人体の急所を知り尽くした人達の上、力もあるので最後の最後で何時も辛酸をなめる羽目になる。

 蘇って来た過去を振り返ってみると、自分が武闘クラブで“鬼”と呼ばれているのを知っているマリは、

(家庭環境に問題があるからか?)

 という考えに行き着くと暗鬱な気分になった。

「皆が行くなら行く、連休明けの話題に一人取り残されるのは嫌だしね」

 セイジが最後にそう言って、結局シオンの言葉通り全員が行く事になった。

「決まりだな。まぁ、俗にいうお忍びだから騒がれる事もない。堅苦しい事もないだろうから気楽にな」

 自分の思惑が現実になり、嬉しそうな笑みを浮かべているシオンの顔を見て全員が休暇の旅行(探険?)に思いを馳せた。

「よし、そうと決まれば今日は【蓮華館】に行くぞ」

 口にはしていないが全員で、と言う意味だろう。口や表情に表してはいないがレイは内心、

(頭を抱えるアルの姿が目に浮かぶ)

 と思っていた。

 

 放課後、全員で【蓮華館】へ向かう。シオンには護衛がいる筈だがレイが周辺の気配を探る限りそんな気配は何処にもない事からシオンが護衛を撒いた事が窺える。今頃はアルに連絡が行きシオンを迎えに来る頃だろう。

 レイがそんな予想をしていると前方からレイの予想していた通りの人物がやって来る。

「これは、我が敬愛なる従兄弟殿。これからそっちに向かおうとしていた所だよ」

 笑って誤摩化しているがアルの表情に変化はない。寧ろ静かな怒りも感じる。

(館に着いた時に同じ状況に陥るのに何を今更)

「殿下、護衛を撒くのは御止め下さいとあれ程申し上げたのを覚えていますか?いくら治安がいいからと言っても邪な考えを抱くものは大勢います。それを念頭に置いて行動されて下さい」

「その言葉はもう聞き飽きた」

 耳を塞いで歩き出すシオンを見てアルは溜息を一つ吐くと、その後に付き従う。

 レイは固まっている友人達に声を掛け、歩き出した。


「本気ですか?殿下」

 取りあえず【蓮華館】に到着した一行は食堂の一画を陣取り飲み物を口に運びながら今までの経緯を語るシオンと時折口を挟むアルを見ていた。

「私は何時でも本気だ。従兄弟殿」

「陛下には?」

「表の口実で納得してくれた。難色は示していたがな。立場が変わった私に対して負い目もあるだろうしな」

 全てを逆手に取って行動するシオンは自分の状況を把握し、利用するのが得意だ。

「既に陛下の御命令か・・・」

 一瞬だけ遠い目をしたアルにシオンは内心ガッツポーズをとっていた。

「友人も連れて行くぞ」

「万が一、殿下の身に何かが起こった時私達が優先するのは殿下の命です。殿下にも、君達にもその覚悟はありますか?」

 アルの冷たい声に怯む事なく、レイはのんびりと、

「自分の身くらいは自分で守れます。それに、嫌な所には近付かないし」

 と答える。

「私も、自分の身くらいは自分で守れるように鍛錬を重ねている。何かあれば私の友人を優先するよう他の者には言っておけ」

 シオンの言葉に、アルは何度目かの深い諦めの溜息を吐いた。


「遅くなったな。外も暗くなって来ているし殿下を送った後で良ければ送ろう」

 アルの言葉に、全員が丁寧に断りを入れる。

「大丈夫です。そこまでお手数はかけられません」

 全員がそう言って帰っていくが、アルはやはり少々心配なのかまわりの精霊に秘密裏に尾行を頼んでいた。既に冬が近付き陽は短くなっている。その心配は最もだが、レイには思う所があった。

 アルがシオンを城に送り帰して戻って来た時、その疑問をぶつけてみた。

「アルは皆と一歳しか年が違わないのにどうしてそこまで皆を子供扱いしてるの?」

 唐突に投げかけられた質問にアルは直ぐに答える事が出来なかった。

「そんな扱いをしていたか?」

 漸く返って来た言葉にレイはコクリ、と頷いた。

「アルは早熟なんだね。頭も実力も飛び抜けていた上に、必死で大人になろうとしたからだね」 

 レイの感想のような言葉に、アルは苦笑を浮かべ、

「そうだな。多分、そうだったんだろうな」

 と呟いた。

「それよりも、どうしてレイは殿下の誘いに乗ったんだ?」

 ふと思い出したように聞かれた事に、レイは当たり前のように、

「アルが殿下の護衛をするなら自動的に小隊で護衛ってことになるだろうと予想したから。私はファラルと一緒にいたいし」

 と返すと、アルはいっそ天晴れという表情で、

「そうか」

 と呟いた。


 レイはこの時、ファラルを意識するあまり自分がこれから行く城に対しての興味が全くなかった。

 その故に、レイはその城に近付いた瞬間、自分の不甲斐なさに自己嫌悪に陥っていた。

 

 アルは早熟です。そして、レイはアル以上に早熟です。

 レイに関してはもう早熟という言葉で片付けるよりも、成長が異常に早く頭も飛び抜けて良かった、という方が正しいのです。

 

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