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血の契約  作者: 吉村巡
88/148

87:隠された瞳と怪我した手

 レイが自室から出て来たのは〔トリグル〕の者達に会いにいって別れを告げた3日目の早朝だった。

 食事を運んでいたのはファラルだったので、アルもあの夜以来レイの顔は見ていない。

 そして、あの夜の事は今でも夢を見ていたのではないかと思う。なぜなら、自分の部屋に戻った覚えもないのに自室に戻っていたからだ。

 最後のレイの顔は記憶に靄がかかったかのように思い出す事が出来ない。

「レイ!?目、どうしたの?」

 ロリエが悲鳴のような声をあげた。よくよく見ると左手には手首から指の先まで真っ白な包帯が巻かれている。そして、ロリエが思わず叫んで指摘した目は白い眼帯をつけている。

「この目はものもらいです。左手は朝起きた時勢いよくぶつけてしまったらしくて」

 にっこりと笑いながら言うが、嘘くさい。そして、レイの言う理由はレイに似合わなかった。

「数日で治ります」

 アル達の疑念には気付いているのだろうが、レイは平然とそう言うと傍らに立っていたファラルからお弁当を手渡してもらうと「行ってきます」と普段と同じように学校へ向かった。


「あの目、何だ?」

「休んでた理由って、あれかしら」

「左手もよ」

「あの子、普段何やってんだ?」

 レイが自分のクラスに入った途端クラスメイト達が一斉にレイの顔を見て囁きあう。むしろ、学校に登校する最中にも生徒達の関心の対象になっていた。しかし、レイは聞こえて来る雑音に耳を傾ける事なく自分の席に教科書などの荷物を置くと直ぐに教室から出て行った。

「少し聞きたい事がある、いいか?」

 レイが去った後のクラスにカナタとサラがやって来た。そして、カナタがレイのクラスメイトに尋ねたのは、

「レイはここに来ていたか?」

「あ、ああ。さっき来てたけど、何処かに行った。行き先は知らない」

「そうか、手間をかけさせて悪かった」

 そして、サラとカナタは部室へ向かう。しかし、そろそろ各クラスで朝会が始まる。部室へ行ったとしても往復でギリギリ朝会に間に合う、という程の時間しか残っていない。部室へ行ったとしても本を読む時間はない。

「レイの噂、本当なのかな?顔と手に大怪我してるって」

 不安そうなサラの頭を優しく撫でて、

「噂には、尾ひれがついてるものだよ。誇張表現がされているだけかもしれない」

 と慰めた。その言葉にサラは小さく頷いた。

「何処いくの?もうすぐ朝会なんじゃない?」

 聞き覚えのある声にサラもカナタも驚いて振り返るとさっき通り過ぎた廊下にレイが無表情で立っていた。

「レイっ!その顔っ」

「ああ、眼帯?ただのものもらい」

「も、ものもらい?」

 レイはにこやかに笑って頷く。

「その手は?」 

 冷静にレイを観察し、左手の包帯に気付いたカナタがレイに質問する。

「朝、起きた時に強くぶつけちゃって」

 包帯を巻いた手を持ち上げ軽く振る。表情は痛がる様子も、恥ずかしがる様子もなく真顔で言った。

「なんで、ここ数日休んでたの?お見舞いにいっても会えなかったし・・・」

「ああ、ファラルが言ってた。会えなくてごめんね。お見舞いありがとね」

 丁度その時、鐘が鳴った。レイが窓の外の時計塔を見る。その横顔にはどこか浮世離れした雰囲気だったが、口に出す言葉は世俗に縛られた人間のものだった。

「時間ね。これ以上話していると朝会に間に合わないから放課後、さっきの質問に答えるね」

 微笑を浮かべてそれだけ伝えるとレイは自分のクラスへと戻っていった。

 レイの“放課後”と言う言葉は真実だった。昼休み、もう一度レイに会いにいったカナタとサラは朝会が終わり1時間目が始まる前に教室からでて行き昼休みになっても戻って来ていない、と聞いたからだ。

 部室に行ってみたがレイの姿はなく、逆に部室で昼食をとっていたマリ、マリア、シオンからレイの事で質問攻めにあった。

 


 レイは学校の敷地内にある森の奥の大きな木の太く、丈夫な枝に座り、包帯を巻いた左手で眼帯をしているほうの目を覆い、ただボーッとしていた。

 時折レイの肩などに止まる鳥が居たが、レイは何の反応も返さない。鳥の方もレイの事を枝かなにかのようにしか感じていないだろう。それ程までに、静かな雰囲気しかレイは纏っていなかった。

 風が吹き、紅葉した葉が舞い上がる。レイの髪も風に舞うが、それを押さえようとする動きをしない。レイが意識を向けたのは風が通り過ぎヒラヒラと舞い落ちる落ち葉だった。その中の一葉がレイの右手に落ちて来る。

 右手に落ちようとしたその瞬間、先程よりも強い風がその葉を巻き上げる。葉を手にとろうとしたレイの右手には何もない。不意に、それがとても可笑しく思えてレイはクスクスと笑みを漏らした。

 落ちてこようとした葉を手にしたかったのなら、待つのではなく手を動かせばよかったのだ。そうすれば風が吹く前にあの葉はレイの手の中にあった。

(行動すればよかった。あの時も、あの時も、そうすればあの時欲しかったモノを手に出来たかもしれない)

 そう考えた瞬間、レイは左手を膝の上に置き、右手をその上に勢いよく何度も振り下ろした。淡々と、無表情に行っているが、左手からは絶え間なく骨の折れる音が聞こえる。

(また、乗っ取られた)

 神水の後遺症はレイが想像していたよりも少しだけ長引いているようだ。意思の強い記憶に一瞬だが思考を乗っ取られてしまった。これでは、何の為に左手を犠牲にしているのか分からない。左手の治癒に集中してその他の事を一切考えないようにしていたのに結局乗っ取られてしまった。

「弱いなぁ」

 自虐的な呟きは、その時吹いた風によって起こった木々のざわめきに掻き消されレイの耳にしか届いていなかった。

 太陽の位置を見る限りでは丁度昼頃、学校は昼休みの時間だろう。レイは朝会に出ただけでその後は一切学校内に戻っていなかった。

 カナタとサラがレイを探したのは徒労だったと言えるだろう。

 レイはカナタとサラが自分を捜している事に気付いていた。しかし、今会う気はさらさらなかった。



「お久しぶり」

 にこやかな笑みを浮かべて入って来たレイを見て、全員が心配そうな表情をレイに向ける。特に顔と左手に向けられる視線をレイは苦笑して受け止めた。

「2人から説明は聞いてるんでしょう?そんな大袈裟な事でもないから」

 そう言って、自分用の飲み物を作り自分の指定位置の椅子に座った。

 因に、この部屋には10人分の椅子しかない。つまり、このクラブの定員は10人までだ。

「ここ数日休んでたのは体力回復のため。特異体質で私は一定量以上魔法なんかを使うと体の様々な機能と体力が著しく低下するの。許容量なんて揺れや波があるから出来る事は一概に言えないけどね。まあ、簡単に言うと体力が無くなるわけではなくて体のあらゆる機能が低下するのに伴って基礎体力が減るって感じ」

 飲み物を飲みながら真実をそのまま述べる。多少は脚色している所もあるが殆ど真実だ。

「この目も、左手も、抵抗力と骨が脆くなった結果。そうだね・・・・・・サラ軽くでいいから左手の腕、グーで小突いてくれない?」

「えっ!?」

 急に指名されたサラは戸惑うような素振りを見せたが、レイが袖を捲ってサラの目の前に出すと、恐る恐るという様子で本当に軽くレイの腕を小突く。

「うん、さっきの強さでカナタの腕小突いてみて」

 カナタは素直にレイの言葉に従ってサラに腕を小突いてもらった。

 レイはカナタの隣に腕を並べて違いが分かるようにした。

 変化は、すぐに現れた。

 レイの腕は内出血によってみるみるうちに痣が出来始めたのだ。

『治れ』

 レイが一言そう呟くと、痣は薄れていった。

「何となく分かってくれたと思う。軽い衝撃でもこれだから。体を完全に元に戻すのには後1〜2日かかるんだけど、これでもマシになった方なんだよ?」

 微笑みを浮かべながら言う言葉は微笑みを浮かべながら言う言葉ではなかった。

「もしも学校で一定量以上の魔力を使ったら、と思って魔術科には入りたくなかったんだけどねぇ」

 憂鬱そうな声と顔をしているのに、レイの纏う雰囲気にはまだ余裕があるような気がした。どこか、この状況を楽しんでいるような気がふとしたのだ。

 不意に、レイが無表情になった。

「ごめん、帰る」

 鞄を持って、早々にレイが部屋を出て行こうとする。

「どうかしたの?」

 マリアの心配そうな声にレイは笑って「自分のひ弱さに呆れてるだけ」と答えてそのまま部室を後にした。



 館までの道のりがとても長く感じた。

 体が侵食されるような感覚に必死に抵抗していると酷い頭痛がレイを襲う。

(「少しの間で良い、この体貸して?」)

(「お母さんは何処?」)

(「殺さないで!!」)

(「死ねばいいのに」)

(「この体が、厭わしい」)

 レイの中にある記憶の中でも特に意思の強い記憶達が叫びだす。その記憶には、自我があるのだ。内心溜息を吐きながら動かすのも億劫な体を機械的に動かしていた。

 一瞬で、目の前が真っ白になる。ふわふわとする足下にここが何処なのか朧げに理解した。しかし、それ以上の考えを拒むような酷い頭痛に、取りあえずレイは八つ当たり気味に足を思いっきり前に蹴り上げた。

「あ、っぶねぇ〜」

「学校帰りにいきなり女生徒を異空間に誘拐するあなたの方が危ないわ」

 レイの蹴りは片手で受け止められていた。

「それに、甘い」

 そのまま掴まれていない方の足で相手の顔に軽い蹴りを食らわせるとすぐに体勢を立て直した。

「手加減してくれてるのは分かるけど、痛いよ、レイ」

「神の息子なら痛みなんてすぐに消えるでしょう?」

「相変わらず、容赦ないね。今日は何時もより更に、だから気が立ってるのかな」

 苦笑を浮かべながら溜息を吐き、レイの体に手を回す。回した手はレイの頭の後ろにある紐をそっと引っ張った。

 レイは抵抗する事なく、ただ黙ってレオモンドを見つめていた。

「ごめん。巻き込んだ」

「・・・・・・謝られても、何時もの事でしょう?」

 意味が分からず戸惑うような言葉がレイの口から紡がれる、薄緑の瞳と、闇のように闇以上に黒い瞳がレオモンドを見つめる。レイの言葉と真っ直ぐに見つめて来る視線を受け止めて、

「そう、だな」

 と自虐的に呟いた。

「で、どうしていきなりここに連れて来たの?」

「ああ、神水の事で」

 その答えは予想済みだったらしくレイは続けて、と言うような表情をする。

「出来れば、神水の元を世界から断ち切ってくれ。半年以内で頼む」

「了解。アル達の仕事にそれを回してくれればすんなり出来るからその辺りの事はよろしく。話が以上なら、もう帰っていい?どうせ、私の体、レオモンドにはどうにも出来ないんだから」

「・・・館に直接返そう」

「お気遣いどうも。あと、最近よく顔見せるけど神の息子ならもう少し自重したほうがいいわよ」

 レイの言葉はレオモンドの心に深く突き刺さる。

 自分の気持ちを分かっているのか、いないのか。例えどちらだとしてもレイの態度は変わらないのだろうが、その言動一つ一つに右往左往し、心を乱される方の気持ちにもなって欲しい。

(いや、理解は出来るのか。ただ、レイはそれが何?という態度をとる事だけは予想出来るのが悲しいな)

 あらぬ方向を向いて密かに自虐的な笑みを浮かべるが、虚しくなってすぐにやめた。

「瞳の色を誤摩化す事位は出来る」

「手出し無用よ。眼帯返して」

 レオモンドは素直に眼帯を手渡す。手早く眼帯を着け終えるとレイはレオモンドに合図をして館まで送り帰して貰った。



(疲れた)

 レイが館に戻って思った事はそれだけだった。

(「体があるっていいな〜」)

 頭に直接響く声は、レイの神経を逆撫でする。しかし、レイはその言葉を無視した。

 階段を上っている途中、ヘルスとベクターに会った。

「お帰り!レイ」

「お帰り。早かったな」

「ただいま。久々の学校でちょっと疲れちゃて」

 2人に当たり障りのない返事を返す。

「そう言えば、左手と目、大丈夫?」

「はい。明日か明後日には良くなっていると思います」

「そうか、ならば良かった」

 短い会話を終えて自室に戻ったレイは鞄を地面に落とすとフラフラとベッドに近寄ると、そのまま突っ伏した。

「黙れ。うるさい」

 苛立を含んだ声を呟いているが、部屋は静かでレイ以外誰もいない。

 暫くシーツを力強く握りしめていたが落ち着いたのかシーツを手放し体を起こす。その場に座ると、慣れた手つきで左手の包帯を解いていった。

「朝よりは、マシかな」

 レイが見つめる先には所々下が薄く透けて見える左手だった。窓から入って来る陽の光に手をかざすと、骨の影が見えて骨が折れているのが何となく分かる。

「明日には元に戻りそう」

 嬉しそうに呟いて、もう一度包帯を器用に巻き直し、立ち上がって鞄を拾うと休み中に溜まった宿題を終わらせる為に机に向かった。



 

 レオモンドのレイに対する感情、読んで下さっている皆様にはお分かりになりましたか?

 ちなみに、レイはちゃんと気付いています。

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