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血の契約  作者: 吉村巡
86/148

85:操られた運命

 学園の正門の前にはレイ、アル、ロリエ、マリ、マリア、サラ、カナタ、セイジ、シオン、そして〔トリグル〕の子供達が7人の計16人の大所帯が集まっていた。

「初めまして」

 自己紹介や挨拶を一人一人するのにも時間がかかる。

「じゃあ、いこっか」

 何人かが子供達の手を握り、町に向かって歩いていく。

 誰かに見られている気がしてふと上を向く。しかし見上げた先にあるのは曇り空だけだ。不審に思いながら顔を少し顰めて歩いていると、

「どうかしたの?レイ」

 子供達が心配そうに聞いて来た事で我に返る。笑顔を作って「何でもないよ」と答える。それでも悪い予感は消えなかった。


「勘良過ぎだろ、アイツ」

 焦る出来事が済んだあとの疲れた表情で床に座り込んでいるのはレオモンドだった。

 大きな水瓶に入った水に素手で波紋を作ったので片手が濡れている。乾いたタオルで水分を拭き取ると、もう一度水瓶の中を覗き込む。波紋が無くなると、水面に映ったのは上空から見えるレイの様子だった。

 先程、波紋を作る前にも見ていたのだがレイが空を見上げた瞬間レイの方からは見えないにもかかわらず波紋をたててしまった。

「見えてないだろうけど、分かってるんだろうな〜」

 父であるイシュタルが運命を弄ったのでここから先起こる事は分かっている。しかし、その時のレイの行動は分からない。レイの運命だけは干渉する事が出来ないからだ。

 漆黒の者や双黒、ファラルなど特別な立場や運命を持つ者は運命に干渉しづらい上に、干渉出来たとしても完全ではない場合がある。だが、それでも干渉出来るのだ。しかし、レイの場合は全く違う。運命には全く干渉出来ない。レイの存在は神の管轄外にある。

(何故、レイが生まれてしまったのか?レイニングが居なければその存在を気付く事もなかった)

 逆に言えば、レイニングが居たからこそ、レイが生まれた時からその存在をほぼ見ている事も出来た。ほぼ、と言うのは何度か空白期間があったからだ。

「まるでストーカーだな」

「黙って下さい、父上」

 部屋に入ってきたイシュタルの暴言に額に青筋を立てながらそれでも冷静に言葉を返したレオモンドは水面から目を離さない。

「お前の報告の御陰で昨日から一度も口をきいてもらってない」

「いい気味ですね」

 心の底からその言葉を口にした。

 神々と崇められる彼らの日常には時折(最近は頻繁)こんな遣り取りがある。


「どうしたの?」

 ロリエが時折きょろきょろと在らぬ方向を見るレイに問いかけて来る。

「うん、分かっては居るんだけど気分が悪いし、申し訳ないなって」

「どういう意味?」

「最善を尽くすって事」

 悠然と微笑んだレイは詳しい説明をする事なく、よく分からない言葉を残して子供達の所へ向かう。その様子はまさに面倒見の良い、優しいお姉さんだ。

 しかし、先程のレイの言葉がロリエの頭から離れなかった。レイは時々よくわからない事を言う。恐らくわざとなのだろうとは思うが、得体の知れない迫力がそれ以上立ち入る事を許さないとでも言うように、質問しようとしても声が出てこないことがある。

 考えに耽りそうになる自分に気付きレイの言葉を頭から振り払うと動き回る子供達がはぐれてしまわないように目を光らせる。

「これ、私に似合うかな?」

 子供と言えど、女の子は女の子のようだ。髪飾りを指差しながらレイに意見を求めて来る。

「そうだね、オミクには青よりも黄色の方が髪には映えるかな」

 少し考えたあと、そう発言すると、少し奥の方にあった黄色の可愛い髪飾りを手に取り試しにオミクの髪につけてみる。想像通りよく似合っていた。

「なんなら、買ってあげるよ」

 選んだのは自分だから、と思って聞くと、オミクは首を振って「いい。自分で買うの」と言って幾らか持たされていたらしいお金の中からレイの選んだ髪飾りの代金を払った。

「お金を持たされるようになったって事は、大人に近付いている証拠だね」

 オミクに手渡された髪飾りを髪につけてあげながらそう呟くと、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 他の子供達に駆け寄っていくオミクの後ろ姿を見たあと、子供二人の姿が目に入る。人形を売っているお店の商品を見ているアルファとデルタの姿だった。

 アルファは心臓が弱いので他の子供達が外で遊んでいる時もテントの中に居る事が多い。デルタはアルファに付いてテントの中で過ごす事があるが、何時もそうとは限らない。そのため、人形や本などは一人で過ごすアルファの時間を潤す大切な物だ。

 小さな恋の邪魔をするつもりはない。しかし、それ故に起こる事を予測している。

 一瞬の逡巡の後、レイは邪魔をしない事を選んだ。

 向けていた視線を他へ向けると、迫り来る気配にレイが動く事はなかった。

(アルファの心臓、保てばいいな)

 そう考えた瞬間、レイの後方からいくつもの悲鳴が上がった。


 いつの間にか、アルファとデルタは喉元に剣の切っ先を突き付けられていた。頭が混乱していて良く覚えていないが急に手を引っ張られる感覚があったあと、人々が遠巻きに自分たちを見ているのが分かった。

「なっ・・」

 冷や汗が吹き出すのが分かる。アルファは表情を変えてはいないが顔が青ざめている。

「子供は人質だ!!こっちの用件は分かってるな!?」

「代理人として、私が答えます。情報でしょう?」

 冷静な声で返したのはレイだ。表情を変える事なく、淡々と答えている。

「分かってるなら、するべき事も理解しているはずだ。早くしなければ子供の命はない」

 吐き捨てるように言った言葉のあと、自分の身体が光に包まれるような感覚を覚えた。次に目に入ったのは何処かの屋敷の一室のようだった。

 手と足を縄で縛られ、アルファとともに部屋の隅に鎖でつながれる。そこで漸く、自分たちの状況がしっかりと認識出来た。

(人質として攫われた!でも、僕らを攫った奴ら賊には見えない)

 賊にしては身なりがきちんとしている上に若い者が多すぎるし、部屋は上等で手入れも行き届いている。賊になる身分ではない。

 冷静に考え、推測出来たのはそこまでだった。そこからは頭が回らない。

 アルファが息を呑む音が聞こえた。ハッとしてアルファを見ると、苦悶の表情を浮かべていた。発作が起きたのだ。 それでも声を出さないように歯を食いしばっている。暫くするとゆっくりと息を呑む声が聞こえてきて、発作が治まった事を教えてくれる。

「大丈夫?」

「うん、軽かったから」

 囁きあうように言葉を交わす。アルファの顔は大丈夫だと言いつつも青白かった。このままではまた発作が起こる可能性があるうえに、縛られていては対処もできない。

(もしも酷い発作が起こったら?)

 その時の事を考えて、デルタは背筋が寒くなった。

(僕の力では、ここを二人で脱出するのは不可能だ。・・・誰か、早く助けにきてっ!)

 自分がただの無力な子供だと言う事は自覚している。アルファが発作を起こし苦しむ姿を見るたびに思うのだから。だからこそ、いつも強くなりたいと願う。大切な者を守れるように。

 

 気付いた時には子供達が二人、人質に取られていた。

 賊達の顔はフードを深く被っている上に仮面を被っているので髪の色も目の色も分からない。手には小振りだが切れ味の良さそうな短剣が握られ子供達の首に突き付けられている。

 先程までは居なかった。気配もなく、急に姿を現す事が出来るのは転移の魔法くらいだ。すぐに近くに居たシオンに結界を張ると賊への対処を考える。

 下手に魔法を使おうとしてもその前に子供達を傷つけられる恐れがある。町中なので大きな術も使えない。絶対的に不利な状況だ。

「子供は人質だ!!こっちの用件は分かってるな!?」

 賊の一人がそう叫び、他の者が短剣を子供達の喉に近付ける。叫んでいる者はアル達ではなくあらぬ方向、建物の屋根や空に向かって叫んでいるように見えた。

「代理人として、私が答えます。情報でしょう?」

 冷静な淡々とした声が聞こえた。それは聞き慣れた人物の声だ。レイが無表情で賊と対峙する。

「分かっているなら、するべき事も理解しているはずだ。早くしなければ子供の命はない」

 吐き捨てるような言葉のあと、賊達の姿は子供達共々光りに包まれ、消えた。

 レイの表情には何の動揺も見られなかった。まるで、こうなる事を知っていたかのようだ。

 それとは逆に動揺する子供達を、ロリエ達が必死で宥めていた。

「ティタ!オオワシとタカに今の事を伝えに帰って。それと、皆を無事に帰す為にここに何人か大人を呼んで来て」

 動揺していた子供のうち、ティタと呼ばれた男の子は泣きそうな気持ちを必死で我慢すると、一瞬で姿を小さな小鳥に変え空へと飛び立った。

「ロリエ、ここで子供達の事見てて貰っていい?その内迎えが来るからそれまで」

「ええ」

 状況が読み込めていないながらも即座にそう返事をする。

「マリア達はすぐに帰った方がいい。シオンの護衛はアルでしょう?危険はないだろうけどアルに連れて帰ってもらって」

 不満そうな顔になる6人を無言で見つめるレイの異様な迫力は他人を無条件で従わせるものがあった。

「すぐに、帰って」

 小さく呟かれた言葉に、いまだ躊躇いを示す6人をみて、アルは溜息を吐き、いきなりシオンを転移させる。その様子を見ていたカナタがサラの手をとって歩き出す。マリもマリアの手をとった。セイジだけは「迎えが来るまで」と言って子供達と共に居た。

 そしてレイは、先程まで賊が居た場所へ立つと目を閉じて転移先を探っていた。アルもレイの意図に気付き同じように転移先を探る。目を開いたのはレイの方が先だった。

 数分と経っていない。

 レイはチラリと空を見上げると、遠くの方から何羽かの鳥が飛んで来るのが見えた。その鳥達が地に降り立つと、それは人へと変貌した。

「オオワシ、攫われたのはアルファとデルタだ」

 事務的なレイの言葉に、オオワシは小さく頷く。

「お前ら、子供達を守れるな?」

 何羽もの鳥達がもう一度飛び立つと、子供達が小鳥へと変わった。そのまま飛び去っていく。

(これが〔トリグル〕の能力)

 不謹慎ではあるが、一瞬そこに居た殆どの者がそう思ってしまった。

「どっちの手の者だ?」

「情報を仕入れて来た国だと思う。依頼者がこそこそ探ってるのは分かっていて監視をつけていたらオオワシ達に依頼してしまった、って所じゃない?」

 何処までも冷静で淡々とした言葉に、オオワシは顔を歪めて、

「こうなること、予想していただろう?」

 とレイに向かって小声で聞いた。

「あらゆる可能性のうちの一つ。確信を持ったのはもう約束をした後だった」

 動じる事なく答える。その答えを聞き、溜息を吐くと、オオワシの眼光は鋭くなった。猛禽類が獲物を狙う目に変わったのだ。

「子供達を傷つけていれば、容赦はしない」

「その時は、私の事を殴ってもいいよ〜」

 オオワシの言葉にレイは笑みを浮かべてそう答えた。

「1ついいか?」

 アルがレイとオオワシに向かって聞いて来る。

「何が、起こっているんだ?」

 真剣な顔だった。心配と困惑が入り交じっている。

「アルには関係ない。これは〔トリグル〕の問題だから。私は多分、この問題に関わらないといけないけどアルやロリエは関わらなくていいから、帰って」

「そうはいかない。レイを一人で行動させるわけにはいかないからな」

 アルはそう言って、レイに単独行動を許さなかった。それは、レイが心配だったからだ。多少強引でも付いていく。それが駄目なら館へ共に帰る。

「・・・・・・平静だね。混乱してればそんな事忘れてると思ったのに」

 残念そうな声に、レイの狡猾さが窺える。レイが将来どのような大人になるのか不安になった一言だ。

「ロリエは帰ってね。アルは付いて来て。場所は分かってるから」

 そう言って走り出したレイをオオワシとともに追う。レイの走る道は最速で着ける距離を考えているのか、道とも言えない道を通ったりした。


 レイは既にファラルを目的地の近くに呼んでいた。目的地まであと少し、という所で足を止めたレイにアルとオオワシも続く。

「ファラル。状況は分かってるわよね」

 断定的にいうレイにファラルは無言で頷く。

「賊の居場所が特定出来ているのなら応援を呼んだ方がいい。相手には魔術師も居る」

 アルの提案をレイは即座に却下した。

「私達がここに居ると相手に知られるのは時間の問題。応援を呼んでいる暇はないし、人数が多いと私が遣り辛い。ただでさえ・・・・・・」

 理由を言いかけてふっと口を噤む。

「ただでさえ?」

「何でもない。今の所関係ないから」

 そう言ってレイが話の続きを言葉にする事はなかった。

「賊が居るのはこの先の屋敷。それがどういう事か分かるよね?」

 現在レイ達が居るのは帝国の城下町の貴族の屋敷が建ち並ぶ地区だ。その中でも特別な、

「諸国の王族が住まう屋敷・・・・・・国絡みか、厄介だな」

 アルは即座に状況を把握した。

 王族の住む屋敷、と言っても本物の王太子や王様などが住んでいるわけではない。王位継承権から遠い末席の王子や王女、諸国の外交官などが住んでいる場合が殆どだ。中には勉学などの理由の為に来ている王太子等も居るが、そういう屋敷は希だ。その他の場合には皇帝に謁見する為に短い期間諸国の王様が住んだりする。

「油断していた。族長失格だ!」

 悔しさを滲ませながら自分を責め立てるオオワシに、

「後悔は後でして。取り返しがつかなくなったわけじゃない。アルファもデルタもまだ生きてる」

 としっかりとした口調で淡々と言葉をかける。その様子がオオワシを冷静にさせた。

「そう、だな」

 落ち着きを取り戻したオオワシはしっかりとした意志の強い目でレイの目をしっかりと見据えた。

「今回は、私の力を余り当てにしない方がいい。逆に被害が大きくなりそうだから。主力はファラルとアル。アルは付いて来た代わりにちゃんと働いてね。オオワシは隙を見てアルファとデルタを救出。私は囮になる」

 レイの役目の割り振りにはアルとファラルが不満そうな顔をした。

「囮になるのは危険だ」

「私は今回、多分一番の足手まといになるの」

 アルの心配そうな表情と忠告に、レイは淡々と答えた。そして、続いた言葉に、アルはレイの作戦を受け入れるしかなかった。

「アルが私の考えに賛同出来ないなら付いてこなくていい。ファラルだけでも十分な戦力だから」

 あっさりとアルを切り捨てるレイに、もしもの事を考えて外で見ているわけにはいかない、と思いアルはレイの作戦を納得出来ない所はあったが受け入れた。

「じゃあ、乗り込みましょうか」

 レイは笑顔でそう宣言すると先頭を切って歩き出した。



「子供達を返して」

 開口一番にレイが口にした言葉はそれだった。

「それには情報が必要だ」

「子供達を先に返して」

 レイは一歩も譲らない。どちらかといえばここは人質を取られているレイ達の方が折れなければならないのだが、あくまでも強気のレイの姿勢に賊達も少々戸惑っているようだ。

「連れてこい」

 渋々という様子で賊の中のリーダー的な人物が近くに居た仲間に指示を出す。その間、アルは部屋の中の状況を確認していた。

 レイが屋敷についている衛兵に「〔トリグル〕の者です」と言っただけでここまで連れてこられた。

 規模は中々で内装もいい。屋敷のあちこちに白い石や水瓶があることに疑問があったが特に気にはしなかった。

「オオワシ」

 喉元に短剣を突き付けられ、連れてこられた二人は怯えた声でオオワシの名を呼んだ。

「さあ、二人は無事だ。早く情報を渡せ。人質を返すのはそれからだ」

 ふふ、と妖しい笑みを漏らしたレイは見下すような視線で、

「返す気はないのね。もしくは、いつまでも〔トリグル〕につきまとうのでしょう?」

「ッ・・・」

 図星のようだった。

「情報はいくらでも手に入れる事が出来る。それを他者に流されない為には相手の口を封じるしかない」

「よく分かっているな」

「今解決しておかないと後々面倒ですから」

 にっこりと笑うレイの顔に相手が警戒心を抱く。言いようのない不安を感じるのだ。

「貴方は、何を望んでいるんですか?〔トリグル〕が情報を流さない事?でも貴方達の隠している真実は起こってはいけない事。起こったとしても、報告するべき事。それを隠している貴方の国は裏でその恩恵を受けている」

「どこまで知っている?」

「全てです。それが起こったのは最近ですよね。その異常さにも気付かない・・・・・・恩恵に縋り、事を起こすその姿。とても滑稽で愚かです」

 その言葉は相手の逆鱗に触れた。

「愚かなのはお前達だ!我らの国は神の加護によって守られている。我々は選ばれた神聖な使徒だ!」

「くだらない選民主義ね」

 蔑むような声に相手は更に逆上した。抜刀された剣を眼前に突き付けられるがレイは瞬きする事なく相手を見つめ続ける。

「貴方の国は特別に神に目を掛けられても居ないし、貴方達は神聖な使徒などでもなく、ただの人間」

 剣が振り上げられ、レイを襲う。レイはその剣を避けようともしない。剣を防いだのはファラルだった。

 それが合図だった。剣を抜いて襲って来る敵にファラルとアルが応戦する。アルファとデルタを助ける為にオオワシが動く。レイはアルとファラルの邪魔にならないように場所を移動して状況を見ていた。オオワシが苦戦しているようだったのでファラルかアルが倒した男の懐から短剣を何本か拝借すると、アルファとデルタを掴まえている男達の短剣を持っている手に向かって短剣を投げた。

 正確に狙って投げた短剣はあやまたず男達の手を貫いた。同時に短剣が貫通して子供達を傷つけないように魔法を使った。

「オオワシ!!」

 レイが鋭く名を呼ぶとオオワシは即座に反応してアルファとデルタを小脇に抱えレイの元まで飛ぶようにしてやって来た。

「クソッ!」

 腹ただしげな声のあとに飛んで来たのは数本の短剣だ。魔法で防ごうかと一瞬思ったが調子が出ない。その上後方に魔法使いが居るのか速度が上がった。このまま行けばアルファに刺さる、と瞬時に判断したレイは自らの身体を使って短剣を防いだ。

 体に侵入して来る異物感から来る嫌悪感。すぐあとにおとずれる痛み。そのどちらも、耐えられないほどではなかった。

 肩やわき腹、腕等からじわりと血が流れ出し衣服を赤に染め上げ、ポタポタと赤い雫を落とし程なくして小さな赤い水たまりが幾つか出来上がる。

 腕の短剣は骨を砕き、完全に腕を貫通していた。短剣が刺さった所の裏側に刃先が見えたからだ。

 アルファ達の前にしゃがみ、レイは少し困ったような顔をしただけで、躊躇なく短剣を抜いていく。その表情に痛がっている様子はない。

「縄、切るね」

 淡々と呟かれる言葉が聞こえない程アルファとデルタは今の光景に衝撃を受けていた。止血などの処置を全くしていないので出血量は増えるばかりだ。

 手や足が自由になる感覚があって初めて自分たちの縄が切られた事に気付いた。縄に血が付いている事からレイの体に刺さった短剣を使ったのだが、当人達は全く気付いていない。

「オオワシ、早く2人を皆の所へ連れて行って」

 出血量に比例してレイの顔が青くなるのがアルファとデルタにも分かった。だからこそ、オオワシも子供達を連れて先に逃げる事を躊躇っていた。

 段々と血の気が引いていくレイの顔。しかし、それはレイの異変の始まりにしか過ぎなかった。

 


 屋敷に入って直ぐに気付いたのは白い石や水瓶が置かれている事だった。ファラルとレイが考えたのは、神水の力を高める行為だった。

 白は神の象徴。そして水瓶は一度神水を入た物を飾っているのだろう。白い石とその水瓶を共に置く神聖な場で神水を飲むと神水の効果が多少高くなる。

 神水とは簡単にいうと、飲めば病気を治したり、魔力を上げたり、運がよくなったり、汚れを払ったりする絶対に効果のある霊水だ。大枚をはたいてでも得たいと渇望する人間は少なくない。

(よりによって、神水絡みか・・・・・・)

 襲いかかって来る男達の剣を軽くあしらいながら内心眉を顰めていると視界の端にある男が投げた剣がレイの体に刺さるのが見えた。

 頭に、血が上るのが自分でも分かった。

 アルに自分の分の敵を押し付けるとレイを傷つけた男達に向かう。既に彼らの体は動かなくしているので急ぐ必要はない。

 そう、急がなくていいのだ。



 ゆっくりと静かな殺気を纏いながらレイに短剣を投げた男達に近付くファラルを見てレイは青ざめた顔をしながらもどうやって止めようか、と思案していた。

 ファラルは男達の前に立つとまずは全員を床に落とし、短剣を投げた手を勢いをつけて踏みつけたり、手首を狙って蹴ったりした。何度も、パキッやボキッと音が聞こえる事から複雑骨折をしている事は確実だろう。もしかすると二度と手が使えなくなっているかもしれない。

 次にファラルがとりそうな行動は指の先から刃で切っていく

 あれこれと考えているうちにアルが敵を倒し、捕獲し終えていた。そこで漸くレイの負傷に気がついたらしくレイの元へ慌てて駆けつけた。

「来ないで!」

 レイは鋭くアルに叫ぶと、出血量が多過ぎた為にフラフラとする体を気力だけで立ち上げた。しかし、傍目には平然としているように見えるだろう。

 その時、自分の体の異変にハッキリと気付いた。神水に絡む事件として可能性として考えていた困った事態がレイの体に起きているのだ。すぐにアルやオオワシ達から離れようと足を踏み出したが視界が揺れ、すぐに立ち止まるしかなかった。ファラルがレイの異変に気付き近寄って来る。

「神水で清められた剣か」

 淡々とした言葉の中に憎悪を感じたレイは、安心させるように小さく微笑んだ。それはファラルの他にはアルにしか見えていなかった。

「ちょっと、油断しすぎちゃったかな」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべながら何でもない事のように冗談めかして言葉を口にする。しかし、誰の顔も険しいままだ。

「私自身の責任よ。この事件は全て運命だった。・・・・・・だから、アルファもデルタもそんな顔しないの」

 子供達は泣きそうな顔をしていた。血は流れ続けるのに子供達を慰める言葉をレイがあまりにも平然とした顔で、普通の口調で言うのでファラル以外はどんな反応を返せばいいのか分からなかった。

「レイ・・・・・・」

 感情の揺れが少ないアルファは、目に涙を溜めていた。それでも、泣いていない。レイはぼんやりとした思考に気をとられてアルファの声も耳を素通りしていく。だからこそ、気付くのが遅くなってしまった。

「来なっ・・・!」

 一瞬、アルファに気をとられて制御が甘くなった。レイに近付き過ぎたアルファはその衝撃をもろに受けた。

 アルファの身体が強張り、呼吸が止まる。目は大きく見開かれて顔は恐怖と苦痛に歪められる。手はすぐに胸をかきむしる動作になった。荒い息遣いの口はパクパクと何か言葉を紡いでいるように見えるが、声は出ていなかった。

「アルファ!」

 デルタの悲鳴のような叫びにレイは急いで制御をキツくする。すぐにデルタがアルファに駆け寄った。デルタに異変がない事から制御が上手く行えている事が分かり、ホッとする。しかし、アルファの容態は変わらない。

「オオワシ、薬があるからアルファにはそれを飲ませて。その発作は私のせい、今は無理だけど後日説明にいく。アルファには、謝らないといけない」

 アルファの苦しむ姿を見ながらもレイは何処までも無表情だった。アルファにはレイの言葉は届いてないだろう。彼女の中にある今の思考は恐怖に占められているはずだ。発作はその恐怖から起きて居る事がレイには理解出来ていた。

「アル、先に帰るから後の事お願いね。学校にも数日は行けそうにない」

 それだけいうとレイはファラルの身体に寄りかかり、二人の姿は掻き消えた。

 


 〔トリグル〕の3人は程なくして滞在している所へ戻っていった。アルファの発作は少し穏やかになっていたが何か波のようなものがあるのか酷くなったり良くなったりを繰り返しているらしい。

 事件の処理などはその日のうちに終わらせる事が出来たが、その間も、レイの事が気にかかっていた。

(あの時、何が起こったんだ?)

 館へと続く帰路につきながらも思考を占めるのは全てレイの事だった。

 不可解な点は複数ある。

 1つ目は「来ないで」という言葉。何かを恐れているような叫びだった。

 2つ目はファラルの呟いた言葉。神水がレイに何かしらの影響を与えている、と推察したが真実は分からない。

 3つ目はレイの言った“自己責任”と“運命”という相反する言葉。

 4つ目は発作は自分のせいと言ったその真意。

 館に戻ったアルはすぐにレイの部屋へ向かった。館の人間にはレイの怪我の事は知られていないらしい。先程マブゼラに「レイは自室に居るか?」と尋ねたが、逆に「帰っていたんですか?」と驚かれたからだ。ファラルはレイの部屋にそのまま転移したらしい。館にも強固な結界が張ってあるのだが、ファラルは軽々とその結界を破る事が出来るらしい。

「入るぞ」

 一応ノックはしたがレイの部屋の中からは返事はなかった。しかし、入らないわけにもいかず、そのまま部屋に足を踏み入れた。部屋の中は何故外から見て分からなかったのかという有様だ。レイは部屋に入って来たアルを見つめて苦笑いを浮かべながらスリップという姿で肉や骨を抉りとっていた。

「何をっ!?」

「黙れ。見ていられないなら即刻出て行け」

 アルの隣に立っていたファラルはアルの顔を見る事なく淡々とそう口にした。アルはファラルのその言葉と態度が信じられなかった。レイを止めようと近付こうとしたが何かに阻まれた。

「止める事は出来ない。見ているか、出て行くかだ」

 アルはただ黙って見ている事しか出来なかった。肉体を抉るたびに血が噴き出し、服も手も床も真っ赤に染まる。そして時折顔を顰め、顔色は既に土気色だ。

「何故、止めない」

 声は怒気を帯び、表情は険しい。やり場のない憤りがアルの心を荒らしていた。

「言って、どうなる?」

 そのあとに続く言葉が、何故か頭にふっと浮かんだ。“何も出来ない”それは、アルが薄々感じていた事だった。

 目を逸らしたくなるような光景が目の前に広がっている。それでも、アルはレイから目を離さなかった。

 どれほどの時が経ったのか分からない。ただ、ファラルがレイに近付いた。レイの腕をとると、そのまま流れる血を舐め始めた。

「ッ!?」

 いきなりの展開にアルは驚きつつも声が出なかった。

 

 


 

 

 




 

 

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