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血の契約  作者: 吉村巡
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84:予想外の訪問者

 シオンが学園に編入して数日が経つ。アルにシオンの事を聞かれあった事をありのままに話したら、驚きつつも喜んでいた。

 授業を聞きながら窓の外を見ていた。不意に、ある予感がした。

 授業を無視して立ち上がり、窓を開け放した。

 物凄い早さで何かが教室に飛び込んで来る。

「数ヶ月ぶり。会いにきたんだね」

 レイが話しかけたのはレイの肩や手に止まった数匹の鳥達。

「先生、早退します」

 何の事情説明もなく急に告げられた言葉に教師は即座に反応出来なかった。だがすぐに我に返り、

「事情を説明して下さい」

「知り合いが来たからです」

「それだけでは理由になりません」

「今すぐ来れないの?」

 急に小さな子供特有の高い声がした。声の主が誰なのかは分からない。しかし、レイの手の上に乗っていた鳥達が一匹の鳥を嘴で突いていた。

「学校が終わればすぐに行くから」

 鳥達が小さく鳴き、窓から外に飛び出した。戯れるように飛んでいく。レイは何処かつまらなそうに窓を閉めると大人しく席に戻った。

 

 昼食は部室で食べた。マリとマリアはお弁当を作ってきて、シオンは王宮の料理人が作った豪華なお弁当。セイジ、カナタ、サラは食堂の料理をテイクアウトして、レイはいつも通りのお弁当。

「そう言えば、レイのクラスの奴がレイが早退するって言いだしたと聞いたけど」

「ああ、言ったよ。すんなり許可が下りなかったから結局やめておいた」

「どうして早退しようとしたの?」

「知り合いが近くに来てるらしくて。この辺まで来るなら情報の売買だろうけど」

「もしかして〔トリグル〕の人達?」

 マリが半分冗談のつもりで言ったのだろうが、レイは真顔で、

「正解」

 と簡潔に答えた。事情を知らないシオンが目を剥いた。

「レイは〔トリグル〕の者と知り合いなのか!?」

「それが何か?」

 自慢するでもなく、淡々と返すレイにシオンはある頼み事をした。

「その者達と、会う事は出来ないか?」

「急には無理ですね」

 取り付く島もない、とはまさにレイの今の返し方だろう。悩む事もなく、申し訳なさそうにするでもなく、平然とキッパリ答えるレイをシオンが恨みがましく見つめるが、レイの態度が変わる事はない。

 これが他人であればシオンは王子という立場を出し、無理矢理会わせるよう言ったかもしれない。しかし、シオンは権力を友人の中に持ち込みたくはなかった。それをすれば全員がシオンとの間に身分という壁を作るだろう。

 ただしレイの場合は、もともと身分の壁が無いように感じる。王族であろうが、貧乏人であろうがレイの前ではただの人間、他人にしかならない。なので、例えシオンが権力を盾に会わせろ、と言っても先程と同じように断るだろう、と思う。

「会ってみたいんだがな」

 残念そうに呟いたシオンの言葉にサラも、

「私も、会ってみたいです」

 と同調する。

「会える可能性は五分五分ですね。子供達が会いたいと言えば会えるでしょうし、特に興味を示さなければ会うことは無いです」

「今更だけど、どうして〔トリグル〕の人達が近くに居るって分かったの?」

 確かに、噂では鳥がレイの元へやって来てまた出て行ったとしか聞いていない。

「俺も少し気になった」

 セイジもそう言って、レイを見つめる。全員がレイの説明を待っていた。

「教室に来た鳥達が〔トリグル〕の子供達だったから。一回地声出した子がいて、皆から責められてた。それにしても、加減を知らないから窓にぶつかりそうで・・・窓開けておいて良かったって思う」

「て、事は・・・・・・同じクラスだったら〔トリグル〕の子供達が見れたって事?」

「うん。まあ、クラスの人達は鳥達が〔トリグル〕の子供達だなんて思ってもないだろうけどね」

 もったいない。全員の考えはそれだけだ。

「そろそろ授業の準備があるし、行くね。今日は部活でないから」

 レイはそう言い残して部室を出て行った。


 ある宿の一室で、レイは〔トリグル〕の長、オオワシと向かい合っていた。

「お久しぶり、お嬢。今度はこっちから会いに来た」

「久しぶり。宿を丸々とったのか・・・・・・」

「正体バレると面倒だからな。宿の人間には暫くの間出て行ってもらった」

「そうか。情報の依頼か?」

「ああ、今日依頼主に会って来たけど、嫌な奴、というか胡散臭い人間だった」

 レイが居るのは学園から少し離れた所にある少々裕福な商人達がほんの少しの贅沢と思って泊まる程度の宿だった。それを貸し切りにし、経営者さえも追い出す、という暴挙に出るのにどれほどの金がかかっているのかは分からないが、安いというわけではないだろう。

「依頼の内容は?言えないなら別にいいけど」

「お嬢ならバラさないと思うから別に言っても構わないんだけど・・・どうしてこんな情報を調べてくれって言って大金を払うのかよく分からない」

 オオワシはそう言って、レイの目の前に今調べている最中の調査書を置く。今日依頼を受けたにしては結構な情報量だ。レイは書類の束を手に取ってパラパラと捲りながら目を通していく。

 暫くもしないうちに読み上げた調査書をオオワシに返すと、真顔で淡々と、

「この依頼からは手を引いた方が良いと思う。まあ、このまま受けてもその後に来る問題は回避出来るだろうけど」

「他国で作られている農作物のリストがどんな危険に繋がるんだ?」

 見る限りでは、違法なものなど見られない。土地がいいのか珍しい作物が幾つか見られるくらいだ。

「あまり知られてないけど、希少な作物が幾つかあるよね?その作物が育つには難しい条件が三つあるの。一つ目は土壌の栄養価が天然で高い事。二つ目は気候が温暖な事」

 そこで言葉を切り、レイは間を空ける。

「そして三つ目は、天界の影響を受けた清浄な水がある事」

 オオワシが息を呑む声が聞こえた。

 天界の影響を受けた清浄な水、それは神水などと呼ばれる事もある。その水を飲めば人間に幸福をもたらすとも言われている。しかし本来ならば神殿に報告され、天界の影響を断ち切らなければならない。本来異界とはあまり繋がりをもってはいけない世界だからだ。

「別に、神水でないと絶対に育たない、と言うわけではないから完璧な確証は無いけど。それをその国が分かっていて隠しているのなら問題だし、オオワシ達に依頼して来た人達がそれを疑っていて、神殿に報告するのか、私利私欲に使うのかは分からないけど厄介事には変わりない」

 神水がなく作物が育つ事があるので神水の事はあまり知られていない条件なのだ。

「確かに、国が隠しているならその事を隠し通そうと、抵抗して来る可能性がある」

 レイの言う問題とはそれだ。だが、全て神水があったら、という仮定の話だ。

「お嬢の考えでは、神水があると思うのか?」

「十中八九。だって〔トリグル〕に依頼するくらいだから、あるだろうって考えの方が強い。依頼者にもそれなりの根拠がないと依頼しようと思わないでしょう?」

「そうだな」

 沈黙がおりた。レイの表情は変わらないが、オオワシの顔は段々と曇っていく。

「この依頼は、今受けるべきではないな。子供達を連れて来ている」

「・・・・・・」

 レイは沈黙したままだ。その沈黙が何故か不吉の予兆に思え、不安が込み上げる。

「多分、もう戻る事が出来ない所まで来てると思う。問題が起きればすぐに知らせて。助力は惜しまない」

「そう言うという事は、一族の誰かが巻き込まれるという前提か?」

「巻き込まれるだろうね、確実に。そんな気がする」

 苦々しそうにオオワシが顔を歪めた時、部屋の扉が開いた。

「レイ!遊ぼっ」

 子供達がわらわらと部屋の中へ入って来る。オオワシは慌てて顔を元に戻し、子供達に向けて困ったような笑みを向けた。

「あらあら、話し中だったのに」

「だって!・・・ごめんなさい」

 我が儘を言おうとした子供達は、いつの間に大人になったのか、我慢する事を覚えていた。

 いい子、いい子、と口には出さないがくしゃくしゃと頭を撫でてあげると、

「お話が終わったら一緒に遊ぼうね!」

 と言って部屋を出て行った。

「子供の成長というのは、早いものですね」

「いやいや、君もまだ十分子供だよ」

 老人のような言葉にオオワシは慌ててフォローのような言葉を入れる。

「外見はね。でも、そんなのいくらでも変えられる」

「子供だよ、お嬢は。強情な所なんかまさにそう。自分の作った変な理論があったり、興味のない事にはとことん無関心だと思ったら、急に興味を持ったりね。気まぐれでマイペース。保護者のいう事を素直に聞くと思ったら、反抗する。全部、子供みたいな行動だ」

「客観的に聞くとそうだね。オオワシが気付いてるって事は・・・ファラルも気付いてるんだろうね。言ってくれればいいのに」

 のんびりと恥ずかしがる様子もなく受け止めるレイは自分の行動を思い返して納得する。

「直さないほうがいいよ、その性格」

「ファラルが言わなかったって事は直す必要がないってことだろうから、直す気はないわ。他人に、近しい人に気付かせないだけ行動をしてると思うし」

 キッパリと言いきったレイに、オオワシは呆れと賞賛の視線を送る。

「うん。やっぱりお嬢はお嬢だな」

「私は、私以外の何者でもないよ」

 笑いを浮かべるレイの表情の中にはレイも気付かない程微かな寂しさが浮かんでいた。オオワシはレイのその寂しさに気付く事はなかった。

 ファラルがいれば問答無用でまわりの目など全く気にせずレイを抱きしめ、射殺すような視線をオオワシに向けるだろう。それがいい事か悪い事かは分からない。



「一緒に出掛けたいなぁ」

 ピーがぽつりと呟いた言葉に、全員が期待するようにレイを見つめた。

「オオワシが許可してくれるならね。こっちも、色々やっちゃって自由に出歩けない身分だから」

「レイの友達にも会ってみたい!学校のまわりにいる鳥がレイに友達がいるって言ってた」

 授業中に飛び込んで来たあと、森に行き、そこに住んでいる鳥達と遊んでいたらしい。

「そうだね。都合が良ければそんな機会も作れる、かな」

「よしっ!絶対にオオワシから許可とる。いい子にしてたもん」

「私も行きたいもん。それにあんたより私の方がいい子にしてた。あんたは留守番よ!」

「喧嘩始めるなら、許可は下りないと思うな」

 言い合いを始めた子供達をレイは一言で諌める。子供達はすぐに大人しくなる。

「さて、では一つある村の話でもしましょうか?」

 優しく微笑みながら子供達に聞くと、子供達は顔を輝かせて頷きレイの声に耳を傾けた。

 レイが話し終わってももっと、もっとと催促し、他の話をまた語りだす。三つの話を終えたとき、疲れた様子でタカがレイと子供達がいる部屋へ入って来た。

「お久しぶりです、タカ」

「数ヶ月ぶりです。レイさん。すみません、こんな格好で」

 髪は乱れ、肩で息をして流れた汗を拭いながら風通しが良くなるように服のボタンを2、3個外していくタカの様子に思い当たる事があり、

「監視者、ですか?」

「・・・・・・恐らく。撒くのに苦労しました」

「その様子では、子供達を外出させるのは危険ですね」

 レイの言葉に、子供達がしゅんと項垂れる。タカは苦笑して、

「幸い、子供達の顔は知られていませんし、大丈夫でしょう」

「そうですか。でも、私の方も色々あって今一人で行動するのは難しいんです。今ここに居るのも部活の時間と被ってるからだし」

「・・・バレたんですか?悪魔憑きの事」

 〔トリグル〕の人間はファラルが悪魔だという事を知っている。

「ええ、バレました。学園で色々あった事は掴んでると思いますが、そこまでは分かりませんでしたか?」

「私達が探っても情報が漏れないなんて・・・」

 純粋に驚いているタカに、レイは内心苦笑していた。アルは本当に約束を守っているのだな、と思いながらも、その律儀さに笑いが込み上げて来るのが分かる。アルは本当に優秀なのだろう。〔トリグル〕の者達にも知られないよう情報を扱っているのだから。

「そろそろ帰らないと・・・。タカ、子供達を外出させたいなら今週末に学園の門の所に来て下さい。私以外にも人間が居て良ければ、ですが」

「オオワシ達と相談します。子供達は行きたがっているのようなので」

 期待に目を輝かせている子供達の様子を微笑ましく思いながらも、レイは一抹の不安を拭う事は出来なかった。



 楽園のような美しさ。至る所に手入れされた花や草木あり、通りかかる者は皆その光景に心を和ませる。そして大きな街全体を見渡すようにして少し小高い所にひときわ大きな建物がある。俗にいう城だ。

 荘厳な建築の白を基調とした城は何処まで続くのか、と思うほど大きい。

 その城の中の一室。ひときわ大きい室内には一人の男が白くゆったりとした服を着て椅子に腰掛け、本を読みながら暖かい飲み物を飲んでいた。

 コンコン、というノック音のあとに、部屋に居た男の許可を待たず入ってきた者は男と似通った顔の造作を持つ青年だった。

「父上、下界に神水が漏れ出しています」

「知ってるよ」

 暢気な声に、このへメラー城の主である、イシュタル神の息子レオモンドは頭が痛くなるのを感じた。

「母上に言いつけますよ?」

 ボソリ、と呟いた声にイシュタルは慌てて弁解した。

「いや、レイに頼もうと思ってたんだけど、自主的に動いてくれるみたいだから別にいいかなって。彼の機嫌、悪くしたくないし」

 いつの間にレイ達の様子を窺ったのかは分からないが、レオモンドが報告を受ける前にイシュタルは神水の事を知り、既に対処に入った事だけは分かる。

「また、運命を弄りましたね」

「他には影響ない上に、彼女達に気付かれる事はないだろう?」

 これが自分の父だ、という事に溜息を吐きながらも、その用意周到さには頭が下がる。しかし、

「母上に報告してきます」

 夫の顔が出て来る。青ざめていく父を尻目にレオモンドは部屋をでる。母を探す為だ。

 父は母の尻に敷かれている。惚れた弱みだ。母に口をきいてもらえなくなれば毎日、見ているのが嫌になるほど落ち込む。しかし、今のレオモンドにはそれがいい気味だ、と思えてならなかった。



 レイは館に帰ると、週末に出かけたい、とアルに許可を貰いにいった。

「そうだな、私は仕事があるし・・・ロリエに同行してもらうか」

 許可は難なく下り、夕食の時に、

「お友達と出かけるの?」

 とロリエに聞かれた。レイは少し考えたあと、

「知人が近くに宿をとっているらしく会いに来てくれたんです。そこの子供達が一緒に遊びたい、と言ったので。事情があって子供達が来れるかどうかは分かりませんけどね」

 と答えた。

 次の日、マリ達には、

「どうなるかは分からないけど、週末に〔トリグル〕の子供達と出かける予定でその子達が皆に会いたいって言ってるんだけど、来る?因に、会える確率は五分五分」

 と聞いて、全員が行く、と即答した。シオンも行きたい、と言ったので今日あたりアルから追加でまた話があるかもしれない。


 言いようのない何かが思考を占める。

 何か予感めいたもの。

 思い当たるのは一つだけ。その考えに至ったレイは、週末の事を考え一目を憚る事なく溜息を吐いた。

 

 

 




 


 〔トリグル〕の人達が再登場です。週末のお出掛けのメンバーはどうなるのか?

 神様達も少しだけ出ていますが、人間の運命を操って何を企んでいるのでしょう?

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