83:騒がれる編入生
講堂に集まった全ての生徒の視線が壇上にいるティラマウス学園普通科の制服に身を包んだ生徒に注がれている。
否、ただ一人だけ興味を持つ事無くあらぬ方向を見つめている女生徒がいる。
見知った顔のその女生徒は以前に見た時とは違う制服を着ている。事情は聞いていたが、少々つまらないと思ってしまうのは仕方が無いだろう。
これではわざわざ普通科を選択した意味が無い。だが、自分の我が儘で彼女の学科を元に戻す事は出来ない。その力があったとしても使いたくは無い。
自分はこの学園の中ではただの一生徒に過ぎないのだから。
「生徒の皆さんの中には知っている人も居るかと思いますが、アズマール帝国第二皇子エリュシオン・アズマール殿下は、これから皆さんの一員となります」
学園長の話はそれ程長くはなかった。
「殿下。一言ご挨拶をお願い出来ますか?」
そう言われ、先程まで学園長が話していた場所へ移動し、王族らしく当たり障りのない事を幾つか口にする。
程なくして臨時の集会が終了した。教師陣から学内の説明がされ、教室に案内される。
慣れきっている上辺だけの笑みを浮かべると、案内されるままに用意された席に着く。
ふと両隣を見ると、以前レイと共にいた二人が座っていた。
声を掛けると、少しだけ萎縮しつつも会話が成り立った。レイが居ない事で少し物足りなさを感じはしたが、二人が居た事によって気分が浮上した。
「エリュシオン殿下、学内の案内を」
数人の生徒がマリとマリアと会話をしていたシオンに声を掛けて来た。会話を邪魔された事で少しだけ苛立った事をおくびにも出さず、やんわりと、
「ああ、それは二人にしてもらう事にした」
と言ってマリとマリアに目線をやる。ちなみに一度もその話題が3人の中であがった事は無い。シオンが独断で、今決めた事だ。
話しかけてきた生徒達は皆、貴族の家系の者だった。顔を赤くしたのは一瞬だったが直ぐに気を取り直して、御節介を詫びた。だが、自分たちの席へ戻る瞬間に、マリとマリアに憎悪の感情を向けた事に、マリアは気付かなかったがマリとシオンは気付いていた。
「殿下、何時の間に僕とマリアが殿下と学内をまわる事になったんですか?」
「先程私がその事を口にしたときだ」
生徒達の憎悪の視線等全く気にしていない様子でマリと殿下は会話を続けている。
「それに、私の事はシオンと呼べ。これは命令だ」
二人はシオンのその態度にどう反応するべきか迷っていた。レイならばこんな時どうするのだろう、と考えた末、
「時と場所で使い分けはします。シオン」
とまずマリアが最初にシオンを愛称で呼んだ。マリもマリアと同じように「マリアと同じ意見です。シオン」と口にする。
するとシオンは嬉しそうに小さく笑っていた。
(不敬罪とかで捕まるかもしれないな)
と思いつつ、本人が言いだした上に命令とまで言われた事を考えて無理矢理納得した。
レイとはタイプが違うが、レイ同様、シオンはどう接していいのか分からないタイプだった。
「レイ、一緒にお昼ご飯食べましょう。昨日マリア達と約束したから食堂で」
昼休憩。レイのクラスにサラとカナタがやって来た。2人は毎日のようにやって来て昼食にレイを誘うようになっていた。
「わざわざ食堂に行ってお弁当食べるのってちょっと面倒だね」
教室内で済む事なのに、とレイが口にする前に、サラはレイの手をとって歩き出していた。少々強引なこの行為は、レイに対してだけ行われる。それはレイが色々な事に無関心だからだが、強引でも誘ってしまえば何を考えているかは分からないが提案に参加してくれるからだ。
「席、とれてるかな?」
サラの横を歩幅を合わせて歩いているカナタがふと呟いた言葉に、
「多分大丈夫だと思う。セイジが確保してくれるって言ってたし、それにそんなに目立たない端っこの方頼んでおいたから」
「なら、大丈夫か」
目立たない、という言葉から席の確保にはレイへの配慮もされているのだろう。最近はレイの近辺も噂が沈静化してきたが、まだ完全に無くなっているとは言えない。
(やっぱり私、わざわざ食堂に出向かなくても教室で食べるのが一番楽なんじゃないかな)
一番合理的なのはその考えなのだが、5人がその意見を受け入れる事は無かった。
確かに教室で食べていると、嫌がらせなのか何なのか、お弁当に水をかけられそうになったり、わざと机に体をぶつけてお弁当を台無しにしようとする生徒が何人かでて来る。
だが、かけられそうになった水は失敗したらしくかけようとした当人にかかっていた。机にぶつかってきた生徒はぶつかる前に足を滑らせてレイの前の席の机にぶつかり、変な体勢で地面に手をついたせいで脱臼したらしい。
その事についていい気味だと思う事は無いが、可哀想とも思わない。はっきり言ってどうでもいい。友人と決めた5人ならば水がかからないようにかばったり、脱臼した足の痛みを少しでも和らげたり、応急処置を施したりしただろうが、たまたま同じクラスにいるだけの他人に対して親切にする義理は無い上に、そんな優しさは持ち合わせていない。
確かに、レイに危害を加えようとした生徒の嫌がらせが不発に終わるか、逆に自分たちに被害をもたらす事にレイが何かしら関係しているのかと言われると、しているとしか言いようは無いが、それはレイが食事中に危害を加えられる事がないようにファラルがかけたお守りのようなものだ。だが、おかげでレイに嫌がらせをしようとする生徒は無くなっては居ないが減っていた。
一般の常識で考えれば、飛び級であるにしても自分たちよりも年下の少女に対して嫉妬心かなにかは知らないが、嫌がらせをするというのは思慮分別にかけるというか、幼稚でみっともないというか。はっきり言えば“滑稽”だった。
そんな事を考えているうちに、食堂へ到着した。
「皆、何か浮き足立ってるような気が・・・・・・」
「あっ!居た!!」
聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、セイジがレイ達の元へ駆け寄って来た。
「良かった、見つかって」
心無しか、セイジの顔には疲労の色が見て取れた。
「何かあったのか?」
不審そうに問いかけるカナタに、セイジは乾いた笑い声を上げて、
「あれぇ、おかしいな・・・俺、目立たない席を確保した筈だったのに」
遠い目をし始めたセイジを寸止めの顔面パンチで正気に戻させたカナタはセイジに席まで案内させる。セイジの先導のもと進んで行くたびに生徒の数が多くなって行く。
事情を知らないサラ、カナタも本格的に何かがおかしい事に気付き、レイは周りの雰囲気で全てを察し、小さく溜息を吐いていた。
急に人垣が開ける。珍獣を見る目で見られていたのは第二皇子のシオンと、その向かいに居心地悪そうに座っているマリとマリアだった。マリアの顔が少しは隠れるように壁側に座らせマリが生徒の視線を防ぐ壁になるようにして座っている。
シオンの周りには御付きの人の姿が見えない。元々いないのか、近くでシオンの事を密かに見ているのかは分からないが、居ても居なくても状況が変わらない事には変わりない。
「事情は、大体分かった」
冷静にこの状況を理解し、言葉を紡いだのはカナタだ。レイは何を考えているのか分からない無表情。そしてサラはレイの手を握ったまま困ったような戸惑っているような表情を浮かべている。
周りの状況を少々うんざりしながら見ていたレイはサラの手をそっと離すと視線をゆっくりと周りを囲んでいる生徒達を冷ややかに見渡す。するとレイの迫力に気圧された生徒達が静かになる。
「食堂は料理を食べる場所、というのは私の認識が間違いだったかな?自分を遠巻きに見つめる生徒が大勢居る中で食事をしたいと思う人間はどれほど居るだろう」
普通ならざわめきに掻き消えてしまいそうなレイの言葉は大勢の生徒の耳に届いた。良識と羞恥心を取り戻した生徒達は次々に離れて行き、人垣は小さくなっていった。
「わぁ、レイすご〜い!」
パチパチと拍手をしながら、マリアが感嘆の声をあげた。他の者もはっとしてレイに畏敬の念を抱いた。
「久しぶりだね、レイ」
「お久しぶりです。シオン」
椅子に座りながら挨拶を交わす2人に全員が、
((((((レイって、物怖じしない(わね)な))))))
と思っていた。サラは緊張しているが、カナタは平然としている。レイに至っては自然体だ。セイジは貴族の家系なのでどう接すれば良いのか分かっているので落ち着いている。マリやマリアは席が隣だという事から打ち解け合っているようだ。
「レイは、食堂でお弁当なんだ」
「教室で食べようと思ってたけど、皆で食べようって誘われたから」
黙々とお弁当を広げていくレイを見て呆れたように言うシオンにレイはここでわざわざお弁当を食べる理由を簡単に説明する。
「・・・・・・相変わらず、プロ顔負けの料理の数々」
何度かレイのお弁当を見ているサラがいつも通り感嘆の声を漏らした。
「確かに、王宮の料理人がつくる料理より美味しそうだ」
サラの言葉に興味をもってレイのお弁当を覗き込んだシオンがそう漏らす。
「ファラルが作ってくれてるからね。私が作るのより美味しい上に色々と入ってるから」
「色々?」
「色々」
不思議そうに聞き返したマリアに言葉を濁しながら答えを返す。
「これ毒草に見えるんだが?」
「ああ、毒草ですね。でも、大丈夫ですよ毒抜きは完璧なので。結構手間がかかるんですけど、これにも色々と意味がありますから」
美しい所作で料理を口に運ぶ。その中には毒草も含まれている。全員が固唾をのんで料理を咀嚼するレイを見つめていた。レイに変化は見られない。顔を歪ませる事も、手が震える事もない。
全員が料理を注文し、戻って来る頃にはお弁当を食べ終えたレイがお茶をゆっくりと飲んでいた。
「食べるの早いな」
シオンが苦笑しながら言うが、レイは笑って、
「食事に時間をかける意味が、私にはありませんから」
素っ気なく返される言葉は話しかけるなとでも言っているかのようだ。何を話題にすればいいのか分からない。だが5人は既に慣れたもので、とりとめもない事を話題にあげる。例えば、授業中に考えた事や、生徒の間で流行っているお店。そんな事をレイに話しかける。
レイはその身に纏う雰囲気からそんな事は下らない、と一蹴されそうで世俗の話題を口にするのは何となく躊躇ってしまう。だがレイは意外にもちゃんと言葉を返すのだ。その事にシオンが驚いていると、レイは無表情でシオンの目をジッと覗き込んでいた。
「顔に、何か付いてるか?」
「別に。ただ、私は友人との会話を無視する事はない」
心臓が早鐘を打った。何故考えている事が分かったのか?だがシオンは動揺を表面に出す事はしなかった。カナタに話しかけられ、興味を失った様子でレイがシオンから目を逸らす。
激しい動揺が落ち着くと、今度はレイに興味が沸いた。それと同時にレイが友人という5人にも興味が出てくる。
そのとき、会話に加わっていないのはシオンだけだった。その事に疎外感を覚え、ある事を思いついた。
6人と、もっと親しくなればいい
「シオン、どうかしたの?さっきから手が進んでないけど」
心配そうに問いかけて来るマリア。よく見ると6人の視線がシオンに向いていた。
「少し考え事をしていてな。だが、結論が出た。ここに居る全員が俺の事をシオンと呼んでくれ。俺は皆と親しい友になりたい」
レイを除く5人が呆気にとられてシオンを見つめていた。レイだけが口元に笑みを浮かべて、冷静に、
「友人、同じ考えをもったり、行動を共にする親しい人。互いに心を許し合って、対等に交わっている人。か、どうせ個人の価値観で決まるもの。シオンが私に友、という間柄を望むなら友になる。けど、それは多分強固なものにはならないと思う。それでよければ」
と答えた。
「勿論。これから強固なものになるよう努力はするがな。それに、助言も与えてくれた。迷惑でなければ、俺は皆がどう思っていようと、皆の事を友と呼ぶ。いいか?」
期待するように聞いて来るシオンに全員が口々に、
「友人になるのは構いませんが、シオンの方が大丈夫なんですか?」
「そうそう、庶民を友人にして他の人から煩く言われたりしませんか?」
と言う。友人になるのは構わないのだが、その事でシオンに迷惑がかからないかを考えていたらしい。思いがけない事に、自分が嬉しいと感じている事にシオンは気付いた。それと同時に、彼らは純真だ、とも思う。
利益を求めて自分と仲良くなろうという考えがないらしい。それは、権威を得ようとする者達に囲まれ、信頼出来る者が少ない中で育ったシオンには嬉しい事だった。
シオンは6人もの信頼出来る友人を手に出来た。
レイがシオンにだけ分かるように小さく口を動かした。
キ・ヲ・ツ・ケ・テ
シオンの近くに居ればその分シオンを狙う者達に巻き込まれるという事だ。過去に何度も刺客がシオンを襲った事が思い出された。親しかった者達が負傷する事も、殺される事もあった。その中で、離れていく者も居た。レイはその事を言っているのだろう。
分かっていた。その上で、6人と友人になりたかったのだ。心に強く、刻みつけるようにその事を思う。
(これなら、いいか)
レイとしては友人は5人のみでいいと思っていた。しかし、シオンが「友になろう」といったので状況が変わる。
シオンは仮にも王族だ。その身分から近くに居る者が厄介事に巻き込まれる可能性が出て来る。5人は恐らくシオンの友人になるというだろう。そうすると“友人は守るべき対象”という母の教えを守る為にシオンと友人になっていた方が都合がいい。
しかし、思いつきで友人宣言しているのなら友人になっても迷惑を被るばかりだ。なのでその決意の程を確かめた。そしてシオンの決意をレイは認めた。それにシオンと友人になれば後々の行動が楽になる事がある。
「そう言えば、何の部に入っているのか聞いていなかったな」
シオンが言った言葉に、
「セイジ以外は図書室クラブに入っていて、レイとサラ以外は武闘クラブに入ってる」
とマリが答えた。
「へぇ、どんな活動内容?」
「図書室クラブはひたすら本を読むと、本の整理と、本の発掘。それから武闘クラブはひたすら稽古かな」
「両極端だね。文武両道、って言った方がいいかな」
「シオンはどのクラブに入るんだ?」
「文武両道をめざして、その二つに入ろうかな」
「歓迎しますよ」
マリが妖しい程艶めいた笑みを浮かべた。マリは武闘クラブの学年副部長だ。部員の間では“鬼”の異名で恐れられている。そして、誰に対しても容赦する事はない。
「が、頑張ってね」
「覚悟しておけ」
「マリは厳しいよ」
武闘クラブに入っているマリア、カナタ、セイジの3人が同じ思いで言葉を口にした。
シオンが出てきました。城を抜け出して市場とかにお忍びで出かけているので庶民の生活がどんなものかは理解している庶民派王子です。身分などにもこだわりがありません。学園には反対意見の貴族を無視して結構強引に編入しています。
レイ、マリア、サラ、マリ、カナタ、セイジの身元調査はしています。クラスも事前に調べレイと同じクラスになるようにしていましたが、レイが転科してしまったので同じクラスにはなれませんでした。