7:騒動
結局、ヘルスが切った野菜を入れ物一杯にするまでに、レイは三度入れ物を一杯にした。ロリエに至ってはヘルスが二つ目の入れ物の半分程を満たした頃に、一つ目の入れ物を一杯にした。
「下ごしらえはもう十分だそうだ」
アルがロリエの野菜を引き取る際にそう言った。
ヘルスとレイの切った野菜を一つにまとめてほぼ入れ物二つ分の野菜が出来ていた。
「スゴイな〜。レイもヘルスちゃんも、もう二つ目に入ってるんだから」
アルが野菜を運んで行った後にロリエが呟いた。恐らく、野菜を切るのに集中していて見えていなかったんだろう。アルがレイの切った野菜を五回も運んで行ったのを。
「でも、その分少し切るのが雑になったんだよ」
「あ、うん。僕もそう」
白々しい、と思いながら、ヘルスはレイの言葉に同意した。
「そう言えば、これで手伝いは終わりなんでしょうか?」
「どうかな?言われたのは下ごしらえだけだけど、あるとしたら何だと思う?ヘルス」
ロリエに話しを振られ、
「多分、皿並べたりとかじゃないかな?ベクターが連れて行かれたの、恐らくテーブルとかの設置だと思うし」
そんな話をしていると、アルが戻って来た。
「ヘルス、レイ殿。皿を出すのを手伝ってくれ、と言われた。ロリエは各方面にそろそろ夕食だと伝えてくれ」
ロリエが駆け出すと、アルは思い出したように、
「レイ殿、夕食の直前で良いのでファラル殿を呼び出してくれ」
「分りました」
そんな会話をした後、付いて来てくれ。とアルに言われ、皿が置いてある所へ向かった。
「もう、大分終わっているな」
アルが呟いた。その先には後少しの皿の山が三人で運ぶのに丁度いい位に残っている。
「アル、持って行くのはどこに?」
「料理を盛る所だ」
ヘルスの質問に簡潔に答えたアルは、皿の量を三等分し、その内の一つの量を少なくすると残りの二つに分けていた。
「君はこれを」
レイに渡されたのは、他の二つより明らかに量の少ない方だった。
「アルシアさん?量は御二人と同じで良いんですが・・・」
戸惑いながら言うレイに、
「いや、これも鍛練の内だ。気にしないでくれ」
淡々と言うアルに、ヘルスも同意して、
「そうそう。だから気にしないで」
レイはまだ少し複雑そうな顔をしていたが、
「分りました」
と言った。でも心の中では、
(ファラルに似た人がいる・・・)
この国の魔術師は女の人には優しい人が多いのだろう。もしかしたら兵士や軍人も、
(教育の賜物なのかな?アルシアさん割と女の人苦手そうなのに。ファラルの場合は、私にだけの例外だし。ヘルスさんは、たぶんロリエ以外の人には誰かがしていたらするってタイプっぽいし)
そんなことを考えながら、三人で皿を運んでいると目的地が見えてきた。無事にそこに皿を運ぶと、ロリエが叫びながら駆け寄って来た。
「アールー!多分全員に伝えたよ〜!」
三人の前で止まり、息を整えているロリエに、
「そうか、雰囲気はどうだった?」
「う〜ん、お腹が空いて苛立ってる人も居たかな?特に、面倒くさい人に多かった」
「そっか、働かないくせにお腹は減るんだ。ロリエ、何にもされてない?」
心配そうに聞くヘルスに、
「うん!もちろん。ところで、レイは大丈夫?重いもの持たされたり、怪我とかしたりしてない?」
と言ったロリエに、レイは笑って、
「えぇ、御二人とも凄く親切でしたよ」
「その前に、ロリエ。皿を運ぶので一々怪我をするのはお前くらいだ」
アルの言葉に、ロリエは頬を膨らませながら、
「ひっどーい!ドジって言いたい訳〜!」
「そうだよ、アル。ロリエだって怪我しない時もあるよ」
「おい、ヘルス。それフォローになってないぞ」
冷静なアルのツッコミが入り、
「ヘルスもひどい〜!味方はレイだけ?」
縋るような目で見られ、レイは苦笑して、
「よく怪我するんなら、気をつけた方が良いよ?」
「レ、レイまで〜!」
ロリエが不貞腐れたのを、ヘルスがなだめているのを見ていると、
「そうだ、そろそろファラル殿を呼んでくれないか?」
レイが了解を言おうとしたその時、大声で言い争う男の声が聞こえた。誰かの泣き声も聞こえるが、恐らく子供のものだろう。
四人の注意がその声の方に向くと、
「あっ、あの人!料理が遅いって文句言った奴!」
その時のことを思い出したのか、その顔には少し苛立がうかがえた。
「仕事サボってたくせに〜!」
ロリエがブツブツ文句を言っている者の顔には見覚えが合った。
「ファラルに蹴られてた兵士さん」
ぽつりとレイが呟いたのを聞いていたらしいアルが、チッと舌打ちをすると、
「懲りてないのか・・・」
と、低い声で軽蔑するように言い放った。
レイを除く二人はアルのその声に兵士への文句を言っていた口を閉じ、アルを青ざめながら見つめた。心無しか震えているようにも見える。
「ア、アル?あんまり無茶しないでね?再起不能は流石にヤバいから・・・」
「分っている」
ヘルスの言葉に冷たく返す言葉は本当に怒っている事と、その怒りを抑えていることを物語っていた。
(流血沙汰にならなければ良いが・・・)
ヘルスはそう思っていた。
(ヘルスとロリエは何をそんなに怖がっているんだろう?)
レイはそう思いながら、言い争いをしている所へ向かって行くアルの背中を見ていたが、ロリエとヘルスがアルの後を追って行くのを見て、付いて行くことにした。
「何を大声で騒いでいる見苦しい」
アルは騒ぎの原因であるらしい殴り合いをしている二人の兵士に声をかけた。小さな子供が声は上げていないが女の人に抱きしめられて泣いていた。
二人の兵士。一人は最近隊に入った、面倒くさい人=素行の悪い厄介な兵士。確か名前はナイザー。もう一人は、五年目の誠実で実直と隊の中でも評判の兵士で、名前はオーエン。
「「ア、アルシア隊長!!」」
二人の兵士は驚いたように叫び、ひとまず争いをやめた。
「何故こんなことになったんだ?」
「そっ、それはっ」
ナイザーが弁解しようとするが、
「当事者に意見は求めない。周りで事の次第を見ていた者は誰だ?」
弁解しようとするナイザーの言葉を遮り、周りで傍観していた者達に意見を求めた。
「私が・・・」
名乗り出たのは泣いている子供を抱きしめている女性だった。彼女の後に、
「私もです」 「俺も」 「自分もです」・・・
と名乗り出る者が計五人になった。
「では、最初に名乗り出た彼女に話して頂こう。後の者は話に間違いが無いか、付け足すことがあるか、を考えながら聞いてくれ。では、貴方は教えて下さい、何があったのかを」
アルがそう促すと女性は話し始めた。
「最初ここに並んで居たのが、この子と、その後ろに並んで居たのがそちらの兵士の方なんですけど」
そう言って、子供に目線をやった後、オーエンの方を見た。
「私が料理を盛り始めようとしたら、そちらの兵士の方が来られて、子供の前に割り込んだんです」
そう言って、ナイザーの方を非難するように見た。
「そうしたら、子供の後ろに並んで居た兵士の方が、『順番を守りなさい!この子が先だっただろう!?』と注意されたのがきっかけで、言い争いを始めまして、この子は怖がってしまって泣き始めたんですが、割り込んで来た兵士の方が『うるさいっ!』と怒鳴られて、そうしたら後ろに居た兵の方がそのことも注意されようとしたんですが、割り込んで来た兵士の方が注意されようとした兵士の方に殴り掛かって行かれて。最終的に殴り合いになったんです」
子供を抱いているためしゃがみながら、でもしっかりと言う女性に、
「騒ぎになった理由はそれか・・・。だが、何故殴り合いにまで発展したんだ?他にも何かあったのか?」
アルが周りに意見を求めると、
「オーエンさんは、最初殴られましたけど、反撃をするつもりは無かったんです!でも、ナイザーが・・・」
言いにくそうに口ごもる兵士に、
「ナイザーが何をしたんだ?」
アルが追求すると、
「ナイザーが、オーエンさんを殴った後、言ったんです。『こんなガキより、兵士の方が優先順位は上に決まってんだろ。ガキの方は下なんだ、喜んで譲るべきだろう?』って」
言うのも躊躇うように兵士が言うと、アルは淡々とした口調で、
「今のは真実か?」
と、周りの者に問うた。周りの人は、躊躇いがちに全員が頷いた。
「では、当事者二人の尋問に移る。オーエン、ナイザーに割り込みのことで注意し、殴られ、ナイザーの言葉に怒り、やり返したのは真実か?」
「はい。騒ぎを起こす気はなかったのですが、ナイザーの言葉に頭に血が上ってしまって・・・」
本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。
逆にナイザーはバツの悪そうな顔で、アルを見ていた。
「次に、ナイザー。皆の言っていることは、全て真実か?本当にそんなことをしたのか?」
「はいはい、しましたよ。それが何か?アルシア隊長」
完全に開き直ったナイザーに、アルは怒鳴った。
「何度目なんだっ!騒ぎを起こすのは!何よりも、兵士より民が下だと!?そんな考えを持っているのか?ふざけるな!!そんな考えを持つ者は兵士ではない!!」
「アルが、怖い・・・」
「うん。本当に怒ってる」
ヘルスとロリエが小声で話しているのも聞きながら、アルの言葉を聞いているレイは、無表情に事の成り行きを見つめていた。
「騒ぎの原因として、二人とも今日は夕飯抜きだ。明日からの仕事も内容を変えさせる。確かに、ナイザーの言動は許されるものではない。私もその言葉を聞けば殴り掛かると思う。だが、騒ぎを起こした罰は受けるべきだ。・・・それでも、原因の発端はナイザーであり、殴り掛かったのもナイザーが先だ。そのことを踏まえて、オーエンとナイザーの仕事の内容を考える」
淡々と二人に告げる言葉は正当であり、ハッキリとしたもので、感情に流されずどちらにも処分を下すアルに、周りの者は納得できても少し不満があるという表情をしていた。
「それでは二人とも、ここに居る意味は無いな。直ぐにテントに戻り指示があるまで待機しろ」
「はい。騒ぎを起こし、アルシア隊長のお手を煩わせ、申し訳ありませんでした」
「・・・」
アルの言葉にオーエンは素直に返事をしたが、ナイザーはただ、忌々しげにアルを睨んでいた。
「皆の者、手間を取らせてすまない。夕食の準備を再開してくれ」
二人の兵士に背を向け、子供を慰めていた女性にもそう言うと、夕食の準備は再開されようとした。
アルは、近くに居たレイ達の元に戻って来た。
ガンッ!!
何か固い物が蹴られる音がした、と思ったら、ナイザーが熱いスープが入った鍋をアルに向かって蹴っていた。
アルは、当たる直前なんでもないというように避けた後、その後の鍋がレイに当たるという事を悟った。
「「「レイっ!!」」」
ロリエやヘルス、アルが叫んだが、レイは何もする事が出来ず、突っ立っていた。
(ぶつかる!!)
全員がそう思っていた。
・・・・・・。
何の音もしなかった。しばらくして地面に何かを置くようなコトッ、という音がした。
誰も言葉を発しなかった。発せなかった。
「あれ位避けろレイ」
そんなことを言ったのはレイの前に立ち、レイを見つめていたファラルだった。
「出て来るって分ってたから。呼び出す手間省けるじゃん」
「時間を大切にするのは良い事だが、手を抜くと言う事には感心しない」
「大丈夫だよ。要は、無事に目的が達成されれば良いんだから。必要以上に警戒して力の無駄遣いしても意味は無いと思うけど?」
「だが、サボリ癖は良く無い」
周囲丸無視で会話を進めるレイとファラルに、先程のショックからいち早く立ち直ったアルが、
「ファラル殿・・・いつの間に、どうやってここへ?」
「レイに鍋が当たる寸前、方法は・・・説明が面倒くさい」
やる気の無い返事を返すファラルに、
「アルシアさん、言いませんでしたっけ?ファラルは不可能を可能にできるって」
笑いながら言うレイは、ファラルの足下にあった鍋を、元の位置に返そうとした。でも結局ファラルが鍋を持っている。
鍋は、中身がまだたっぷりと入っており、こぼれた形跡はどこにも見られなかった。
アルは、その事に驚くと同時に、忘れてはいけない事を思い出した。
「先程、鍋を蹴ったのは君か?ナイザー」
冷たく、問うアルに、流石に本当に怒らせた、と自分の行動を後悔していたナイザーにアルは淡々と続ける。
「問いに答えろ、ナイザー」
本当に苛立っている、と感じたロリエとヘルスは、その瞬間殺気を感じた。
アルの問いになおも答えようとしないナイザーに、
「逃げろ!!ナイザー!」
気がついたら、ヘルスはそう叫んでいた。
それとほぼ同時に、アルが腰に下げていた剣をぬいた。本当に怒っている。
ヘルスの言葉と、アルの抜刀を見て、ナイザーはヘルスの忠告通り逃げ出した。
それでもアルの足にはかなわず、正確に突き出された剣がナイザーの頬を切ると、ナイザーは戦意喪失し、その場に座り込んだ。
なおも、剣を振ろうとしたアルを止めたのは、いつの間にか来ていたベクターだった。
「苛ついているのは分る、コイツのした事が一々お前の神経を逆撫でするものだと言うのも知っている。だけど、これ以上はやり過ぎだ。思い出せ、いつもはそんなに感情的じゃないだろう?」
説得するかのようなベクターの言葉に、
「そうだな、確かに八つ当たりだ」
冷静さを取り戻したアルは、持っている剣を鞘に納めると、ベクターに後を任せた。
「お前はテントに戻れ。後二〜三日はアルの前に顔出さない方がいいぞ」
そう忠告すると、ナイザーは慌てて、テントに戻って行った。
「普段、冷静な人や引っ込み思案な人、穏やかな人程、怒ったりキレると怖いって本当かな?」
レイの無邪気な質問に、ファラルは、
「人それぞれだろう?。溜め込みすぎると爆発するさ。誰だってストレスは感じる。誰かを疎ましいと感じたりもする。それはレイだって同じだろう?」
と、当たり前のように返した。
「私は、ファラルを疎ましいとか感じたことないけど、居て欲しく無いな今は、ってとき以外。むしろ、あの時はファラルより、人間の方が化け物のように感じた。ファラルは私が疎ましいと思う時があるか?」
「そんな事考えた事も無い。考える必要も無い」
「そう。まぁ、私の命は一瞬だから考えないままでいてくれる方が嬉しい」
二人の会話を聞いている者は、誰もいなかった。
人の呼び方がちょくちょく変わってます。レイとか、レイちゃんとかレイ殿とか。
ロリエは、ヘルスの事を呼び捨てしたり、君付けしたりするのは私の気分によります。
その内、ちゃんと統一させようと思っています。