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血の契約  作者: 吉村巡
75/148

74:神への対価

 流血描写有り

「よろしくね」

 その言葉を言い放った目の前の人物に向かってレイは淡々と、

「目的の為です。対価は必ず払いますよ」

 と言った。傍らにいるファラルはいつも通りの無表情だが実際は少し不機嫌そうだ。

「それじゃ、期待してるよ〜」

 そう言い残すと目の前にいた人物は光となり何処かへ消えた。

 残されたレイは目を閉じ「これは対価」と呟いた。ファラルはレイに近付いてその体を抱きしめるとファラルの部屋にあるベッドに座らせ、レイの首筋に口を近付け歯を立てた。

 鮮血が流れ出し、溢れる前に全てを舐めとって行く。その行為は館に来て何度目かのものだったが、それまで以上に時間をかけていた。

「・・・・・・」

「不機嫌ね」

 ファラルの動かない表情から読み取った感情をレイはわざとからかう様に指摘する。

「黙れ。あの者を殴りたい衝動を何度耐えたか」

「殴るのは無理だと思うよ。神の子息を殴れるのは神と女神と私くらいだもん」

 溢れ出る魔力をレイに移す行為、何時もより少し荒々しい所作に内心、苦笑しながらも喜んで受け止めた。



「学校を休む?」

「午前中は出ます。でも午後から少し早退しなければならない用が出来たので、許可をいただきたいと思って」

「ファラルも一緒にか・・・」

 夕食時、アル・ベクター・ヘルス・ロリエがいる中でレイは用件を伝えた。取りあえず無断で行くと後々面倒な事になるだろう、と踏んでの事だ。

「用事の内容による」

 もっともな質問にレイはその答えを言うのに躊躇う素振りを見せた。

「言わないと、駄目ですか?」 

「意味も無く学校を休ませる訳にはいかない。レイの本分は学生だ」

「・・・・・・」

 何時になく歯切れの悪いレイの様子に全員が疑問を持った。

「それに、ファラルには仕事がある。休むにはそれなりの理由が必要だ」

 その言葉にレイは俯いた。顔を上げても片手を頭にやり考えるような仕草をするばかりで理由を口にしない。ファラルは助け船を出す気が全くないらしくレイの助けを求める視線に見向きもしていない。

「理由が言えなければ早退を許可する訳にはいかない」

 アルの言い分は正しい。レイが理由を言わないのが悪いのだが、説明すれば面倒な事態になる事が分かりきっているので理由を語るのを躊躇っている。

「これから理由を言いますが、質問は無しでお願いします。ただ単に、許可する・許可しない。で答えて下さい」

 そう前置きしたレイは早退の理由である用事を語る。

「明日の午後、帝国内にある廃屋の屋敷に行きたいと思っています。理由はある犯罪組織がそこを盗品の隠し場所にしているからです。私はある人物に依頼されて彼らを殺すよう指示されました。その依頼を遂行する為に学校を早退したいと思ってるんです」

「何で、レイがそんな事するの?」

「質問は無し、です」

 ロリエの質問に素早くストップを入れたレイはアルを見つめて、

「許可を出して下さい」

「無理に決まってるだろう!?」

 平然と許可を求めたレイにアルは直ぐさま怒鳴ってレイの願いを却下した。

「どこでそんな情報を仕入れるんだ?ある人物とは誰だ?何故レイに依頼する?犯罪組織?もし借りにその用事が真実だとしても、尚更そんな場所へ行く許可を出すか!!ファラル、事情を知っているなら何故レイを止めない?」

 質問をした、というよりも疑問を口にした、と言う様子のアルは事情を知っていそうなファラルに説明の矛先を向けた。

「止めればレイの目的が達成され難くなるからだ。普通なら無償奉仕の所をレイにだけ対価を求める・・・何度、殴りたくなったことか」

 淡々と呟く言葉には何時もと違い感情が読み取れた。その時点で、アル達にも今回の事が少々厄介な事なのだ、と察する事が出来た。

「依頼して来た人位なら、まだ答えられるけど・・・言った方が良い?」

 レイの譲歩だった。アルは直ぐさま頷く。そして、レイの言った言葉は全員を固まらせた。

「依頼してきたのはイシュタル。イシュタル神って言った方が分かり易いかもね。依頼を伝えに来たのはイシュタルの息子のレオモンドだったけどね」

 神と神の子息を呼び捨てにしたレイに全員が固まる。そしてレイの発した言葉にも固まっている。

「詳しい事情はこれ以上言えないんだけど」

「割と、あっさり言っちゃったね。どうするのか父と期待して見てたのに」

 不意に会話に入って来た声に全員が驚く。レイの背後に何時の間にか人が立っていた。

「見せ物じゃない。悪趣味だね、次期神のくせに」

「何代か前の神のくせにドMよりマシだよ。血が繋がってるなんて思いたくも無い」

 レイは平然と背後に立つ人物と会話を始める。因にレイは一度も後ろを振り返っていない。アル達は、先程まで全くその存在に気付かなかった。いつ現れたのかも分からない。だが、その存在を認めると神々しい雰囲気に呑まれ身じろぎひとつする事が出来なかった。

 レイの後ろに立つ男は10代後半程に見えた。顔の造作は人々を惹き付け、圧倒させる雰囲気を持つ。髪と瞳は普通の人物が持ち得ない色でそれ自体が光を持っているかの様に輝いていた。

 一年に一度、大教会に現れる神と共に現れている神の子息その者だった。神族は模倣出来る存在では無いのだ。

 はっとしたアルは直ぐさまレオモンドに向かって最敬礼を行った。その行動に気付いたベクター・ヘルス・ロリエがアルに続く。

「堅苦しい事はいいよ。僕は君たちにお願いに来たんだから。それよりも、レイー!こっち向いてよ」

 そう言われて漸く後ろを振り返ったレイは振り向きざまにレオモンドに向かって平手をくらわした。レイの手とレオモンドの頬がぶつかり合う音がして全員の注目が2人に向く。

「さっきファラルがレオモンドの事を殴りたいって言ったから。私はそこまで思ってないから平手打ちにしてみた」

 淡々と言うレイにレオモンドは赤くなった頬を押さえて呆気にとられた顔になる。一方、アル達の方は戦々恐々となっていた。満足そうなのはレイとファラルくらいだ。

 見つめ合っているレイとレオモンドを見て誰もが口を挟めないでいる。長い沈黙を破ったのはレオモンドだった。

「一応、この空間を隔離してるからここでの会話は父以外には誰にもバレない。それで、君たちへのお願いって言うのは・・・」

 レイがレオモンドを平手打ちした事を特に気にしていない様子でアル達に向かって用件を言って来る。

「レイの邪魔しないで。今回も、これからも。僕らが頼んでるってことは神のお告げと思って良い。受けないというのなら、それは神への冒瀆と取る」

 つまり、絶対的な命令だった。アル達が緊張している中、レイとファラルだけがどうでもよさげな様子を見せていた。実際にレイには神への冒瀆など関係のない事だったからだ。

 戸惑った様子のアル達に対してレオモンドは面白そうに笑ったあと、

「レイとはある取引をしてるんだ。こちらが絶対的に有利な取引。でも、レイがその取引をやめればこっちが困ってしまう。レイの望みはレイとファラルがいれば本当は今直ぐにでも叶える事の出来る望み。だから、僕達はレイの弱さにつけ込んだ。取引がなされているならレイの平手だろうが鉄拳だろうが甘んじて受けるつもりだから君達が思うような神への不敬や冒瀆はレイと神族の間では意味の無い物なんだ」

 レオモンドの説明は理解しがたいものだったが、取りあえず言うべき事があった。

「レイへの依頼を邪魔しない様に、という事は分かりました。ですが、ファラルがいるにしても余りに危険すぎではないでしょうか?私達の介入は認められない事なのでしょうか?」

 意外そうな顔をしたあと、レオモンドは少し考えるような仕草を見せた。そして、

「場合によるね。基本的にレイ1人にさせたいけど、ファラルは時々勝手に介入したりするし。よっぽどの事が無い限り、依頼の判断はレイに任せてるから。今回はレイが良いって言えば好きにして。それと、僕らとレイの関係はあまり口外しない様に」

 と答えた。そして、

「じゃあ、次は依頼が終わったあとにまた来るよ」

 レイに向かってそう言い残すと、レオモンドは光となり消え去った。

「で、アルは許可くれるの?」

 一気に本題に入ったレイにアルは深く溜息を吐いたあと、

「神の御告げであれば断る訳にはいかない。ただし、レイとファラルの2人では駄目だ。12小隊と犯罪組織専門の所から何人か連れて行く事が条件だ」

「断れば?」

「午前中の内にどんな手段を使ってでも終わらせる」

 はったりのつもりで言ったのだが意外に効果のある言葉だった。午前中で終わらせる訳にはいかないのだ。神の使いであるレオモンドが現れたせいでアルの言う方法が可能になってしまっている。

「わかった。でも、人を使う気はない。アルも含めて全員が私の指示に絶対に従って貰う事になるけどいいの?」

「神はレイに全ての決定権を委ねているらしいからな」

 アルは直ぐに承諾した。



「早退?どうかしたの?」

「うん。少し用事が出来たから。じゃあね」

 レイはテキパキと荷物を纏めると教室を出て行こうとした。

「来週はテストだよ」

 マリの言葉にレイはマリとマリアを振り返って余裕綽々の笑みを浮かべていた。その笑みを見た2人は呆れながらもレイの姿を見送った。

 正門にはファラルとヘルスが待っていた。

「迎えにきたよ〜。準備万端、あとは僕らだけ」

 鷹揚な動作で出迎えたヘルスを見て軽く笑みを浮かべたあと、ファラルに荷物を渡した。

「じゃあ、行こうか」

 ヘルスが先頭を行く。だが傍目には3人兄妹の末っ子が姉と兄を秘密の場所に連れて行こうとしている少年のようで微笑ましい光景だ。

「ヘルスは何でその姿のままでいるの?」

 目的地まで行く道すがらにされた唐突なレイの質問の内容に、内心ヘルスは驚いていた。

「その姿って?」

 出来るだけ自然に、だが慎重に言葉を返す。レイは一瞬黙ったあと、

「本当はちゃんと18歳の姿になれるのに、どうしてならないのかなって・・・。肉体を若返らせるのは難しいけど、肉体の時を止めるのはまだ出来る事だし若い姿のままが良い、っていってもヘルスのは若すぎる気がして」

 その返答を聞いたヘルスは驚いて思わず立ち止まったしまった。

「よく、分かったね。理由があるとすれば家訓、だよ」

 直ぐに再び歩き始めながら苦笑を浮かべてレイに理由を語る。

「20歳になれば本来の姿になるし、20歳以前でも恋人や結婚があれば自然に解けるから」

 何となくヘルスの本来の姿が見えるレイは、

(一般的にいえば、美青年って言われそう・・・)

 と思っていた。

「あそこだよ。レイが指示した場所」

 不意にヘルスが指を指した場所に視線を向ける。屋敷の門の外には軍の制服を着た人々がいた。

「連れて来たよ」

 ヘルスがレイを案内した所にはアルがいた。戦闘用の制服を着ている。

「隠れなくても良いというから堂々としているが、これでは相手に分かるだろう?」

「平気です」

 レイは制服を着ている事を後悔していた。流石に血のこびりついた制服を学校に着ていくと大騒動になるだろう。

(まあ、いいか。その時はその時で・・・)

 半ば投げやりになったレイの心情を察したのか、ファラルがレイの制服に軽い術をかけてくれた。これで血が降り掛かっても洗えば綺麗に落ちるようになった。

「取りあえず、私1人で入るので。皆さんには死体の回収や盗品の回収をお願いします」

 首元や袖のボタンを何個か外してアルにそう指示するとアルは不服そうな顔になった。

「ファラルは一緒に行かないのか?」

「はい。だから、不機嫌なんですよ〜」

 その場にいるレイ以外の全員がファラルの表情を読み解く事が出来なかった。

「だが、危険すぎる。少女1人で・・・」

「彼らが、私に依頼して来るってことは一応その程度の実力があるという事です。本当に危険になればファラルが指示を無視してでも来るので大丈夫です。それに・・・」

 そこで言葉を少し切ってアルの目を見つめる。

「こんな依頼、初めてではないので」

 そういうレイの手には一本の剣が握られていた。何時からそこにあったのか誰にも分からなかった。

「それでは、間違ってもついて来ないで下さいね!」

 そう言い残すと、所々窓がひび割れ、壁が砕け、蔦が生い茂る今は誰も住まなくなった屋敷へとレイは1人で足を踏み入れた。



「埃っぽい」

 屋敷内に入って発した第一声がそれだった。掃除されていないので当たり前だろう。中はカーテンが引かれていて昼間でも薄暗かった。

 めぼしい物は全て取り払われている。壁にかかっていた絵や扉の細工まで取れるだけ取ったあとが壁や扉の傷で分かる。

 閑散とした玄関から廊下までどこか外界とは違った雰囲気を持っていた。

 迷い無い足取りで目的地に向かう。目だけは何かを読み取ろうとするかの様にきょろきょろと周りを見つめていた。時折歩く速度が遅くなり、ある扉の前で立ち止まり鼻を動かして何かを嗅ぐような仕草をしたり、手を耳に当てて何かを聞き取ろうとする仕草を見せる。それでも立ち止まる事は無かった。

 レイが漸く足を止めたのは大きな扉の前だった。ゆっくりとした動作で扉を開けると長いテーブルの先に大きな染みのついたテーブルクロス。壊れた物以外は全て盗られた椅子が埃を被っていた。恐らく食堂だ。

 テーブルクロスの大きな染みの部分に手を置き上に積もった埃を払う。手は汚れ、埃が固まりを作る。そんな状態に頓着すること無く、その染みを見つめる。

 年月が黒く変色させ、色褪せた染みはもとはとても鮮やかな赤であっただろう。染みに触れ、目を閉じたレイはこの屋敷に起きた悲劇の記憶を引き出していた。



「アルシア隊長、この屋敷の資料です」

 1人の兵がアルに厚い紙の束を持って来た。労いの言葉をかけたあと、その記録に目を通す。

_____________________________________________________

              ロナルド・ウィックリー男爵暗殺事件

 

 37年前、当時屋敷の所有者であったロナルド・ウィックリー男爵、ミルドレット・ウィックリー男爵夫人が男爵主催の晩餐会にて何者かに毒を盛られ死亡する。

 男爵夫妻には2人の子供がいたが、1人は父方の叔父に引き取られ数年後病死。

 もう1人は母方の祖父母に引き取られるが引き取られた屋敷に賊が押し入り屋敷が燃やされ祖父母の遺体は見つかったが子供の遺体は見つからなかった。行方不明とされているが生存は絶望的。

 男爵が所有して以来、屋敷を所有する者は現れず、37年前の悲劇の跡を残したまま廃屋となっている。

_____________________________________________________

 資料の略歴の中で最後を締めくくる事件に目を引かれた。

「以来、近隣の住民は幽霊屋敷だと囁かれ、実際に誰も住んでいない筈の屋敷の中に人影を見た、と言う者も現れている」

 最後の一文を声に出して読む。ベクターがアルの顔を見て微かに笑っている。

「幽霊は苦手ですか?」

「見た事が無い。苦手かどうか聞かれてもその存在を知らなければ好き嫌いを言えない。怖い話は少々苦手だがな」

 2人の会話を聞く者はいなかったが口に出して恥ずかしさが来たのかアルの頬が少し赤くなっている。

「レイは、大丈夫だろうか?」

 独り言のように呟いたアルの言葉にベクターはまた笑った。

「神が頼み事をする少女です。恐らく、強いでしょう。俺達の庇護など必要ない程に、実力もある」

「だが、子供である事にかわりない。俺はレイの身元引き受け人だ。身元を保証するというのは家族も同然だ。いくら実力があろうと心配する」

「地が出て来てるぞ」

 お互いに一人称と口調が微妙に変わって来ている。近くに人はいない。居ても通り過ぎるだけで2人の会話は聞こえていない。

「俺は、レイがどう思っていようとレイの事を家族だと思っている。レイは全く本性を現してくれないがな。何時も笑っていて全てを隠そうとする。秘密はまだまだあるだろう」

 淡々と呟くアルにベクターが真顔で、

「神と知り合い、その事が神官にバレれば直ぐに教会から迎えが来るだろうな」

 そして、巫女になる存在として教育を受ける事になる。今現在、帝国に巫女となる人材は居ない。

「教会には謎が多い上に、上層部が世襲制のせいで秘密が漏れ難い。皇帝でさえ、口を出せない領域がある。そんな所へレイをとられる訳にはいかない」

「レイの事は、あまり口にしない方がいいな」

 2人のレイに関する会話はそこで終わった。



 レイは大きな染みから手を離すといまだにボーッとする頭を抑えた。一番負担の少ない方法で過去を見ると起こる、副作用のようなものだ。体に負担をかければ副作用無しで見る事が出来るが今はそこまで緊急事態でもないのでゆっくりと時間をかけて見ていたのだ。

 暫くすると副作用も治まり、頭がしっかりとしてくる。

「哀れね。哀れな男」

 呟くと同時にテーブルクロスが燃えだした。程なくしてクロスだけが灰と化す。机や椅子には何の被害もない。

 抑えようとした笑みが口から漏れる。いまだ記憶に引きずられているのだろう。

 時折不自然に揺れる景色に気付いて剣を持っていない方の手を机に置き、剣で手を軽く傷つける。流れた鮮血とそれに伴う痛みで思考がはっきりとしてくる。

 流れる自分の血を舐めとる。傷は舐めたと同時に消えていた。

「さて、そろそろかね」

 呟くと食堂に隣接している厨房へと向かった。

 ガランとした厨房には調理用器具など見当たらない。興味を持って戸棚を開けてみると食器がある筈の場所には何も無かった。

 不意に、レイの耳に複数の足音が聞こえた。下からだった。

 緩慢な足取りで食堂へと戻り大きな染みのあった場所に手を置いて足音の主達を待った。

「こんにちわ」

 現れた男達をみて微笑みながら挨拶の言葉を口にすると、彼らは目を見開いて固まった。口を開いたのは現れた者達の中で先頭を歩いていた40歳程の男だった。

「お前は誰だ?」

 一気にその場が剣呑な雰囲気に包まれる。レイの剣に気付いたらしく全員が武器に手をかけている。レイは微笑んだまま、

「神の使いです。さて、ここで貴方達に選択をしてもらいます。大人しく捕まって盗品を渡すか、抵抗するか」

 言い終わるか終わらないうちに血の気の多いらしいまだ若い屈強な男がレイに襲いかかった。それを僅かな動作でかわすとテーブルは襲いかかった男が振り下ろした棍棒が当たり当たった部分が割れていた。

 それでも一番驚くのはレイの身のこなしだろう。

「選ぶのは、抵抗で良いの?盗品を渡して貰うって言っても私が望むのは1つだけだったのに」

 話を聞けば良かったのに、という表情で男達を見る。

「で、この中のリーダーは誰?答え、聞かせて欲しいな。さっきの事は無かった事にしてあげるから」

 上から目線のレイに相手がイライラしているのが分かる。一番年上らしい男が前に出て来た。

「ガキが何故ここにいる?」

「神の使いです」

 低く、相手を脅すような迫力がある。驚くような事には慣れているのだろう。レイの存在に驚いてはいなかった。

「頭がイカれてるのか?こんなガキが神の使いだと?」

「しかも女だ。売れば金になりそうだがな」

 男達の目にはレイの存在価値は売り物になるかどうかだろう。

「これが最後です。質問に答えないんですか?」

 レイが再び聞いた。男達はニヤニヤと笑うだけで答える事はなかった。

「抵抗で良いんですね?では、遠慮なく」

 ニッコリと笑って剣を構えると男達も武器を構えた。レイは一番近くにいた先程レイに襲いかかって来た男を最初の標的にした。

 ゴンッ と衝突音がする。床に転がった頭にレイを除く全員が一瞬固まった。レイは先程と同じ笑みを浮かべたまま剣に附着した血を払っている。

「今からでも、遅く無いですよ。降参しますか?」

 顔に浴びた血を拭いもせずにレイが聞いて来る。その言葉に重なる様にして首から上が無くなった体が床へと崩れ落ちて音を立てる。

 男達には、何時レイが仲間の首を切ったのかが分からなかった。だが武器を下げる者はいなかった。

「格が違うの。貴方達と私では」

 漸く開かれた双眸には愚かな者達を見つめる闇の様に黒い瞳があった。

「漆黒っ!?」

「はずれ」

 クスリと笑ったレイは一気に間合いを詰めて首領の頭を切った。溢れ出る血の中からは頭蓋骨に守られる筈の脳髄の一部が滑り出て来た。血の匂いが部屋に充満する。

 男達の中には武器を落とす者がいた。だが、既に遅かった。武器を取り落とした者を端から殺して行く。後々の事を考えて心臓や首を狙って絶命させていた。

 吐き気を催す程生臭く、神経が鈍る程の血の匂いの中で、男達が感じたのは純粋な恐怖だった。その感情を感じ取ったレイは堪えきれなくなり、笑った。

 小さく、楽しそうに笑っていた。

 笑うたびに血を浴び、動くたびに誰かを殺している。受け入れがたい光景の中で最後に残ったのはレイに一番最初に話しかけて来た40歳程の男だった。

 剣を構えたまま恐怖により動く事が出来なかった彼は動きが止まったレイの目が自分に向けられる瞬間を待っていた。それは自分の死を意味するのだ。だが、レイは動かなかった。男も、動けなかった。

「フォーカス・ウィックリー。ロナルド・ウィックリー男爵の第二子。両親の死後、祖父母に引き取られるが賊の襲撃に遭い行方不明となる・・・実際は、襲撃して来た賊の首領に気に入られ命を助けられ賊の一味となる」

 淡々と語られた言葉に男、フォーカスの方が驚く。

「何故、それをっ!?」

「冥土の土産に、両親が誰によって殺されたのか、知りたい?」

 レイはフォーカスの言葉を無視して言葉を続ける。フォーカスにとって一番知りたい事だった。その為に、今日まで生きていたのだ。両親を殺した人間に復讐する為に。

「本当に、知っているのか?」

 慎重に、だが期待を込めた言葉にレイの方が笑ってしまう。

「貴方はこれを知らないと、死にきれないでしょうね」

 そう言ってレイが教えた名前を聞いた瞬間、フォーカスは手に持っていた武器を落とした。



「血の匂い」

「始まった」

 ベクターが呟いた言葉にいつの間にか近くにいたファラルが言葉を返す。アルが「始まった?」とファラルに聞き返したがファラルは何も答えなかった。

「レイは、大丈夫なのか?」

 その問いにもファラルは答えなかった。ただ屋敷を見つめている。

 暫くして急にファラルが歩き出した。アルは一瞬遅れて「何処へ行く?」と聞いた。

「中だ。もう終わっている」

 それだけ言うと止めた足を再び動かす。周りの者に声をかけるとファラルの後を追う。

 屋敷の中は薄暗かった。ファラルの後を追うアルとベクター。何組かの役割に分かれているので玄関で待つ者、屋敷の中を見て回る者等がいる。

 ファラルは迷いない足取りである部屋へ向かう。アルの鼻でも分かる程の血の匂いがして来た。ベクターにはその何倍もの匂いがしているのだろうが顔を顰める程度だった。

 立ち止まったファラルはある部屋の前で止まる。血の匂いはその中からして来た。よくよく見ると廊下には埃を踏んだ事によって出来た足跡があった。それは幾つもあって、廃屋の筈の屋敷に人の出入りがあった事を示唆するものだった。

 扉に手をかけたファラルが自然な動作で扉を開く。直ぐ目に入ったのは涙を流し茫然と座り込んでいる男に無表情に、機械的に剣を振り下ろしたレイの姿だった。

 男の体は床にうつぶせで倒れた。レイはその首元に手を当て、絶命を確認すると立ち上がってそこら中に転がる死体を踏み分けて血を吸って重くなった袋の口を開けた。ごそごそと中を探り、古ぼけた小さな箱を取り出す。鍵穴があり、レイが無造作に扱っていても壊れないということは鍵がかかっているのだろう。

「死体の処理、お願いします。屋敷中に盗品があると思うのでそちらの方も御任せします。ただ、これだけは私が持って行きます」

 何事も無かったかの様にアル達の方をみて話すレイに一番始めに感じたのは違和感だった。どう考えても血塗れで赤く無い所を探す方が難しい、という格好だった。

 普通は何も喋らないだろう。だが、レイは何事も無いかの様に事務的に指示を出す。またいつの間にかレイの手からは剣が消えていた。

 ファラルが無言でレイに近付く。その際に死体を踏んでいるが全く気にしていない。レイの前に立ったファラルは自分の服が血で汚れるのも構わずにレイを抱き上げた。

「隊長殿、先に戻る」

 それだけ言うと許可が下りないままファラルはその場から転移した。

「呪文も紋章も無いままの転移魔法・・・」

 それは膨大な魔力がある者にしか出来ない大技だ。

「あの2人は、何者なんだ?」

 アルの呟きはベクターにも理解出来た。

 神と取引をしているレイ。膨大な魔力を持つファラル。2人には謎が多すぎ、分からないまま同じ屋根の下に暮らしている。何の違和感も感じさせずに。

 だが、1つだけ分かる事もある。

「神が2人の証人、か・・・」

 それだけが2人の証となっていた。



「貴方の両親を殺したのは、貴方の母親よ」

 レイは淡々とフォーカスに宣告した。フォーカスはその言葉に体の力が抜けていくのが分かった。その証拠に手に持っていた武器を取り落とす。

「母上、が?」

「ええ。知らなかった?ロナルド・ウィックリー男爵は賭博と女に金をつぎ込んでいたの。男爵の第一子は娼婦が孕んだのよ。まあ、本当に男爵の子供かは定かじゃないけどね。男爵は第一子を跡継ぎに指名していた。でも、夫人はそれが納得出来なかった。夫妻には溝ができ、それは深まり、夫人には愛しい男が出来た」

 フォーカスはその話をそれ以上聞いていたく無かった。足の力が抜け、床に座り込む。耳を塞ぎ、レイの言葉を聞く事を拒む。それでも、レイの言葉は聞こえてくる。

「男爵は、自分のプライドの為にその男を殺した。夫人はあの晩餐の日、離婚を切り出される筈だった。だが、恥をかくのが嫌だったらしく、夫とともに毒を飲み、死んだ」

 レイはクスクスと笑ったがフォーカスは茫然とするばかりだった。

「哀れだね、既に死んだ人間を追い求めるなんて。哀れよ、滑稽な程。何年も無駄に悩んで、心を汚して、魂をすり減らして」

 茫然とレイの目の前でへたり込む男が哀れだった。どうしようもなく。

 復讐を胸に抱いた幼かった彼は父と母に誓っただろう。仇をとる、と。それは、全て無意味だったのだ。

 フォーカスは静かに、涙を流していた。茫然自失とは、正にこの事を言うのだろう。

 瞬きをしたレイの目は黒ではなく薄緑だった。だが、フォーカスは気付かなかった。

「さようなら」

 別れを告げたレイはゆっくりと剣を上げた。振り下ろす寸前、扉が開いたが気にする事は無かった。躊躇いなど微塵も無く、男の体を斬る。崩れ落ちた体の首元に触ると、何度か鼓動があった後、それは止まった。

 なんの感情も浮かばなかった。ただ、全てが終わった事で周りに充満する血の匂いを漸くしっかり意識出来た位だ。

 アルとベクターが入り口で固まっているのが分かる。だが、レイには優先すべき事があった。死体を踏まない様にある袋を目指して歩く。

 血を吸った袋は赤く染まったいた。レイは袋の口を開け本当の目的を探す。目的の物は直ぐに見つかった。

 鍵がかかっている事は分ているので無造作に持ち上げる。ファラルがレイに近付いて来る事が分かる。レイが踏まない様にしていた死体を躊躇い無く踏みつけるファラルを見て何とも言えない感情が沸き起こる。

 ファラルに抱き上げられ、ファラルにのれるがままになる。

 何時の間にかレイはファラルの部屋にいた。血がレイを抱きしめるファラルを汚している。

「哀れな、人だった。復讐にその身を燃やして、結局、無駄な事をしていた」

 ファラルはただ黙ったままレイの言葉を聞いていた。

「私も、無駄な事をしているのかもしれない」

 固まりかけた血が気持ち悪い。そう思った瞬間、レイは口を閉じ大きく深呼吸する。鉄のような血の匂いは慣れた匂いで何とも思わなかった。

「あの人達は、ついでだった。降参すれば生きられたのに・・・愚かな人達。そして、全ての元凶となった、この箱」

 自分の足でしっかりと立つと窓から空を見つめた。目はどこか遠くをしっかりと見据えている。

「終わった。早く来い」

 淡々と言った言葉にレオモンドが苦笑を浮かべる姿が見える。いつの間にかレイの目の前に立っていた。

「神族に対して凄い言葉遣い」

 からかうような言葉に薄緑の瞳が細められる。レイは先程までの興奮を鎮めようとしているがいまだ気が立っている。

「今直ぐに、これを壊しても良いけど?どうせ、私にもファラルにも何の影響もない」

 自分の手の中にある箱を相手に見せつけながらゆっくりと力を込めて行く。ファラルは我関せず、の態度を貫いている。焦っているのはレオモンドだ。

「待って!お願い!ごめん!謝るから、早くそれを渡してっ!僕が悪かった!」

 顔面蒼白にさせて必死に説得をして来るレオモンドを見て、無造作に箱を投げつける。相手は結構な速さで飛んで来たそれを見事にキャッチした。

「あっ、ぶな〜」

 慎重に箱を取り扱うレオモンドをみて嘲笑を浮かべたレイは皮肉げに、

「そんな箱1つ、開ければいい。封印された病原体?どうでも良い。最早、私には関係ない。私はそれで死ぬ事は無いんだから。母さんが生きていれば喜んでやっただろうけどね」

「相変わらず、好き嫌いがはっきりしてるね。まあ、取引を受けてくれるならどうでも良いよ。今回の事は神殿に御告げでもして執り成しておくから、次からは動き易くなると思うし・・・近く、また動いてもらう。次は多分、直前になると思うけど」

 嫌そうな顔と不審そうな顔をしたレイはレオモンドが消えて行くのを見ていた。箱も、彼とともに消えていた。

「直前・・・つまり、近くで起きるということか」

 そう考えて色々な可能性を考えた。

「こっちの予定も事情も、おかまい無しだね。ファラル」

 振り返ってファラルに困った様に笑いながら話しかけると、問答無用で、一瞬のうちに服が脱がされた。といっても上着だけだ。

「血痕を落とす。お前は早く風呂へ行け」

 その言葉にレイは素直に従った。

 

 

 神様は出て来ていませんが、漸く神の子供を出す事ができました。レイの人脈は計り知れません。

 因に、レイは神との取引で〔トリグル〕やクィルフェンの村の人達と出会っています。

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