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血の契約  作者: 吉村巡
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73:図書室クラブの活動と交流試合

 交流試合は明日、行われる。学園内は色めき立ち、出場する生徒は授業を受ける事無く鍛錬に精を出しているらしいが出場しない生徒にとっては関係のない事だった。

 校内大会が終わった直後は色々とうるさかったが、レイが何も反応しなければ興味が失せたのかその事を話題にする生徒は居なくなった。


「レイも出れば良かったのに〜」

 部室で本を読んでいたレイにマリアが話しかける。レイは本を閉じて、

「私は別に出たく無いから。2位予想当たって良かったね」

「レイの助言の御陰。買ってる人が私以外居なくて一人勝ち!」

「それは良かった」

 マリアは校内大会の賭けに参加していた。レイに賭ける、と言ったので予めマリアに“2位に賭けろ”と助言しておいたのだ。

「それはそうと、レイは何の本を読んでるの?見るからにそれは古代魔術語で書かれた魔術書よね?」

「マリアの見立ての通りじゃない?魔術書だし」

 先程までレイがパラパラと捲りながら読んでいた本は明らかに魔力が無い人間が読むべき代物ではなかった。

「カナタ達は遅れるって」

 レイとマリアだけの空間にサラが入って来る。そして一番に目についたのはレイの本のようだった。

「レイ・・・それ・・・何で、レイが?」 

 マリアとは少し違った反応でレイを見つめるサラに、

「資料室にあったから。いい加減整理すれば良いのに。貴重な文献の宝庫だけど、本が傷みそうだもの」

 その言葉にマリアが首を傾げる。

「えっと・・・その本、貴重なの?」

「「国宝級」よ」

 レイだけでなくサラもその言葉を口にした。同時に呟かれた言葉にマリアが固まる。

「でも、本物の筈は無いわ。流石にそれが資料室にある訳・・・」

「本物よ、初版本だし。作者のメッセージも入ってるから。この学園に縁ある人だったんだね」

 しみじみとしたレイの言葉にサラとマリアが真剣に本を見つめている。レイは苦笑してまた本を読み始める。数分もしないうちに読み終わると図書室へと続く扉を開けた。

「レイさん。どうしたの?」

 さほど高く無い背に地味だが優しそうな焦げ茶色の目と髪。丸い眼鏡をかけていて学園の職員を表す服を着た女性がレイに気がついて顔を上げる。

 新しい本を入荷したのか帳簿のようなものに言葉を記入していた。

「これ、何か分かりますか?」

 レイの言葉に司書の先生が本に近付く。そして一瞬固まったあと、本を丁寧に、だが強く掴むと歓喜の涙を流した。

「まさか、私の目の前に伝説とまで言われる本があるなんて!今死んでも良いっ!!」

「あった所に戻しても良いんですけど、前に貴重な本があれば報告して欲しいと言われましたから。探しているけど見つからない本リストにもそんな事書いてましたよね?」

「レイさん、ありがとう!流石は図書室クラブの部員ね」

 図書室クラブは特権が色々とある、生徒には認知されていない秘密のクラブだ。活動は主に本を読む事、年に数回の図書室・資料室の整理と掃除の手伝い。だが、それだけではない。図書室クラブが優遇される理由は学園の歴史に関係する。

 数百年前、大地震が起こり紋章術の勉強をしていた魔術科で集団の魔力の暴走が起きて建物が半壊した。図書室や資料室などは貴重な本があるため何重にも結界を張っていて難を逃れたが本のデータを保管していた部屋は全焼。本棚から落ちた本は資料室も図書室も規模が大きい事から全てがグチャグチャになり何処にどんな本があるのか分からなくなっていた。

 図書室クラブが出来たのは大地震から10年後の事らしい。資料室に入る事が出来る、と言う特権を与え、貴重な本が見つかれば報告する。全焼しながらも残った保管していたデータを基本にしてリストを作ってあり、そのリストに載っている本を見つける。という役目がある。また、貴重な本であると分かっていれば先生に報告する。

 そうして見つけた本は先生に引き渡し、部室の設備は良くなって行った。


「へぇ、見つけたんだ。これで今年は2冊か」

 マリアに話を聞いたマリがそう呟く。レイが学園に来る前にカナタがリストにある本を1冊見つけたという話を聞いていたのでレイは特に反応しない。

「今度は、何が増えそうだ?」

「リストに無い本みたいだしその本の価値によりけり」

 カナタの言葉にマリが返す。リストにある本にはそれぞれに何が増えるかが書かれている。だがリストに無い本だと本の希少性などから意見を聞いてくれたり、増やす事の出来る設備を幾つかある中から選んだり出来る。

「前は本棚かテーブルかで古くなったテーブルを新しくしたからな」

「私の希望を聞いてくれたよね」

 カナタの言葉にサラが微笑みながら言葉を返す。

「取りあえず、僕らの中では見つけた人が設備の選択権を持つ。って決めてるから。今回はレイが選ぶ事になるだろうね。セイジは部員じゃないからそんなもの端からないけど」

 セイジが分かっている、とでもいうかの様に苦笑した。

「そういえば、顧問の1人がレイに部活に入らないか?って言ってたよ。気に入られたみたいだね」

 12学年の副部長であり、レイと交流のあるマリに交渉を頼まれたらしい。レイは決まりきった答えを返す。この数日何度も口にした言葉だ。

「断っといて。入部する気はない、って。年齢考えろ、って付け加えてね」

「了解。でも、納得するかな?」

「それはマリの手腕にかかってる」

 突っ慳貪なレイの言葉に苦笑いを浮かべて「努力しよう」とマリが呟いた。

「1つ、良いか?レイは何故魔術書を読める?」

 唐突なカナタの質問に全員の動きが止まる。レイには謎が多すぎる。だが詳しく聞く事はしない、というのが暗黙の了解だった筈だ。カナタはその暗黙の壁をつつく行為をしている。

「古代魔術語が読めるから」

 当然の様に答えを返したレイにカナタは尚も言い募る。

「では、その古代魔術語を誰から習った?」

「そうね、難しい問題だわ。元々知っていたとも言えるし、ある人に教わったとも言える」

 平然とした態度だがレイは明らかにはぐらかそうとしていた。カナタ以外もレイが語るかもしれないレイの過去に興味しんしんでレイの言葉に耳を傾ける。

「ある人って、誰?」

 口元に小さく笑みを浮かべたレイは誇らしそうな表情で、

「私の師匠。ファラルに会う前に、私に全てを与えてくれた人。詳しくは言うつもりないけどね。私が一番に尊敬し、愛する人。まあ、私が尊敬したり愛したりする人は少ないけどね」

 最後は子供っぽく笑っていった。5人はレイの過去が知りたかった、だが踏み込んで良い領域が何処までかは分からなかった。

「レイの本名って、何?」

 当たり障りのない質問に徹してサラが質問した。レイの名前はレイが“レイ”としか名乗らないのでフルネームは全く分からない。なので基本的な事から攻める事にしたのだろう。

「レイだよ。それ以上長く名乗る事もなければそれ以上短くなる事もない。本名なんかここ数年間全く名乗ってないから。この先数回は名乗る事もあるかもしれないけどね。ここで言うべき言葉ではない、かな」

 キッパリと言いきったレイに全員が脱力した。フルネームさえ名乗らないのか、と。

「じゃあ、レイの師匠さんの名前は?」

「そっちの方がもっと秘密」

 セイジの質問にもレイは答えなかった。

「何処に住んでたの?」

「地名は言えないけど、奥深い山中の小屋。村では忌み嫌われる事が分かりきってたからあんまり遠くまで言った事は無かった、かな。訪ねて来る者も少なかった」

 過去を思い出しながら答えているのかレイは遠くを見つめるような目をしながら答えていた。

「レイのご両親は?」

 とマリが何気なく聞いた。旅人をしていたとしても両親が死んでいるとは限らないのだ。

「死んでるよ」

 簡潔に答えたレイに全員がなんとも言えない表情になる。言ってはいけない事だったかもしれない。

「気にしなくてもいいよ」

 レイが顔を見合わせている5人にフォローをいれるが沈んだ空気は戻らない。

「何で旅を始めたの?ファラルさんに何時会ったのかも聞いた事無いし」

 マリアの質問にレイはニッコリと笑って、

「村の人に忌み嫌われるって言ったでしょう?師匠が死んだあと、村の人達に見つかってね。色々あって、ファラルが現れて2人で旅をしてたの。つい最近までね」

 と答えた。詳しい事までは分からなかったがレイの人生がかなりの波瀾万丈であるらしい事は分かった。

「それじゃ、レイはファラルさんの過去を知ってるの?」

 不意に思いついた様にされたカナタの質問にレイは目を見開いたあと、

「大まかには、ね。流石に全部を知る事は出来ないから」

 と答えたあと、「はい、質問はこれでおしまい」と笑いながら会話を打ち切った。


「そういえば、明日交流試合だけど見に行く?」

 セイジの言葉にレイ以外が行くよ、と即答した。セイジも行く気らしい。

「レイはどうするの?一応明日は休日扱いだけど」

「どうでも良いんだよね。特に興味も無いし」

 本当に興味無さげに言うレイにマリアが、

「絶対に来なよ!楽しいよ?出店あるし、試合はすっごい面白いし」

「じゃあ、行こうかな。どうせする事も無いだろうし」

 レイの答えに満足した様にマリアは微笑んだ。


 食事時、アルと一緒になった。

 余談だが、未だに館で暮らしている人間全員に会った事が無い。10小隊も11小隊も殆どの隊員が長期の任務に当たっているらしく、未だに両隊長に会った事がなかった。

「そうそう、他の3人には既に伝えたが明日は仕事は休みだ。交流試合は明日だ、2人で見に行けばどうだ?」

 レイはその言葉を聞いたあと、ファラルを見上げる。ファラルは視線に気がついたのかレイを見つめ返した。それだけで意思の疎通がとれたのか、

「友人にも誘われているので2人で行きます。皆ファラルとは顔見知りなので大丈夫でしょう」

 とアルに向かってレイが言った。

「私は個人的に仕事があるが、交流試合の会場にはいる。もしかすると偶然会うかもしれないな」

「アルだけが、仕事?」

「ああ。詳しい事は言えないがな。1つだけ言える事は、そのときレイとファラルに出会うような事態に陥らない事を願う」

「・・・要人警護だと考えて、抜け出すって考えれば第二皇子殿下?」

「その疑問には答えられない。だが、どうしてそう思った?」

 アルは少し警戒心を強めてレイに問いかけた。

「以前、殿下が抜け出した時に連れて行かれましたから。その時に昔の話をチラリと耳にしました」

 アルの警戒心に気がつかないふりをしてレイが淡々と答える。警戒心を緩めたアルは「そうか」と短く返して来た。

 程なくしてアルは先に部屋へ戻り、食堂にはレイとファラルが残された。

『ねえ、2人で行動してると否応にも騒動が起きるよね』

『個別に居てもお前にだけは起きると思うが?』

 ファラルの鋭い返しにレイは内心苦笑した。声に出さずに会話をしているので表情に出すわけにはいかないのだ。

 レイは表面上、無表情にカフェオレを口元に運んでデザートである切り分けられた果物を時折口に運んでいた。ファラルは何もいれていないコーヒーを飲んでいる。2人は言葉を発する事無く無表情にそれぞれの行動を隣にいながら行っていた。

 明日起こりうる事をあれこれと想像しながら表面上はそれぞれの事をしながらも心の中では会話をしていた。


「お久しぶりです」

 サラがファラルに向かってそう口にした。集まった6人は制服で、ファラルは白い無地のシャツの上に落ち着いた色合いの上着を着て、動き易そうな薄茶色のズボンを着ている。何処までもシンプルな服装だ。

 相変わらずの無表情だが長身で鍛えられた体、何よりも完璧な造作の顔に人々の注目を一身に集めている。

「席はどうなるの?」

「ああ、レイは初めてだもんね」

 レイの質問にマリアが今気がついたかの様に呟く。

「学生には生徒席があって、一般には一般席があるの。良い席が欲しい人は事前に席を買ったり出来るんだけど、基本的には無料開放。生徒席にはまだ空きがあるだろうけど、ファラルさんは来れないの。どうする?」

 マリアの言葉にレイはファラルを見つめたあと、

「皆はどうするの?」

「ああ、生徒席の方をちゃんととってるから。レイの分も開けてもらってるし」

「悪いけど、ファラルと一緒に見る。ごめんね、一般席の方に行く」

「分かった。お昼にまたここで会いましょう」

 レイとファラルは一般席の方へ、マリア達5人は生徒席の方へ歩いて行った。

 ふとセイジがレイとファラルの方を振り返ると2人は直ぐに確認出来た。正確に言えばファラルが通ると人々が立ち止まっているのだ。2人の道の先はどんどんを開いて行く。ファラルの隣にいるレイはそれだけで確認出来た。

「凄っ」

 小さく呟いたつもりだった言葉にマリアが反応した。「何が?」といって立ち止まったマリアに他の4人も立ち止まる。セイジは笑いを堪えながら、

「あの2人、凄い目立ってるね」

「あ、ほんとだ。直ぐに分かる」

「寧ろ、周りが2人を目立たせている。が、正しい」

 カナタの言葉に全員が同意する。ふとレイがこちらを見ている事に気がつく。相手も気付いている事に気付いたのか小さく手を振ったあと、また歩き出した。


「う〜ん。凄いねぇ、この視線。目立ってるのはファラルだからね」

 レイの言葉にファラルは心外だと言わんばかりの視線をレイに向けた。その一挙一動が周りの人間を惹き込んでいる。

「こっちはファラルのせいで目立たない筈なのに目立ってるもん」

 その言葉は正しく無かった。実際には2人して目立っている。レイは男の、ファラルは女の視線を一身に浴びて通路の真ん中を通っている。前を歩く者は2人に道を譲ってくれるので楽だ。

「皆も目立ってるね」

 レイは5人を振り返っていた。5人はそれぞれ目を留めるような容姿をしていた。マリアとサラは男3人のガードで気付いていないようだが5人を見た者全員が口々に振り返りながら囁いている。

 セイジがレイとファラルの方を振り返る。そのあと直ぐに残りの4人も振り返った。レイとファラルの方を見て囁き合っている。そしてレイと視線が合う。

 取りあえず小さく手を振ってファラルの方を見上げたあと、何となく手を繋いで一般席まで歩いていった。

「人、割と入るんだね。最前列は空いてる席が無いね」

 特に交流試合に興味を持っているわけではないが見るのなら良い席で見たいと思うのはワガママだろうか?、そんな事を思っているとファラルがレイの手を引いた。最前列まで降りてファラルと同じ様に上を見上げていると、

「あの、ここどうぞ」

 若い女性に声を掛けられた。席は最前列の端の方で確かに少しスペースがあるがその空いたスペースには敷物が敷かれていた。

 レイが躊躇いの表情をつくり、ファラルを見上げていると、

「友人と待ち合わせをしていたんだけど、来ないから良いのよ。遅れたらもう来ないってことだから、気にしないで」

「では、遠慮なく。ありがとうございます」

 ファラルは余所行きの微笑みと他人を魅了する声でそう言うとレイを内側に座らせて自分は通路側に座った。貼付けたままの表情は周りの人間の注目を浴びている。レイとファラルを誘った女性は明らかにファラル目当てだ。何度か熱っぽい視線を送り、その視線に気付いたファラルが微笑みを返すと顔を真っ赤にして俯く。

(罪作り・・・悪魔だから一般的には当然か?)

 内心は複雑であってもそんな風に考えていると隣に座っている女性に耳元で、

「あの、お2人は御家族?御兄妹とか?」

 と期待する目で囁いて来た。レイは声を小さくする事も無く、

「そうですね」

 と答えるだけに留めた。尚も質問してきそうだった女性の言葉を遮るかの様に魔法で拡大された声が会場中に響く。

『これより、ティラマウス学園を会場とし、ティラマウス学園・シュワルツ学園・ラミナ学院による3校交流試合を行います!選び抜かれた各校の代表による手に汗握る試合をお楽しみください!!』

 盛り上げ役の言葉に会場全体が異様な興奮に包まれる。予め予想していなければ周りの雰囲気に呑まれる所であったレイは一瞬頭痛を感じ、目の前が歪んだが直ぐに持ち直した。

 学園長や来賓の挨拶があり、試合の内容を説明する声があり、と暫くの間試合ではなく声が続いたがレイの方は周りの観察をしていた。

(アルと第二皇子の気配は警備が厳重なあの辺りか。生徒席の方はあっち・・・)

 そう思いながら視線を生徒席の方に向けると直ぐに見つかった。席はサラとマリアを中に入れてその周りを男3人が囲んでいる。その所為かサラとマリアは自分たちに注がれる視線に気付いていない。男3人の方は気付いていて無視をしたり、サラとマリアを指差して囁く周りの男子生徒に鋭い視線を向けていた。

(あ、気付いた)

 サラがレイに気付いたのか目をレイ達がいる方に向けたあと、隣にいたマリアに話しかけている。マリアも視線を向けて小さく手を振って来たのでレイもファラル側の手で小さく手を振り返した。


 一通り挨拶が終わるとルール説明があり、ようやく試合が始まった。各校の代表者はそれぞれ違う色のユニフォームを着ている。ティラマウス学園は茶色でラインには黒色が使われている。シュワルツ学園は白に近いが少しだけ青みがかっている色でラインは金色。ラミナ学院は紺青に深緑のラインがあしらわれている。

「シュワルツ学園は神官教育に力をいれている。ラミナ学院は軍人教育に力をいれている」

 3校の服装をみてふとそう呟く。特にシュワルツ学園の服装は学校の特徴をよく表している。 

 因に役員の生徒は腕に徽章をつけている、立場が上の生徒は制服だけでなく役員専用のマントを羽織っている。

(接戦)

 試合を見ながらそう思う。未だに突出した実力を持った生徒は現れない。だが、あくまでもレイの基準なので周りの反応は良くわからなかった。

 試合を見ていると勝った生徒も負けた生徒も観客からは大きな拍手が送られる。レイも周りと合わせて拍手を送るが試合を見ていながらも興奮したりはしなかった。それどころか、どの試合でも冷静に全ての試合状況を頭に思い描いている。

(今の所、シュワルツ学園が勝利数1位か)

 恐らく舞等で武器の扱いには慣れているのだろう。だが、体力作りなんかをしてないから後半は負けるだろうな、とレイは予想し、その通りになって行った。ティラマウス学園とラミナ学院は段々と盛り返し、3校は平行線を辿る。

『それでは、これで午前の部を終了します。午後の部は2時から開始です』

 大きな声が響き、動き始める観客達。レイは隣に座っていた女性にファラルと一緒にお礼を言うと、女性は昼食にも誘って来た。視線はファラルに向けている。

「ありがとうございます。ですが、そこまでご迷惑を御掛けする訳にはいきません。それに、これが友人と待ち合わせしているらしいので。ご親切なお心遣い、痛み入ります」

「でも、午後もこの席にお座りください。開けておきますから」

「本当に、ありがとうございます。ご迷惑でなければ、是非」

 爽やかなファラルの微笑みは内心が伴っていないので不気味だ、とレイに言われる代物だ。

『気持ち悪い』

『どうとでも言え』

 2人だけの会話は表面上は微笑み合いながら手をつないで兄妹のような様子なので周りには全く分からなかった。


「なんか、めんどくさい事になってる」

 レイは5人と待ち合わせしている場所より幾らか手前で立ち止まりファラルにも聞こえる様に呟いた。マリとセイジの姿が見えず、サラとマリア、そして2人の前に立ちはだかっているカナタが3人を囲んでいる男達を冷たく見据えている。

 3人を囲んでいるのはまだ若いが成人した男達だ。まだ昼間だというのに顔が赤く酒を飲んでいる事が分かる。酔っぱらいに絡まれているのだろう。近くを通る人間はその周りを避けていて様子が良くわかる。

「相手が普通の人だと、カナタは魔術が使いにくいだろうね。特に今日は一般の人の目があるし」

 冷静に状況を推測しながら立ち止まっていた足をまた動かし始める。1人であれば反撃出来るだろうが複数だと男を相手にしている間にサラとマリアを人質に取られる可能性がある。

 色々と考えながら歩いているといつの間にか直ぐ近くまで来ていた。気配を殺し足音も立てていないので男達には気付かれていない。だがカナタ達は気付いたようだ。

「こういうのを、どう言えば良いんだろう?助っ人?」

 呟きながら1人の男のアキレス腱を強く蹴った。靴越しだがアキレス腱が切れた感覚が足に伝わった。男が足に力が入らなくなりその場に崩れ落ちる。

 その時になって漸くレイの存在に気付いた男達がレイとファラルに襲いかかって来る。キレて周りが見えなくなったらしい。レイにも応戦する覚悟があったにも関わらず、ファラルがレイの分まで男の相手をしている。数秒で男達は体の何処かしらを骨折するか脱臼するかの大怪我をしてその場に崩れ落ちた。

「治癒ちゃんとしてあげなよ。私がやった分もよろしく」

 笑みを浮かべながらファラルを見て男達を一瞥したあと、レイは固まっている3人に近付いた。

「大丈夫?セイジとマリは?」

「あ、ああ。昼食の買い出しに」

 カナタが正気に戻って説明する。レイがまだ質問を続けようとした所で男達の呻き声が聞こえる。不快そうに振り返ったレイの顔はその光景を見て面白そうな表情に変わる。

「呻き声うるさいかもしれないけど気にしないで」

 振り返って、まさに天使のような微笑みを浮かべていたレイだが、いかんせんBGMが男達の苦痛の呻きだ。全くレイの笑顔に合っていない。

「えっとね、一応ファラルが治癒してるんだけど、痛みを倍増させて治すやり方してるから。因に拷問で傷つけすぎた場合に使う為に開発されたものらしいんだけど余りにも痛々しいから今では殆ど使われてないの」

 カナタ達の視線の意味はそんなものではなかったが、レイはフォローのつもりかそう説明した。

 断末魔のような叫びに変わった男達の声は、学園の役員をしている生徒が現れた頃にはおさまっていた。ファラルの治癒が終わったからだ。

「何かあったの?」

 マリとセイジが大量の料理を抱えて現れた。出来たての料理は屋台で買ったのだろう。

「少しトラブルがあったけどもう解決したから」

 レイが誰が答えるよりも早く答えて食事を運ぶのを手伝った。


 学園は普段はあまり一般の人間を入れないが行事や危急の際には別とになる。一般に無料で開放し、立ち入り禁止区域以外は入れる様になる。

 ファラルを含めた7人は人気が少ない所を探し歩き、漸く会場から少し離れた人のいない東屋を見つけ、腰をおろした。

「適当に取って食べて。お金は要らないから」

 マリの言葉にレイは不思議そうな顔をする。

「校内大会の賭け金だよ。実際は本当にお金じゃなくて出店の食券なんだ。本当にお金なんか賭けてたら先生達が黙ってないよ」

 その説明にレイは納得する。交流試合では大人達の間で金銭を賭けたような事をしているだろうが、生徒の校内大会での賭けに金銭が絡めば取り締まりをされるだろう。その点、食券ならばまだ先生も許容範囲内だろう。

(本当の金銭の賭けしか見て来なかったし、して来なかったからイメージ湧かなかったんだな〜)

 冷静に自己分析をしたレイは皆に倣って食事を手にとり、ファラルにも渡した。

 料理が無くなって一息ついた所に、サラが先程の話を始める。

「ファラルさん、凄いんですね。一瞬であの人達を倒して、治癒魔法まで出来るなんて」

 その言葉にはその場にいたカナタとマリアも頷く。状況が分かっていないのはセイジとマリだ。

「それって、さっき言ってたトラブルの事?」

「うん。酔っぱらいに絡まれてた所を助けて貰ったの。レイもファラルさんもかっこ良かったよ!」

 マリの疑問に興奮しながらマリアが答える。その答えにカナタが少し沈んだ。恐らく1人で何とか出来なかった事が悔しいのだろう。だが、余り感情を表に出さないのでレイとファラル以外気付く様子は無い。だが、カナタをフォローするつもりも無かった。

「あれ、レイにファラル!と、レイのお友達?」

 驚いたような声に振り返ってみるとそこにはロリエとヘルスの姿があった。

「ロリエとヘルスも来てたんだね」

 ニッコリ笑ってレイが言うとロリエも笑って「ええ」と答えた。ヘルスが「相席いいかな?」と聞いて来る。席にはまだ余裕があるので全員が快諾した。

「どうかしたの?レイ」

 年が近いからか馬が合い、和気藹々と話していた最中にレイが不意に周りを見渡し始めた。その目は何かを探すかの様に忙しく動いている。

「いえ、見知った顔がありまして」

 ある一点を見つめたままレイが答える。全員が首を傾げて、レイの見ている方向を見つめた。だが、レイが誰を見ているのか分からなかった。するとレイが溜息を一つ吐いて「ちょっと、迎えに行ってきます」と言うとファラルを連れて雑踏の中へと入って行った。



「御一人ですか?」

 マントを羽織り、フードを深く被った人物に向かってレイは横から囁いた。体型だけで男と分かる。

 レイに囁かれた人物は驚いた様子で横を振り返った。剣に手をかけて引き抜く寸前に見知った顔の者だ気付いたのか剣を引き抜こうとした手を止め、ホッとした表情になる。

 レイとファラルと目の前にいる人物は往来の激しい中で立ち止まっているので自然と注目を浴びる。勿論邪魔そうに見ている人もいるがファラルの顔を見ると男女のどちらも顔を赤くしている。

「取りあえず、移動しましょう」

 呆れたような表情を目の前の人物にやると相手は苦々しい顔をしながらも素直に従った。

 雑踏の中を抜け、人の疎らな道に出ると素直について来る人物に言葉を投げかけた。

「第二皇子エリュシオン殿下、護衛か御付きの者は撒かれたんですか?余程、ご自分の腕に自信がおありなんですね」

 皮肉たっぷりの言葉に皇子は言葉を詰まらせる。

「あの雑踏の中、殿下が襲われれば一般市民にも被害が出る危険がありました。殿下はそれを望みますか?」

 その問いにも答えられない。

「若気の至りで無茶をなさるのは結構ですが、後々、喜劇が悲劇にならない様に今ここで忠告を申し上げます」

「お前は、仮にも帝国の王族に向かってそんな口をきくのか?」

「身分は特に気にしていません。相手が王侯貴族だろうと奴隷だろうと魔術師だろうと神官だろうと人間である事に変わりありませんから」

 素っ気なく返した言葉に皇子が可笑しそうに笑い出す。

「そう言えば、そうだったな」

 ひとしきり笑ったあと、皇子は唐突に、

「シオンと呼べ」

 と言って来た。レイは少しだけ眉を顰めて「良いんですか?」と問いかけた。

「身分を気にせぬと言っただろう?」

「腹の内ではそうですが、一般の慣習には従います」

 あっさりと返した言葉に皇子は不機嫌になる。

「殿下と呼べば身分がバレる」

 その言葉に納得してレイは直ぐに「シオン、ですね」と順応する。本当に王族を敬う気はないらしい。抵抗無く名前を呼んでいる。

(少しでも身分を気にしている、もしくは権力に弱い奴なら躊躇うからな)

 そう思うと小さい頃から自分を傀儡にしようとしていた貴族の事を頭から振り払った。思ってもいない言葉を口に乗せながら言いよって来た彼らは権力を手にしようと不気味なまでに第二皇子であるエリュシオンを煽てて来た。

「それはそうと、こいつは誰だ?」

 後ろを指差しながらレイに問いかける。レイは自分の直ぐ後ろにいるシオンと、シオンが指差している一番後ろにいるファラルを見て、

「私の保護者。アルの隊に入ってる」

「ああ、言っていたな」

 そんな会話を繰り返すうちに先程までレイがいた東屋まで辿り着いた。

「レイの顔見知りの人って、その人の事?」

 好奇心からのマリアの問いにレイは頷いて、

「うん。その内、アルが見つけに来るだろうし近くにロリエとヘルスがいた方が良いかなって思って連れて来た」

 と答えた。その微妙な答え方に全員がレイに答えの続きを求める。

「そう言えば、どうやってアル達を撒いて来たの?」

「良くわからんが、泡吹いて倒れた人間が出たとかで呼ばれて行った。確か酔っぱらった男達、と言っていた気がするが・・・」

 思い当たる節があった。ファラルが男達に治癒魔法を施していった時、何人かが泡を吹いていた。だが、確証は無いので伝えない事にした。

「・・・殿下?」

 ヘルスが疑問系で呟く。その言葉に全員の目がシオンに注がれる。

「バレると思ってた」

 そう言って諦めたような手つきで少しだけフードを上げる。姿絵などでよく見かける顔がそこにあった。

「「「「「っ!?」」」」」

 マリ達5人は声も出ない様子だ。ロリエは呆れたような表情をしている。

「すまないが、少しここに居させて貰おう」

 ニッコリと微笑みながら言われた言葉に全員が驚き、呆れながらも了解した。



 緊張しながらも会話をする5人と、緊張感無く会話をしている5人。

「楽しそうな生活なんだな。通ってみたい」

 学園での話を聞いたシオンは時折笑いながらそう言っていた。

「殿下、御探ししましたよ?」

 レイ達は気付いていたが本人とマリ達五人は全く気付いていなかったアルの登場に驚いていた。

「大人しくしていて下さい、と言っておいた筈ですが?」

「悪かった。だが、良いだろう少し位」

 息が詰まるんだ、と言ったシオンにアルは仕様がないな、というかの様に溜息を吐き、

「まあ、目を離した私も悪かった」

 と自分の非も認めた。

「だが、どうしてヘルス達といる?」

「お前の引き取った娘が私を見つけたんだ」

「そうなのか?レイ」

 話を振られたレイは、

「見つけて護衛とかが近くに見えなかったから。だったらロリエやヘルスがいる所にいた方が安全かな、と思って」

「状況を考えると、その判断は正しいだろう」

 アルはそう言ってレイを褒めたあと、

「さて、殿下。そろそろ戻りますよ」

 というとまだ不満を口にするシオンを有無を言わさずに連れて行った。

「そろそろ午後の試合が始まるね」

 何事も無かったかの様に普通の会話をし始めるレイに全員が一瞬戸惑いながらも相槌を返した。



『これより、午後の部を開催いたします』

 先程の席に戻ったレイとファラルはまたぼんやりと試合を見ていた。

 現在はティラマウス学園がトップでシュワルツ学園、ラミナ学院となっている。だがその差はまだ、どの学校でも巻き返せる程に少ない。

 午後からは高学年の試合が多くなり、本物の軍人さながらに戦い、競い合う生徒達の姿に観客も沸き上がる。そしてレイも納得の実力の持ち主が数名現れる。

(人を斬った事がある生徒)

 それは命の危機にさらされた事がある、と言う事になるかもしれない。ただ快楽の為に人を斬った者がいるすればその人間の纏う雰囲気はとても普通の者とは違い複雑で分かり易い。生徒達の中にそんな雰囲気を纏う者はいなかった。

 全ての試合が終わり、結局優勝はラミナ学院となった。

 会場にいる殆どの人間が優勝カップを受け取るラミナ学院の代表生徒達に惜しみない拍手を与え、負けた学校の生徒達にも拍手を送る。

 こうして交流試合は終了した。


 

 

 

 

 






 

 







 

 

 第二皇子の事を“シオン”と呼ぶ事がレイに許されました。因に、皇子の事をそう呼ぶのは家族と親類の一部(従兄弟、例えばアルとか)、そして認めた友人です(レイが一番)。

 そのうち今は緊張でガチガチのマリ・マリア・カナタ・サラ・セイジにもそう呼ばせたいです。

 でもセイジだけは王族に対する接し方を分かっているので緊張はしていてもガチガチになる事はありません。(一応貴族の子息ですから)

 ロリエやヘルスも貴族で接し方は分かっています。でも普通の者よりも皇子に慕われています。(理由はアルの隊の隊員だから。隊長でのアルが時折、急に城に呼ばれたりしてついて行く事もあるので普通の隊の人間よりも皇子の事を知っています)


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