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血の契約  作者: 吉村巡
72/148

71:校内大会

 最後の方に少しだけご注意ください。

 校内大会とは学園の代表として交流試合に出る生徒を決める大会でもある。2日間かけて行う大会で一般の観客も来る。

 初日は参加者を募って学年別や魔術科、種目別など多岐に渡って同時に行い、2日目は参加者を募って学年総合で行われる。これは剣術と体術とに分かれている。2日目の参加資格は中等部以上の生徒で飛び級のレイの参加には色々と議論が交わされたらしい。


 あの日から、レイの剣術の選択授業の時は先生が相手をする様になった。

 ファラルに経緯を話したら呆れられた。

 今、レイはマリとカナタの間に座って知らない生徒の試合を見ている。

「嫌々、と言う顔だな」

 カナタの言葉にレイは微笑んで「まあね」と答えた。実際は渋々だ。ファラルには程々にな、との言葉を貰っている。適当に勝って、その内負けるかして帰るつもりだ。

「そういえばさ、レイ。エクレシアに何かした?ストーカー行為に及んだ後、凄い気迫で練習に打ち込み始めたんだけど・・・」

「あったと言えばあった。無かったと言えば無かった」

 レイは良くわからない答えを返した。見ていた試合は決着がつき、次はセイジの番だ。

「行ってきます」

 3人にそう言うとセイジは勇んで試合に向かった。そして楽々と勝って戻って来た。校内大会は2日間に渡って行われる。初日に学年別と学科別で行い、次に学年関係なくがありそれは昨日終わった。カナタは魔術で学年1位の成績を修め、セイジは学年3位、マリは種目別で7位入賞。レイは2日目の学年関係なくの方にしか出ていない。

「次は僕か」

 マリがそう言うと精神統一を始めた。呼ばれるとしっかりとした足取りで向かい、相手は上の学年だったにもかかわらず、勝って戻って来た。

「次は私か・・・対戦相手知らないけど、分かる?」

 レイの言葉に全員が目を見開いた。

「確認してなかったの?」

 とセイジが聞いてきて、直ぐに頷く。レイの反応に「ちょっと待って」とマリが言って、対戦表を渡して来る。

「高等部の人か。昨日の学年試合では4回戦敗退の人」

 名前だけでそう呟くとレイの名前が呼ばれ、緩慢な足取りで試合場に立ち、相手と対峙する。

 周りに気付かれない様に気迫を出すと、エクレシアより弱いのか動けなくなり、いつも通り軽く首元に剣を当てただけで試合は終わった。審判の判定を聞くとレイは直ぐに控え室に戻った。

 椅子に座り、溜息を吐くと3人が「どうかした?」と聞いてきたり不審そうな視線をレイにやった。

「やっちゃった、って感じなの。ファラルに呆れられちゃった上に、気分屋も程々にしろって目で見られた」

 体調が悪いのか、と心配していた3人はレイの言葉に頭を抱えたくなった。本当に後悔している様子のレイを見ていると自分たちの心配がどれだけ無駄な物だったのかを思い知らされる。

 3人は護衛としてきてくれたレイの保護者であるファラルの事を思い浮かべた。

 感想としては無表情でレイには甘そうな少し話しかけ難い人物だった。顔は類い稀なる美形だったし、アルシア先輩の隊にスカウトされたという事は実力もあるに違いない。

 3人はレイにかける言葉が見つからなかった。言うべき言葉が見つからなかったと言っても良い。

 そのまま時が過ぎた。



「残念。マリ」

 セイジが5試合目、高等部の生徒に負けたマリにそう声をかけた。カナタも高等部の生徒に負け、レイとセイジは勝ち進んだ。

 次の試合でセイジは12学年1位と当たり、負けた。レイは高等部の生徒と当たり続けているが勝っていた。その中には校内ランクの10位以内に入る生徒も居て生徒の予想と、秘密裏に行われている賭けをを大きく裏切る結果になった。

 次で勝てばレイのトップ10入りは確定する試合、相手はまた高等部の生徒だった。ざわめきが大きくなったのは既に確認する事もなくなっていたのでレイは知らないが、対峙している生徒が去年の優勝者だったのだ。交流試合では準優勝という成績を収めている。

 レイはいつも通り威嚇を行ったが、流石は校内ランク1位。動じる事は無かった。

 審判の合図で試合が始まった。どちらも自然体で構え相手の様子を窺う。レイが一瞬他の事を考えた瞬間、相手が切り掛かってきた。レイはそれをあっさりと受け止める。

 何度も同じ事が繰り返され、10分以上の時間が経つ。レイはいまだ平然としていたが相手の生徒には焦りが生まれていた。

 剣筋は未だに綺麗なままだったが先程までの余裕が無くなってきている。本気でかかってきているのだ。1つ1つの剣が今までレイが対戦してきた生徒の中で一番重い。だが、あくまで生徒の中でだった。

 そのまま又10分が過ぎ、流石に相手に疲労の色が見え始めた。剣筋が荒れだし、無茶苦茶に、本能のままに振り回していると感じられる。それでも体が覚えているのか隙は少ない。レイはずっと受けるばかりだった。

 観客達は食い入る様に2人の試合を見つめていた。時折、野次を飛ばしながら。

「残り5分」

 審判の宣言が入る。一試合は長くても30分と決められていて、それを過ぎると先生の判定により勝敗が決まる。

 相手の生徒がその言葉に焦ったのか早く決着をつけようと体力に拘らず動き回って何度もレイに打ち込んで来るが、レイはそれを全て受け流すか、かわして行く。結局レイが攻撃に回ったのは一度だけだった。

 終了まで後30秒、横薙ぎに加減を考えず顔面に迫ってきた剣を生徒の頭に手をついて体重を感じさせないジャンプをすると一瞬で生徒の後ろに回り込み、無防備な首をいつも通り軽く剣で当てて試合は終わった。

 歓声を上げるもの、賭けに負けて悔しがるものなど大勢が声を上げたがレイが気にしていたのは審判の勝敗を告げる声だけだった。

「勝者、レイ!!」

 その言葉に歓声がまたひときわ大きくなる。レイは嬉しがる様子も無く、誇る訳でもなく、その言葉を聞いてすぐ、試合場から立ち去った。

(剣術で出るんだから一応はいい成績を取ってアル達に貢献しないと、とは思うけど・・・別に優勝とかは気にしないよね。寧ろまだ出るなんて一言も言ってないし)

 レイが一度も振り返らない試合場の上では負けた生徒が茫然とへたり込んでいた。審判に気持ちは分かるがという表情をされながらも「早く出て行きなさい」と言われている。

 賭けに負けた者からは時折罵声が飛ぶ。

 屈辱を感じながらも最後に対戦相手であったレイの後ろ姿を見ると一度も振り返る事無く控え室に戻って行っている。それが何故か、よけいに悔しかった。



「凄いっ!!さっきのレイの対戦者、去年の校内ランク1位だよ!?」

 控え室に入ると次々に生徒達にそう歓声を上げられるがレイは無表情を貫いたままマリ達の居る方へと向かい、先程まで腰掛けていたベンチに座った。

「おめでとう」

 マリの言葉が聞こえるがレイは「何が?」と答えるだけだった。

「何が?って。勝った事が」

 自嘲の笑みを浮かべたレイは絶望的な声で、

「何処が!?絶対にファラルに怒られる。色々やらかして怒られたばっかりなのに!」

 と小さく叫んだ。目には明らかに怯えが宿っている。

「呪いが!あの、呪いが来る!絶対来る!」

 体を震わせ自分を抱くレイの様子は本気でその“呪い”とやらに怯えていた。その尋常じゃない怯えっぷりにレイを良く知る3人は不審そうな顔を見せた。

(((どんな呪いだよ)))

 同じ事を思ったが、口に出す事は憚られた。ようやく自分たちよりも年下だと思えるレイに出会え、そのレイが怯えているのだ。年下の女の子の傷を抉るような真似は出来ればしたくはない。

 3人以外の控え室に居た生徒はレイの怯え方を緊張と解釈して声をかけない方が良い、と判断したのか気にしながらも声をかけて来る者は居なかった。

 12学年の学年1位は10位以内には入ったが5位以内に入る事は無かった。

 レイは5位以内が確定している位には勝ち進んだ。そして、いつの間にか次が決勝だった。

(もう良いか)

 諦観にも似た気持ちでレイはそう思った。参加する事を伝えた時点で未来は確定したも同然だった。今日、帰って結果を伝えれば明日には地獄が待っているという事は分かりきっている。

 決勝戦、名前を呼ばれ出て行くレイを見ていた3人はレイの様子が今までと少し違うと思った。何となく、スッキリとした顔をしている気がしたのだ。

 事実、レイは既に諦めの境地に居た。その為に既に開き直って足取りも軽い。抵抗しても無駄なのだ。ならばやる事は1つだけだった。そう思うと表情が変わるのが自分でも分かったが隠す気はなかった。

 試合場に立つと今までの試合を見ていた観客達が一斉に2人に向かって歓声を上げた。試合を見ていなかったので相手がどんな人物なのか全く分からなかった。更に相手の名前も思い出そうとすれば思い出せるのだろうが、興味が無かった。

 審判が試合開始を合図しようとするのをレイは「待って下さい」と笑いながら止めた。怪訝そうな顔をする審判と対戦者の生徒。レイは剣を審判に渡して、

「棄権します」

 と宣言した。審判も生徒も目を見開く。観客達も唖然としている。控え室にいたマリ、セイジ、カナタだけが先程のレイの顔を思い出し溜息が出そうになるのを必死で堪えていた。

 観客席ではサラとマリアが数日前レイが言っていた「決勝まで残る事はあるかもしれないけど、優勝は無いよ」という確信めいた言葉を思い出し、教師席から見ていたレイの選択教科の剣術担当の先生は眉間に皺を寄せた。

 レイは周りの状況に構わず、

「すみません、判定はまだですか?」

 と審判に尋ねた。審判は正気に返ったかのか「本当に良いんですか?」とレイに尋ねた。レイは躊躇無く頷く。その様子に納得出来ない、と声を上げそうになった生徒よりも先に審判の宣言がある。

「レイ選手のにより、勝者高等部の・・・・!!」

 レイは審判の宣言を全て聞く前に試合場から降りた。周りを全く気にする事なく普通の足取りで控え室に向かう。

「いいの〜?レイ。相手、多分納得してないと思うけど?」

 控え室に入ってきたレイに一番に声をかけたのはセイジだった。周りの目からレイを隠す様にセイジ、マリ、カナタがレイの周りを囲み、準備よくレイの荷物を持って来てくれていた。

「相手が納得しなくても、事実は事実です。優勝は彼、それで良いと思います」

 レイはあっさりとそう言うとマリが差し出した荷物を受け取り足早に更衣室に向かった。

「納得出来ませんわ、先程の試合」

 更衣室には既に仁王立ちするエクレシアが居た。レイは呆れたような溜息を一つ吐くと彼女の存在を無視して着替えを始めた。一分もしないうちに着替え終えたレイは「聞いてますか!?」と喚くエクレシアを無視してまた足早に更衣室を後にした。

 昨日、今日と実際は休みの間に大会があり、帰る時間は自由なのだ。昨日は午前中だけ、今日は試合が終わったらすぐに帰るつもりでいたので学年2位の授賞式に出るつもりは無い。

 屋内から出るとレイは荷物を持ったまま駆け足で学園から出るとまた走る速度を上げて館へと帰った。

 内心、足はこれからの事を考えると重く、館に近付くにつれて遅くなった。ついにその足が止まるとそこから一歩も動けなくなった。開き直った筈の考えがまた頭の中に浮かんだ。それを考えるとレイの足は自然と後ろに下がった。

 トンッ、と何かにぶつかった。気配も何もなかったがぶつかった瞬間からレイは自分が何にぶつかったのかが分かった。

 恐る恐る振り返るとそこには何時もの無表情で、だが体から発せられる雰囲気では怒っている様子がありありと分かるファラルが居た。

 一瞬で体を強張らせたレイはファラルの腕に優しく抱きとめられた。それがレイには自分を縛る何重もの鎖と檻に思えた。

 耳元で「分かっているな?」と甘く囁かれレイは全身の力が抜けた。体が動かなくなったレイを見てファラルはレイを抱き上げた。

 そのまま館へ入り、レイの部屋へ連れて行く。途中、階段から降りて来るヘルスが不審そうに2人を見るがファラルとレイの様子を見て何も言えなくなったようだ。

 ファラルは俯き加減でレイにしか顔がよく見えなかったがその方が誰の為にも幸いだった。レイだけが少し青い顔をしてファラルを見つめ返す。

 レイの部屋に入るとファラルは無造作にレイを立たせ、その腕を掴んだ。

「当分の間、目立つ行動は控えろ、と言った私の言葉を忘れたか?休暇中、勝手に行動をし、自殺行為を行ったのを忘れたか?」

 厳しい追及の言葉にレイは呟くような声で「忘れてません。ごめんなさい」と言った。

 その言葉に妖艶に笑ったファラルは低い声で「自覚がありやった事ならば、仕置きが必要だ」とレイの耳元で囁く。

「あの時は忘れてた」

 慌てて言い直したレイの言葉にも意に介さず妖艶な笑みを深めて、

「ならば、一時も忘れる事の無い様に体に刻みつけよう」

 とまたレイの耳元で囁いた。

 逃れられない運命なのだ。レイの考えた様に。ファラルにはレイを逃がす気も許す気もない。それがどんな感情から来るものなのかにはレイもファラルも目を背けたままファラルはレイをベッドに押し倒した。

「ごめ、ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」

 涙目になりながら謝るレイを無視してファラルは事を続ける。




 その日の夕方、館に絶叫が響いた。それはよく知る者の声で自室で仕事をしていたアル。食堂の準備を手伝っていたベクターとヘルス。そして薬を作ったいたロリエがいち早く反応し、叫び声の上がった部屋へ向かった。

「レイ!どうしたんだ?大丈夫か?」

 ドアノブに手をかけようとした瞬間、中からレイの声が返って来る。

「大丈夫です!来ないで、下さいっ」

 と怯えたような震えている声が聞こえ、逆に部屋の外に居た者は不安になる。

 何もしていない筈なのに扉が開いた。出て来たのはファラルだった。確かにレイの叫び声に一番に反応しそうな人物が来ない事をおかしいとは思っていたが既に中に入っていたのか、と納得する。

「ファラル、レイが帰ってからずっとレイの部屋に居た?」

 ヘルスの少し躊躇いがちな質問にファラルは短く「ああ」と返した。その言葉を聞いた後、ヘルスは意を決した様子で、

「レイに、何かしたのは君?」

 と言った。ファラルはその言葉にも「ああ」と短く返した。

「一週間だ」

 ファラルがレイを振り返ってそう宣言した。レイは絶望的な声で、

「一週間も?」

 と返した。その時、アルがファラルの首に剣を当てていた。真剣だ。アルの気迫に全員が少し後ずさった。

「レイに、何をした?」

 冷ややかな声でいうアルにファラルは平然と、

「仕置きだな。こちらのいう事を聞かなかったんだ。されても仕方が無い。命に別状は無い」

 ロリエ、ヘルス、ベクターの3人がアルが怒っている事を感じていた。それも、かなり本気で。

「ほう。それで、まだ年端もゆかぬ少女に手を出した、と?」

「何の事だ?何か勘違いをしていないか?」

 ファラルを除く全員の想像は同じだった。それ故にアルの行動を止められずに居る。ファラルはレイに手を出した、と全員が思っていた。


 

 

 レイの叫びの意味は次回、明かそうと思います。

 そして『血の契約』を読んで下さった方が10万人を超えました。物凄く嬉しいです。

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