6:お勉強とお手伝い
ロリエに連れてこられたのは、小隊の一角にある割と大きなテントだった。取り敢えずローブを脱いで下に着ていた動きやすい服装になると、ロリエも服が先程までの制服のような物と変わって一般的な物になっていた。それでもパッと見ただけでその服が、質の良い物だと分った。
「ここが、私のテント。レイちゃんは私と一緒に、ここで夜は生活します。よろしくね」
笑顔で言うロリエに、レイも笑顔で、
「はい。よろしくお願いします、ロリエさん」
と返すが、
「いいよ、敬語なんて。さん付けも無しね?」
「それではロリエさんも呼び捨てでお願いします」
穏やかにそう返すと、しばらく悩んだ後、
「分ったわ、レイ。その代わり・・・」
「敬語とさん付けを無し、だったっけ?ロリエ」
ロリエの言葉を遮り、砕けた言い方に変わったレイにロリエは満面の笑みで頷いた。
「このテント、他にも誰か使うの?」
「ううん。この隊では女が私一人だから。男の人と一緒でも良いんだけど三人、アルとヘルスとベクターが絶対駄目って」
「へぇ。私はファラルと寝るの一緒だったけどね、暖とるためにも」
「本当に仲いいのね」
「仲がいいと言うか、家族も同然だよ」
先程までの大人っぽさからうって変わって、13歳らしい言動と口調になって急に印象が変わったレイを、可愛い!!と思いながら、抱きしめたい〜!と言う欲望を抑えお姉さんらしく振る舞うために、
「よし、じゃあそろそろアルに言われたことをしましょう。レイは私の生徒になってもらいます」
「生徒?」
レイが、ロリエの言葉を繰り返すと、
「えぇ。これからお勉強を始めます」
「何の?」
それが分らなければ、勉強にはならない。
「えーと、取り敢えず帝国の文化とか、政策とかこの大陸の基本を教えるんだけど。だって、そうじゃないと何で自分が教育を受けないといけ無いのか分らないでしょう?まぁ、学校に行ったらまた習うから」
そう前置きすると、ロリエは椅子に座るようにレイに言った。
「まず、私達の居るこの大陸はアズマール帝国を中心にして沢山の属国が集う大陸が一つの国、みたいな所です。
国と国を行き来するのに、許可は必要ありません。
大陸全体で魔法を推奨し、魔力を持つ者は才能があれば、いくらでも魔術を学ぶことが出来ます。
魔力を持ってなくても、大陸全土で教育に力を入れているので十歳になれば学校に行って教育を受けることが決
まっています。個々の事情で受ける事の出来ない子も居るけどね。
頭がよく、才能があれば早く入学して学ぶことも、飛び級も可能です。
もちろん才能の無い者や、勉強についていけない者。素行の悪い者は留年、退学処分もあります。
ここまでで、何故教育を受けるのか分った?」
ロリエの言葉に、レイは頷いた。
「次に、政策について。
この大陸では大陸全土を治めている帝王と国を治めていている国王、貴族がいます。
帝国には事件・悪魔・魔獣の問題等を解決する魔法隊とそれを補佐する兵隊・軍隊が居ます。
兵士・軍人は魔力を持たない人間のことで、魔術師や魔法使いと呼ばれるのが魔力を持つ人間のことです。
兵士だけで構成された隊を兵隊、軍人だけで構成された隊を軍隊といいます。
兵隊の仕事は、主に魔法隊の補佐がメインで軍隊の仕事は犯罪者の取り締まり村の小競り合いの解決、失せもの探し等、多岐にわたります。
そして、魔術師も兵隊・軍隊もどこの国にも配置されていて、その中の選りすぐりが帝国立の隊に選ばれます。
まぁ、コネとか色々あるけどね」
あっけらかん、と言うロリエは、
「でも、魔術師はどこの国にいても魔法隊は帝国の他にはかなり少ないけどね、大体が帝国に居るから。ちなみに、魔術師にもコネで入る奴居るけど私達は実力よ?」
と笑った。
「あの、学校ってどこにあるの?」
レイの素朴な疑問に、
「いろんな所。大きな町には何カ所もあるし、小さな村だと、その周辺の村には必ずある。力を入れる所で寄宿学校というのもあるわ。魔力を持つ人は、普通の学校でも学べるけど才能があれば魔術学校に入れるの。能力が基準値以上ならばその国の城の魔術師のもとで学んだり、大陸の四方位にある大国の魔術学校や、大陸の中心にある帝国にある魔術学校の、計五カ所にある魔術学校に入れるの。その中から、自分の能力に合った仕事に就けるのよ。まぁ、その下に魔術学校に入るために勉強する学校もあるけどね」
へぇ、とレイが感心したように笑うと、誰かの気配がした。
笑みを消し、テントの入り口を見つめるとベクターとヘルスが、
「二人とも、夕飯の準備で手が足りないので手伝いをしてくれないか?と言って来ているんだが」
「僕達も手伝いにかり出されるから、一緒に行こう」
と、声をかけて来た。
「じゃあ、続きは夜にしましょう」
そう言うロリエに、コクリ、とレイは頷いた。
「ねぇ、レイは料理作れる?」
手伝いに向かっている途中、唐突にロリエに尋ねられ、
「ファラルに色々習うから。ファラルも料理上手なんだ。旅の途中はそんなに凝った物作っては無いんだけど割と何でも作れると思う。ファラルは何も言わ無いから味はどうなのか分んないけど」
実力の計れない、微妙な返事をするレイに、
「まぁ、私は女のくせに、あんまり料理得意じゃないからなぁ」
恥ずかしそうに笑うロリエに、
「おいしいよ、ロリエの料理。頑張って作ったってこと、凄く良く分る」
(つまり、食べられるけど見た目が少し悪いってこと?それとも、おいしいはお世辞?それとも普通なのか?)
身も蓋もないことを笑顔で思いながら言わないのはやはり優しさ。
ファラルなら、空気を読んでも無視して言うだろう。
「上手い下手はあまり関係ないと思うが?頼まれたのは下ごしらえだ。調理・味付けは施設の者がやるそうだ」
つけ加えるかのように言ったベクターに、
「「それを早く言って!!」」
と、息ぴったりに突っ込んだロリエとヘルスが可笑しくて、レイはつい吹き出してしまった。
「フッ・・クッ・・・ハハッ、アハハ。勘違いしてたんだ・・・それなのに真面目に、料理の心配してたんだ、ククッ・・ハハッ」
笑いをこらえながら言うレイに、
「「笑うこと無いでしょう!レイ(ちゃん)も勘違いしてたんだから(のに)」」
「そうね、人のこと言えないわね」
そんな会話をするレイをベクターはなぜか凝視するように見ていた。
「スゴイ・・・」
着いた時の第一声がロリエのそんな短い呟きだった。
ヘルスとベクターは何も言えず、ただその光景を見て呆然としていた。
レイだけは微笑みながら、
「大変そうですね〜」
と、のんきに呟いた。
目の前に広がる光景。
それは、百人は居るだろう人数の食事を、十人で作っている女の人達のこと。
野菜を切っている人が五人。皿の用意が二人、調理が三人。
全員がフルスピードで料理の支度をしていた。
はっきりと言って、動いている人に歩く人はいない。
「人数が、少なすぎるだろう」
ベクターのつぶやきで、何故少ないのかレイが考えると、
「もしかして、診療所?」
と呟いた。
「どういうことだ?レイ殿。診療所が何か関係あるのだろうか?」
ベクターに問われ、レイは一つの仮説を話した。
「この施設には、診療所があるらしいんです。今回の騒ぎで体調を崩された方がいるのかもしれない、と思いまして」
あくまでも仮説ですけど、レイが最後にそうつけ加えた所で、料理をしていた女の人の一人が4人に気付いた。
もの凄いダッシュで向かって来た女の人は、
「あなた達が手伝ってくれる人?」
額に汗をかきながら質問して来たその人に、
「はい、微力ながら協力させて頂きます」
ヘルスがそう言うと、
「こちらこそ、ありがとう。体調が悪くなる人が多くて診療所に人が行ちゃって、人手が足りないのよ。早速入って」
そう言って、また走って戻る女の人の後を走って追うと、野菜が沢山ある所で、
「ここで下ごしらえして頂戴。自由に適当な大きさに切っていいから。それと、あなたは力仕事を頼めるかしら」
そう言って、ベクターだけを連れて他の所へ行った女の人を見送った後、
「じゃあ、やりますか。でも、その前に・・・髪括るわよ」
そして、いきなり髪を括るリボンを取り出すと、レイの髪を括ろうとした。
「触らないでっ!」
レイが不意にそう叫ぶと、ロリエの手を払った。
ヘルスとロリエが呆気にとられていると、
「私の髪に触れるな」
小さく、だが相手の芯まで凍り付かせ震えてさせてしまう声でレイが呟いた。
「自分で括るからリボン貸して」
さっきまでと打って変わって、穏やかな口調でロリエの前に手を差し出すと、ロリエはその手にリボンを置いた。
レイは自分の髪をさっさと一つにまとめると、手を洗いに行き、戻って来ると野菜の下ごしらえを始めたので、ロリエとヘルスも戸惑いながら、レイの近くで作業を始めた。
不意に、さっきまでいた下ごしらえをしている女の人が居なくなったのにレイは気付いた。
(下ごしらえは任せた・・・と、人数少ないから仕方ないか。料理好きだから良いけど)
ロリエとヘルスが心配している程、レイは髪のことを引きずってはなかった。
ただ、黙っているのは、料理に集中しているから。
(でも、今晩の勉強は無くなるかも。ロリエが引きずってたらだけど。それにしても、知ってる話をもう一度聞くのは面倒くさいな)
無表情を変えずに、そんなことを考えながら動かす手は、近くにいるロリエとヘルス以上に速く、下ごしらえを終えている野菜も、もう大量に出来ていた。
切った野菜がもう入れ物に入れられない程になり、料理を作っている人の所へ持っていこうとしたら、後ろから誰かに声をかけられた。
「私が持っていこう」
レイが後ろを振り返ると、そこにはアルが立っていた。
「アルシアさんも手伝いに?」
「あぁ、隊の方は一段落したんでな」
その声を聞きつけたのか、ロリエとヘルスがこちらの方を振り返った。
「アル!何でここにいるの?忙しいんじゃ・・・」
「仕事は早く終わらせるのが私のモットーだ」
「じゃあ、終わらせたの?あの量を、今までの時間で全部?」
「あぁ、取り敢えず、今解決できる問題は終わらせた。そしてお腹が空いているから手伝いに来た。何か問題でも?」
冷静に言うアルに、
「うん、忘れてた。アルは僕らと違って化け物並みに凄いんだった」
「何だそれは?私も人間だぞ、化け物等ではない」
(化け物・・・それはファラルにこそ似合う言葉。ファラルは化け物じゃないけど、だったら私も化け物か)
ぼんやりとそんなことを思いながら野菜を持っていこうとすると、アルがそれを取り上げた。
「持っていくと言っただろう?ついでに後どのくらいの時間や量が必要なのか聞いて来る」
当たり前のことのように言うアルに、
(了承した覚えないのに・・・)
と思いながら、
「すみません、ありがとうございます」
とお礼を言っておいた。
ロリエとヘルスはレイの普通の姿を見ていく分かほっとしたようだった。
三人は、アルを見送った後、また野菜の下ごしらえに取りかかった。ふと、ヘルスはあることに気がついた。
(僕の方は、まだ持って行く半分も出来てないのに、レイちゃんの方は少し早く始めたとはいえ、もうそんなに出来る物なのかな)
そう思って、恐る恐る気付かれないようにレイの方を見やると、ヘルスとロリエを凌駕する速さで野菜を切っていた。野菜の切り方はは雑ではなく、皮を切っているのも無駄が無い。
すると、その時レイと目が合った。見ているのに気付かれた、と思って、直ぐに野菜を切るのに意識を戻すと、もう一つのことに気付いた。
(レイちゃんこっち向いた時も手、動かしてなかったけ?それにこっち向くってことは集中してないってことだし・・・)
化け物が、アルの他にも居た。
アルは一瞬で案件について相手が話す内容が重要な物かを理解できるし、常人が一日かけて考えることを、数分で答えを出す。沢山の可能性を瞬時に考え、人の意見も内容を理解した上で直ぐにシュミレーションする。
(魔術学校の時からそうだったけど。僕らだって、普通の人より早く隊に着いたのにアルはその前から、十歳になる前から要請があれば隊で働いてたんだよな。僕らが入った時には十五歳で隊長になってたし、そもそも学校に入ったのだって六歳になる前だったし、僕らだって飛び級したのに学校に居たの普通は八年近くかかるのに四年、十歳で卒業・・・本当にアルは化け物だよ)
そんなことを思ったら、野菜を切るのが遅くなっているのに気付き、切るのに集中した。