68:始業式
アル達が任務を終えて帰って来た次の日、アルに呼び出しをくらいアル自身、忙しい筈なのに長い時間説教という名の注意を与えられた。それでも、レイが魔獣を倒したときの事に触れる事は無かったし、レイの過去を詮索する事も、レイとファラルの会話を詳しく聞いて来る事も無かった。
ただ只管に、危ない事をするな、と注意されるばかりだった。
その後。部屋に戻るとファラルが居て、2発目の平手をくらい、心ゆくまで口論をした。だが、決してレイは被虐趣味ではない。契約を交わしている関係でファラルには何をされても良いのだ。
逆に言えば、レイがファラルに対して何をしても、言っても良い事になっている。
夏休みが終わり、新学期が始まった。
学校へボードをもって行くが、先生に注意されて以来は乗っていない。取りあえず、部室に置こうと思ってレイはもって来ていた。
人が大勢居る所でレイは目立たない様になっているのでレイが手に持っているボードを気にする生徒は何処にも居ない。
先ず部室にボードを置きに行くと、既にサラとカナタが居た。
「おはよう」
サラに挨拶されてレイも「おはよう、2人とも」と返す。棚の横にボードを置き、借りていた本を机の上に置く。
棚の中にあった材料の残りは、約束通りピオス・スクレーに提供した。
「じゃあ、また後で」
レイは用を済ませると足早に部室を去った。
教室へ着くと、マリアとマリが気付き手を振って来る。レイも小さく振り返しながら近付くと、挨拶を交わした。
「皆、何かソワソワしてるけど・・・」
レイの呟きにマリが「ああ」と言って自分もクラス中を見渡した後、
「今日が、課題の発表日でもあるからだよ。出来が悪かった生徒は暫く先生の下で雑用をする事になるらしいし」
「色々、大変なんだね」
「うん、1クラスに1~2人そういう人が出るからね」
レイは内心どうでも良い、と思いながらマリの言葉を聞いていた。
暫くして鐘が鳴り、生徒達が移動を始めた。レイもマリアに手を引かれて講堂へ連れて行かれクラス毎に座る。レイはマリアとマリの間に座った。
始めは始業の挨拶らしく、学園長や、学園主任の話などが長々とされる。レイは話を聞きながらも視線を落として話している人の顔は見ていなかった。
「これにて、始業式を終わります。引き続いて課題の成績発表を行います。まず学年毎に審査員特別賞、優秀賞そして最優秀賞を発表します。初等部1学年、審査員特別賞_______」
次々と成績が発表されて行く。
「続いて、中等部に移ります。中等部11学年、審査員特別賞_____」
中等部に移りまた生徒が呼ばれて行く。
「中等部12学年、審査員特別賞______」
12学年の中で、レイ達がその名を呼ばれる事は無かった。学年最優秀賞をケイン・クレバートが受賞し得意顔で帰って来た。
「続いて、高等部に移ります。高等部16学年、審査員特別賞_____」
レイは先生達の声と呼ばれる名前、課題の概要、そして沸き起こる拍手に耳を傾けながらも意識はしていなかった。
「最後に、全学年総合成績発表を行います。審査員特別賞、高等部19学年_____」
先程まで学年を最初に言っていたのが、結果を先に言う事に変わった。
今までに無い程の拍手が送られる。歓声や拍手の長さが今まで以上に長いのだ。
「優秀賞、高等部20学年______」
高等部の方は段々気が高ぶって来る人が出ている。だが、次の結果は全校生徒の期待を覆す結果だった。
「最優秀賞・・・・・・」
先生が勿体を付けて言葉をそこで切る。
「中等部12学年、普通科マリウス・クルシューズ。マリアンヌ・クルシューズ。レイ。武術科セイジ・コルセール。 魔術科カナタ・シルロード。サラサ・ミカサエル。以上6名は舞台に上がって下さい」
次々と呼ばれ、信じられない気持ちのレイを除く5人は緊張しながらも立ち上がり前へ歩き出した。レイだけは無表情にマリアの後を付いて行く。
「6人は失明薬の解毒薬を開発し、幾つもの専門機関から研究レポートの貸し出し依頼が来ています。そして、皇帝陛下から召喚状が来ていて今月中にも陛下との謁見を賜っています」
生徒達は拍手も歓声も忘れて先生の言葉を聞いていた。
「学年最優秀賞を中等部の生徒が受賞したのは数十年ぶりで今年は学園史に残る結果となりました」
司会の先生はそこで軽い説明を終えた。マリがグループのリーダーとして学園長の渡す賞状を受け取り言葉を貰っている。
「君たちの研究の成果は大陸全土に貢献しました。幾つもの機関から君たちの研究レポートを求める声があり、陛下も大変お喜びです。そして、もう1つ」
学園長先生はそこで言葉を一旦切った。
舞台袖から見覚えのある2人の男子生徒が現れた。顔立ちは瓜二つで双子だと分かった。
「あれ、旅の時の」
マリの後ろで並んでいる5人の中で小さく会話がなされた。
「うん。2つのグループのリーダーの人達」
2人は学園長先生に場所を譲られて恐縮しながらもマリの前に立つ。
「彼ら6人は2つのグループの救助活動を行いました。そのグループリーダーの2人が感謝の意を伝えたいとの事で、この場を設けます」
学園長は生徒に軽く説明すると一歩後ろに下がった。
レイ以外には見分けがつかないらしいが、兄の方が先ず感謝の意を述べた。
「僕たちのグループは、リーダーである僕の指示が判断を誤ったものであった事から、メンバー、護衛の方、そして僕自身が危険にさらされる結果となり、貴方達の援護が無ければ最悪の場合死者が出ていたかもしれません。異変に気付き、危険を顧みず怪我人を保護し、応急処置をしていただいた事に厚くお礼申し上げます」
一礼すると次は弟の方に移った。
「僕のグループも僕の判断の誤りからメンバー、護衛の方、そして自分自身も命の危険に晒されました。怪我がまだ治らず今日を学校で迎えられなかった生徒が何人かいます。ですが、彼らの応急処置の御陰で後遺症が残る者は居ません。僕の過ちでグループのメンバー、護衛の方達、学園の関係者、家族、そして何よりも君たちに多大な迷惑をかけてしまった事をお詫びします。そして同時に、助けていただいた事に感謝の意を述べたいと思います」
その瞬間、割れんばかりの拍手が沸き起こった。先程の沈黙が嘘であったかのような拍手はレイ以外の舞台に居る生徒の緊張をほぐした。
マリが代表して2人と握手を交わし、また一段と拍手が大きくなった。
学園長が前に出ると拍手はゆっくりと静まり、出て来た2人は一礼して舞台袖に戻り、マリはレイ達の居る場所に戻って来た。
「今日は、輝かしい日となりました。私は、素晴らしい心を持った君たち、学園の生徒全員を誇りに思います」
もう一度、レイ達6人は拍手を貰い指示されて舞台袖へと入った。先生がついて来るよう指示し6人はついて行く。恐らく、もう式には戻らないだろう。
「学園長先生が戻られるまで、少しの間待っていてね」
先生の言葉に全員が頷く。レイは他の5人とは違い緊張感など微塵も感じていない風に部屋を見回す。物の配置や窓の位置、本棚や歴代の学園長をかけている壁。レイが知っている部屋から変わっている事があれば変わっていない光景もあった。
「学園長室って、入った事ある?」
マリアは緊張しながらも暢気な質問をして来る。
「一回、上の学年の授業に参加する許可を貰う為に」とカナタが言った。
「私は無いです」とサラ。
「僕は何度か、校内の剣術大会入賞の賞状を貰う関係で」とカナタ。
「一回。武術クラブは一応学園の威信をかけた大会に参加するから各学年の部長・副部長は呼ばれるよ」とマリ。
「この隣の学園長室になら。一応飛び級生だから」とレイ。
「実は、私は無い」と質問を振ったマリア。
考えてみれば実は優秀な人間が多い事に気がついたマリアは素直に、
「よくよく考えると、優秀な人が多い気がする」
と呟いた。その時、学園長室の扉が開き学園長が入って来た。その瞬間、全員が姿勢を正す。
学園長は年を重ねた穏やかな顔と豊かな白髪、そして顔の皺1つ1つにまでに満ちあふれた慈愛の表情を6人に向けた。座るよう指示され全員がソファーに腰掛ける。そして切り出された。
「この部屋に君たちを呼んだのは、他でもありません。皇帝陛下との謁見の日取りの事です」
緊張感が部屋に居る全員を包む。レイだけは表面上で内心は冷静に学園長の言葉を聞いていた。
「恐らく、今週末になるでしょう」
「そんなに、早くですか?」
「ええ、課題の結果は夏休み中には出ていましたからね。それに、君たちの研究は最優秀賞をとらずとも陛下との謁見は決まっています」
学園長はそれ以上語る事は無かったので5人には何か事情がある、という事以上分からなかった。全ての事情を察する事が出来たのはレイだけだった。
「服装は学園の制服をきちんと着れば十分です。そして、同行人は私になります。陛下との謁見の後で研究機関の方が話をしたいと言ってきているので、城の一室で研究機関の方と城の医師の方数人と話をする事になります。そのつもりで心構えをしていて下さい」
レイを除く5人が体を一瞬強張らせた。一応レポートを隅から隅まで何度も読み、レイの分かりやすい説明を何度も聞いてようやく内容が理解出来たのだ。忘れているかもしれないと思うと不安になる。
「そこまで長い時間ではないですから大丈夫ですよ」
生徒達のプレッシャーを察したのか学園長が気休めを言う。だが、殆ど無意味だった。
「失礼」
話を聞く心構えが出来ているのはカナタ、マリ、セイジ、そしてレイだけになった時、レイが唐突にそう呟くと、
パンッ
と手を叩いた。マリアとサラの注意がレイに向く。
「人の話を聞きましょう。プレッシャーは当日にでも感じれば良い」
その言葉に正気に返ったのか2人の目はしっかりと学園長を見据えた。
「どうぞ、お話を続けて下さい」
2人の様子を確認してレイが学園長に話の続きを促す。面白そうに様子を見ていた学園長は微笑みを浮かべたまま、
「予定としては今週の土曜日です。集合は9時までに学園です。学園に来たら職員室へ来て下さい。服装は先程も言った様に制服。馬車を手配しますのでそれに乗って学園から城へ行き、式の時間まで待機です。今の所、言っておく事は以上ですね。他にも伝える事があれば担任の先生を通して伝えます」
「分かりました」
6人を代表してマリが答えると、先生は退出の許可を出した。
放課後、部室には疲れた様子の5人と無表情に本を読んでいるレイの姿があった。
「今日一日で、何回同じ事聞かれるの?」
マリアの愚痴のような言葉に全員が同意する。
「廊下歩いてても視線が痛かった」
セイジの言葉に全員が苦笑いを浮かべる。
「でも、何でレイには質問する人居なかったんだろう?視線浴びても我関せず、みたいな」
マリの言葉にレイは本から顔を上げて、
「必要以上に人と関わりたく無いから。多分質問されてもマリかマリアに回したよ。質問して来る人、居なかったけどね。人当たりの問題じゃない?」
冷静に言葉を返されまた視線が本に戻るのを見た5人はレイの精神力の強さに感嘆とも呆れともとれる溜息を漏らした。
「それにしても、何で皇帝陛下との謁見があるんだ?」
ふとした疑問を声に出したかのようなカナタの言葉にマリアが同意する。
「《ヴァルギリ》って、言っちゃ悪いけどそこまで出回ってる毒薬じゃないでしょう?解毒薬は無いけどその分作るのが大変だし」
「確かに、考えてみれば変ですね」
サラも思案に暮れる。
その様子を見ていたレイがセイジに問いかけた。
「セイジは貴族だから少しは事情知ってると思うけど」
「そうなの?」
マリアの言葉にセイジが曖昧な笑みを浮かべる。「どんな噂?」マリの追求の言葉に黙っている事はできないと判断したのかセイジが白状した。
「さっき思い出した事だから確証はないけど、王族の方の中に《ヴァルギリ》を盛られた方が居る、って聞いた事はある。家は父親が王家の騎士の1人だから知ってるんだけど、一応極秘の噂みたいだから」
「・・・確かに、そう考えれば辻褄は合う」
マリの言葉に全員が同意した。
「推測が当たると良いね」
さり気なくレイが全員の考えに水を差して荷物をまとめ始めた。
「暫く早く帰れって言われてるから帰るね」
それだけ言うと鞄を持って部室を出た。
館に帰るとアルがレイを部屋に呼んだ。
「どうかしたの?」
アルの部屋で向かい合って座りながらレイが切り出した。
「開口一番には、報告が欲しい。取りあえず、学年総合成績で最優秀賞受賞、おめでとう。土曜には陛下との謁見もあるんだって?」
レイは今の今まで忘れていた事を思い出した。
「はい。でも、どうして知っているんですか?」
「式で陛下の護衛の1人だからだよ。レイの事は私を通じて覚えていたらしくてお褒めの言葉を直々に戴いた」
分かっていながらも「アルを通じて?」と突っ込むとアルは失言だったとばかりに口元を押さえた。そしてジッと見つめるレイの視線に耐えきれなくなったのか事情を話した。
「実家が侯爵の位を持っていて母の妹、つまり叔母君が陛下の皇妃なんだ。陛下とは、外戚の関係に当たる」
「・・・爵位の事なんかは良くわかりませんが、皇帝陛下に近しい間柄なんですね」
「簡単に言えばそうなる」
「話は以上ですか?」
「いや、言っておきたい事があったんだ。陛下と、自分自身の言葉だ。レイ、感謝する」
唐突に言われて何の事だか理解が出来ない。
「詳しい事は話す事が出来ないが、伝えたかったんだ。解毒薬を作ってくれた事に、感謝する」
もう一度そう言ってアルは頭を下げた。レイは淡々と、
「感謝される謂れは無いです。アルは私の身元引き受け人ですから感謝されこそすれ私に感謝する必要は無いと思います。それに、恩に報いるのは、どんな形であれ当然の事です。今回は全く考えていませんでしたけど」
と言ってアルに顔を上げさせた。
部屋から出て今週末の事をふと思うと言いようの無い憎悪が全身を駆け巡る感じがした。
(まだ、その時じゃない)
そう思いながら溢れそうになる狂気をどうにか押さえると自室に戻る為にゆっくりと歩き出した。
次はお城の話です。
今回、アルが皇帝陛下と外戚関係にあると書きましたが、もう少し補足するとアルの実家は侯爵家ですが、アルの母親は公爵家の出でアルの母方の祖父は先代の皇帝の弟です。アルは少なからず王家の血を受け継いでいるのです。