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血の契約  作者: 吉村巡
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67:意外な再会と夏休みの終わり

 村ではささやかながらレイとサラの歓迎会が行われた。村人達はサラに近い物を感じたらしく親しみを込めて、だがレイの友人として手厚くもてなした。

「数ヶ月くらい前に〔トリグル〕の人が何人か来てくれたの」

「ああ、彼らは仲間意識が強いからね。この村にも親しみを感じているんじゃない?」

 世間話や質問にレイはどんどん答えて行く。質問の中身は、農作物の育て方や薬草の見分け方、調合法など多岐にわたり、レイは的確に全ての質問に答えて行った。

 夜も深けた頃、歓迎会は御開きになり、全員が家へ帰り、レイとサラも村で宛てがわれた家へ戻った。


 家の中に入ると短い会話をしてサラは夜着へ着替えてベッドに入った。

 レイも明かりを消してベッドの中へ潜り込む。

 暫くしたあと、サラの布団がもぞもぞと動いた。寝返りを打っているのだ。サラは昼間の会話を思い出し、眠れないでいたのだ。

 すると、サラは既に寝ていると思っていたレイが声をかけていたので驚いた。

「昼間の会話の事でも、考えてたの?」

 心を読んだかのような言葉に、サラは少し慌てた。そしてゆっくりと起き上がったレイのシルエットを見て、

「正直、バレるとは思ってなかった」

 と言った。そしてポツポツと、

「私は、お母さんに感謝してた。大好きだった。・・・その反面、恨んでもいたの。お母さんが娼婦でさえなければ、私はこんな想いしなくて済んだのに、って。最低でしょう?私を育てる為だったのに、好きでしている仕事じゃなかったのに・・・」

 レイはただ、黙って聞いていた。

「お母さんが病気で倒れる少し前に、少しだけ言っちゃったの。言ってはいけない事を。お母さんは、ただ微笑むだけで、そのまま死んでしまった。・・・もう会えないの」

 目元を隠し震える声で小さく、叫ぶように言ったサラは泣いているのだろう。自分を傷つけ、責めている。

「誰かに、何かに、自分に、憤る事は必ずある。もしも辛いなら、逃げてしまえば良い、割り切ってしまえば良いの。タイミングが悪かった、って」

 淡々と語るレイの言葉を聞いて、サラは小さく微笑むと急に眠気に襲われた。泣いて少し体力を使ったようだ。

 十数分後静かな寝息を立てるサラの様子を見て、レイも布団を被って瞼を閉じた。だが、レイが眠りにつく事は無かった。


 生き物の大部分が活動を始める時間。それは、世間とは隔絶したこの村でも変わりない光景だった。

「おはよう、姉さん。サラサさん」

 カーラがバスケットに朝食を入れて運んで来てくれた。

「おはよう、カーラ村長」

「おはようございます」

 挨拶を返すとレイはお茶の準備を始めた。

 朝食を終えた後、3人で会話をしていると急にレイが立ち上がり、窓へ駆け寄って睨みつけるように一点を見つめていた。サラにはレイの行動が理解出来なかったが、カーラは分かっているようで怖い位真剣な顔をしている。

「十中八九、今日ね。出来始めてるけど、恐らく完成は午後。皆には森に入らないように、午後から外出禁止と集団で一所に固まるよう伝えて。勿論、お守りを忘れないように」

「分かったわ。サラサさんは私の家、という事で良いかしら?」

「ええ。お願いするわ」

 2人の会話がそこで終わると、カーラの行動は速かった。バスケットの中に入れていたベルを思い切り鳴らすと数分後には何人かの男達が駆け足で家の扉を叩いたのだ。

「避難命令よ。今日は森へ入らないこと。既に入った者が居るのならすぐに連れ戻して。午後までには仕事を終えて、指定の家に集まり、直ぐにでもお守りを使えるよう準備をしておく事。午後からは絶対に、一歩も外へ出ない事。村中に、必ず、伝えなさい」

 カーラが村長らしい威厳をもって命令すると、男達は一度言葉を復唱した後、大急ぎで村中を駆け回った。

 その様子を見守っていたレイは、男達が居なくなると、

「午後までには戻って来る。サラを頼むね」

 といって、レイは入るなと言った森へと入って行った。

「あの、何があるんですか?」

 サラの質問にカーラは、はぐらかすように微笑んで、「サラサさんが知る必要の無い事。知らない方が良い事」と言った。


 レイが昨日来た場所に着くと、魔獣が通った形跡があった。周りの草木が元気をなくしている上に、空気が昨日と全く違う。魔界の気配が濃くなっているのだ。

「何処に飛んだか・・・」

 気配があるのはその一帯だけで、魔獣の気配が無い。どこかに飛ばされたのだ。犠牲になる所が何処かは分からないが“不運”だった、としか言いようが無い。決して、善人という訳ではないのだから。

 子供を、何人も殺した。生まれたばかりの赤ん坊、まだ生まれてさえ居ない子供を母親とともに殺した事もある。それ以上に、大人を殺した。魔獣も、動物も。その瞬間、レイは目的に付随する事以外全く考えない。後々、後ろめたさや、後悔が襲ったとしても、躊躇う事は無い。悲しむ事は無い。

 イライラして、八つ当たり的に殺した人間も居る。

 いつか、そんな人間に殺されても不満を思う事は無いだろう。だが、殺されても、死ぬ事が無いので意味が無い。

「嫌だ、怖い」

 淡々と、無表情に呟くので感情はこもらない。だが、その言葉は紛れもないレイの本心だった。

「・・・帰らないと」

 一言呟くと、足早にその場を立ち去った。



 レイが村に戻ると、既に村の外には人が居なかった。

 カーラの家の扉を叩くと、カーラが出て来た。サラも後ろにいる。

「避難は終わったみたいね。サラも、家の中から出て来ないように。明日の朝、扉を叩くから、それを合図に家から出て来て」

「分かったわ。くれぐれも、怪我をしないように」

「今更な言葉ね。失敗してしまえば元も子もないわ」

 そう言ってクスクスと笑うと、レイは扉を閉めて村の中心部へと向かった。

 家の中に居たサラとカーラは複雑そうな顔でリビングに戻った。特に、カーラは口数も少なくなっていた。

 サラが躊躇いがちに「カーラ、さん?」と声をかけると、「なあに?」と返して来た。

「いえ、大した事じゃないかもしれないんですけど、雰囲気が違うというか・・・」

 サラの指摘にカーラは苦笑いを浮かべ、「最近、感情が素直に出るようになったのかしら」と呟いた。

「レイの言葉に、動揺しちゃった。本当に、今更なのよ。・・・多分ね、私達は身勝手よ。レイが問題を解決出来なければ憤り、罵るでしょう。大怪我をしても、多分レイを憎むわ。だって、レイ姉さんを姉さんと呼ぶのは私達を守ってくれたからなのよ。一度でも私達の期待通りにならなかったら多分私達は姉さんを恨むわ」

 サラの表情を見てカーラは微笑んだ。

「酷いでしょう?自分達でやるべき事を他人任せにして、失敗するなら憎むなんて・・・それが、私達なの」

 サラだけでなく、部屋に居る全員が俯きながらカーラの言葉に耳を傾けている。全員が無表情だ。

「救いだった、レイ姉さんが。神様みたいな存在、信仰の対象よ。その分、失望させられると何処までも落ちて行くと思う」

 サラがカーラだけでなく部屋に居る人全員に視線を向けるが目線が合う事は無かった。

 何を話す事無く、時折短く言葉を交わす以外にする事は何も無く不安なまま日が沈み始めた。カーテンが閉められ始める。その光景を不思議そうに見つめるサラに、

「取り決めなの。絶対に、外の光景を見ない事」

 サラはまた複雑そうな顔をした。

 外が、段々と暗くなって行く。



「レイとサラ、どうしてるかな?」というマリアの声に、「・・・・・・」とカナタは複雑そうな顔で虚空を睨んだ。

「まぁ、レイが居るんなら大丈夫って気がしないでもないけど」

 セイジの言葉に、マリが薄く笑って、

「でも、レイは年下だよね。近くの森には魔獣が出るって噂だし」

 と水を差した。その言葉に全員が言葉をなくし不安そうな顔になる。

「無事に戻って来る事を祈ろう」

 セイジの言葉に、カナタは不安そうな目をしてレイとサラが去って行った方向を見つめた。



「ベクター!近くに魔獣の気配は?」

「無い」

 アルは頭を抱えていた。現在アル達がいる森の周辺で魔獣が突如として現れるという事件が起きていた。近くの村の猟師が何人か被害に遭っている。だが、原因が全く分からない。周辺には魔界と繋がっている道が無いにも関わらず、魔獣が出現する。

「ヘルス、周りの空気は?」

「異常なし」

 ヘルスの周りにはヘルスを中心に風が渦巻いている。

「ロリエ、水鏡には何か映ったか?」

「何にも。水鏡でも予測出来ない」

「そうか・・・」

 任務を始めてから何度か魔獣が現れたが突如として現れるので対応が遅れてしまう事がある。

「ファラル、今回現れる場所は予測出来るか?」

「少し南の方だな」

 周りに兵士が居るので今は“殿”を付けていない。

「呼び捨てで構わない。私に対してどんな思いを持っているのかは知らないが、隊長殿が思っている程美しい物ではないと思うぞ?私とレイは気にしていないが他人にどう映るかは分からないからな」

「ファラルがそう望むなら、呼び捨てにさせてもらう」

 唐突にファラルが「・・・来るぞ」と言った。「え」アルがそう呟いた途端、

「魔獣の気配!南の方角!」 ヘルスが声高に叫んだ。

「数、およそ30!」 ロリエも続いて叫んだ。

 全員が直ぐさま反応し、馬に乗り、走り出した。

「前と同じヤツか」

 馬に乗りながら魔獣と対峙する。剣を抜いて全員が魔獣に向かう。

 暫くも経たないうちに原因不明の浮遊感があった。

「なんだっ!?」「魔獣が消えた!」「空間移動!?」

 兵士達の声がする、と思った瞬間目の前の景色が目まぐるしく変化し、気付いた時には全く知らない景色が広がっていた。

「レイ、原因はここか」

「う〜ん。ファラル達の任務がここと関係してるとは思ってなかった。どうしよう」

 聞き覚えのある声がした。声のした方を見ると、そこにはいる筈の無いレイがいた。



「取りあえず、何とかしないと・・・」

「1人で、何とかしようとしていたのか?」

 レイとファラルの会話が続くが、魔獣が興奮し始めた。

「レイ!!」

 アルが叫んでレイに近付く。

「どうしてここに居る!?ここは危険なんだ!」

「怒る意味が分かりません。急に現れたのはアル達の方です」

 冷静に返され、周りを見渡したアルは小さな村らしき一帯を見渡す。そこかしこに魔獣がいる。一般人であり、魔力も無いレイを守らなければならない。

「レイ、下がっていろ。ここは危険すぎる」

 と忠告するが、レイは笑って、 

「分かってます。魔獣に囲まれている状況を、誰も安全とは思いませんよ。同じ魔獣ならどうか知りませんが」

 と言いつつ、魔獣に向かって歩いて行く。ファラルは止めようとしない。

 そして、レイの手に剣が握られている事にようやく気付く。

 魔獣達が近寄って来たレイに狙いを定める。その光景を見ていた全員に緊張が走った。一匹目がレイに襲いかかるのを皮切りに次々と魔獣が動き出す。ファラルとアルがほぼ同時に反応し、全員が自分たちの職務を思い出す。

 アルがレイに襲いかかろうとする魔獣に追いつこうとしたが、間に合わない。咆哮を上げながら襲いかかって来た魔獣にレイはにこやかな笑みのまま剣を急所に突き立てた。レイの剣は魔獣の急所を刺し貫いた。レイが直ぐさま剣を抜き取ると一気に後退して、次に襲いかかって来た魔獣の首を落とした。

 アルは一瞬茫然とその光景を見ていた。いや、アルだけではなく、その光景を、見ていた者全員が茫然となる。

 油断した瞬間、魔獣が襲いかかって来た。アルは反射的に剣を薙ぐと魔獣の前足が両方何処かへ吹っ飛ぶ。魔獣は痛みに悶絶し、暫くして事切れた。

 状況を冷静に見ながらレイの様子を窺うと、レイの周りには次々と魔獣の骸が出来上がって行く。

 30分後には魔獣は全て死に、辺りは血の海へと変わった。

 レイの働きは目を見張るものがあった。新人兵士が手こずっている所にはそれとなく加勢し、なるべく邪魔にならないように魔獣の骸を一塊にする。上から下まで血だらけで魔獣が殲滅した今、息を上げる事無くファラルが近付いて来るのを待っている。

 アルも急いでレイに駆け寄った。ファラルはレイの正面に立ち、2人は言葉を交わしている。次の瞬間、


 パンッ

 

 小気味良い音が響いたが、その光景を見ていた全員が動きを止めた。音からして周りに伝わる程だ、物凄い力だった事が分かる。

 ファラルの手は自然に上げられ、レイの頬に向かって振り下ろされていた。レイは抵抗もせずファラルの平手を受け入れていた。

 いち早く我に返り、レイとファラルの間に立ったアルだったが、アルの存在を無視して会話が続けられる。

「理由は分かっているな。レイ、お前は何だ?」

 相変わらずの無表情で淡々とレイに語りかけるファラルに、レイは頬を赤くしながらも痛みなど感じていない、という表情で、淡々と、

「私はファラルの物。生殺与奪の権は私にあり、ファラルにもある。私を痛めつける権利もあれば、救う権利もある。それは、私がファラルに救われた時に交わした契約の1つ。今回は私がファラルに相談もせずここまで来た事を怒ってる」

「分かっているなら一言言え」

「ヤダ。良いじゃない、分かってたんでしょう?全部相談しろ、ってその心配性、妹バカか親バカっぽいよ!?」

「一応は保護者だ。親だろう」

 レイとファラルの会話は本当に親子喧嘩か兄弟喧嘩のようで、ファラルがレイを叩いたのは心配から来る物だったのだ、と全員が納得した。

「レイ、ファラル。口論はその位にして」

 とアルが言ったので、2人はようやく親子喧嘩(仮)を中断した。

「レイ、聞きたい事がある。何故、ここに居る?」

「そこまで大それた理由ではないですよ。友人に避暑に誘われたと言いましたよね?知り合いの居る村、つまりここですが、に近かったので様子を見に来たんです。夜の散歩をしていたら成り行きでこんな状態です」

「・・・避暑?ここは何処だ?」

「クィルフェンですよ」

「では、我々は空間移動をして来たのか?」

「魔術の事はよくわかりませんが、村長のカーラとは渡りを付けられますよ。魔獣の血を何とかしていて下さい。交渉出来るようになれば呼びに来ます」

「頼む」

 そう言われて、レイは血塗れのまま村長の家に向かって駆け出した。



 扉の前に立ってドアをノックする。向こう側に人の気配を感じて、声をかけると扉が開かれた。

「サラにはこの姿見せない方が良いと思うから別室に移して。カーラ村長と話があるからまだ他の村人達には知らせないように」

「分かりました」

 対応に出て来た村人である男はサラを別室に移すよう後ろに居た男達に指示すると、レイを応接室へと通した。

 カーラが直ぐに数人の村人を連れてやって来て、何人かが血を流す水とタオルを持って来てくれた。それを受け取って、手と顔の血を拭うと、カーラに「口裏を合わせて」と言った。

「どういう事?」

 不審そうなカーラの表情に、レイは少し困ったように苦笑して、

「空間移動で、魔獣以外の人たちが来ちゃった。帝国の小隊の人達、偶然今私が世話になっている人の隊」

 その言葉に、室内に居る人たち全員が息を呑むのが分かった。

「ここは、勝手に作った村で正式に国に登録してないから多分根掘り葉掘り聞かれる。集団で生活するのは罪じゃないし、ここは誰の土地でもないから別に住んでも構わないんだけどね」

「覚悟しましょう。村の人達は混乱すると思うけれど・・・仕方の無い事よね。今まで見つからなかった事こそ奇跡だわ」

「じゃあ、隊長殿を呼んで来る。私は夜の散歩中に成り行きで魔獣を殺す羽目になったって事でよろしく」

 レイは血塗れのタオルを手を出して来た人に預けるとまたアル達の居る所へ戻った。


「アル、村長が会うって。大人数だと場所が無いからアル以外にもう1人2人が限度」

「分かった。案内を頼む。兵隊隊長、ベクター以外は引き続き血の洗浄をしていてくれ」

 レイは3人が集まった後、村長の家へと案内した。

「ここです」

 そう言って、レイが扉をノックすると、直ぐに若い男が扉を開けて後ろに居たこちらも若い男が部屋へと案内した。

「村長、お客人が来られました」

「通して下さい」

 部屋の中から聞こえて来た声は恐らく若い女性の物でレイを除く全員が驚いた。

「ようこそ、お越し下さいました。こちらが出向く事が出来れば良かったのですが、何分身重なので。この村の村長で、カーラ・オリビアと申します」

 声の主はアル達の予想通り、若い女性だった。失礼だと思いつつお腹を見ると確かに少し膨らんでいる。

「私は帝国魔法小隊12隊の隊長でアルシア・トニンと申します。魔獣の討伐に大陸の東の方に居たのですが聞けばここは反対方向のクィルフェン。恐らく空間移動があったのでしょうが、原因が分かりません。そして、何よりもこの村はクィルフェンのどの辺りに位置する村なのか、教えていただけますか?」

 アルの言葉に、カーラは「取りあえず、お座りになって下さい」と3人に言った後、部屋の隅に居るレイにチラリと目をやり、近くに居た村人に、全員分のお茶を頼んだ後、ゆっくりと話し始めた。

「ここは、正式には村の登録をしていません。なので村の名前はありません。クィルフェンで魔獣の出現する森の中にある村です。人は、滅多に訪れませんし、村人は滅多に村の外へ出る事もありません」

「魔獣・・・この村には魔獣対策を講じてあるのですか?」

「魔獣が入って来る事の出来ないよう、結界を張ってあります。最近、魔獣が現れ唐突に消えるという現象が何度かあったのですが、恐らく、結界の作用だと思います。多分その作用は他の土地に魔獣を飛ばしてしまう力をもってしまったのでしょう」

 淡々と述べる村長に、アルは少し声を荒げて、

「何故、それを然るべき所に報告しなかったのですか!?」

 と聞いた。カーラは肝の据わった表情と声音で、

「先程言った通り、この村には入って来る人間も滅多に居なければ、出て行く村人も滅多に居ません。そして村の登録もしていません。言ったとして、動いてくれる確率を考えて下さい。人が居る筈の無い森に、ある筈の無い村の人間が魔獣が現れては消える、と報告して来る。悪戯と思われて終わりです」

 と冷静に見解を述べた。その言葉にアルの方が言葉に詰まる。

「では何故、ここに村があるのですか?危険な所だと分かっている筈なのに」

 質問を切り替えてアルが尋ねた。

「危険な場所には人が近付かないからです。ここには、人を嫌う者が大勢居ますから」

「それだけで、この森に?」

「ええ」

「では、何故レイがこの村に居るんだ?それも、夜中に歩き回っている」

「彼女はこの村が出来る前、私達の仲間だったんです。最近は魔獣が出て危ないと言ったのですが、散歩をしたいと言ってお供を置いて出て行ってしまったんです」

「レイ・・・」

「自衛くらいで来ますから」

 話をふられたレイはニッコリと笑って言った。

「先程の話に、人を嫌う者が大勢居る、といっていたが、それは何故かお聞かせ願いたい」

「私達が、元娼婦だからです。因に、男の人は男娼でした。外へ出れば侮蔑の視線を浴びせられ、勘違いした客からも罵詈雑言を言われ続け、集団で逃げ出してここに村を作りました。彼女だけは、ファラルさんが迎えに来てこの村から立ち去りました」

 アルは言い難い事を聞いてしまったと、内心少し後悔していたが、その気持ちを押し隠し次々と質問を行った。

「事情は大体分かりました。結界を張り直して、原因の大元となる魔界との道を見つけて封印して、この村にはあとで誰か使いを来させます」

「分かりました。魔界への道は何処にあるのか分かっているので案内させましょう」

「ありがとうございます」

 話が終わると、アル達は部屋を出た。レイも何度かカーラと言葉を交わした後、部屋から出たが、その瞬間リビングの扉が開いた。

「レイ?」

 扉を開けたのはサラだった。レイは、「あ」と自分の体を見て声を上げると曖昧な笑みを浮かべた。直ぐさまサラがレイに駆け寄ると水の魔法でレイの血を洗い流し始めた。

「事情は村の人から大体聞いた。本当に、怪我無い?」

 心配そうに聞いて来るサラにレイは頷いた。

「君は、レイの友人のサラサさん、だったかな?」

「あっ、アルシア先輩。覚えていただけて、光栄です」

「いえいえ、他の子達も居るのかな?」

「いえ、私とレイだけです」

「そうか」

「アル、明日の朝には返る予定だから」

 レイの言葉にアルが眉を顰めて、「じゃあ、誰かを同行・・・」と呟いたが、レイはキッパリと断った。

「定員2人までだから」

 とよくわからない理由を語られて、アルはまた頭を悩ませた。


 次の日の朝、アルは朝早くから魔界に通じる空間を封印しに森の中へ入って行った。

 村人達は他人が居る事に警戒して余り外へ出て来ていない。見送りはカーラと数人の村人しか居なかった。

「連絡をいただければまた来ます。また連れて来たときはお願いします」

「勿論。また来てね」

 短い別れの挨拶を交わすと、レイは少しの間歩いて、ロリエとヘルスの居る所へ向かった。

「ロリエ、ヘルス。先に帰るから。アルに『もう帰った』って伝えておいて」

 そう、アルは誰かを付けるから帰るのを待て、と言って森へ入って行ったのだ。

「良いの?レイ」

「アル、多分怒ると思うけど」

 2人の忠告にレイは聞く耳を持たず、ただ微笑むとボードを地面に置いた。

「では、お先に失礼します」

 サラを横抱きにしてボードの上に乗ったレイは何度か地面を蹴ると信じられないスピードで森の中へ消えて行った。

「何?あれ」

 茫然と呟いたロリエに、ヘルスは首を傾げて、

「あんな効果、出ない筈なんだけどな〜」

 と呟いた。


 サラは来たときとは違い、もう少しリラックスしてレイに体を任せていた。

 その事に気付き、ふと先日の会話を思い出した。

(疑いはするけど、信用は出来るようになった)

 そう思うとサラは今回、レイが自分を連れて来た理由が分かった気がした。

(信頼はしなくても良いけど、信用はしてほしかったのかな?)

 そう思うが、サラは直ぐにその考えを打ち消した。恐らく、意識してやった事ではないのだろう。

 色々な考え事をしている内に時が経ち、セイジの別荘に帰って来た。

 レイとサラが帰って来るのが見えたのか、玄関に着くと同時にカナタが飛び出して来てサラに抱きついた。

「無事で良かった」

「カナタは心配性だね」

 何時もの事なのか、動揺せずに対応するサラは確実にカナタの策に嵌っている。

「お帰り、サラ、レイ」 とマリが言うと、 

「ただいま。ちょっと予想外な事があったけど、行けて良かった」 とレイは返した。

「そっか。良かったね」 セイジがそう言った後、マリアが、

「取りあえず、中に入らない?お茶用意してるから」

 と言って、全員が中に入った。

 レイとサラはお風呂に入り、レイはまだ残っていそうな血を洗い流し、サラはボードに乗っている時の緊張感から流れた汗を洗い流した。

 残りの数日を6人で過ごし、馬車に乗って帝国へ帰ると次は町で買い物をする約束をした。



 夏休み終盤、任務を終えて帰って来たアルに呼び出しをされ、レイが怒られた事は言うまでもなく、夏休みは終わりを迎えた。

 

 

















 

 

 最後に、アルが怒る、と書きましたがアルのレイに対しての怒り方は怒鳴るのではなく、穏やかにけれど淡々と注意をされる、という程度です。けれど、多くの人は笑っていない目が怖い、と評判。

 

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