65:急な要請と八つ当たり
コン コン
レイの部屋の扉がノックされる。
気配からしてアルのものだった。
ベッドに倒れ込みファラルに頭を撫でられながら眠っていたかのように見えたレイはノック音で目を開き、直ぐに立ち上がった。
「レイ、ファラル殿。居るか?」
ガチャッ
レイは足音をさせずに扉まで歩いて行くと扉を開けた。
「アル、どうしたの?」
「いや、レイが帰って来たとマーシャルが言っていたから顔を見に来たんだ。疲れている時に悪いがな・・・伝えておきたい事もあるんだ。食堂まで来てくれないか?」
「分かった。行こうファラル」
ファラルに向かってレイが呼びかけると後ろに控えていたファラルがレイの隣に立ってまだ触り足りないらしい頭を撫でた。
アルは苦笑しながらもその光景を見ている。
客観的に自分を見る事の出来るレイはその時の自分とファラルの構図を想像出来た。
(仲のいい兄妹か、恋人同士のように見えるだろうね)
ファラルも同じように思っているらしく、レイの頭を撫でる手がほんの一瞬止まった。
その後、ロリエ達が待つ食堂へと降りて行った。
「レイ!帰って来たって伝えてくれてたらいいのに」
「仕事の邪魔をしては、と思って」
「気にしないで良かったのに・・・」
ロリエの言葉にレイは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。
「レイも、疲れてたんだよね?泊まり込みでやったんでしょ?」
ヘルスの言葉に、頷いて、
「でも、そこまで大変じゃなかったです」
と付け足した。
「話している最中に邪魔して悪いが、本題に入るぞ」
アルが一言発すると全員が微妙な顔になった。
「暫く無いだろうと思っていたんだが、仕事の要請が急に入ったんだ。ファラル殿も実力は十分だから仕事に早く慣れて貰う為にも連れて行こうと思ってるんだ。多分、夏休みが終わる頃に戻る事になるだろうが・・・」
「分かりました。1つ、聞いても良いですか?」
「何だ?」
「何で、ファラルの事を『殿』付けで呼ぶんですか?」
「あぁ、公では呼び捨てにせざる負えないが・・・私がファラル殿を尊敬しているからだ」
それ以上の言葉は無かったがレイもそれ以上を求める事はなかった。
「私は夏休み中も学校に来るように先生から言われているので。友人から色々な所に誘われてもいるし」
「そうか。今度の任務地は菓子が有名な所に近いらしいから色々土産も買って帰ろう」
アルがそう言って微笑んだ。
学校に来るように言ったのはヒアネオ先生だった。解毒薬の効果が未だに不安らしく出来るだけ顔を見せに学校へ来るようにお願いされた。
レポートを書く合間には色んな会話があり、その中でセイジに別荘での避暑に誘われ全員で行く事になった。セイジの家の別荘はレイが旅の途中で寄った国にあり、知り合いのいる村にも近いのでレイも承諾したのだ。
「そういえば、入り用な物は無いか?」
アルに聞かれてレイは首をフルフルと横に振った。
「小遣い制にしようと思っているんだが・・・」
「必要ないです!必要な物は買っていただいてますし、働いてもいないのに・・・貰う理由がありません」
実際には本当に必要ないのだ。ファラルが稼いでくれるお金を自由に使える上に、少しずつ換金していた旅の途中で見つけたり拾ったり奪ったりした貴金属や宝石類がかなりあり、本当にお金には困っていない。
「だが、友人と遊んだりするんならあった方が良いだろう。私の方は給金をもらう事はあっても使う事が少ないから」
そう言って、ほぼ強引にアルはレイに対してお小遣い制を始めた。
ロリエ達も話に乗って来てお小遣いとしては結構な額のお金を月に貰う事になった。
「あの、本当にお金なんかは・・・」
「気にしないで、くれる物は貰っておけば良いの。こっちが好きでやってる事なんですもの」
ロリエの言葉にレイは反論出来なかった。昔、言った事のある言葉だったからだ。
(まさか、自分に返って来るとは思ってなかった)
そう言ったときの、彼らの顔を思い出して一瞬だけ微笑むとセイジの家の別荘に行く時に嫌がらせ目的と必要になる事を考えて(またアレを持って行こう)と思った。
アルの話が終わり、レイは自室に戻った。ファラルも付いて来ている。
「また、少しの間会えないね」
レイの言葉にファラルは平然と「お前が呼びさえすれば、何処からだろうと、一瞬でお前の元へ行く」と言った。
「今日久々に、向こうの世界のスケートボード思い出したの。こっちは道が舗装されてる所が少ないから車輪じゃなくて風を使って軽く浮かしながらコントロールが出来るように考えてみたの。考えてみれば簡単だったから作ってみようかな?って思ってて。木の板無いかな?」
レイは他愛も無い話に移った。ファラルは間を置かずして机の上へ少し大きめの木の板を出した。
「庭に行って作るから工具持って来てね?」
レイはそう言って現れた木の板を持って庭に向かった。
「何、してるんだ?」
アルが自分の部屋から顔をのぞかせて聞いて来る。レイは笑みを浮かべて、
「思いついたものです」
と答えた。レイの準備は終わり、ファラルが工具を持って現れる。アルは既に終わった仕事を机の上に纏めてレイの観察をした。
工具を受け取ったレイはけがきもせずにいきなり鋸で板を切り始めた。規則正しい板が切れる音が聞こえて来る。
アルはレイが何を作ろうとしているのか全く分からなかった。出来上がった形が端が丸い長細い板だった。
ファラルに何かをこそこそと呟き、ファラルが手元に火を出す。レイは板を両端を炙りながら曲げて形を整えている。仮漆を塗って模様を筆で書き込んでいる。書き込んだ後、乾くのを待ってまたその上から仮漆を塗った。
乾いたボードを持ってレイはアルにヘルスの居場所を聞いた。
「多分部屋だろう」
「ありがとう」
レイはそう言うとヘルスの部屋へ向かった。
ヘルスの部屋をノックするとアルの言葉通り、ヘルスは部屋にいた。
「あれ、どうしたの?レイ。ファラルも、初めてだよね。僕の部屋へ来るの」
ヘルスの部屋は外見とは違い大人っぽく落ち着いた内装で、外見が10歳に見えても中身は18歳だと感じさせる。
「えっと、1つお願いがあって。この板に風の祝福をしてくれませんか?」
「レイにじゃなくて、板に?別に良いけど・・・」
「お願いします」
『我 風に属する者なり 風の精霊よ 彼の板に 祝福と加護を』
レイの手元で風が吹き一瞬板が浮かぶ、風がやむと同時に板はまたレイの手の中に落ちて来た。
「これで、良いの?」
「はい。ありがとうございました」
レイは一礼をするとまた庭へ降りた。
戻って来たレイをアルはまた見つめた。
板を下に置いたと思ったらレイはその板の上に乗った。すると板が小さく浮いてレイを乗せたまま動き出した。
アルは呆気にとられてその光景を見つめていた。
夕食の時間になって食堂に言ったアルは戻って来たレイに向かって、
「さっきの何だったんだ?」
と聞いた。
「この板に乗ってたときの事ですか?」
レイが聞き返すとアルは頷いた。ヘルスが「えっ」と小さく呟いてレイの顔と板を見比べる。
「それって、さっき僕が・・・」
「ヘルスに風の祝福をしてもらいました」
「風の祝福だけではあんな風に空を飛ぶ事は出来ない」
その言葉にヘルスの方が驚いた顔になる。
「飛んだ!?どうやって?」
「あれは飛ぶというよりも浮かんでいる、の方が正しいと思いますけど・・・」
「気にするべき所はそこではない」
レイは板の地面に向ける方をアル達に見せた。そこには複雑な絵というよりも魔術を発動させる紋章が描かれていた。
「風の祝福の力を浮力に変えられるように考えて描いた紋章です。魔力は無いけど、描くだけなら出来ますから」
レイはニッコリと笑って驚いて目を見開いている全員に向かって言った。
「何処で、紋章学なんか・・・」
「旅をしていると色んな人に出会ったので。本からも知識は得られるし、ファラルも教えてくれました」
紋章学は結界を強固にしたり、術の補助や召還などに使われる。陣と呼ばれる事もある。
「レイの博識には驚かされる事が多いな・・・」
未だに驚きからさめない様子の4人にレイは何も言わなかった。
4日後、レイは荷物を詰め込み馬車に乗って行くアル達やファラルを館の前で見送っていた。
馬車が動きだし、程なくして見えなくなる。レイは地面においていた鞄を持つと“エアーボード”と名付けた数日前に作った板に乗ると学校へと向かった。
エアーボードは体重移動や体の動きで止まったりスピードを上げあり緩めたり自動にしたり出来るようになっているので基本操作とバランス感覚が出来れば誰にでも乗れるようになっている。だが、乗ることの出来る条件を板に先ず足を両方乗っける事、それ以上乗ると上がらない。体重制限が100㎏でそれをオーバーすると止まる。
発進には、先ず両足を乗っけた後片足で地面を蹴って数メートル進まなければ動かない。
知らなければ乗る事の出来ない物なのでレイは学校へ乗って行こうと思ったのだ。
学校付近になると人気の無い路地に入りボードから降りて歩いて学校に向かう。折角目立たないように魔法をかけているのだから目立ちたくは無いのだ。
部室へ行くとマリアとサラがいた。
「おはよう、レイ」
挨拶をされてレイも「おはよう」と返す。2人の視線はレイの手にあるボードに向かう。
「昨日作ってみた。誰かに乗って貰おうとも思ってるんだけど・・・マリア、乗ってみる?」
「その板に?」
「うん」
少し考えた後、マリアはレイの言う通り板に乗り、言われた通りに体を動かす。地面についている筈のボードが軽く片足で蹴っただけで動いたのがマリアには感動だったらしい。
「凄いっ!」
サラは驚きに満ちた表情で声を上げた。
「普通、1人で空に浮く道具は作れ無いわ!力を持った人なら補助なしで浮く事が出来るけど、空飛ぶ絨毯や箒は魔力が少なくても飛ぶ事が出来る道具だけど・・・それには必ず、何人かが必要だもの」
「うん、魔力だけは人に頼った」
レイはマリアが降りた後のボードを壁に立てかけると裏が2人に見えるようにした。
「取りあえず、考えながら紋章を描いてみたら成功した。ある国の乗り物を少し改良しただけの物よ」
レイは笑いながら言うと本を読み始めた。
「そう言えば、セイジが今日ここに集まってって行ったのよね?避暑の話かしら」
「多分。でも、朝少し様子を見に行った感じではお昼までかかりそう」
「マリが扱いてたからね」
2人がお茶をしながらしみじみと話し合う。
「もう一回様子見に行く?」
「そうね。ねぇ、レイも行かない?」
「何処に?」2人の会話を聞いていたが意識はしていなかったのでレイは聞き返した。
マリアが笑って「武闘クラブの所よ」と言った。
レイが連れて行かれたのは校庭の一画だった。武闘クラブは規模の大きいクラブらしく普通科・魔術科・武術科のそれぞれに部長副部長があり、学年毎にいる。
基本的に1学年で練習をするらしい。セイジはもちろんの事、カナタやマリも入部していて、マリアも籍を入れている。
その中でマリは12学年の副部長を任されているらしく穏やかな顔をして、とても厳しい練習メニューにサボったら罰があるという事で部員達の間では『鬼』と呼ばれているらしい。だが、副部長に選ばれるのならば実力があるのだろう。
「あ、丁度休憩みたい」
マリアの言葉にレイは見覚えのある3人を見つけた。
「3人とも、あそこで待ってて良かったのに・・・」
「待ってたけど、遅かったんだもん」
「ごめん。まだ暫くかかりそう。レイ、良かったら見学して行って」
マリに声をかけられレイはコクリと頷くだけに留めた。
周りを見回すと現れたレイ達3人に視線が集まっている。直ぐにカナタとセイジがやって来た。
「サラ、巻き込まれたら危ないから部室で待ってて、って何時も言ってるのに」
「大丈夫よ。そこまで反射神経鈍いって訳じゃないと思うけど」
カナタはサラの姿を数多の視線から隠すようにサラの前に立ち、時折後ろに物凄い視線を投げつけている。
「ごめん。俺が今日集まって、って言ったのに・・・」
「気にしてないわよ」
セイジはマリアを隠す事無く話しかけている。マリアを好きらしいが、カナタ程の独占欲は無いらしい。その御陰で殆どの視線がマリアとレイに向く。
レイは周りを見渡して溜息を吐くと取りあえずセイジを実験体にする事にした。
「これに、乗る?」
聞き返して来るセイジにレイはコクリと頷いた。セイジは恐る恐るという風に乗って行く。レイは先程マリアにしてもらったのとは違う体の動きをさせた。
「うわーっ!!」
セイジは物凄いスピードで吹っ飛ぶように進んで行った。叫び声を上げながら。それでもバランス感覚が良く、吹っ飛ばされる事は無い。
まだ冷静だったらしく、教えた方法でエアーボードは止まった。全員がセイジの様子とレイの笑いを堪えた顔を見つめて恐怖を感じていた。
セイジは今度はボードに乗る事無くもといた場所に戻って来た。顔色は悪い。
「何これ?すっごい危険なんだけど・・・」
「えっと。建前としては待たせた罰で、本音としては実験体が欲しかった。因に、さっきのがこのボードの最高速度で知り合いの子にあげようと思ってたんだけど・・・無難にお菓子とかの方が良いかな?」
「あげようとしてた子って、何歳?」
「セイジよりも年下が多いかな」
「やめときなよ。かなり危険だから。お菓子の方が絶対良い、寧ろお菓子の方が良い」
セイジはさっきの衝撃で体力がかなり削られたらしい。
レイは少しサディスティクな笑みを浮かべて近づいて来たマリに、
「使ってみる?」
と言った。セイジはレイと同じような笑みを浮かべて、
「罰には丁度いいかもしれないね。バランス感覚が嫌でも鍛えられると思うし・・・もしもの時は頼みに行くね」
と穏やかに言った。2人の会話に聞き耳を立てていた部員が顔を青ざめてセイジの様子を見る。
セイジは注目されている事に気がつかない程、体をフラフラさせて立っていた。レイはセイジに近づくと体を何ヶ所か鋭く突いて謝った。
「ごめんね。流石にやりすぎた。ファラルが仕事に行って暫く会えなくなったから八つ当たりしちゃったの」
セイジは体が一気に軽くなった気がした。先程まで軽い吐き気とフラフラとする足取りだったのがレイに恐らくツボを突かれてから全て無くなった。
「凄っ」
セイジの呟きにレイは笑って「自分のした事だしね」と言った。
「マッサージとか出来るの?」
「うん。一応、基本は一通り知ってる」
「今度してくれない?」
「・・・気が向いたら」
2人の会話は周りに理解出来なかったらしいがセイジの様子が見違えた事だけは確かだった。
レイに説明を求めようとしたマリだったが丁度休憩が終わる時間で、部員全員に声をかけ、練習を再開する。
「年の割には剣の扱いがしっかり出来てるんだね。皆」
レイの呟きに隣にいたマリアが、
「マリがかなり扱いてるからね〜。でも、ここにいるのは12学年の中でも割と実力を持った人ばっかりよ。秋に伝統の他校との交流試合があるからここで練習してるのは校内大会に出る生徒ばかりよ。交流試合も剣術だけじゃなくて、他にも弓とかナイフとか体術とかもあるから練習してるのはここだけでもないし。マリが12学年の副部長だけど部長は棒術の人だから、取りあえず各競技毎に責任者がいて、マリは剣術の責任者」
武闘クラブは人数が多い分色々と複雑らしい。
「女子の部とかもあるの?」
レイの言葉に、マリアは頷いた。そして「興味あるの?」と聞いて来た。
「いや、純粋な疑問。力的に男子だけが集まってる、とか考えられるし。それに、取りあえず自分の身は自分で守れる程度には鍛えて貰ってる。皆は眠ってて気がつかなかったかもしれないけど・・・」
「確かに、レイは強かったです。ファラルさんと2人で私達を守ってくれたし」
サラが会話に入って来た。レイは大雑把に、
「うん。まあ、色んな事情で色んな事があったから」
と笑って言った。そして、それ以上を語る事は無かった。
「そろそろ部室に戻る。マリアとサラは何時でもいいから」
レイは手に持っていたエアーボードを地面に置くと両足を乗っけた。生徒は課題の為に校内にいるのでレイのいる校庭の近くにいるのは目の前のクラブ位で先程セイジで効果を見せたので躊躇いはない。
「先に戻ってるね。寄る所もあるから」
何度か地面を蹴るとボードが一気に加速した。レイはバランスを崩す事も慌てる事も無く最高速度で走り去って行った。
「思った通り・・・」
サラの呟きにマリアがサラを驚いたように見つめる。クラブの人たちはマリという名の鬼がいるため一瞬でも気を抜くと手厳しい扱きが待っているのでレイの行動には気がつかなかったらしい。
「何が思った通りなの?サラ」
「レイがあのボードの最高速度に乗れるってこと」
「何で予想出来るの?」
「だって、意味の無い事はしない子だって思ったから。実を言うと、友達になれるなんて初めてあった時思いもしなかった」
サラは割と勘の鋭い。その代わり剣などの技術はマリアよりも劣る。だが基礎体力はある方だ。外見のホワンとした雰囲気とは少し違う。
「でも、レイは友達になってくれたよ?」
「うん。でも、レイは友達をどう思ってるのかな?って思って。レイにとってそこまで大切な存在じゃないのかもしれない」
サラの言葉にマリアは俯いて少し黙り込んだ。そして、
「レイの物差しは関係ない。私はレイを頼りになる妹みたいな友人だと思おうとしてるし、私はレイを大切な存在と思ってる。それに、魔獣から助けてもらったのは紛れも無い事実だもの感謝してるし、疑う事はあんまりしたく無い」
「・・・そうね。私が悪いわ」
サラもマリアの言葉に同意した。
サラはカナタ以外知らない過去を抱えている。軽く事情を話したが深くは言っていない自分の過去。サラがカナタと共にこの学園へと来る事になった発端の事件。
誰も知らない話。マリアは自分に自身が無い。もしも何かを疑ってしまえば自分の足下が崩れて行く、そんな予感がして誰かを疑うという事が出来ない。
ぼんやりと男子生徒達の練習風景を見ながら2人はそれぞれの事情を考えていた。
レイはエアーボードに乗りながら部室に一番近い玄関ではなく、ヒアネオ先生の部屋へ向かっていた。数日前の帰り際にレイの元へ顔を見せて、次ぎに来る時に必ず寄るようにと言われたのだ。
先生の部屋の前で少しスピードを落として中を確認すると先生は部屋の中にいた。先生もレイに気付いたらしく窓を開けて手招きした。レイはボードから降りて窓に近づいた。
「その乗り物は何ですか?」
先生の質問に、レイは、
「手作りのエアーボードです。学校への登校に無許可の飛行道具を使用してはいけないと校則にありましたが、絨毯や箒だけが明記してあったので板で作ってみました。許可を取る必要も無いですよね」
「一言、教師の誰かに断ってから使いなさい。一般の人にぶつかったら取り返しのつかない事になるかもしれないんですよ!?」
「ああ、それは平気です。障害物にぶつかりそうになればそれ以上に浮かぶので。試してみますか?」
「結構です。ですが、余り校内や登下校で使わないで下さい。もしもの時に、貴女は責任が取れますか?」
レイは微笑んで、
「とりますよ。神に跪いてでも悪魔と命を交換してでも」
と言った。先生はレイの言葉に絶句し、
「悪魔との契約、等と今後一切口にしないようにっ!!それは禁忌です!」
と怒鳴った。レイは平然と「決意の程を口にしただけです。悪魔との契約なんて私には意味なしですから」と口にした。そう、ファラルと契約を結んでいるのだからこれ以上の契約はファラルが許さないし、レイもする気はない。
「レイ、貴女は旅をしていた所為で悪魔に対してどのような考えを持っているのかは、私には分かりません。ですが、不用意にそのような言葉を口にすれば人々は一斉に貴女から離れて行くでしょう」
「まるで『緋の双黒』のようにですか?」
「・・・私も、その1人です。貴女は、彼女のような道を歩まないで下さい」
先生につかみ所の無い笑みを向けるだけでレイは先生の言葉に返事を返す事は無かった。
「ところで、話は変わりますが目に異常はありません」
「そうですか。提出された薬はレポートを先生方と見た後で専門の研究機関へ送りました。今の所機関から返って来た返事では貴女達の事を褒めそやしていました。効果が出たようで、その後の経過も良いみたいです」
「つまりは、成功ですか?」
「ええ。余り言っていい事ではありませんが、今の所、全学年の中でも最優秀候補の筆頭です」
「そうですか」
レイは特に喜ぶそぶりも見せず、そう言った。そして二言三言かわすと今度はボードに乗らずに走り去った。
レイが部室に戻って暫くするとマリアとサラが戻って来た。そしてお昼近くになってたっぷりと汗をかき、体質によって差はあれど、日に焼けた男3人が返って来た。
サラが疲れに効く果物を搾ったジュースを3人に渡すと3人は一気にそれを飲み干した。
「生き返る〜」 とセイジ。
「ありがとう、サラ」 とカナタ。
「悪いな」 とマリ。
暫く経って疲れも抜けたらしくセイジが口を開いた。
「それで、避暑に行く話だけど部活が暫くの間休みになる来週からで良い?取りあえず、予定は一週間で。着替えを持って来るだけで良いから」
「確か、北西の方だったよね?」
セイジの指示の後、サラが質問する。
「うん。海に近い所に立ってるから水着を用意すれば海で泳げるよ。大きい町も近いしね夏の避暑地として有名な所でクィルフェン地方。確か、レイが寄りたいって言ってた村があるんだよね?どの辺り?」
「地図に載りもしない小さな村というよりも集落に近い。山奥にある。数日戻らないかもしれない」
具体的な場所もその集落の名前も伏せたままレイはお茶を飲みながらそう言った。
「・・・どんな所か興味あるな〜。付いて行って良い?」
「無理。セイジは特に無理。サラなら良いかもしれないけどセイジは無理」
レイは真っ向からセイジを否定した。
「私なら良い、ってどうして?」
「・・・雰囲気。多分、仲間だと認識されると思うよ。私は顔パスだけど」
レイの言いたい事はよくわからなかった。
「サラが付いて行きたいと思うんなら連れて行くよ。他の皆は無理だけどね。どうする?」
「えっと・・・。行って、みたい」
「分かった。連れて行く」
2人の会話はカナタにとっては面白く無い事だろう。彼方の方から少し不機嫌そうな空気が流れて来た。セイジからは疑問、マリとマリアは気にしない、という態度を取っていた。
避暑地での計画は暫くの間続いた。
返る間際、サラとレイだけが部室にいた。カナタ達には先に行くように2人が言ったのだ。2人は本を選んでいた。
「サラ、先に言っておくけど辛いかもしれないよ?知られてる筈の無い事を他人に言い当てられる可能性がある事を、先に言っておく」
「?」
「サラだけではないという事、それぞれに、辛い過去があって自分の苦しみや悲しみが他人には伝わらないという事」
「言ってる意味が、よく・・・」
「分からないように言ってるから。取りあえず、行ってからのお楽しみ。あの村には幸運をつかめた人たちが集まってる。でも、幸せそうに見えたって過去を捨てきれている訳じゃない。サラだって、そうでしょう?」
「・・・・・・」
「別に、私の事を信用しなくても良い。信じてとも、言わない。私はただ言葉を伝えるだけでやりたい事をするだけ。私はサラが考えている通り、友人をそこまで大切な存在だと思ってない。でも、私の中では守るべき対象で危険に陥った時に私が近くにいれば助けに行く。それが私の所為なら、必ず。その程度の存在」
サラは目を軽く見開いていた。
「それは、結局どんな存在?」
「不要となれば、害になるのなら切り捨てられると思う。迷い無く。でも、そうでなければ他人以上で恩人以下の存在かもしれない」
レイの言葉をサラは少し吟味していた。少しだけ考え込むと、
「どうして、分かったの?私が、レイのこと少し疑ってるって・・・」
「私が、人を信じてないから。私が信じるのは家族とファラルだけだから。疑う事は悪い事じゃないと思うし、私自身が疑ってるから誰が自分を信じてる、疑ってるってことは何となく分かるの」
それだけ言うとレイは鞄とボードを持って部室を出て行った。サラはその後を黙って追った。
次回はセイジの家の別荘への避暑を描きたいと思っています。