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血の契約  作者: 吉村巡
63/148

62:課題の薬作り

「着替え、ちゃんと持って来た?」

 部屋の中は棚の中にキチンと並べられている器具がズラリと並び、薬の匂いが軽く残っているが隅々までしっかりと掃除が行き届いている。

 机の上には材料が並び、後々使う物は棚の一角を借りて置かせてもらっている。

 周りにはレイ・サラ・マリア・カナタ・セイジ・マリ、そして部屋を提供してくれた四古参のヒアネオ先生の7人しかいない。

 冒頭の台詞はレイのものだ。薬作りは三日三晩、つきっきりで行わなければならない。

 レイは予めその事を伝えていたので全員が着替えを持って来ていた。夏休みでも食堂は開いていて、お風呂は寮の浴場を使う事になっている。

「じゃあ、始めよう」

 レイがテキパキと指示を出し始めると、ヒアネオ先生は薬作りがしっかりと見えるが邪魔にならない位置に移動し、腰をおろした。

 5人が材料を集めている傍らで、レイは揃って行く材料に合わせて調合を始める。レシピは何処にも無い。

「マリア、ついでに右隣のも。セイジ、水早く持って来て。サラ、火力をもっと強く」

 手元から目を離す事無く、周りに指示を出す。

「暫く休んでていいよ」

 1時間程動きっ放しだった5人はレイのその一言で漸く一息ついた。全員が当然レイも休むのだ、と思って席に着いたがレイは座るどころか手元や材料、火加減から目を離す事が無い。

「レイー!座らないの?」

 マリアの言葉にレイは漸く顔を手元から逸らすと「うん。皆は休んでていいから」と言って、再び視線を元に戻した。

「手伝える事無いの?」  「暫くの間は無い」

 マリアの申し出に、キッパリとレイが断りを入れる。

 居心地が悪かった。手伝える事が何も無いと、レイにとって5人は居ても居なくてもいい存在という気がした。実際に、レイはこの薬作りを5人の力を借りずに行う事が出来るので、考えは間違ってはいない。

 手持ち無沙汰な5人の心情を察して、ヒアネオ先生がレイ以外の生徒に1つ提案をした。

「暇だというのなら、私の助けをしてくれないかしら。勿論これは、新学期の成績に付けさせてもらうから」

 その言葉に、全員が反応した。

「助け、とは具体的にどういった事をすれば良いんでしょう?」

 マリの言葉に、先生は少し裏事情を語ってくれた。

「実はねぇ、今回のこの実験を始終見ていると仕事の方がどうしても疎かになってしまうの。天日干しした薬草を長時間すり潰したりしなければいけないのだけれど、この年になると体がすぐ使えなくなるの。だから、簡単な仕事で良いから手伝ってくれないかしら」

 四古参の先生の頼みであれば引き受けるしかない。それに、仕事をしていた方がただ暇を持て余しているより、遥かに有意義に思えた。

 全員が直ぐに先生の頼みを聞き入れた。



「私以上の腕ねぇ」

 真夜中、レイはヒアネオ先生の言葉に何も言わず、淡々と手元を動かしていく。5人には先に休んでて、と言っているがレイ自身に休む気はない。

「まるで、彼女みたい」

 独り言らしい小さな呟きに、レイは目線を先生に向けた。手元は動かしたままだ。

 先生は今のレイの様子にも何かを思い出しているような懐かしそうな顔でレイの視線を受け止める。

「その女の子は、ずっと昔この学園の生徒だったのよ。在学期間は僅か4年、実際は既に学園で学ぶ必要も無い程の学力を持っていたわ。貴女と学科は違ったけれどね」

 興味を持った様子のレイに気付き、先生は昔話を語ってくれる。

「彼女は誰よりも強かった。誰よりも賢かった。そして、確固とした自分を持っていた。なのに・・・溺れてしまったの。今では、彼女の本当の名を知る人も少なくなった、いいえ、知ろうともしなくなった。彼女は、それ程の大罪を犯してしまった。貴女が生まれる数年前に、亡くなった人ですけどね」

 レイは興味を失ったかのように視線を手元に戻すと、無機質な声で、

「『血の雨』を起こした『緋の双黒』の事ですか?」

 アッサリと答えを導きだしたレイに、先生は目を見開いて「よく、分かったわね」と呟くように言った。

「推測でした。彼女の事は本でも読みました。彼女の名前も、経歴も全てを知っています。ティラマウス学園の生徒であった事も、彼女の弟が、現『双黒の賢人』であると言う事も」

 話していながらも、手元を狂わす事無く、レイは覗き込むようにして火力の調節を始めた。

「私個人の意見としては、彼女の事は誰よりも好きです。どんな事件を起こしていたとしても、いくら大多数の人々が彼女の事を『悪魔憑き』と言っていても、彼女の功績には目を見張るものがあります。それに、私は『悪魔憑き』であるという事を然程気にしません。これは、魔力の有無の問題でしょうけど」

 火力を調整し終えると、先生の目を真っ直ぐ見つめながらレイはキッパリと言い放った。

「・・・貴女は本当に、レイニング・・・レインに似ているわ。彼女も、同じような考えの持ち主だったわ。彼女はある人物の無罪を主張した。そして、その事を証明した」

「知っています。歴史上で大悪人とされていた人物の無罪を証明した。あれは、歴史を塗り替える出来事でした」

 2人は夜が明けるまで『緋の双黒』について語り合った。レイは彼女の事を名前で呼ぶ事は無かったが、先生の方は彼女と親しい仲であったらしく、時折彼女を“レイン”という愛称で言う事があった。



「レイ、早起きだね。朝隣見たらもういなかったから、驚いた。ちゃんと寝たの?」 

 マリアが一番に起きて実験室にやって来た。レイは既に先生と口裏を合わせていて、

「少し眠れば疲れや眠気はすぐ無くなるから」

 と嘘をついた。本当は徹夜だ。

「私もう朝ご飯食べて来たけど、レイは食べた?」

「ううん。起きて顔洗って、直ぐにこっちに来たけど・・・」

「食べて来なよっ!食べないと元気でないよ!調合は私がやっておくから」

 レイは少しの逡巡の後「お言葉に甘えて」と言ってマリアに後を任せた。

「沸騰して出てくる湯気に緑が混じったら、すぐに右の一番手前にある赤い液を一滴垂らして。色が青緑から黄緑に変わるから。時間が経てば、また青緑に戻るから、そうなったらまた赤い液体を一滴垂らす。最終的に黄色になって、時間が経っても戻らなくなるから。そうしたら火を止めて常温になるまで自然に冷やす」

 レイが戻ってくる前までにそこまで行く事は無いだろうが、取りあえず流れの説明はしておく。マリアは「了解」と言うと真剣にビーカーに注がれている青緑色の液体を見つめていた。

 

 取りあえず、浴場へ向かったレイは手早く着ていた物を脱ぐと、湯船に浸かる事無くシャワーだけで体を洗い流した。直ぐに浴場から出て体の水分を完全に拭き取ると、持って来ていた着替えに袖を通した。持ってきた着替えは全てロリエの見繕ってきた物か、お古だった。

 レイの部屋のクローゼットやタンスには十分すぎる程の衣類があった。必要だと思われる日用品や家具は、備え付け以外にアル達がプレゼントしてくれているので不便や不都合は無い。

 先程まで着ていた服を綺麗に畳んでお泊まりセットをロリエに詰め込まれたバッグに入れると寮の食堂に向かった。

 テイクアウトが出来るサンドウィッチを2人分と野菜ジュースを2人分頼むと、お盆を借りて先程までいた部屋に戻った。

「あら、食べて来なかったの?」

 先生がレイの持っているお盆と食べ物を見て言う。マリアはレイの存在に気がついてはいるものの、調合中の薬に赤い液を垂らす所で目を離す事が出来ないでいる。

「先生も、朝食はまだでしたよね?取りあえず、私用と先生用を注文してきました。必要なければ、私が全て食べるので」

 レイは皿に綺麗に並べられたサンドウィッチを手に取ると先生の前に野菜ジュースと共に置いた。

「ありがとう。喜んで戴くわ」

 先生は穏やかに微笑んでそう言うと、サンドウィッチを食べ始めた。

 レイも先生の様子を見て、直ぐに「いただきます」と呟くとよく噛み、味わいながらもとても素早く平らげた。

「レイ!液の色が黄色に変わった」

 マリアの言葉に、レイは野菜ジュースを飲み干した後、立ち上がってマリアに近づいた。

「・・・うん。そんな感じ。そこの紫色の実をとって、道具を使って水分絞りとって。大体無くなったら、乾燥させて粉末にして」

 レイはまた火の上に既に調合済みらしい液体をビーカーに注いで加熱している。

 暫くの間、カチャカチャという音だけが部屋に響いていた。誰も声1つ発しない。しかも、現在は朝の5:30分。セイジやカナタ、マリは朝の修練に顔を出しているらしい。外から漏れ聞こえて来るかけ声に、3人の声が混ざっている。

 サラは朝、無理矢理早く起きるのが苦手らしく、起きたとしても暫くの間ボーッとしているらしいが、自然に起きる分に問題は無いらしい。それでも寝過ごす事は無く最低でも朝6:30分には起きるらしい。

「こんな感じ?」

 マリアに声をかけられてマリアの目の前の机の上を見ると、汁気がほぼ飛んでいる実と葡萄よりも濃い紫色の汁が先ず目に入った。

「もう少し絞って。あともう5㎖。汁は実が入ってた瓶にいれておいてね」

 指示を出すとレイはまた目の前のビーカーを見つめた。小さく泡立って来る。近くの瓶から少しずつ材料を加えながらかき混ぜる。

 色が段々と半透明か桜色へと変わり、最終的に珊瑚色になった。

「綺麗な色だね〜」

 火の熱を使って乾燥させながらマリアがレイの作っている液を見つめた。

「最終的にはもっと綺麗で毒々しい色になるみたいだよ。目が見えないなら色を気にする必要は無いと思うけどね」

 その言葉に、マリアは薬の味が気になった。その疑問にレイはわざわざマリアの方を振り返って、

「飲んだ事が無いから分からないけど、暫くの間味覚が機能しなくなるだろうね。刺激的な味になると思うよ。1週間もすれば味が分かるようになるだろうし、そんな事にならない人もいるだろうしね」

 言い終えると、レイはまた視線を元に戻した。

「おはようっ」

 部屋にサラが入ってきた。少し焦ったらしく、頬が紅潮している。

「ごめんね、遅かった?」

 蛇口を捻って流れる冷水で丁寧に手を洗った後、水分を飛ばしてレイに指示を仰ぐ。

「じゃあ、棚の中にあるこれから言う材料を出して」

 その指示にサラはテキパキと行動し、数分も経たないうちにレイの指示通り材料を机の上に並べた。

 サラが分量を量りながら材料を小分けしている時に、セイジ・カナタ・マリの3人が慌てて部屋へ入ってきた。汗をかいたらしくシャワーを浴びた跡がある。

「「「朝練に熱いれ過ぎた!遅れて悪いっ!」」」

 全員が綺麗にハモって頭を下げる。

「別に良いよ。こっちが早いだけだし・・・予定では8時開始だしね。今はまだ7:30分。遅れてはないよ」

 レイの言葉は慰めるでも無く、ただ事実を淡々と述べる、と言う感じで3人はそのレイの言葉にホッと胸を撫で下ろした。

「早速だけど、棚に入ってる青い袋の中に木の実が入ってるの。その殻を全部砕いて中の実を壊さないように容器に移し替えて。固いから力仕事になると思うよ」

 試験管に数滴液を落として、別の液を加えると小さく泡立って液がドロドロになった。その反応を満足そうに見つめた後、同じ事をビーカーで行う。液は物の見事にドロドロの液体へと変わった。

「マリア、乾燥させたの粉末にして水に溶かした?」

 その言葉にマリアは液体の入った瓶を持ち上げて出来ている事を示す。渡して、という合図でマリアは慎重且つ迅速にレイの手の上しっかりとその瓶を置いた。

 マリアは塞がっている手の代わりに口で器用に栓を開けると熱していた小鍋に注ぎ込んだ。

 次にサラに用意してもらった材料を次々に時間を空けて投入して行く。湯気の色が時折白から赤に変わったり、緑に変わったりしている。

 男3人は苦戦しながらも木の実の殻を剥いている。殻を剥き難いと有名な木の実なのでコツは知識として知っていたらしいが実際にやってみると上手くコツを掴めないらしい。一番剥くのが早いのは握力のあるセイジではあるが、それでも団栗の背比べだ。

「サラ、鍋の中見てて。端の方が絶え間なく小さく泡立って来たらかき混ぜて。3回同じ事を繰り返した後、さっきまで私が作ってたビーカーの中身を全部容れてしっかり混ざるようにかき回して」

 そう指示した後、レイは男3人の助っ人に行った。


「マリ、力もう少しいれて、手首は強くかえして。カナタ、最初の引っ掛けが上手く嵌ってないもう少し深く刺して。セイジは力任せすぎる、一点集中にすればもっと楽に出来るから」

 レイはマリから道具を借りて袋の中から木の実を1つ取り出すとものの数秒で中身を取り出した。3人は数十秒かかっている。

「凄い」

 セイジの言葉に、レイは微笑んで「慣れよ」と言うと、今度は分かり易いように説明を交えながらもう一度実演を行った。

 サラの方はかき混ぜる段階に入ったらしく、少し緊張気味の空気が伝わって来る。

「コツ、分かった?」

「何となくは・・・」

 マリはレイに指摘された事を改善して殻を剥いでみた。すると先程よりも早く殻が割れた。作業の効率が格段に速くなった。

 その様子を見届けた後、レイはサラに任せていた鍋の所へ戻った。

 この日は昨日と違い、得る物も多く、1日を終えた。


 夜、またレイは1人で作業を行ったいた。先生は眠気覚ましの薬を飲んでいるらしく、眠そうな気配はない。それはレイも同じだが、レイの場合は薬を飲んでいない。

「良く眠くならないわね〜」

「体質ですから」

 昨日から昔話やそんな会話を交わしながら夜中を過ごしていた。

 その折、急に扉が開いた。

「遅くにどうしたの?寝てて良いのに、サラ」

 レイは扉の方を見る事無く、声をかけた。

「起きてみたらレイがいなくて、まだやってるのかな?って思って来てみたら・・・先生も、知っていたのなら!」

「ごめんなさいね。口止めをされていたものだから・・・」

「この薬は、常時見てないと駄目になるの。途中で止める事が出来ないから。その役目を、皆にさせる訳にはいかないから」

 レイは話しながらも手を止める様子は無い。サラは制服ではなく、ゆったりとした普段着だったが汚れる事も気にせず、レイの手伝いを始めた。

「明日も手伝うからね」

 サラの言葉に、レイは真顔で、

「手伝うのなら、今日と同じように来てね。マリアにばれる」

 と言うと、また口を噤んだ。

 その内に朝になり、時折、先生が薬の状況を見る以外に代わり映えがする事は殆どなく、一旦休憩時間が出来た。

「私達、足手まとい?」 

 サラの言葉に、レイは真顔で少し悩んだ後、肯定とも否定ともとれる曖昧な微笑みを浮かべた。

「正直に言っていいよ!よく・・・言われる事だし」

「そうだねぇ。『足手まといでもなければ、そこまで役に立つ訳でもない』が、一番正しいかな。でも、要らない存在では無いよ」

 レイは言葉を紡ぐ。

「確かに今は、役に立ってない。ってサラは思ってるかもしれないし、ほぼ事実に近いけど、役に立ってもらうのはこれからだよ。皆には、これから大舞台が待ってるかもしれないから、ね」

 最後の意味深なレイの呟きをきくも、サラはその真意を掴めなかった。

「それって、どういう意味?」

「その内、分かるかもね」

 レイはそれ以上何も語らなかった。

「昨日は、一晩中1人でしてたの?」

 それ以上レイから情報を引き出せないと本能で悟ったサラは話題を変えた。そのサラの考え方に、レイは好感を持っていた。

「勿論。私以外に誰がやるの?同じ部屋にいても、事情を知っていても、先生が私を手伝う事は無いしね」

「それって、徹夜って事だよね?」

「朝軽く休んだから平気」

「旅の間も、殆ど休んでないでしょう?」

「さあ。私はそれを負担に思わないけど」

 流れるような手つきで薬の調合を進めるレイに疲労の色は全く見られない。寧ろ夜になって活性化しているような気もする。

「レイ、ちゃんと寝てるの?」

「・・・自分では休めてると思うけど。他人の言う基準はよくわからない」

 その言葉だけでは、レイがしっかりと休んでいるのかは不明であったが、サラの予感としては休めていない気がした。

「これから話しかけて来ても答えられないから」

 不意に言ったレイの言葉にレイの方を向くと、レイの顔付きが変わっていた。その雰囲気に圧倒され、言葉を発する

事が出来なくなる。

 レイの手が先ずはゆっくりとビーカーを持った気がした。それから先は説明が出来ない。物凄い早さで手が動き、何が起こっているのか分からなかったからだ。



「速い・・・」

 サラの呟きに先生が微笑んでいた。手は既に動いていない。魅入られるようにレイの動きを見ていた時、先生がサラに近づき、そっと耳打ちをする。

「私よりも格段に速いの。それに、あれでも本気ではないと思うわ」

 先生の言葉にサラは目を丸くする。“あれでも本気ではないのか”と。

「この薬作りは、本来1人で出来るものではないわ。1人でやるには、あまりにもするべき事が多い。最低でも3人は必要よ。それでも三日三晩、続け通しでは出来ないから、6人ね。彼女は、それを1人でやってのけているわ」

 先生の説明がサラの頭の中で反芻する。

「彼女が、学校で薬学を学ぶ必要は無いわ。学校で教える知識を、彼女は既に会得している。技術も、そこらの薬師よりも遥かに上。昨日彼女と話して、それを悟ったわ。・・・昔、1人の女生徒が貴女と同じ制服を着ていたわ。彼女のレベルは国一番だと、私は思っていた。彼女と同等の存在が現れるなんて、考えた事も無かった。でも、現れた」

「それが、レイ?」

 先生が鷹揚に頷いた。

「私としては、あんな事を出来る人がレイ以外にいる事の方が驚きです。先生の仰る方は、薬師になったのですか?」

 先生は目を陰らせ、悲しそうに首を横に振った。

「亡くなったわ『血の雨』で」

 先生は真実を隠して伝えた。実際は、『血の雨』を引き起こした張本人であり、弟である『双黒の賢人』に殺されている。サラはレイ程、聡くはなかった。

 大体の人間は、その言葉を聞くとそれ以上は入り込まない。暗黙の了解だ。サラも、例に漏れずそうだった。

「すっ、すみません。立ち入ったことを聞いてしまって・・・」

「いいのよ。彼女が学園を卒業すると同時に、もう交流は途絶えていたから。湧き上がってくる感情も、親しい人物のモノとは違ったわ」

 安堵、憎しみ、やり場の無い怒り。全ての者がそう思っていただろう。やがて、それは恨みに代わり、割り切った者だけが冷静に客観的に当時の事を振り返る事が出来た。

 先生もその1人だった。 

 暫くの間、黙ってレイの動きを見ていると、段々とゆっくりになり、最後には手を止めた。

 鳥の鳴き声が聞こえ、窓の外はほのかに明るんできた。そして、レイの二日連続の徹夜が確定していた。

「最後に、魔獣の毛と、残りの材料を混ぜて煮て、出来た液を混ぜ合わせれば完成」

 レイは何時もと変わらぬ顔でサラと先生を見て、そう言った。


 3日目は、するべき事が単調だった。

 材料を決められた時間内に処理し続け、昼になった頃、全てを同じ鍋の中に入れて火をかけ続ける。沸騰すれば水を足し、かき混ぜ続ける。

 それを夜になっても続ける。今日は誰も帰らない。サラがばらした訳ではないが、全員が部屋で一夜を過ごした。

 真夜中、誰1人として眠っていない中で、レイが「出来た」と呟いた。

 鍋の中では上澄ができていた。上は透明で、下は濁った緑。レイは上澄だけを掬い取り、空のビーカーへ注いだ。

「これに、もう1つの液を注いで、完成」

 レイが説明しながらもう1つのビーカーを手に取る。中には濃いピンク色の液体が入っている。躊躇無く2つを全て混ぜ合わせたレイは液体の変化を見つめた。

 全員がレイに倣う。

 液は段々と色を変えていき、最終的に赤黒い色になった。例えるならば、静脈の血の色だった。

「解毒薬は赤黒いけど、『ヴァルギリ』は鮮やかな赤よ。例えるとすれば、動脈の血の色」

 同じでありながら違う色。

 解毒薬をジッと見つめているレイを除く6人から離れると、戸棚へ行き、使っていない厳重に巻かれた瓶を取り出し、解毒薬の隣へ置いた。

 




 




 


 

 

 

 

 レイは『緋の双黒』を敬愛しています。その理由はこれから少しずつ明かして行こうと思っています。

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