61:終わった旅
「そ、その格好!」
「ただいま帰りました。後ろの気を失っている5人は使い物になりませんので、けが人の治療にあたります」
キバの疑問に答える事無く、レイはファラルに後ろの五人をゆっくりと地面に降ろして貰い、レイは羽織っていた重くなった血みどろのマントをその辺に無造作に投げた。
髪や顔にはまだ大量の血が附着していたがレイは不快そうな顔もしていなければ気にしている風も無い。それが素顔であるかのように血が自然とレイとファラルに一体化していた。
(危ない兆候?)
キバはそう思ったしまった自分の頭からその思考を振り払うかのように頭を振ると、怪我人の治療に戻った。
いつの間にか結界は解除されていたが、レイとファラルの格好の衝撃で気付く者はいなかった。
レイは手近にいた意識を失っている男子生徒から怪我の治療に取りかかった。
夜が段々と深まっていく。
世が明けた。マリ達は未だに起きていない。怪我をした者の殆どは熱を出し、傷の軽い者でも極度の緊張感と疲労から深い眠りの中にある。
不眠不休で作業を続けたのは護衛全員とレイ、そして2つのグループのリーダー位だ。それでもレイとファラル以外の者からは疲れと無理をしている様子が窺える。
全員の怪我の治療が終わったのは夜が明け始める直前だった。重傷の者はつききりで様子を見て、朝日が顔を出し始めた頃、漸く一段落がついた。
「今日、下山します。朝ご飯作りますから待ってて下さい」
疲労している人たちを残してレイとファラルは川へ向かった。
「あ、血」
レイは川面に映った自分たちの姿を見て、漸くその事に気がついた。
(血まみれが標準装備だったから、気付かなかった)
少々問題な事を思いながら、取りあえず固まってしまった血を軽く洗い流したあと、泳いでいた魚を人数分捕まえた。
捕まえた魚を持って、野営地に戻ると手早く魔術で火をおこし、乾燥した具材でスープを作り、下ごしらえした魚を串に刺して焼いた。
ジッと火加減を見つめていたレイは頃合いを見計らい料理を皿に盛ると、起きている者に料理を配って歩いた。全員がお礼を言って受け取り、ゆっくりと食べ始めた。
料理は下ごしらえも焼き加減も絶妙で全員が舌鼓を打った。今すぐにでも店を開けそうな腕前だった。
朝食を食べ終えた頃には皆の中から緊張感は無くなっていた。
「直ぐに出発しましょう。転移で下山しても良いですが、駄目なら歩きですけど」
レイは火のをして、全てを分担して皆で片付けた後、まだ眠っている生徒達を見ながら今後の事を話し合った。
2つのグループのリーダーは少し苦い顔をした。課題を選択してここまで来て、結局助けられて、下山まで他人に頼れば課題の点数は無いに等しい。
レイは2人の内心を察したが何も言わなかった。
「やむを得ない状況であれば、護衛サイドの介入が認められています。現在の状況はまさしくやむを得ない状況にあり、護衛サイドの介入を3人が認めるのであれば転移は可能です」
レイの場合はリーダーではないが、他の者が全員眠りについているので決定権がレイにある。
「私たちの所は、材料集めでこの山に登りました。つまり、これが本当の課題ではないので成績には余り影響がありません。それに、結果的に巻き込まれた、という形であると共に他のグループの救助を行った点で減点なども少ないでしょうから、決定は御二人にお任せします」
レイは理路整然と決定を残りの2人に託した。
「僕は、介入を認めます。こんな結果になってしまったのは、リーダーである僕の責任です。これ以上、メンバーに無理を強いろうとは思いません。それよりも、一刻も早くちゃんとした治療をしなければ・・・」
1人は隣にいる生徒の腕を見た後、眠っている生徒達を見つめた。
「俺は、俺だけでも歩いて帰る。怪我をしていても、剣が握れない訳じゃない。他の奴らは麓まで転移で送ってやって欲しい。無責任かもしれないけど・・・」
パンッ
気持ちのいい音を立てて、怪我をしている方の生徒が平手を食らった。食らわせたのは隣にいた生徒だ。
「何考えてるの?君は」
「あんたには関係ない」
一気に剣呑な雰囲気に変わった。レイはその光景をぼーっと見つめている。
「関係ない、それが僕に言う言葉?仮にも、家族であり兄である僕に対して言う言葉?僕が助けなければ、君はあの時死んでいたかもしれないんだ。それなのに、歩いて下山するなんて・・・君は馬鹿なの?」
「うるせぇ!!たった数分の違いだろう!?兄貴面すんなっ!!」
2人は兄弟だと、ハッキリと分かる程良く似ていた。瓜二つ、と言っても良い。
会話からしても、双子である事は間違いない。
「時間を無駄にするつもり無いんだ〜。早く結論出して」
レイは気怠げに2人に言った。空気は、あえて読んでいない。寧ろ、読む方が面倒だ。
「転移か、歩くか、どっち?」
先ほど質問したのと同じ内容の質問をレイはもう一度、双子の弟の方に向かって言った。口調はもう年上、という事を気にしていないように見受けられる。
弟の方が口を開こうとした瞬間、口から出たのは呻き声だった。弟の体はそのまま倒れ込み、兄がしっかりとその体を受け止めた。
兄の拳はしっかりと、受け止めた弟の鳩尾に入っていた。怪我と緊張感と疲労とで本人が思っている以上に弟の体には限界が来ていたので少し急所を殴っただけでも彼は意識を失ってしまった。
「すみません、弟の方はこの通りですので転移の方向でお願いします」
爽やかな笑顔で事を進める兄を見て、レイは、
(ああ、兄弟仲が悪いのはその所為か・・・)
とぼんやりと考えた。ファラルにも見られる傾向で、レイにも理解しやすい事象だった。
「それじゃ、ファラル。よろしくね」
隣にいるファラルに向かってそう言うと、ファラルは直ぐに事を始めようとした。
「移動して下さい。制限時間は15秒。寝ている人たちの周りに」
レイの指示に、全員が速やかに従った。意識を失った弟を兄が担いで運んでいる。
「・・・5、4、3、2、1」
周りが一瞬にして歪むと、ほんの少しの浮遊感の後、地面に着地した。転移したのはレイ達が泊まった宿屋の前だった。
朝、活動を始めたばかりの人々にとっては吃驚するような出来事だっただろう。
「キバさんは森の管理人の方に事情を説明して来て下さい。それから、誰かお医者さんを。私は宿の方に交渉をして来ます」
手早く指示を行うと、レイはファラルと共に、事情の説明と人数の増える許可を宿の女将と主人に伝えに行った。
目を覚まして、最初に見えたのは見覚えのある天井だった。
「マリア!良かった、目が覚めたんだね」
次いで、兄であるマリの声と顔を意識出来た。そこで、マリアはハッとなった。
「ここ何処っ!」
勢い良く飛び上がったが、幸いにもマリの反射神経で顔の激突は避けられた。
説明を求めるマリアの表情に、マリが微笑んで、
「泊まった宿だよ。サラの意識だけは戻ってないけど他のメンバーは全員意識も戻ってるし、怪我もしてない」
マリアが視線を隣にやると、カナタが眠っているサラを見つめていた。
「他のグループの人たちも、軽傷の人はもう目が覚めてる人もいる。重傷の人は、いまだ熱が下がらないらしいけど」
そこまで聞いたとき、マリアはある事に気がついた。
「じゃあ、私たちどうやって戻って来たの?」
「その疑問には私が答えるから」
いつの間にか部屋に入って来ていたレイに全員が視線を向けた。
「えっと・・・まず、皆が眠った理由は結果を予想してたから予めお守りと一緒にお守りの力が使われたら全員が強制的に眠るように仕込んでおいたから。その後で、私とファラルで魔獣を全部殺して、野営地までファラルの魔法で運んで、朝になって転移してこの宿まで帰って来た。・・・これが全ての真相」
レイは大まかな事情を説明し、サラを見つめた。
「サラが起きないのは、多分魔力の容量が少ないのに無理をしたからでしょう。サラは多分、精霊使いでしょう?」
その質問に、カナタが頷いた。
「精霊の力を借りる余裕が無かったから、自分の魔力を使ったんだと思う。だから、負荷が全部自分に掛かって・・・眠りが深いのは魔力の回復もしてるからだと思う」
推察だけど。とレイは最後に付け加えたが、言われてみればそうだと言う気がした。
「・・・時に、カナタは魔力の容量割と大きいよね?」
「ああ」
「サラに少し分ける気はある?」
「・・・そうな事、出来るのか?」
「ん〜、分かんない。私自身に今の所雀の涙あるかないか程度の魔力しか無いし、使った事無い方法だけどね。古い文献で読んだだけだから。試してみる?」
レイの質問は真っ直ぐ彼方に向けられた。カナタは一にも二にもなく頷いた。
「じゃあ、次の私の言葉を復唱してね」
そう前置きをしてレイは言葉を紡ぎ始めた。
「我の中にある 清浄な 魔力の泉」
『我の中にある 清浄な 魔力の泉』
「彼の者を 回復させうるだけの力を」
『彼の者を 回復させうるだけの力を』
「この手に 水という形で 現せ」
『この手に 水という形で 現せ』
カナタが唱え終わるとその手には何処からとも無く水が現れた。
「サラに飲ませてあげて」
ニッコリと笑いながら言ったレイにカナタは少し考えた後、自分の口に含み、口移しでサラに飲ませた。
マリアは顔を真っ赤にしてその光景を見ている。レイは何時もの通り無感動に。そしてマリは少し呆れたような顔をして。
「サラ?」
カナタの声に反応したのか、瞼をピクリと動かしたサラはゆっくりと目を開けた。
「カナタ?皆も・・・マリア、顔赤いよ。熱でもあるの?」
その声を聞いてレイは部屋から出て行った。
後ろから驚いたようなサラの声が上がる。くぐもってもいるので大方カナタにでも抱き着かれたのだろう。
「レイ、薬の提供をって医者が。それと、包帯の巻き直しと薬を塗るの手伝って、って伝言」
「了解」
レイの調合した薬は効き目が良く、傷の治りも早まっていた。重傷者の熱も大分下がって来ている。
医師はレイの作った薬と、怪我人の処置を褒め讃えた。医師が既に高齢なので手伝いに駆り出されている。セイジは武術科なので、必修科目に魔獣に教われたときの対処法があり、レイとともに手伝いに駆り出された。
一番早くに目が覚めたのも理由の一つだった。
学園へ連絡を入れたり、生徒の状態を把握したり、医者の手伝いをしたりで数人で回すにはかなり一杯一杯の状況であったのだ。(だが、レイもファラルも忙しいとも思わず淡々と事をこなしていた)
結局迎えは明日の朝になった。これはレイ達だけで、もう2つのグループは全員が目覚め次第、帰る予定らしい。
「迎えに来る馬車に、校医が2人と課題委員の先生が1人来るらしいけど・・・私たちには関係ないから」
レイは伝えられた伝言をそのまま皆に伝えた。マリアとサラの為に夕食を部屋で摂れるように料理を持ってあがる途中でキバに伝えられた事柄を皆にも伝える。
マリアとサラは動ける事には動けるのだがマリとカナタが止めた。
一緒に眠る事は無いが、部屋数が少々足りないのも事実だ。
カナタ達の使っていた部屋は位置的に、現在司令室兼会議室になっている。
重傷者には軽傷者が1人付いて様子を見ている。医師は1人で回している上に、一般の患者も居るので学園の生徒だけに縛る事も出来ないので、何かがあれば直ぐに知らせにくる事が出来るように、との措置だ。
交替要員も居いるが、そちらは今の時間だと真夜中からの役目になるらしく、今は早めの夕食を摂って眠っている。
雑用係は指示された通りに臨機応変に動かなければならず、生徒の中では一番きつい事をしている。2つのグループのリーダーは、1人は意識不明。もう1人は先ほど倒れるようにして、眠りについた。
護衛サイドも精神状態はギリギリで、平然と二夜連続で徹夜をしようとしているだけ(眠そうにには見えないが)という態度のレイとファラルがある意味では異常なのだろう。
起きたのなら、雑用等をしないと手が回らないのだが、セイジが「倍働く」と言ってカナタとマリ分を、レイは溜息を1つ吐いてサラとマリア分を引き受けているので4人は仕事を免除されている。この事を言えば、全員が手伝うと言うと予想しているので伝えてはいない。
「そういえば、課題ってどうなるんだ?」
セイジの言葉にレイは「どうなる、とは?」と聞き返した。答えられない聞き方ではなかったが、4人が怪訝そうな顔をしたので聞き返したのだ。
「えっと、転移して帰って来たんならその分課題の成績が悪くなるかなって・・・」
「問題なし。2つのブループが、結果的に魔獣討伐に失敗し、暴走させて負傷者を多数出していたところを、近くに居た私達が保護して応急処置を施した。転移はやむを得ず、巻き込まれた上での事、という形になってるから問題は無い。材料もちゃんと採ったしね」
「あっ」
サラがレイの言葉に声を上げる。
「もうリュックの中に入れてるから」
レイはそう付け加えた。
夕食が終わり、レイはサラを持って、セイジとともに階下へ降りた。
「キバさん、ファラルも休憩だったんですね」
レイの言葉に、少し疲れた表情を見せるキバが苦笑した。
「漸く、一段落ついたからね。でも、また働かないと」
「ご苦労様です。お互い頑張りましょう」
レイはありきたりな言葉を口にすると、持って降りた皿を女将さんに渡した。
「そういえば、レイちゃんの腕を医師の方が褒めていたよ。薬も良く効くって」
「割と怪我の治療をする機会が多くあったので、自然と出来るようになってました」
レイはしみじみと思い出すような表情で理由を話した。
「私としては皆にビクつかれるかと思っていたので抵抗が無い事が以外でしたねぇ」
急に遠い目をしたレイにセイジが理由を聞く。
「何度か魔獣殺す所を人に見られた事があるんだけど・・・化け物、化け物って言う人がいてねぇ。言わなくても、近づくと無意識にビクついたりする人が割といるから、今回もくるかな〜と思ってた。ビクつかれるのには、慣れてるけどねぇ」
かなり大変な事をなんでもない事の様にサラッと、軽く、自然に言い放ったレイに、聞き逃さなかったセイジとキバは驚いた表情になった。
「すいません、ちょっと来て下さいっ!!」
上の部屋から叫び声が聞こえる。
レイは立ち上がって、上へ向かった。キバとファラルも仕事を再開し、セイジはやりかけていた仕事を再開した。
清々しい朝。
ところどころに白い雲が浮かんでいる空は澄み渡るような青で、東の方角からは太陽が地上を照らしている。
レイはスッキリとした顔で洗濯物を干していた。
汚れた物を洗っているのはセイジで、そちらの顔は疲労感が漂っている。
「レイ・・どうして君はそんなに元気なの?」
「慣れてるから〜♪」
軽やかなレイの口調に、セイジは情けなさにもっと体が重くなった。
「手、止まってるよ。早く洗って、こっちもう終わってるんだから」
指摘されて作業のスピードを速めるが、激しい眠気で直ぐに手に力が入らなくなる。
結局、終わったのは10分後の事だった。
「次は、各部屋に朝食を配ってから漸く自分たちの朝食の時間が15分あるから。その後で、全員の体調チェックして、包帯の巻き直しと汗拭き。学園からの迎えは10時頃」
洗濯物を全て干し終わったレイは目の下に濃い隈を作っているセイジにテキパキと指示をする。宿の中では不眠不休で働いていた護衛達が交替制で朝食を摂っている。
護衛と言っても全員が配属されて2年未満の新人ばかりだ。不測の事態には慣れていないだろう。料理を食べる手が覚束ない上に、顔にはハッキリと疲れの色が見えている。
「女将さん、朝食の準備出来てたらどんどん渡して下さーい!」
レイの言葉に、どんどん朝食が運ばれる。持てるだけ持つと階段を上り、各部屋をノックして朝食を配り歩いた。
「終わったー!!」
セイジは机に突っ伏して力なく叫んだ。
「忘れてない?この後は体調チェックだからね」
同情も哀れみも無く、レイは淡々と真実を告げた。その言葉に(鬼・・・)とセイジは思ったが、口にするだけの元気は無かった。
「そういえば、マリ達どうしてるの?」
「取りあえず朝食は置いといたけど、眠ってる。まあ、良いんじゃない。セイジは聞きたい事があるみたいだし」
切り出された話題にセイジはドキッとした。レイから切り出されるとは思わなかった上、急に言われたので聞きたい事は幾つもあるのに言葉が出て来なかった。
「カナタとマリはサラとマリアにかかりきりで、疑問に思う暇もないんだろうし。5人の中で一番冷静なのは今の所、ここに心配する相手が居ないセイジでしょう?」
ニッコリと微笑みながら、レイは少し痛い所を突いた。
「セイジが不満そうなのは、自分の力を出し切れなかったから?」
レイはニヤリ、と笑ってセイジの核心を突いた。
「確かに、セイジ達の実力なら何匹か殺せただろうね〜」
「そうする前に、レイが全て殺していた」
そこが不満だった。積極的に魔獣を殺したいと・・・命を奪いたいとは思わないが、全てをレイとファラルに、年下の女の子と他人任せにして、のうのうと安全な結界の中で眠っていた、と言う事実がセイジを責めていた。
「勝手に付いて来たのはそっちで、巻き込んだのは私。セイジ達が気にする事じゃない。眠ってもらったのは、その方が都合が良かったから。だから、自分で自分を責めても無意味」
淡々と紡ぐ言葉には、慰めや誇張、と言った感情は入っていなかった。ただ事実のみを淡々と語っている。
「大体、魔獣退治は予定に無かったし。普通12学年なら魔獣退治を課題に選ぶなんて、特例がないと出来ないよ。それに・・・良いんだよ、まだ殺さなくて。殺す必要はあの時には無かった。だって、私とファラルが居たんだもの。だから、今回は殺さなくていい、甘えても良い。・・・汚い部分は、既に汚れている人間に任せれば良いんだよ」
料理を口に運びながら、咀嚼して飲み込んだ後にのんびりとポツポツと語るレイの言葉の中に、幾つか聞き捨てならない単語を耳にし、セイジは眉を顰めた。
いつの間にか食事を終えていたレイはセイジが何か言ってくる前にサラを運び、怪我人の体調チェックに向かった。
「言ってくれたら、手伝ったのに・・・」
サラが申し訳なさそうに呟く。
レイとセイジが負傷者のいる部屋から出て来たのを見て理由を聞いて来たのに、セイジが上手く誤摩化せなかったのだ。
「気にしないで。大した仕事はしてないし」
レイはあっけらかんとスッキリとした顔で言ったが、セイジの疲労感漂う顔にはレイの言葉が当てはまらなかった。
4人もセイジの顔を見てレイの言葉に説得力が無い、と思った。
不意にレイが窓辺に近づいた。顔には何の表情も浮かんでいない。遠くを見るような視線であったが、
「手伝いよりも、直ぐに出立出来るように準備しておいて」
くるり、と振り向いてそれだけを伝えるとレイは次の怪我人の元へ向かった。セイジはその後を慌てて付いて行く。
残された4人は困惑しながらも、階下へ行くと「仕事はしなくても良い」と言われ、レイに言われた通りに荷物を整理していると、終わった頃に階下が騒がしくなった。
不振に思い、下に降りると馬車が宿の前に止まっていた。
レイとセイジも既に仕事を終えて下に降りていた。
「ああ、丁度良かった。今呼びに行こうと思ってたんだ」
キバが話していた人との会話を中断すると視線を4人に向けた。
「それで、怪我人の容態は?使った薬と、包帯を巻き直した数も」
「止血薬と消毒薬を一番最初に一度。それから自然治癒力を高める効果のある自己流の薬を3時間毎に塗り直していました」
レイは学園の校医である事を示す胸元にバッチがついた白衣を着ている眼鏡をかけた穏やかそうな男と話していた。もう1人校医がいるが、そちらは医師と話している。
「分かりました。取りあえず、一人一人の事を確認したいので付いて来ていただけますか?」
「勿論です。おおまかな容態はメモを残しているので後おで渡しします」
まず、重傷な生徒から案内をするようにいわれ、レイは校医2人を案内する為に上へ向かった。
「君たちには、これからの事を説明しておこうか」
キバの声にレイに視線がいっていた4人が視線を元に戻す。
「座って」
その言葉に、4人がキバの前の椅子に座る。
セイジは先程までキバと話していた学園の教師を両グループのリーダーと護衛が待っている部屋へと案内していた。
「慌ただしくて、ごめんね。説明してる暇もない位で・・・簡単な伝言なら、レイちゃんに頼んだんだけど・・・」
「あっ、聞いてます」
マリアが相槌を打つ。
「話が速くていいね。で、本題はここから。学園に帰るのは君たち6人とファラルさんの7人になると思う。僕は事後処理で一緒には帰れないから」
その言葉に、キバの顔色の悪さに気がついた。セイジ程ではないが、キバの顔にも疲労感が漂っている。レイの顔色が良すぎるのだ。
「あっ、レイちゃん!学園に戻る準備してる?」
キバの言葉にレイは「はい」と答えた。
「学園に戻る準備」と聞いて、4人には漸く旅が終わるのだ、と実感した。
馬車に揺られながらセイジは深い眠りについていた。気力で馬車に乗るまでは自分の足で立っていたが、乗って出発すると直ぐに眠気に勝てなくなり誰の肩を借りる事も無く、眠りについた。
レイは2日間の徹夜と、人一倍の働きをしているのにも関わらず、眠たそうな素振りなど全く見られない。
夜になり、学園に着いたが、セイジは眠り続けていた。
馬車が学園の正門の前で止まり、先ずマリが扉を開けて降り、マリアとサラが降りるのを助ける。レイは差し出された手を自然に無視した。ファラルはレイの後を降りて来る。カナタはセイジを殴って起こしてから降りて来た。
「レイっ!」
予測していた衝撃を受け止めると、抱きついて来たロリエを見つめる。近くにはアルやヘルス、ベクターもいた。
「ただいま」
レイはやんわりとロリエの体から離れると、出迎えてくれた4人に挨拶を述べた。
驚きに目を見開いているサラ達に向かって、レイが紹介を始める。
「この方達が、私の面倒を見てくれている方達で、私の隣にいるのがローリエ・マヌエットさん。後ろにいるのが右からアルシア・トニンさん、ヘルスト・リュースさん、ベクトル・カルダーさん。皆さん魔法12小隊の方達で、アルシアさんは私の身元引き受け人もしていただいています」
簡単な説明だが、名前を呼ばれた人は軽く会釈をしている。
マリが一番最初に自己紹介を始めて全員の中に親しみが出来た。学園でもまだ優秀であった彼らの事を覚えている生徒が多く、それはマリ達も同じらしく心なしか緊張しているらしい。
全員が、飛び級で学園を卒業したので年は近いが雰囲気は社会人と学生だった。
「友人が出来ているのか少し心配していたけど、杞憂だったみたいだね。それに、今回の課題は皆に怪我が無くて何よりだ」
アルは穏やかな微笑みを浮かべて小隊隊長として挨拶をした。
「皆、帰りは大丈夫?良ければ送るけど・・・」
アルの申し出に、サラとカナタは「寮なので」と答え、セイジは「男ですから」といって断った。マリとマリアは「家は同じですから」と言って、結局送る必要は無かった。
そこで解散すると、レイはまたファラルに担がれた。軽く暴れるが降ろす気はないらしくレイは直ぐにされるがままになった。
「レイ、友人を呼びたければ事前に一言いっておいてくれれば、館に呼んでも良いからな」
アルの言葉に、レイは小さく頷いた。顔はファラルの胸に押し付けられて見れなかったが・・・。
そして、漸く旅が終わりを告げた。
終わりました。
次は怪しい実験の始まりです。