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血の契約  作者: 吉村巡
61/148

60:皆との初めての旅~危険な夜~

 森に入って三日が過ぎた。

 流石に足が慣れて来て、初日よりも足取りは軽快だ。

 食事の時もレイが食べ物を見つけて来たり、生えている山菜を採って具にしたり、川で魚を捕ったりしているので保存食にはまだかなりの余裕がある。


 不意に道無き道である山道を歩いていたレイの足が止まった。それに合わせて全員の足も止まる。

「どうかしたの?」

 マリアの言葉も聞き流して、レイは何かを見つけようとするかのように辺りをキョロキョロと見回している。そして、ある一点でレイの視線が定まった。

 ふう、と溜息をついたレイに全員が何を言うのか?と思っていたが、その期待は見事に裏切られた。

「ペース上げるね。今日は早めに野宿の準備しないと・・・」

 そう言って本当に先ほどまでよりもペースを上げてレイは先を急いだ。



「で、何でペース上げたの?」

 既に手慣れて来たテント設営の合間に、マリがレイに問いかけて来た。少し苛ついた口調にだが、それもその筈サラとマリアは途中からスタミナが切れて来て最後はほぼ周りの応援(レイ・ファラルを除く)と本人達の気力によって野宿予定地まで辿り着いたのだ。

 現在2人は疲労困憊していながらも料理を作ったり、採った山菜の水洗いしている。

 レイは問いかけて来たマリに向かって少し微笑みを浮かべて、

「明日から下山になると思うから」

 と答えのようで答えになっていない真意を理解出来ない言葉を返すと、それ以上語るべき事は無いと言う態度でテントを黙々と設営し続けた。それ以上言うべき事は無い、という態度だ。

 ファラルであれば、レイの断片的な言葉と行動から全てを察したであろうが、いかんせんマリには出来る筈の無い事だった。

「ああ、そんなに大した事でもないから。当たり前の事をしているだけ。誰も怪我をしないしいいでしょう?」

 レイが何の事を言っているのかマリには理解出来なかった。だが、レイはマリが全く理解していない事を理解した上で言っている。そして、言っている言葉の意味の説明を一々する程レイは親切ではない。

 マリは既に少し慣れてしまったレイの態度に自分で勝手に結論を出して、それ以上言及する事も無く諦めたように息を一つ吐くと料理の方を手伝いに行った。


 数刻後、彼はこの時の事を後悔する事になる。例え避けられない事であったとしても、自分たちが被害に遭う事が無かったとしても“せめて心の準備が欲しかった”と。

 それと同時に、何故レイの言葉をもっと熟考しなかったのか?とマリアの様子を見て自分を憎ましく思う事になる。


 大旨(レイがペースを上げた以外は)、何時もと変わらない一日だった。

 夕食は保存食などで作るにしては上々の出来だったし、誰かが怪我をする、という事も無かった。

 それでも、よくわからない引っかかりが全員の心うちにあった。

(何だろう、この感じ・・・)

 カナタはずっと自問自答していながらも答えを見つけられずに居た。

 そうしている合間にも、食べ始めた頃はまだ辺りをオレンジ色に染め上げていた夕日がだんだん沈んで行き、現在は太陽ではなく月と星が朧げに辺りを照らしている。

 そうしている間に食事は終わり、各々が自由に寛いでいると焚き火の側でビッシリと文字が書かれたページとは裏腹にとても薄い本を読んでいたレイがゆるゆると顔を上げ、少しして呆れたような溜息を吐くとゆっくりと本を閉じた。

 レイの行動の意味が分からず、カナタはレイを観察するかのように見つめていた。ふと見ると、マリもレイを見つめている。

 ファラルはレイの隣で相変わらずの無表情だが、レイの気持ちが手に取るように分かっている。

 他の者は、レイの行動に注目すらしていない。

 レイが静かに立ち上がるとマリアの注目がレイに向き「どうしたの?」と声をかけた。その声で全員の関心がレイに向く。

「別に。そろそろだから、準備して来るね」

 と意味不明の言葉を残すとテントに向かって行く。戻って来たレイの手には旅の前に買った薬箱とレイが自前で持って来た中に何が入っているのかは分からない木箱が抱えられていた。

「レイ、怪我してたの?」

 心配そうに聞いて来るサラにまさか、とでも言うかのようにレイは首を横に振った。

「怪我をしたのは私じゃ無くて・・・あの人達」

 レイはゆっくりと指と顔をある方向へと向けた。レイの言葉が言い終わった瞬間、小さく聞き取りづらいが確実に人の絶叫と動物の咆哮が全員の耳に届いた。



〈レイ達のグループではない2つのグループ〉

 

 魔獣の討伐を課題に選んだ2つのグループはどちらも苛立っていた。

 両グループのリーダーは互いが互いに気にくわない物同士で今回の課題も競うようにして選んでいる。

 だが、森に入って数日が過ぎていても全く魔獣の姿を見かけない。倒したのは野生の熊や狼などだけだ。

((このまま先を越されたら))

 そう思うと焦りばかりが募り、それに比例するかのように苛立も募って行った。

 だが、この日は違った。少し先から漸く微力ながら大量の魔獣の気配を感じたのだ。2つのグループは魔獣を求め、急いでそこへ向かった。同行している護衛は生徒の行動に不安を感じながらも口を出す事は出来ないので沈黙を決め込んでグループの後をついて行く。

 辿り着いた場所では魔獣が群れになり行動していた。警戒心は無く先ずは遠くから観察していた両者は、安全だと判断すると一気に討伐にかかった。正確には一方が出て来たのを見てもう一方が慌てて出て来たのだが。

 奇襲攻撃は成功したかのように見えた。だが、それは最初だけだった。

「うわぁーーっ!!」

 生徒の叫びが聞こえたかと思い、悲鳴のした方を見てみれば武器を地面に落として崩れ落ちるように膝をついた生徒の肩からは大量の血が溢れていた。下手をすれば後少しで致死量に達するだろう。

 護衛の者が漸く手を出した。生徒の周りに魔法で盾を作ると急いで近寄ろうとした。


 ガンッ ガンッ


 魔獣は魔法を壊そうと盾に襲いかかっている。生徒の血の匂いに興奮したのだろう。群れ全体の雰囲気が変わって、一気に興奮状態になり凶暴な性格を露にした。

「い、一時撤退する!隙をついて逃げ出せ!川で落ち合おう!」

 一方のリーダーの言葉にもう一方も同じような指示を出す。だが、その指示は出すのが遅すぎた。既にほとんどの者が何処かしらに傷を負っている。一旦逃げ出せない事もないが、持久力は期待出来ない。足に怪我を負っている者も居る。

 つまり、方角と道を間違えれば一巻の終わりだ。魔獣と怪我をした人間との追いかけっこでは圧倒的に人間の方が不利だ。

 だが、今の状況では誰もその事に頭が回らなかった。それは護衛も同じだった。

 次々と隙をついて逃げ出して行く生徒とリーダーがチャンスを作り逃げ出せた生徒、護衛の力で守られているが近づく事が怪我をして歩く事が出来ない生徒はリーダーが護衛に道を作って担いで逃げて貰った。

 グループの生徒が全員逃げ出せた事で一瞬気が緩んだリーダーが魔獣の牙に掛かった。かなり深く噛み付かれ死を覚悟した瞬間、魔獣は急に力を失った。

「逃げるぞっ!!」

 それは嫌っている男の声だった。怪我をしていない方の腕を掴まれると強く腕を引かれてその場から遁走した。



 息が切れて視界が霞んで木の根につまづき、何度もこけそうになる。

 いつの間にか見えて来た遠くにある不自然に光る柔らかな赤い光に向かって必死で足を動かした。

(逃げないと、逃げないと!!)

 思考を占めるのは最後に聞いたリーダーの言葉だった。

 魔獣に襲われ傷つけられた腕からは死ぬ程ではない物の貧血で気を失ってもおかしく無い程の出血はしていた。血を吸い込んだ服は重い。せめてもの救いが既に痛みが麻痺している事くらいだろう。

 遠くにある光に向かって走っているが近づく事は無い。

 足が縺れ、地面に倒れた時、咆哮が聞こえた。先ほどまで近くで聞いていた魔獣の咆哮だ。かなり近くで聞こえて来る。

 急いで立ち上がろうとしたが手にも足にも力が入らない。

(もう、終わった)

 そう思い、意識が遠のきかけた瞬間、すぐ近くで声が聞こえた。

「すごい格好。まぁ、来た人皆同じような格好だったけどね。ファラル、お願い」

 聞こえて来たのは女の子の声だった。面白がっているかのような声音だが、何故か心に残る、そんな声だった。

 乱暴に自分を担ぐ腕を確認したのを最後に、意識を手放した。




〈もとの場面へ〉

 

「レイは、分かってて予備を用意して来たのかな・・・」

 マリの呟きは周りの喧噪に掻き消されてしまった。

「避難して来た生徒は何人ですか!?」

「グループ合わせて何人の生徒が居るんですか!?」

「こっち包帯が足りないっ!」

「こっちも薬が切れそうです!」

「水を持って来て」

「軽傷の人は手伝ってっ!!」

「レイ!」

 セイジの言葉に全員の視線がレイとファラルに向けられた。

「残りはリーダーさん2人。迎えに行って来るからこの人をお願いします」

 レイの言葉のあと、ファラルはぞんざいに、担いでいた男を下におろした。その衝撃で気を失っていた男は目を覚ました。

「お守り、肌身離さず持っててね」

 レイはニッコリと笑って言うとファラルと共に、また森の中へ入って行った。

「レイ、さんとファラルさんでしたっけ?何者なんですか?姿を見たときは天の助けだと思いましたけど・・・」

 避難して来たグループの護衛の1人が血まみれの服装のまま怪我をした生徒の治療をしながら近くに居たキバに話しかける。

 周りへの警戒はもう1人の護衛とカナタがしている。

「ええ、不思議な2人です。まるで、予想していたかのように薬を作ってくるんですから・・・」

「そろそろ魔獣がこちらに来ますね」

 不意に聞こえた背後からのレイの言葉にキバも護衛も驚いた。

「流石というべきですかね、リーダーさん2人とも意識も足取りもしっかりしてます。1人は結構深く噛まれてますけど止血が完璧なのでそこまでの出血は無いです」

 レイの報告を呆然と聞くが、取りあえず言っている事は頭に入った。

「さて、ここからが本題ですが」

 そう前置きするとレイは信じられない事を口にした。

「これからファラルと2人で魔獣の群れに行ってきますので、結界でも張っておいた方が良いですよ。では、いってきます」

「「「ちょっと待って!!」」」

 近くで聞いていたマリとキバ、そして護衛の1人がレイを止めた。

 不思議そうに首を傾げるレイに、先ずマリが口を出した。

「興奮状態の魔獣の群れに向かって行って、生きて帰れる保証は無い。レイのしようとしている事は無謀以外の何でもない」

 諌めるような口調に、レイは妖艶な笑みを返した。その表情がレイの考えを表していた。

「いってきます」

 はっきりとそう言うと、レイはいつの間にかレイの手を無意識に掴んでいたマリの手を振りほどくと、ファラルと共に森へと引き返した。

「レイを追いかける」

 マリが仲間にそう伝えると、レイの後を刀をすぐ抜けるようにして後を追った。

「マリアっ!」

 マリの後を無言で追いかけて行くマリアの後を慌ててサラが追う。

 そのサラを見て、カナタも追いかけて行く。

 セイジが、

「キバさんはここをお願いします」

 と言ったあと、最後に皆を追いかけて行く。

 意識を向けていた残された者全員は呆気にとられてその光景を見ていたが、キバがいち早く正気に戻ると、急いで結界を張った。

 その意図に気付いた他の護衛は何重にも結界を張り続けた。

(え?)

 キバは結界を張る瞬間、異変に気がついた。

(何だ?この力・・・)

 キバの張った結界は、万全の状態で力のほぼ全てを出し切ったとしてもここまで強力な結界を張る事は出来ない。

 不意に胸の辺りが熱くなった。そこにはレイから貰ったお守りが入っていた。

(このお守りの御陰?)

 確証は持てなかったが、そんな気がした。

 



「レイっ!!待って!」

 サラが叫んだ。レイはかなり先で立ち止まると追いかけて来るサラを振り返って待った。

「何でついて来たの?危ないよ?」

 レイは平然と、追いついたサラに対して不思議そうに問いかけた。

「ハァハァ、コホッ、ハァ・・・興奮した魔獣の群れに近づくなんて自殺行為よ!」

 サラの忠告にレイは面白そうに笑った。

「そっちはどうなの?私たちの事追いかけて来て・・・他の皆も来てるし・・・。言った事、聞いてなかったの?」

 追いかけて来たマリア達が漸くレイ達の元へ追いついた。全員が肩で息をしていた。

「覚えてない?魔獣の毛が必要だ、って。ついでに、私が採って来るって言ったよね?」 

 レイは投げやりに答えた。その言葉に先日のレイの言葉を全員が思い出す。

「野宿地に帰るのと、ここで頑張るの、どっちが良い?」

 ニッコリとレイに微笑まれて全員が口籠る。少しの間沈黙が続いたが「タイムオーバー」とレイが少し顔を顰めて呟くと指示を始めた。

「武器、ちゃんと持って来てる?」 

 唐突な言葉に、サラを除く全員が持って来た自前の武器に手をそえて力を込める。

「ここから離れないようにね。一応広い空間を選んでおいたから、結構動けると思う」

 笑顔でそう言いながら、急に飛び散った血飛沫を避ける事も無く浴びたレイがファラルの方を振り向く。

「討伐までするの?」

「仕事らしいからな」

 2人の会話は場にそぐわないものだった。レイは軽い口調で「終わったら手伝うね〜」と言うと事切れている魔獣に近づき、毛を何本か失敬して容れ物に入れ栓をすると、衝撃のあまり固まっている5人に近づいて、サラに容れ物を渡した。

 いち早く正気に戻ったのはマリとカナタだった。セイジは昔の事を思い出しているのかまだ少し動揺しているようだった。サラとマリアはいまだ呆然としている。

「来るよ、大群が」

 レイの簡潔な言葉に漸く全員が反応を返した。サラは補助係らしく武器を持っていないので自動的に誰かに守ってもらう事になる。それはカナタの役目らしくいち早く臨戦態勢をとる。

 レイがゆっくりとした足取りでファラルに近づく。

 レイに向かって木々の間から勢い良く、魔獣が飛び出して来た。

 予測していたかのような動作でゆっくりと動かしていた手にはいつの間にか長剣が握られていた(この世界ではない世界の言葉で、俗に『日本刀』と呼ばれる類いの物だ)。そして剣先はあやまたず、レイに襲いかかろうとした魔獣の体に沈みこみ、大量の血を周りに飛び散らして絶命した。

 レイの動きは急に機敏になり、血に塗れるのも構わず次々と襲いかかって来る魔獣を倒し続ける。

 ファラルはレイのように動く事はしない。動かずとも敵を殲滅出来るからだ。

 だが、残りの5人には衝撃の強い光景だった。

 レイの剣先がセイジの左耳すれすれを過ぎた。遅れて風を感じる。頬には刃先から飛っ散った血が数滴かかる。

「油断しないで」

 レイは早口でセイジの耳元で呟くと、5人に後ろから襲いかかろうとした魔獣から剣を抜いた。

 まだ生温かい血が吹き出し、5人の体にかかる。

 恐慌状態に陥ったのはマリアだった。過呼吸を起こし、マリが異変に気付き慌ててその体を支える。サラの状態は、マリア程酷くは無いが浴びた血と絶命まであと少しの荒く小さい魔獣の呼吸に茫然となっている。カナタはサラの様子に気を配りながら周りの警戒を始めていた。

「マリア、落ち着いて」

 少し焦ったような声でマリがマリアに語りかける。それでもマリアの過呼吸は治まらない。

「ファラル!」

 その言葉だけで、ファラルはレイの意図に気がつきレイの望むものを出す。それはマリの手の中に現れたものは紙袋だった。

「マリアの口にしっかり当てて、2〜3分で症状は治まるから。セイジとカナタで周りを固めて、マリはマリアの過呼吸が治まったら2人と同じように。殺しちゃ駄目だからね」

 魔獣を相手していながらもレイは的確な指示を行った。この指示が理解出来ない人間は実践では使い物にならない、と思いつつ言ったレイは全員が指示の内容を理解したのだ、と行動で分かった。

 パニック状態のマリアはさておき、サラは守られる分カナタとセイジのフォローを上手にしている。どちらかが体勢を崩しそうになった時にはすかさず魔法を使って魔獣を軽く足止めし、体勢を立て直せる時間を作っている。

「マリア、大丈夫?」

 マリの心配そうな声に、マリアが弱々しく頷く。過呼吸の反動で顔には少し疲労の色が見られる。紙袋は役目を果たすと細かい粒子となり、消えてしまった。

「サラ、マリアの事、頼んで良い?」

 マリの真剣な願いに、サラは「勿論」と頷いて、マリアの体を預かった。

 カナタ達には魔獣に怪我を負わせる事までは出来ても、殺す事は出来なかった。それは経験値の問題だったが、それでも軽々と魔獣を倒して行くレイとファラルには時折視線をやり、驚嘆した。

 レイが動くたびに服は血に汚れ、魔獣の死骸が出来上がる。

「くっ!」

 セイジが短く言葉を上げたかと思えば、魔獣との応戦の関係でサラとマリアを守る陣営に隙が出来た。その隙からすかさず入って来ようとした魔獣を、既に魔獣を相手にしていたカナタがいっぺんに相手取る事になった。マリは自分の前にいる魔獣一匹で手一杯になっている。

 努力虚しく、隙をついてサラとマリアの元へ魔獣が襲いかかった。

 一瞬で5人を包み込む薄い光の膜があり、5人を襲っていた魔獣が全て彼方へと吹っ飛び、魔獣の体が地面に衝突する音と、肉塊が衝撃で潰れ、血肉が飛び散る音まで聞こえた。

 セイジが結界の中から出ようとするが、自分たちを取り囲む光の壁に阻まれ出る事は出来ない。

「残念だけど、サラとマリアを守りきる事が出来なかったので皆には安全な所に居てもらいます」

 いつの間にか5人に近づいていたレイが魔獣を相手にしながら顔を5人に向けて微笑みながらハッキリと戦力外通告を行った。

 ふとマリアが見上げると月が雲に隠れそうになっている。月明かりがなくなる。それは、状況が不利になるのと同じ事だった。

 そして、その内に全員が気付いた。光の壁の輝きが増している事に。眩しく、目も開けていられない程になり目を瞑る事を余儀なくされる。段々と周りの音も聞こえなくなり、起きているのか寝ているのか分からない状況になる。

 最後には、何も感じなくなった。



「さてと、5人は気にしなくて良くなったし、援軍が来る恐れも無いし、本格的にやって良いのかな?」

「好きにすれば良い」

「じゃあ、遠慮なく」

 レイは自分の髪を結っていたリボンを躊躇い無く解くと、剣を構えていた手を下に下ろして目をつむる。魔獣との交戦中の行動としては自殺行為にも等しい。

 だが、魔獣達はレイに近づく事が出来なかった。彼女の内から流れ出る魔力は一瞬で魔獣に格の違いを理解させた。ファラルはレイに合わせて自らの本性を現す。

 レイが目を開いた時、その目は穏やかでありながら感情を悟らせない緑ではなく、黒曜石の様な黒。闇よりも濃い闇の色は見ている者が吸い込まれるのではないか?と言いようの無い不安に駆られる程深い色だった。

 ファラルの髪もまるで月が雲に隠れるのに同調した闇のように段々と黒に染まり、瞳は瞬きをしたかと思えば、血のような鮮やかな真紅に変わり、闇の中で妖しく、そして美しく輝く。

 2人の浴びた魔獣の血は皮肉にも2人の妖しさ増長させていた。

「君たちに罪は無いと思うけど・・・生きていてもらっては困るから、殺すね」

 静かに、死刑宣告を告げるレイの言葉に、魔獣達は言葉がわからない筈なのに怯え、闘志を削がれて行く。

『闇よ 彼のモノ達を その闇に抱け』

『地よ 彼らを 飲み込め』

 レイとファラルの言葉は重なり、半数の魔獣は闇から伸びて来た黒い触手に捕まり、闇に飲まれた。もう半数は地面が急にぬかるんだ所で下へと落ちて行った。

 数分後には沈黙と静寂が訪れる。

「取りあえず、外見戻さないと」 

 5人を結界から出すのはその次だ。レイはそう思い立つと目をつむり、解いていた髪をくくり直す。ファラルは風が雲を払い月が顔を出して辺りを照らし出す頃には、既に元のファラルの髪と瞳に戻っていた。

 レイの瞳は薄緑に戻り、血の附着を除けば元通りだった。レイが手にしていた剣もブレスレットの飾りに戻っている。

「ファラル、出してあげて」

 レイの言葉にファラルは無言で結界に目をやるだけで光の壁は一瞬で消え去った。

「まあ、仕方ないよね」

 予想していた事とは言え、5人は意識を失っていた。眠っている、と言い換えても良い。

「運ばないとね。でも、その前に・・・」

 レイは気を失っているマリアに近づくと、無造作に額を掴んだ、かのように見えた。実際にはぶつかる筈の皮膚を通り抜け、レイの手は脳内に達していた。だが、マリアの体が傷ついている様子は無い。脳にも何ら影響は無いだろう。

『記憶に 鍵を』

 短く、それだけ呟くとレイはマリアから手を引き抜いた。出て来た手には透明な鍵を掴んでいた。レイはその鍵を躊躇無く口に入れ、咀嚼もせずに飲み込む。

 全てが終わり、微笑んだレイはマリアとサラの2人を抱き上げ、キバ達のいる所へ戻ろうとした。だが、途中から2人の重みがなくなった。

 後ろを振り返ると男の子3人が浮いている。レイが抱いていた2人から力を抜くと、2人の体も浮かんだ。

 5人の体はどこかへぶつかる事も無く、レイとファラルと共にテントへ向かった。


 慌ただしい事件は終わりを告げ、空に浮かぶ月はただ静かに、黙々と歩く2人と付いて行く3人を照らしていた。


 

 


 

 



 少し遅くなりましたが、これでようやく課題の第一段階達成です。

 

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