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血の契約  作者: 吉村巡
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59:皆との初めての旅~森の中へ~

(眠れる筈、ないか・・・)

 レイは夜明け前に漸く窓辺から離れると着替えを始めた。手首には眠る時でも手にはめているブレスレットが妖しい光を放つ。

 誰も超さないように、静かに廊下に出ると足音を立てる事も無く階段から下りた。

「おはよう」

 宿から出て宿の裏手に向かうと、レイは笑って挨拶を述べた。

「今日もか?」

「勿論。努力は積み重ねが大事、私はファラルじゃないもの」

「レイも十分に化け物だ」

「ファラルよりも弱いけどね」

 そこに立っていたのはファラルだった。ファラルの腰には隊から支給される剣をさしている。

 レイはブレスレットについている飾りの中から剣を選び、外して手のひらで包み込んだ。剣はゆっくりと大きくなり、レイの身長と体型からすれば少し大きすぎる程の物になった。

 飾り気はないが、細かい所に邪魔にならないようにと重さ・重心のバランスがしっかりとれるような繊細な細工がなされている。

「一通りの型をした後、相手をする」

 ファラルの言葉に頷くとレイは簡単な型からゆっくりと複雑に変えて行き、そこそこの速さでキープするとゆっくりと型を簡単な物に戻して行き最後に目にも留まらぬ速さで剣を突き、全く息を乱さずファラルを見つめた。

 ファラルは腰の剣に手をかけると一気にレイの目の前に繰り出される。レイはその剣を自分の剣で受け止めた。不思議と大きな音は出ない。

 レイが冷静に剣を押し返すとすばやく一歩下がり直ぐさま踏み込んで横薙ぎに剣を一閃したが、ファラルは体を動かす事なく平然とレイの剣を防いだ。

「あ〜ぁ、最初で動かせなかった・・・」

 レイは悔しそうな声で呟くと、一気に後退して体勢を低くしファラルに物凄いスピードで向かった。ファラルは漸く一歩動いてレイの剣を弾くと、思いっきり剣を振り下ろしてきた。

 レイは綺麗に力を流しながらも勢いに少し後ずさった。

 忌々しげに少し顔を顰めながら、レイはファラルの隙のない構えを崩そうと助走をつけて高くジャンプすると渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

「まだ、甘いな」

 ファラルが一言そう告げると、レイの剣を体勢を崩す事なく受け止め、強い力で跳ね返した。レイはその衝撃で吹っ飛ばされたが、崩れた体制を空中で軽く立て直すと地面に激突する直前に剣を飾りに戻してバク転をして平然と着地した。髪の毛だけが遅れて揺れる。

 レイの顔はあらかさまに悲しそうな顔をしていた。

「私は、まだ弱いね」

「・・・自分を守れるだけの強さを持ち、守りたいモノを守れるだけの強さがあればそれだけで良い。その為の強さを求めれば、私よりも強くなる必要は無い」

 ファラルはレイの言葉を聞いて淡々と答えた。地面に落ちている剣の形をした飾りを拾い上げるとレイのブレスレットをしている方の腕を取り、飾りをつけた。

「ファラルは、強いよね」

 レイは微笑みながら呟いた。息が軽くあがっている。

「強く無ければ、自分の命を守れない。私の立場では特に、な」

 レイは自分を抱き上げるファラルの腕に抵抗はしなかった。逆にファラルの首に手を回し、首筋を曝け出した。

 一瞬首筋に視線を走らせるが、すぐに興味なさそうに視線を逸らしたレイはその気配を感じ取ってファラルの腕から離れた。

「私は心配性、だね」

「今更だな」

 そこで2人の会話は終わった。足音が近づいて来る。

「・・・おはよう」

「おはよう」

 現れたのはセイジだった。レイとファラルが起きているとは思わなかったのだろう。

「これから稽古?お邪魔かもしれないからいくね」

 何か問いただされる前に(問われても構わないが)レイはファラルの袖を引っ張って宿の中に戻って行った。




「いいんですか?お弁当を戴いても」

「良いのよ!育ち盛りは食べなさい。遠慮なんて要らないの」

 マリは少しの迷いを見せた後「ありがとうございます」と言って女将さんの厚意に心から感謝した。

 森に向かって歩き出す8人は少しの間歩き続け、村の何処からも見える森の入り口についた。

「すみません。学園の課外活動の者ですが・・・」

 キバが管理人小屋の中にいる管理人の人に向かって森の入り口を開けてもらえるように言いに行った。森は学園指定の活動場なので許可の無い者が入り込まないように結界が張ってある。

 程なくして結界の一部が薄れ、ポッカリと入り口が開いた。中に踏み込むと一気に森の清浄が全身を包み込んだ。

(中からは、楽に転移が出来るみたい)

 冷静な観察と確認をレイとファラルは共有した。

「昨日・一昨日と、このグループもあわせて3グループが現在この森に居るらしい」

 キバの報告があったが全員特に気にしていない。

「ま、他のグループは置いておいて。先ずは川を目指さないと。方角は・・・」

 マリが地図を取り出して確認しようとするのを待たずにレイは歩き出した。今日はファラルからしっかり荷物を死守している。

「こっち。太陽の位置で方角は確認してるから。信じないならマリが確認しても良いけど。取りあえず、私とファラルが先に行く。後ろをサラ・マリアが付いてきてね?一番後ろはキバさんにお願いします」

 レイがそう指示すると全員が少し呆気にとられた後、すぐに行動に移した。

「歩調は一定に保って。歩きやすい道歩いて行くから」

 レイがそう言うと8人はレイとファラルの先導によって歩き出した。

 全員が黙々と歩き続ける。途中の道が悪い所ではカナタ・マリ・セイジがサラとマリアを助けながら歩いている。

 後ろの様子によって足を止めたりサラとマリアの疲労を感じ、少しだけ歩調を緩めたりしていた。勿論、細かく休憩をとっている。

「・・・後、3時間位かな」

 レイの呟いた言葉に全員が希望を持った。川に着く頃には丁度お昼時だろう。

「着いたら取りあえず昼食。水筒の中身も補充ね。勿論加熱して」

 レイは少しの休憩の間に手短にそう告げると全員の顔つきが変わったのを確認し、また歩き出した。

「水の、音」

 カナタが小さく呟く。レイは少し感心してその言葉を聞いていた。

(ロリエと同じかそれ以上の加護の強さ、かな。まぁ、あくまで僅差だけど)

 レイはカナタの呟きを耳にしながらぼんやりとそう思いながら足を機械的に動かし続けた。

「着いた」

 レイは一言そう呟くと大きな岩にリュックを立てかけた。

「綺麗な川・・・」

 マリアが川を見ながら呟いた。

「確かに。精霊が活発だ」 

 カナタの言葉にサラがジッと川を見つめ、その後でカナタを見つめた。そして、何を見たのか顔を綻ばせた。

「カナタの周り、すごく一杯水の精霊が居るね。皆楽しそう」

 レイはその言葉に(あぁ)と思う。レイは魔力が無いので精霊は寄って来ない。ファラルは立場の割に顔が割れていないので悪魔の気配を感じ取る精霊はファラルを避けて行く。

「昼食にしようか」

 マリの言葉に全員がリュックの中からお弁当を取り出した。

 

「今日はこの位にして明日に備えよう。明日はもう慣れてると思うから今日よりも歩くけどね」

 レイが後ろの者全員に言う。

「セイジとマリ、私とファラルでテントを張るから他の皆は料理の準備をしてて」

 その言葉で全員が動き出した。

 手早くテントを張り終えた4人は料理の準備をしている残りの4人の元へ向かった。

「簡単なスープと、乾パンで良いかな?」

 夕食のメニューの提案に全員が頷いた。作るのはサラとマリだ。マリアはマリに「近づかないように」と言われている。マリ曰く「他の事ならそうでもないが、料理で包丁を持つと必ず指を切る」らしい。マリアの作った料理は、味は普通だがそれまでの工程を見ていると食べたく無い料理になるらしい。

「あれ、レイっ何処に行くの?」

「すぐに戻って来る。多分ファラルが着いて来るし」

 マリアの心配そうな声をよそに、レイは川から離れ鬱蒼と生える木々の中へと入って行った。川は整備されてはいないが両サイドに気が生えておらず、歩きやすいが川から離れると直ぐに木が密集している森を味わえる。

 ファラルがレイの後を着いて行くのを確認し、マリアは止めない事に決めた。止めても結局は行ってしまう気がしたからで、その予想は間違っていない。

 下ごしらえが終わった頃、レイはいなくなった時と同じそうに唐突にフラリと戻ってきた。

「川で洗って来るね〜」

 ファラルにも採ってきた物を持ってもらいながら2人で川に向かって行く。

 川で洗った物を持って2人が戻って来たが、手の中にある物を渡される事は無かった。レイが使用後の薄く、軽く、丈夫なまな板を借りに来たので快く渡しはした。

 レイとファラルは顔を近付け合って採って来た物を覗き込んでいる。途切れ途切れに会話が聞こえて来るがその言葉の断片から察するに下処理の仕方を検討しているらしい。

「赤で良いんじゃない?1番楽だし、3番目に甘いし」

「色と香りが受け付けない者がいるだろう、一番面倒でも無難に白にすべきだ」

「そう言えば、最初にそう言ってくれてたねぇ私にも。じゃ、よろしくね」

 レイがそう言って何処から取り出したのかナイフで手にしたものを一気に傷つける。少しでも手が滑ったり狙いがずれたりしたら手を貫通しそうな勢いで、端から見ていればその光景は背筋が凍りそうになる。

 それでもレイの雰囲気に圧倒されて口を開けずにいる。

 ガツッ ガツッ という音に全員の視線がレイに向く。注目の的はレイで、レイが傷つけた物を投げてファラルに投げつけているのだが、ファラルに注意を向ける者がいない。それ程にレイのしている行動から目を離せないでいる。

「煮立ってる」

 レイが呟いた、と思ったら手はそのままで後ろを振り返った。これでは手元が見えない、それでも手は止まらない。

「スープ。それ以上煮詰めると素材の味が壊れるよ?」

 レイは平然とそう言うが、ファラルを除く他の人間は戦慄している。レイは諦めたように溜息を一つ吐くと顔を手元に戻した。

 だがレイの視線は自分の手元ではなくファラルの方を見ている。ファラルはレイが傷をつけてあけた小さな穴から液が出で来るように指先に灯した火で炙っている。暖められて出てくるのは乳白色のトロリとした液だ。滴り落ち地面に到達する前にファラルによって空中に留められている。

 採って来た物=木の実は全ての下処理が終わり、液も結構な量になっている。8人だと1人杯一杯分飲める位の量だった。

「スープ出来た?」

 レイの言葉に今だ先ほどのショックから抜けきれずにいる6人に声をかけるとハッとしたように夕食の準備を始める。

 全員の元に夕食が行き渡りこれから食べようという時にレイがファラルの袖を引っ張った。

「杯作って」

 レイが耳打ちをするとファラルは心得た、とばかりに『杯』と簡潔に一言呟いただけで土が杯に変わり、8人の前に置かれる。

 全員が現れた杯に興味を持ち恐る恐る持ち上げて、その完成度に驚いた。

「ほぼ本物だから、汚れない。気にせず口につけて大丈夫だから。で、これが糖分摂取の為のデザート代わりの飲み物」

 レイがそう言うと杯の中が乳白色の液で満たされる。さっきまで浮いていた白い液は消えていた。

「食後にどうぞ」

 最後にそう付け加えるとレイは勝手に「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。ファラルもレイに続く。

「一緒にご飯食ベてる時から聞きたいと思ってたんだけど、神への祈りしないの?」

 キバが2人に聞いて来る。キバは敬虔な信者らしい。

「神という存在が居る、とは思っています。ですが私にとっては大して重要な存在では無いだけですよ。幼い頃は愚かにも祈ってみたりしてましたけど、教会へ祈りに行った事は無いですね。現在では居たとしても私には関係ない存在ですね。寧ろ、迷惑かもしれない。という所で落ち着いてます」

 キバが絶句する。他の皆も少なからず驚いているようだ。

「皆さんにはまた違った存在であるかもしれません。あくまでも、私の考えです。世の中には色々な考えを持つ人が居るんですから、驚くべき事ではないと思いますよ?」

 聞かれた事を答えた後、レイは黙々と手を動かして夕食を食べ続ける。程なくして杯を手にして一気に飲み干すと「御馳走さまでした」と言ってお皿を川に洗いに行く。

 ファラルはレイの後を追いかけるかのように付いて行く。専属の護衛なので当然の行動かもしれない。

 2人が戻って来たとき、食べるのが遅いらしいサラを除く5人が杯を見つめている。

「甘いけど、不味い甘ったるさではない。匂いは無いけど後味は最初が濃厚な甘さ対して果物みたいにスッキリしてる」

 レイの言葉に5人は決心して一気に飲み干した。

「「「「「・・・・・・」」」」」

 全員が沈黙する。

「飲める事は飲めるでしょう?」

 レイの言葉に全員が頷く。それどころか、とても美味しい。一度は誰もが飲んだ事がある気がするが思い出せないもどかしさが飲んだ5人を襲う。

「森の中に入れば木は見つかるんだけど、白にするには精製が難しいから。でも、学校に入学する時なんかに振る舞われると思う。白は別名『知識の水』とも言われるから。これは脳の活性化・記憶力の促進に効果があるから」

 言われてみれば、と全員が納得した表情になる。

「今日は早めに寝てね。明日も早いから。疲れをしっかり取らないと明日に響くから」

 既に全員が夕食を終えていた。レイがテントへ向かって歩いて行こうとしたが、不意に立ち止まった。

「お風呂無いから、汚れを落としたいなら川で行水になるよ。川の水、夏だけどかなり冷たいから行水するなら覚悟してね?」

 レイは笑みを浮かべてそう忠告した。

 生徒は全員が顔を見合わせる。護衛サイドは経験があるのか困った様子の生徒を観察している。

「レイは、どうするんだろう?」

 マリアが呟いた言葉に全員の視線がレイの入って行ったテントに向かう。ファラルが周りの事など意に介さない様子で立ち上がるとレイの居るテントに向かって行った。

 あたりはまだ薄暗いが、あと十数分もすれば空に沢山の星が瞬くだろう。

 レイがテントから何かを持って出て来た。そして外に居たファラルに話しかけて川の方へ向かった。

「まさか・・・行水する訳じゃないわよね?」

 マリアの言葉に4人はどっちともつかない顔をする。マリアは気になって「ちょっと見て来るけど・・・サラ以外は来ないようにね」と言い残すとレイとファラルの向かった方向へと走り出した。



「あ、マリア」

 やって来たマリアに声をかけたレイは、タオルで体を隠した心許ない格好で川の中に立っていた。ファラルも川岸に立っているが全く表情を変えていない、寧ろマリアの方が顔を赤くしている。

「お、男の人が居る前で!裸になるのはっ!・・・どうかと、思うけど・・・」

 純情で新鮮なマリアの反応にレイは艶かしく微笑んだ。薄暗い中でその微笑みは一層妖しさを増した。

「裸じゃないよ。タオル巻いてるでしょう?それに、今更抵抗は無いしね」

 不意にレイの体に水が纏わりつくかのように包み込む。それでも何故か髪が濡れた様子は無い。

 水が力を失ったかのようにレイの体から滴り落ちていく。ファラルがレイに服を渡す。レイの体が濡れている様子は無い。

「えっと?」

「ああ、慣れてない人がやると風邪引くからマリア達はやめておいた方が良いよ。それでも気になるなら蒸しタオルを作って体を拭くのがいいかな」

 レイの言葉にマリアが虚をつかれたような顔になる。そうだ、冷たいのが駄目なら温めれば良いのだ。

「考える事を放棄するのなら、進化は無い」

 小さく呟いたレイの言葉はファラルにしか届かなかった。

 


 

 

 

 


 レイに裸を見られて恥ずかしい、という感情はありません。ですが、決して露出狂という訳ではないです。

 ファラルはレイの姿を他人に見られるのは本心では嫌だと思っていますが誰かの目にさらされる時のレイの格好(服装)は着ていようが着ていまいがそこの所は気にしていません。寧ろ触れなければ良い、という考えの持ち主です。

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